07


ふいに歌が静まった。踊り子たちもステージの隅に退く。照明も暗くなる。靴音が刻むリズムだけが、
今までと変わらず鳴り続ける。
と、そこに一人の男声の歌が響いた。間を置かず、歌声の主は颯爽と舞台に登場した。しなやかな黒い猫を彷彿とさせる身ごなしで、彼は重力を感じさせない跳躍でステージに跳びのった。美しい黒髪を高い位置で無造作に纏め、彼は黒いハイウェストのズボンに黒いチョッキ、白いシャツと華やかな柄のタイを首元に締めた格好をしていた。暗い照明の下でも、完璧な笑みを載せた薄い唇、鼻梁の高さと形の良い眉、煌めく灰色の瞳は、一際観客の目を惹いた。誰の目から見ても、遅れて登場したこの七人目の男が主役であることは、明らかだった。

…ネズミ。

紫苑は料理を食べることも忘れ、雷に打たれたように硬直したまま、ステージに釘付けになった。

ひらり、ネズミの白い掌が閃いた。人指し指から小指までの四本の指をピンと揃え、親指と人指し指は直角になるように開いた形で、ひらり、ひらり、と鋭く動き、時折パンッと、乾いた音で手拍子を打った。その動きは蝶のように優雅ではあったが、蝶の羽よりよほど美しく煌めき、静と動と対比が鮮やかだった。

掌から始まった動きは、やがて腕に移行する。長い腕をしならせ、パシンッと自らの脚を打つ。それが引き金だったかのように、カツン、と初めてネズミは靴底を鳴らした。その時になってやっと、紫苑は今までネズミがこつりとも足音をさせなかったことに気付いた。

タツッ、タカカ、タンッ。

左右の踵を交互に打ち鳴らし、ネズミは涼しい顔でリズムを奏でる。鳴り続けていた今までの六人の靴の音とは明らかに違う音色だ。その間も、腕は自らの意思を持つもののように自在に空間を動き、それと真逆にネズミの胴体はピシリと独立して動かなかった。

やがて、靴のリズムにあわせて女声が加わる。張りつめた空気に柔らかく介入した女声は、徐々に盛り立てるような響きを孕んでいく。そこに男声も加わり、より興奮したハーモニーが紡がれる。ネズミの動きも、歌にあわせてだんだんと激しい動きへと変わっていく。掌を鋭く閃かせ、踵と足裏の両方を使って床を鳴らし、踵を視点にくるりと一回転、眉目秀麗な顔を左へ右へ振り向ける。そして、一瞬の静止。ネズミが顔を横に向けて止まる瞬間、白いうなじがとても美しく見えた。数本の後れ毛が、汗で首筋にはり付いているのも、ネズミにあっては色っぽく扇情的に見えた。

音楽も躍りも盛り上がり、まさに宴もたけなわ、ステージの真ん中で激しく踊るネズミに加勢するように、二人の女性の踊り子もステージの中央へ躍り出る。ああ、彼女たちこそ蝶だ。可憐な二羽の蝶が、華麗で匂い立つ大輪の花のまわりを舞っている。もちろん、中心となっている花の役回りは、ネズミだ。

どんどん、どんどん、盛り上がり、もうこれ以上の高揚はないという時点で、ピタリと音と動きが止まる。静止。緊張感。照明も落ちる。しかしそれも一瞬のこと、再び光が戻り、以前よりさらに高潮した踊りと音楽。そしてまた、静止。二度目の再開。静止。再開。それらを幾度か繰り返した後、彼らはビシリとポーズを決めた。今度こそ、束の間の静止ではなく、終焉の静止だった。

圧倒され、熱気の集まった店内から、ワアッと沸き上がるような拍手が起こった。紫苑も、無我夢中で手を打ち鳴らしていた。

ネズミと踊り子たちと楽人たちは、晴れやかな笑みを顔中に浮かべ、その熱狂的な拍手に応えていた。
そんな中、ネズミがサッと両腕を広げる。

「紫苑さん!どこにいますか!」

紫苑は驚いて、あやうく椅子から転げ落ちるところだった。隣にいる沙布が、くすりと笑って紫苑の腕を掴み、手を挙げさせる。
泡を食った紫苑がなにか言う暇もなかった。

「ハッピーバースデー!」

店員が、花火をたてたショートケーキと、ココアがなみなみ入ったマグカップを運んでくる。
パチパチパチ、と店内から、今度は紫苑の誕生を祝う拍手が生まれる。

あまりの恥ずかしさに、紫苑は顔を真っ赤にして、沙布とネズミを交互に見比べた。
沙布はチャーミングにウインクをしてみせ、ネズミは綺麗に唇に笑みを浮かべて灰色の瞳を妖艶に細め、今日一番の笑顔を紫苑に寄越した。












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