▼ 後悔する好奇心
あああ開けてないです、開いてた隙間からちょっとだけ……! もしかしたらそういう事シてないかもしれないし! ああ、そうそう! 何かマッサージしてるとか、本当にテレビがつけっぱなしだったとか! いやだな俺、そういう変な方向に持っていくとか、恥ずかしいな! っていう事で真相をはっきりさせる為にもごめんなさいぃい!! 健全な男子高生なんです、このままだと悶々として寝れそうにないんです!
心の中で懺悔の雨を降らせながら覗いた光景に――言葉も無く口を手の平で覆って、勢いよく後ずさった。
今見た光景の衝撃は予想以上の物で。
俺はその勢いのままドアに背を向け、ラージュさんの部屋に駆け込むと、部屋をろくに観察もしないままベッドに潜りこんだ。
ばくばくと心臓が煩い。
見たのは一瞬だけなのに、脳裏に焼き付いて離れない光景。
(――どどどうしよう……! いや、どうしようも無いけどさ!)
上半身裸のユグノさんの上に全裸で跨るイロン。
開いていた隙間からは、二人を横から見る事が出来た。
イロンの蕩けそうになった表情。色っぽい空気を放つユグノさん。
そして動かされる腰は壮絶に卑猥な物で、イロンが腰を上げた時に――見えてしまった。
ユグノさんの物が、イロンの中に入っている所が。
(――うわぁあああ……っ)
布団に包まりながら頭を抱えた。
ああもう一体どうして覗いてしまったのか。明日からどんな顔で二人を見ればいいんだろう。
後悔してもどうしようもなくて、ただたださっきの光景に悶えるしかなかった。
「……んぁ、もう行ったね」
長い耳をピクリと動かし、イロンが悪戯気な笑みを浮かべた。
「……はぁ、悪趣味ですね」
溜息を吐きながらも、腰を動かすのを止めない自分が言えるような台詞ではないかと苦笑を零す。
ナトリ君がお風呂に入っている間に、急にこういった行為を求めてきた愛しい人に驚きを隠せなかったが、彼には彼なりの考えがあるのだろうと思ってそれに応えた。
ナトリ君も良い子そうだし、明日くらいはぎくしゃくするかもしれないが、今後のイロンへの接し方が変わるような事は無いだろう。
「それにしても……っ、ドアまで開けておくとは……見せたかったんですかっ」
「んぁっあっ……あぁああっ……!」
強く突き上げれば、愛しい恋人は全身を痙攣させて達する。
そうして甘い息を吐きながら自分の上に肌を重ね、笑顔を浮かべた。
「僕ね、ナトリの事大好きなんだぁ」
「それは……妬けますね」
ふふ、そういうのじゃないって。と鈴が頃がるような笑い声をあげるイロン。
そういえば、彼はいたくナトリ君を気に入っていて、用事もないのに昼休みや暇な時間を見つけてはちょこちょこ会いに行っていた事を思い出す。
「ナトリは良い子で、僕を助けてくれたから……。だから僕は、ユグノの約束を破らないですんだから……何をしても恩返ししたいんだ」
私との約束。それは『他の誰にも二度と抱かれない』ということ。
そういった特性を理解した上でないと、兎とは恋人や結婚相手として過ごしていけない。それが原因で兎の相手は大抵同族と限られてくるのだが。
それを、私は私の我儘で縛りつけた。
いくら
鳥は一回が激しい。兎は回数が多い。そして、鳥の発情期は他と比べると短く、兎は他と比べると長かった。
結果、イロンはあの苦しい欲の波を我慢しているのだ。
それほどまでに私を愛してくれていて、約束を守ろうとするこの愛らしい兎が大切でたまらない。
(――だからこそ、あの糞犬共は殴り殺してしまいたいくらいだ)
腸が煮えくり返るほど忌々しい事を思い出し、剣呑な目つきになる私の目元を細い指が撫でた。
「駄目だよ、そんな目しちゃ……。だからね、僕、ナトリには幸せになって欲しいんだよ。ううん、別に助けてもらわなくても。ナトリは凄い良い子だから、僕好きなんだ」
「……それとこの行為を見せる事に何か関係が?」
ふふふ、ユグノは分かってないなぁと嬉しそうに耳を揺らすイロン。
「ナトリはね、僕と同じ匂いがするんだ」
「イロンと……?」
「うん。抱く側っていうより、抱かれる側っていうの?」
僕の勘は間違いないもんね、と胸を張る。
「でも多分男同士のこういったの見たことないんじゃないかと思って……ちょっとお節介しちゃった」
うふっと悪戯っぽく笑うその表情は、私の好きな表情で、思わず破顔してしまった。
「知識が無いのと、あるのとではちょっとだけだけど違ってくるからさ。……あと、これは僕の勝手なんだけどね? ラージュさんとくっつかないかなぁ……なんて」
「王と?」
「だってあの二人お似合いだと思わない? いや、ナトリが女の子が良いとか、他に好きな人が同性でいるとか言ったら全然無理強いするつもりないんだけどさ。なんか、今日とかいい感じだった気がするんだけどなぁ……ラージュさん満更じゃなさそうだし」
「ええ、まぁ……王の方は私も何となく……。ただ、あの方は自分の気持ちに鈍いですから……」
「だから! これでナトリが意識して、ラージュさんの事気になってくれたりしたら嬉しいなぁって! ラージュさんすっごい優しいし、恋人大切にしてくれそうだし、絶対ナトリ幸せになれるおすすめの物件!」
ね、ね、そう思わない? と、にこにこ笑う彼に溜息が出る。
確かに王は想い人を大切にするだろうし、王を支えてくれるのがナトリ君ならば悪くない。むしろ喜ばしいくらいだ。血を残すだのなんだのは、同性に恋人がいる自分の口から言える物ではないし、王のご親族は皆揃いも揃ってあの馬鹿みたいな明るさと奔放さを持っているから、きっと反対はしないだろう。
「ですが……」
「あっ、ぁ!」
まだ達していない己の熱を奥深くまで埋め込むように腰を動かす。
急に動き始めた事に驚いたイロンが目を見開く。
「貴方の口から他の男の賛美を聞くのは余り良い気がしませんね……っ!」
「や、ぁあっ違、そういうのじゃ……!!」
「余り大声を上げるとナトリ君の安眠妨害になりますよ?」
「んむ、うぅっ!」
瞳を潤ませるイロンの唇を唇で塞ぎながら、今は王の事やあの少年の事など頭の隅に追いやり、ただ愛しい人との快楽だけを追った。
おはようございます。外では小鳥が鳴いていて爽やかです。
ええもうそりゃぐっすりと……寝れませんでした。
どんよりと重い瞼と頭を抱えながら、柔らかいベッドから抜け出る。
今更ながらラージュさんの部屋の、簡素だけど趣のある部屋をぼんやりと見つめるが、頭に入ってこない。
借りた服を脱ぎ、昨日身に着けていた服にのろのろと着替えると、目を擦りながらドアの取っ手に手を掛けた。
「おお、早いのう。おはよう。良く眠れたかの?」
リビングにはラージュさんがゆったりと座っていて、明るい笑みをこちらに向けて来てくれた。
「あ、はい。ベッドありがとうございました」
まさか人の情事を覗いて眠れませんでした、なんて言えるはずが無くて頷きながら笑みを浮かべると、眉を顰めたラージュさんが立ち上がって近づいてくる。
「……嘘はいかんのう。……そんな顔をして良う眠れたとは思えん」
一体どんな顔をしてるんだ俺。
梳かれる髪が指に絡まる感覚で、取りあえず髪はぼさぼさなのだろうなと見当をつけた。
「何か睡眠を妨げる様な物が儂の部屋にあったかの? それともまだ悩み事が心に蟠っておるのかの……?」
(出刃亀した自業自得ですなんて言えるわけ無いですよね! ええ言えませんとも!!)
心配だと語るラージュさんの目を真っ直ぐ見れない。
心の中でラージュさんと、イロンとユグノさんにとにかく謝る。
後ろめたい気持ちから目を逸らすと、それを肯定と取ったのかラージュさんの顔が曇った。
「違! 違うんです、その、俺、枕が変わると中々寝付けなくて!」
「本当かのう……?」
「本当です、あの、本当それだけなんで、ラージュさんは何も心配しなくて良いですから……!」
疑う様な顔で覗き込んでくるラージュさんから、逃げる様に口を開く。
「あ、あの、もう朝になった事だし、俺部屋に帰りますね!」
「もう戻るのかの? 焦らずとも今日も休みじゃ。イロンとユグノが起きるのを待って共に朝食を――」
「本当色々お世話になりました……!!」
突然出て来たイロンとユグノさんの名前に、絶叫するかの如く叫ぶと、ラージュさんへの挨拶もそこそこに部屋を飛び出した。
後に残ったのは、ぽかんと口を開けた鳥王だけだった。
(うわぁあ、俺の恩知らず……!!)
部屋に戻ると、ずるずるとその場でへたり込む。
あんなに良くしてもらったのに、ユグノさんとイロンの名前が出てきた事に動転して飛び出してきてしまった。
自分の中で自己嫌悪の嵐が吹き荒れる。
「ああ、もう……っ!」
がしがしと頭を掻きむしる。
昨日、邪な好奇心に駆られて覗いてしまった自分を罵る。
お陰で一晩中変な汗を掻きながら悶々としていなければいけなかったし、それに……。
(なん、だか……ネクロとか、アズが、変に気になる……っ)
告白してきたあの二人は、つまりああいう事をしたいんだろうか。俺に恋人が出来たら俺だったらしたい。
それが普通で、でも俺はその点に関してきちんと向き合っていなかった。
それをまざまざと突きつけられた感じだ。
(うう、いや、向き合える様になったって事に関しては良い事なんだけど……っ)
ああ、この事については、何度も色々な新しい知識が入ってきて毎回自分の考えの甘さを思い知らされる。
じゃあ取りあえず付き合ってみますか、と軽々しく言えないのはあの二人が大切な存在だからだ。
取りあえず一晩中掻いた変な汗を流そう……と重い腰を上げてシャワーを浴びる為に風呂に向かった。
熱めの湯を被っている内に、目が大分さっぱりしてきた。
ああ、それにしても衝撃的な物を見てしまった……。
エロ本やそういう類のビデオは見たことはあれど、そんなに接する機会は無かったし……。
ざぁざぁと降り注ぐ湯に目を閉じた瞬間、あのイロンのうっとりとした顔が脳裏に閃く。
「うぉおおお、何思い出してんだ、俺!!」
ガツッ! と思い切りタイルに額を打ち付けた。
鈍い痛みと自己嫌悪に再び塗れながら溜息を吐く。何が悪いって、あの表情を見てイロンに欲情した訳では無く、
(気持ち、いいのかな……って、ちょ、ちょっと俺も……シ、て、みたい、かも……なんて、うぎゃぁああ!)
ゴッ! と再び額にダメージを与えた、が、心の中で言い訳をする。
だって男子高校生だもん、盛る年頃じゃんか、気持ち良い事好きだもん、普通じゃん、普通じゃんかよぉおお……!
あんな、あんな蕩けた顔をみてしまったら、誰だって一瞬は体験してみたいとか思う……っ!
「思う、よ……な……」
そっと息に紛れるような声で呟いて、微かに体を震わせた。
(――あ、やばい……)
思い出した光景に、熱い湯を被ったのとは別の熱が灯り、疼く。
そういえば、こちらに来てから余り処理をしていなかったな、と言い訳のように思い出した。
はぁっ、と熱っぽい息を口から吐くと、目を伏せて自分の中心に指を絡める。
濡れた水音と共に擦り上げれば、馴染みの快楽がそこからじわじわと広がった。
「う、ぁ……はっ」
熱を発し、芯を持つそこをぼんやりと見つめると、浮かれた頭のままそろそろと腕を後ろに回す。
(――俺、何、何しようと……何しようと……)
頭の中で、冷静な自分が止めろと叫ぶ。でも快楽に浮かれた頭は止まりようが無く、指が普通なら触ろうともしない場所をそろりと撫でる。
その窄まった感覚を指の腹で感じ、何度目か分からない、イロンのあのうっとりとした表情を思い出しながら指を突き立てた。
「いっでぇえええぇえ!!」
風呂場に快楽の喘ぎなんてものではなく、色気の欠片も無い苦痛の叫びが響く。
思い悩むよりか一気に、と思って入れた指はろくすっぽ中に入ることなく、それなのに裂ける様な痛みを伴った。
自慰どころの話ではなく、勃ち上がっていた中心も痛みですっかり元気をなくしている。
え、なにこれ凄い痛い!! 裂けてない!? 痔!? 痔になってない!? 流石にすぐにあんな風に気持ち良くなれるとは思わなかったけど、こんなに痛いとかどういう事!?
汚い話、これよりも大きなものを排泄しているから指の一本くらい大丈夫かな、とか安易に思ったんだけど、あれなのか。やっぱりここは排泄する場所で、挿入する場所じゃないという事なんだろうか。
(――い、イロンはこんな痛いのが気持ち良いんだ……?)
それ『痛いマッサージも長く続けると気持ち良くなる』的な物なのか。
想像外の感想に、これは無理だと膝をつきたくなった。
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