空気から凍る
!)ホストパロ、ネズ紫 「地上に舞い降りた悪魔」シリーズの続き
その日は客が遅くまで引かず、やっと仕事を上がれたのは既に引け四ツ時。 腕時計を見て、壁掛け時計を見遣り、もう一度腕時計に視線を落としても、時刻は変わらない。 いまから女装して紫苑の店まで出向くには、さすがに遅すぎる…その事実も、変わらない。
今日はあの坊ちゃんには会えないな。
ここ最近、紫苑と穏やかに語らうことが心の安らぎとなっていたネズミにとって、それは思わずため息を誘う憂い事だった。 諦めて頭を振り、明日も仕事があるのだから早く帰らねばと、自分に言い聞かせて足早に店を出ても、自分の心に落胆は隠せない。
そんな事を思って歩いていたからだろうか、目の端に白髪がちらりと映ったような気がした。 はっとして道の端に目を遣る。そして驚く。
え?紫苑?…何故、こんなところに。
その人物はこちらに背を向けて立っていて、ここから顔は見えない。だがあの背格好、佇まい、なにより暗闇に映える美しい白髪、彼は紫苑に間違いない。 降って湧いたような幸運に、ネズミの心拍数が上がる。声をかけようと紫苑の立つ場所に近付く。
「しお…」
しかしその時、ふいと紫苑は消えた。
空気から凍る
一瞬、わけが分からず硬直したネズミだったが、すぐに謎の答えを導き出すことができた。 ここは、メインの通りから派生していった脇道が縦横無尽に存在する、迷路のような繁華街だ。きっと紫苑は、近道でもしようと路地裏に行ったのだろう。 ネズミは小走りで紫苑の立っていた位置まで行き、そこで自分の予想が半分は当たり、もう半分は外れていたことを知る。
「…っ、紫苑…っ!」
ネズミがひょいと覗きこんだ路地裏には、紫苑と三人の男がいた。三人とも屈強な大男で、一人はスキンヘッド、あとの二人は金髪と赤髪だった。まだ寒い時期だというのに、筋肉の隆起した二の腕をむき出しにし、肌一面に刻まれたタトゥーを晒している。 紫苑は、スキンヘッドのごつい手で胸倉を掴まれ、路地裏の壁となっているビルの打ちっぱなしのコンクリート壁に押し付けられていた。すでに何発か殴られたらしく、唇の端から血が出ていた。
「ああ?なんだ、てめぇ」
金髪が歯をむいて凄む。その声に反応して、スキンヘッドがゆっくりと振りかえった。 ネズミを見て、にやりと口元に下卑た笑みを浮かべる。
「おうおう、まさかイヴかい、そこの粋な兄ちゃん」 「そうだけど」 「じゃあ、おれたちの邪魔はしてくれるなよ。おまえさんも、言ってみりゃあこっち側の味方だろう?」 「心外だな。あんたたちの仲間になった覚えはないけど」 「しらばっくれんじゃねえぜ!」
がはは、と大男たちは三人そろって大口をぽっかり開けて嗤う。
「ここのルールもろくに分かっちゃいねえ、こんなネンネのガキに客とられてよぅ。おまえさんの店だってけっこう損してんじゃねえの」
にたにた嗤う大男を、ネズミは鋭く睨みつける。その背後に、かたかた震えながら怯えた目を見開き大男たちとネズミを見ている紫苑が見え、ネズミは悔しさにギリ、と奥歯を噛み締めた。 ネズミの眼光を正面から受け止め、大男はなおも嘲笑う。
「なに、ちょいとこのガキの顔、使い物になんなくしてやるだけだ。きれいなおまえさんは、そこでおとなしく見物してな!」
スキンヘッドは紫苑の顔めがけて腕を振りかぶる。 そうはさせまいとネズミが飛び出すのは予測済みとばかりに、金髪と赤髪の大男は同時にネズミに押さえにかかった。
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つづきます
タイトルは、macleさまよりお借りしました。
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