02


タクシーに乗っている間ずっと、綺麗な人はこんこんと眠りつづけた。よほど疲れていたのだろう。今回はその人の頭は紫苑の肩ではなく車窓の方に傾いていたので、紫苑は遠慮なく綺麗な顔を眺めることができた。街中のネオンやら車のライトやらテールランプが、その白い肌に光を落として通り過ぎていく。そのたび長い睫毛が影を作り、頬の上を踊る。完璧なまでに左右対称に整った顔の、真ん中をまっすぐに通ったすっきりとした鼻すじ。頬から顎にかけての、無駄のない美しいライン。聡明そうな広い額には、天使の輪がいくつも出来るつややかな黒髪がかかっている。車が震動すると、さらりと揺れる前髪の後ろには、まるで筆と刷毛を慎重に使って描いたかのような秀麗な眉が見え隠れした。そのすぐ下で伏せられている瞼、その瞳が見られないのが残念でならなかったが、目を閉じていてさえその人は、精巧な人形のように…いや造り物よりよほど、美しかった。

「ん…」

綺麗な人は、ほんの少し身動ぎした。それだけで、紫苑の心臓はひどく驚き、ばくばくと早鐘を打ち出す。
固唾を飲んで見守るなかで、その人はようやく目を開けた。すうっと灰色の眼が現れる。その瞳の色に紫苑が魅入られたように動けずにいるうちに、その人は何度かまばたきをした。重たげなほど長い睫毛が上下する。

「…ここ、どこ?」

初めて聞いたその人の声は、長く眠っていたせいか、酒のせいか、はたまた文化祭での疲れのせいか、ほとんど風の音に近いほど掠れていたが、それさえ紫苑には色っぽく聞こえた。

「え…と、タクシー」
「は?」

惚けたように、頭が半分以上働いていない紫苑は呟くように答えると、その人の眉が、不機嫌そうにひそめられる。その時になってやっと、その灰色の目の中で、瞳孔だけが奇跡のように黒いことに、紫苑は気づいた。凪いだ海のように感情を映さない灰色の瞳の中で、その黒い瞳孔だけが、その人の激情を垣間見せる。

「それは、見りゃ分かるよ。おれが聞いてんのは、どこに向かってんのかってこと」

…おれ?

「あ…と、ぼくの下宿先に」
「それ、どこ」

混乱したまま、上の空で住所を答える。それを聞いて綺麗な人は、くいっと粋に片眉を持ち上げ、ふぅんと頷き、もうすぐだな、と言った。

「きみ、この辺知ってるの?」
「まあね」

頭いてぇ。
そう呻くように呟き、その人はまた目を閉じ、シートに深く沈みこんだ。

どうやら彼は、…男らしい。

紫苑は解凍したレタスのような脳みそで考えた。





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