05


初めての体育の授業は、ハンドボールだった。女子の試合は綺羅の独壇場であっという間に終わる。

「神谷さん」

終業のチャイムが鳴ると、体育教師は綺羅を呼び止めた。
振り返り、その体育教師を見て、綺羅はくっと息をつめた。鋭い。纏うオーラは、教師というよりむしろ警官。それも、私服警官のような…。
無意識に警戒し、身構えてしまう。

「何でしょう?」
先程まで隣で話していた美紗が、綺羅のわき腹を小突く。もっとしおらしくしていろという意図だろう。

「神谷さん、あのね。もう少し授業としての団体競技では手加減をしてくれなくては。ゲームがゲームとして成り立たないでしょう?」
射抜くような眼光とは裏腹に、喋り方は柔和だった。押し付けがましい響きもない。綺羅は素直に頷いていた。

「はい、すみません。次回から考えます」
「えぇ、よろしくね。それと…あなた、ハンド部に入らない?」
「…え?」
唐突な話の展開に、一瞬戸惑う。ハンド部?私が?

「私、ハンド部の顧問なのよ。ぜひうちに来てくれないかしら。部活では手加減などすることなくプレーしていいわ」
「はぁ…」
「考えておいてね?…あら、次の授業に遅れてしまうわ。時間を取らせてしまってごめんなさいね」

流れるように話し、勝手に会話を終了させると、彼女は最後にふっと微笑んで見せた。


「…変な教師だった」
「そう?でも珍しいわね、あの先生が生徒に声をかけるなんて」
「よく知ってるな」
「従姉妹が言ってたの、ストイックで美人な体育教師、霧瀬先生。あの先生に憧れる生徒って多くて、うちの学校ではハンド部が人気なんだって」
「それも珍しいことだな。ハンドなんてマイナーな…」
「そうよね、教師の影響力ってすごいわ。でもそんな人気の部の顧問からスカウトされるなんて、綺羅もよっぽどね」
「…しまった」
「え?」
「いや、なんでもない」

目立ちすぎたか。これは失態だ。目立たないようにしなければならないのに。
初日から教室では悪目立ちし、体育の授業でもこうだ。
綺羅が顔をしかめていると、美紗はくくっと笑った。

「…なに」
「いいえ?綺羅ってもしかして、人見知り?」
「は?」
「目立ちたくなくても、その容姿じゃしょうがないんじゃない。髪、黒染めして黒のカラコンでもしない限り」
「なるほどね」

美紗と喋っていると、10分休みなんていつの間にか終わっている。時間が過ぎ行くのが、はやい。そういえば、海里以外の他人とこれだけ喋ったのも久しぶりだ。

変なやつ。

海里も、美紗も。なぜ自分なかまうのだろう。一緒にいて楽しいとは思えない。

もともと、ひとりだった。いつもひとりでいた。
だから、人との接し方など知らない。他人の笑わせ方などらわからない。

それなのに、何故。

おまえたちは私の隣で笑っているんだ。





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