雪隠詰め | ナノ


▼ 動物の姿


「んじゃ、いこっかミツル」
 当たり前のように歩き出そうとした二夜の腕を、ガッと掴む。
「おい、ちょっと待ち」
「ん?」
「なんだその格好は!」
「え、なんかおかしい?」
「おかしいも何も……」
 なんで……。
「なんで耳と尻尾はそのまんま!?」
 そう、人間の姿になった二夜の頭には、ぴょこ、と獣耳がついていて、ズボンからは縞模様の尾っぽが出ていた。
「ああ、『ニンゲン』の姿になってもこれは消えないんだ」
 ほら、と、二夜はゆらゆら尻尾を揺らしてみせる。確かに制服なのかわからないが、ズボンには尻尾を出すための切り込みがあるようだ。
「それだけじゃないかんな、なぜにそんな長身美形!?」
「は?」
「おかしいだろ!さっきのちっさい可愛い猫はどこ行った!?」
 小さい可愛らしい猫の代わりに、目の前にいたのは、適当に薄い茶の毛を散らし、焦げ茶のメッシュを入れ、長い前髪を真ん中で分けピンで止めた薄水色のアーモンドアイの、今時の若者風の青年。
 そしてここが重要だが、俺よりデカイ。
「長身って……」
 と言いながら、笑う二夜。
「ミツルがちっさいんだよ」
「なっ……!」
 人が気にしていることを……!
「だって、俺どっちかって言うと小さい方だよ」
 な……っ、なにぃい!?……落ち着け俺。これはこっちの世界だからなんだきっと。うん、俺が小さいんじゃない!!
 必死で自分に言い聞かせる俺を横目に、二夜は「じゃあ行くぞー」とすたすたと歩いて行った。




(やばかった……)
 ミツルが後ろを歩いて来ているのを感じながら、さっき撫でられた時の感覚を思い出して独り言ちる。
 すごい気持ちが良かったのだ。男にしては白く、どちらかというと細い指が自分の毛を梳いてくれる感覚に思わず、ぞくぞくした。それこそ、喉が鳴ってしまうくらいに。
 耳の裏とか、あんなふうに掻いてもらったことなんかない。

 ミツルは不思議な感じがする。
 まず、匂いがしない。いや、匂いがしない、というのは語弊があるかもしれない。
 匂いはするのだ。ただ、それがまったく知らない匂いで、あえていうなら、自分たちがニンゲンになった時に混ざる、自分の『グループ』としての匂い以外の匂いのみ、な感じだ。
 だから、『ニンゲン』だという突拍子もない話だが頷ける。
 なんだろう……この匂い。知らないような、どこか懐かしいような……。
 これはニンゲンの匂いなのだろうか。それともミツルの匂いなんだろうか。
 ケイナインなら、もっとはっきりわかるのかもしれない、と考えを巡らせる

 それに、ミツルは考え方も不思議だ。
 この世界に突然来てしまった筈なのに、慌てる素振りがあまり見られない。
 なんだか飄々としているというか、来るものを拒まないというか……流されるままと言ったらいいのか……。
 あとちょっと驚いたのは、あれだ。変化が出来ないのか、ニンゲンに変身すると言った時に、見てみたいと言って来た。それを断ったら、本当に見なかったのだ。
 普通見るなって言われても、見るだろ?いや見られる事を期待したわけではないけれど、見られても仕方がない、くらいには考えていた。
 でも、ミツルは本当に見なかった。
 変な奴、と思いながら、信用してもいいかもしれない、とも思った。

 あと、ちっさい。
 やっぱりニンゲンの姿になってみると、はっきり分かった。俺も決してでかくない方なのに、それよりも小さい。
 ニンゲンはみんな小さい種族なのかもしれないが、もしかしたら、ミツルはまだ子供、という可能性もある。
 
 色々な事を考えながら、無意識に俺は隣にいるミツルの手を……はっきり言うと、指をちらちら見ていた。
 あれでもう一回撫でて欲しいな……とか思いながら。




 二夜が俺をちらちら見ている。いや、正しくは俺の手を見ている。
(――何かついてる?)
 自分の手を見るが、別に何もついてないし、汚れてもいない。
 目線を横にずらせば、二夜は手ぶら……。えーっと、ならば。

 ――むぎゅ。

「んにゃあ!?」
 すっとんきょうな声を上げて、びっくりする二夜。
 慌てて自分の手を見て、そこにある俺の手を見つけて目を白黒させる。
「にゃっ、なっ、なに!?何!?」
「いや、なんかちらちら手見るから……手、繋ぎたいのかと思って」
「はぁあ!?雄同士で馬鹿じゃねぇの、お前!俺は撫で……っ」
「なで?」
「なっ、なんでもないっ!!」
 二夜は何故か真っ赤になって前を向く。
「ふーん」
 違ったか、と思って手を解こうとすると、急にぎゅっと握りしめられて、心配そうな顔で覗き込んできた。
「……もしかして、寂しいのか?」
「んん?」
 どういうことだ?と首を傾げる。寂しそうに見えたのだろうか。
「だって、もし、お前が本当に『ニンゲン』で、この世界に間違って来たんだとしたら、寂しいだろ?」
 一人ぼっちで……知らないところに来てさ、と目を逸らしながら口籠る二夜を、目を瞬かせながら見つめた。
「お前……」
「ああ?」
「優しいなぁ」
「にゃにっ!?」
 あまりにも優しい言葉に頬が緩む。合ったばかりなのに、そんな事言ってくれるなんて良い人…うん、人?猫?だ。
「ばっ、馬鹿にすんな!俺は、子供がこんなとこに一人じゃ寂しいだろうなって思って!」
 真っ赤になって、わたわたと言い訳をする二夜に笑いが漏れる。
「ありがとう。でも俺、十七だし。子供って言う程の年でもないから大丈夫だよ」
「……は?」
「ん?」
「じゅうなな?」
「うん」
「……じゅうなな」
「どうかした二夜?」
 プルプル震え始めた二夜に声を掛ける。え、十七だと、何かまずかっただろうか。
 次は俺が心配しながら二夜を覗き込んだ瞬間、

「俺より年上じゃねぇかぁああ!!!」
 そんな絶叫と共に、思い切り頭を叩かれた。
「いっだぁ!?」
「十七だと!?心配して損したわ!!もう立派に大人じゃねぇか!」
 何故かすごく怒っている二夜に、再び笑いが零れる。
「ほら、もう行くぞ!」
「うん。あ、でもさ」
「ああ!?」
 怒っている二夜の手を、またもう一度握る。
「大人だとしても、少し寂しいから繋いで良い?」
 笑いを抑えながら聞くと、怒った表情に一瞬だけ、やはり気づかいの色が見えて、ぶっきらぼうな仕草で頷かれる。
 それに可笑しさと嬉しさが笑いとなって零れると、お前からかってるんじゃないだろうな!?とまた叱られた。

 その後黙々と俺らは歩いた。が、沈黙に耐え切れず口を開く。
「二夜、ここって学校?」
「ああ」
「こんなに人が少ないもんなの?」
「あーこの時間はもう、授業終わったから、寮の自室に戻ったんだよ」
「二夜は戻らなくていいわけ?」
 途端に無言になった二夜に、あれ?と視線を向ける。
「二夜?」
「……俺は」
「うん」
「俺は居残りさせられてたんだよっ」
「あ……なーる」
「『なーる』?」
「『なるほど』ってこと」
「ああ『なーる』……」
 そんな他愛もないことを話している内に、目的地に着いたようだ。

「職員室……かな?」
 特別何か標識が出ているわけではないが、二夜の言っていた内容と、知っている独特の空気にそうあたりをつける。
 さて中に入ろうかと思ったら、横で二夜が深呼吸をしていた。
「どうかした?」
「ううう……胃が痛い」
 青汁を飲んだかの様に歪めている顔に、ピンと思い当たる。この顔は見た事がある。友人が職員室に入る時に良くしていた表情だ。
「ははあ、恐いんだ?」
 にやにや笑って聞けば、ちらっとこっちを見てちょっと睨んだ。しかし弱々しいそれは、怖くないどころか、笑ってはいけないとは思うけど笑いを誘う。
「こわいっていうよりも、苦手なんだよ」
 この時間は、あいつしか残ってないからさぁ……というぼやきが耳に入って来る。余程その先生が苦手なんだろうか。
「あいつにさっきまで怒られててさ……」
「怒られる事をする方が悪い、とか何とかって言われない?」
 笑ってそう言うと、またこっちを睨んで来た。小さく笑いながら謝れば、心が籠ってない、なんて言われる。
「だって、あいつの怒り方は、ねちねちじわじわちくちくなんだよ……」
 これだからサーペントは……と小さく呟き、意を決したのか、二夜がガラッとドアを開けた。
「ちわーっす……」
 もごもごとどもりながら、二夜が頭をさげる。
「なんだニヤ、まぁだ帰ってなかったのかテメェ」
「……誰のせいで……ってか、職員室でタバコ吸うなよ」
「ああ?もう誰もいねぇからいーんだよ」
 二夜に続いて中に入ると、男性職員が椅子に座ってタバコを指の間に挟んでいた。――てか、でかっ!!
 二夜の『俺小さい方に入ると思う』宣言は、あながち嘘では無いかもしれない。椅子に座っていても、その男性職員の身体の大きさはかなりのものだと分かった。
(――180後半!?下手したら190あるんじゃ……)
 しげしげと二夜の後ろから観察する。
 三十代くらいに見える精悍な顔つきの男性職員だ。二夜のような尻尾や耳は見当たらないが、虹彩が細い事が薄暗い教室の中でも見て取れた。
 緑がかった黒い髪に、金の目。
(――この人……蛇だ、きっと)
 直観的な物でそんなことをぼんやり思っていると、俺の存在に気付いたのか男性職員が俺を指さす。



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