04
「間宮、入倉」 教師が二人を指名する。 海里? 少し意識をそちらへ向ける。 「君らが学級委員長だ。他の委員ももう決めてある。これがその名簿と委員バッチだ」 教師は海里と入倉…ええと名前は美紗だったかな…を教壇へ呼びつけてそれらを手渡す。 「係は今、決めてくれ。それから…」 二人は教師の指示に頷いている。 海里か…ああそうか、あいつ優等生だったんだな。 ぼんやりと思った。 でもそれもメリットばかりじゃないな。あんなふうに教師にこき使われて。 教師といえば、二人に指示を与え終えると教室の隅におかれた椅子にどっかりと座っている。二人の学級委員長は教壇に立ち、海里が司会をして美紗が板書をする。 「では、委員を発表します。保健委員、細川君、田代さん、美化清掃委員、橋元君、更級さん、体育委員、葉山君、神谷さん、…」 海里がてきぱきと名を呼び上げていく。それを聞き流しながら頬杖をつく。教師に中断される前まで考えていたことを思い出そうとする。思考を再開させる。 大人になるにつれて…知識、感情抑制、社会協調。 知識はもちろん増えるだろう。でも…、社会協調?違うだろう。それは協調じゃなくて、妥協だ。諦めだ。 「図書委員、伏見君、品川さん。委員は以上です。バッチを回すので委員の人は制服の襟につけてください。次に、係決めをします…」 やっぱり人は、生きてる意味なんてないんじゃないか。生きていくうちに失っていくものはたくさんあるけれど、得るものなんてひとつもない。人は死ぬために生きるともいうじゃないか。 なのに何故必死で生きてるんだろう。 欠伸が出る。めんどくさい。これ以上考えるのは面倒だ。 ゆっくりと目を閉じる。海里の声が遠くなる。教室のざわめきが薄れる。
「神谷さん?」 頭上から声が降ってきた。体を起こす。いつのまにか机に突っ伏して寝てしまったらしい。 「次体育だよ?」 声の主は委員長だった。入倉美紗。美紗は笑って言う。 「一緒に行こう?女子は更衣室があるんだって。男子は教室で着替えるらしいけど」 ああそっかありがとう、と返事をして席を立つ。更衣室へ向かう途中、美紗はよく喋った。 「私、みっつ歳上の従姉がいてね、わりと仲良いんだ」 ふーんと適当に相槌を打つ。 「家も近いしよく遊んだよ。けっこう顔も似てて、姉妹みたいって言われたりするんだぁ。あ、そうそう、中学も同じだったから、制服とか体操服、全部お下がりよ」 あははと美紗はまた笑った。 明るい奴だな、と思う。とりとめのないことをよくこれだけ話せるな、とも思った。こっちが相槌なんて打たなくても延々と喋り続けられるんじゃないか。それでも一方的な感じはしない。会話として成立している。こんな話術を持った人間もいるんだな。相手を自分のペースに巻き込む。それも、ごく自然に。誰にでも真似できるものじゃない。 「あっ、そうだ、神谷さん、私のことは美紗、でいいからね、そう呼んで?」 出し抜けにそう言われた。 「は?」 「ね、その代わり、神谷さんのこと、綺羅って呼んでいい?」 なんで「その代わり」になるのか分からなかったが、とりあえず応じておく。 「ご自由に」 美紗はもちろんそれを肯定の意に受け取って、笑う。 あ、こいつの話術に乗せられたかな、と思った。
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