02


その鈴の音と足音に他の音が混じりだしたのは、高校一年の後期あたりだった。
足音は二人分、話し声も少し。片方は枢木、もう片方は女の声。
その女性と何度かすれ違い挨拶もした。わりと静かで地味な女性だった。
マネージャーなのか、彼女なのか、俺には判じかねたが、多分後者なのだろうと思った。

その2ヶ月後、女性の気配がしなくなり、廊下の足音は一人分になった。しかし2週間経つとまた、女性の声が加わった。今度は違う女性で、前の女性より美人だった。
しかしそれも長くは続かない。次は、底抜けに明るく、廊下での話し声や笑い声が俺の部屋にまで響く女性と付き合い出したらしい。

ある学校帰り、アパートの入り口に入ろうとすると、目の前にタクシーが止まった。そのタクシーから枢木と女性が出てきた。枢木はいかにも高価そうなヴァイオリンケースをかかえていた。

3人で一緒に乗ったエレベーターで枢木は口を開いた。
「最近、シューマンのコンチェルト弾いてるね。どこかで弾くの?」
ああ、意外と聞こえてるものなんだ、と若干驚く。
「はい…地元で」
「どこ出身だっけ?」
「高松です」
高松?と彼は首をひねる。
「あー、高知だっけ?」
「ああー、そうじゃない?」
女性の方も相槌を打つ。
首都圏の人々にとって、四国や九州の県庁所在地と県名がピンと来ない人は多い。だからこういう反応には慣れている。俺は苦笑しながら訂正した。
「いえ…高松は香川県です」
枢木と女性は、ああ、と納得してから笑い出した。
「あっ、そっかぁ、香川かぁ、ごめんごめん」
「そうよね、私、つられて『そうじゃない?』なんて…あははは」
「え?僕のせいなの?」
華やいだ雰囲気のまま、彼らは部屋に入っていった。


入れ替わり立ち替わり、女が替わる。
女遊びの激しい奴だ…あいつ今何歳だ?今の彼女とは、今までで一番楽しそうだし、そろそろ身を固めてもいいんじゃないか。
まぁ、自由奔放にやってる方が楽しいんだろうな…

バレンタインチョコレートはもらっても、彼女いない歴が年齢とイコールの俺は、呑気にそんなことを考えていた。




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