君と刻む日常
ガチャリと鍵穴が錆び付いた音をたて、地下室のドアが軋みながら開く。
「おかえり、ネズミ。早かったね」 「あれ、あんた、今日はイヌカシのとこ行かなかったのか」 「うん、今日はおやすみ」
君と刻む日常
「あ、紫苑」
スープをかき混ぜていたら、後ろからネズミに名前を呼ばれる。
「なに?スープはもうちょっと待ってて、まだジャガイモが煮えてない」 「ジャガイモ入りスープ?今日はまた、豪勢なことだな」 「うん、八百屋の女将さんがおまけしてくれた」 「…ああ、あの女将さんか」 「もしかして、ネズミのファンなのかな?だからおまけしてくれたのかも」
くすっ、とネズミが口元に手をあててひそやかに笑う。 いつも、その何気ない仕草に目を奪われてしまう。
「あんたって、ほんと天然だな。その女将はあんたに、気があるんだろうさ。何でもおれと結びつけるなって」 「そう…かな」 「天然っていいより、もはや鈍感の域だな」 「うーん、よく言われる」 「へぇ、誰に?」 「きみに」 「おれかよ」 「うん。今だってほら、言われてる」
天然だとか鈍感だとか、よくネズミに糾弾されるけれど、それに時々腹を立てたりするけれど、不思議と今はそうじゃなかった。 むしろ、少し嬉しい気さえする。 それがネズミにも分かるのか、こちらを覗き込んで怪訝な顔をしている。
「鈍感とか言われて、あんた何喜んでんの?」 「へへ、だってさ、ネズミが嫉妬してくれてるみたいだったから」 「は?」 「この前、初めて西ブロック案内してくれた時もさ、大男の時は助けてくれなかったのに娼婦からは助けてくれたし」 「何が言いたいわけ」 「分かってるくせに、ネズミ」
背後で、ふっとネズミが息をつくのが分かった。 呆れられたため息か、降参のため息か。
「やれやれ、あんたもなかなか言うようになって」 「ふふっ、きみのおかげだ」 「そりゃ良かった。鍛えがいがある。飲み込みが早くて優秀な生徒だ。さすがはもとエリートさん」 「お誉めにあずかり光栄に存じます、陛下」 「陛下の役はあんただろう?」 「たまには、ぼくにも騎士役をまわしてよ」 「あんたには10年早いさ」 「10年待てば、いいのか?」 「どうかな。100年早い、に訂正しようかな」 「ええっ。…あっ、ネズミ、ジャガイモ煮えたよ。お皿ちょうだい」 「ああ、ほらよ」
いつもより心持ち野菜の多いスープを注ぎながら、ふと思い出す。
「あ、そうそう、ネズミ」 「うん?」 「何か言いかけてなかった?」 「ああ…そうだったな」
スープをネズミに手渡す。 ネズミは正面からぼくを見て、ぷっと吹き出す。
「…なんだよ」 「なんか、そのままでも可愛いけどな、紫苑らしくて」 「どういうことだよそれ、焦らすなよ」 「じゃっ、鏡でも見てきたら?」
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