雪隠詰め | ナノ


▼ 俺も俺も


「ミ、ミツル……!?」

 温もりが慌てた声を上げる。
(――どこにも行かないで欲しい。これは、とても心地良いから)
 ふにゃ、と笑うと温もりが、ひくっと息を呑んだような音を立てた。
「ミツ、ル……?」
 吐息が掛る。
 ああ、温もりも呼吸をするんだな、なんて思っていると、そっと唇に何か触れた気がした。
「って、うぁああぁあ!!」
「ええ!?」
 温もりが突然絶叫した。
 驚いて目を開けると、視界に入ったのは白色でもなくて、保健室の天井でも無くて、自分の部屋の天井だった。
(……さっきのは夢?)
 上半身を起こせば、そこにいたのは両手で頭を抱えて悶絶する二夜だった。
「違う違う違う今のは魔が差しただけ……って魔が差すって何! 俺は女の子が好き、女の子が好き、女の子が好き……!! 撫でられるのが好きなだけで、そういう対象じゃ決してない! 俺は巨乳が好き! あの緩んだ笑顔に誘われたとかない! 手に頬を擦りつけられてときめいたとか無い! 俺は年上のお姉さんが好き! 大好き!!」
「に、二夜……? どうしたの?」
 尋常じゃない悶絶をしながら、物凄い早口で独りごとを言っている二夜は何だか話しかけ辛い。
 それ以前に、久しぶりに二夜を見た。発情期はもういいのだろうか。
 でもとりあえず、と思って声を掛けるとビクリと二夜の肩が大きく跳ねる。そうしておどおどと俺の方を見ると、がしっと肩を掴んで「俺は巨乳のお姉さんが好きなの!!」とシャウトした。
「う、うん。別に良いんじゃない? 俺は普通サイズが好きだけど、人それぞれだし?」
「女の子が好き!!」
「……うん。むしろそこで男の子が好きって言われた方が驚くかな……」
「女!!」
 唾が飛んできそうな勢いに、流石に相手をするのが疲れてきた。
「う、飢えてるの? 俺も女の子は好きだよ?」
「え、そっか……」
「なんでそこで残念がるのさ」
「え? あれ、そうだよな!?」
 さっきから変な態度の二夜を、訝しんで見つめる。
「どうしたの、本当に。それにしても久しぶりだね、発情期はもう大丈夫? ちょっと痩せた?」
 首を傾げたら、ぼんっと真っ赤になって後ずさられた。えぇ、その反応は傷つくなぁ……。
「発情期はもう終わった!」
「そっか、良かったじゃん」
「終わったんだぁあぁ!!」
 なのになんで! と天を仰ぐ二夜。
 余程溜まっているに違いない。可哀そうに……と、こっそり涙を拭った。

「それで、なんで真っ暗なの、外」
 不憫さで滲んだ涙を拭った後、窓から見える景色が、日が沈んだ色をしていて驚いた。
 俺が保健室に行ったのは一限だったはず。なんでもう一日が終わりそうなのだろうか。
「ああ、ギリ公が謝っておいてくれって。なんでも間違えて睡眠薬飲ませたとか……? 俺は昨日発情期終わったから授業に二限から出ようと思ったら、お前背負ったアイツに会って『お前今日まで休んでコイツの側にいてやれ』って言われたんだよ」
「ああ、あれ睡眠薬だったんだ」
 あの急激な眠気にも納得がいく。
「まだ眠いんじゃね?」
 顔色が戻った二夜が近づいて覗きこんでくる。後ずさったり近づいたり、忙しいな。
「んー、そうかも」
「明日は休みなんだしさ、ゆっくりすりゃ良いよ」
「そうする」
「またお前は居残るか?」
 休みの日は学園の外に出て家に帰ったり、買い物に出かけたり出来るそうなんだが、いつも俺は学内に残っていた。
「だって俺、家無いし金無いし必要なもの今のとこ無いし?」
「そっか……」
「二夜は家に帰る?」
「ああ。……寂しくなったら何時でも連絡しろよ? 番号渡したよな?」
 こっちの世界にも、電話のような機械があって、その番号を二夜には貰っていた。
「うん、貰った。でも大丈夫だよ」
「なら良いんだけどな……。家に呼べれたらいいんだけど、外で人間ってバレたらどうしようもねぇもんな……」
「気にしないで、本当俺大丈夫だから!」
 そうか? とまだ後ろ髪を引かれている様子の二夜に少し笑みが零れる。
 週末が近づく度にこういうやり取りを何度したことか。
 母が亡くなってから一人でいるのは慣れてるし、寂しいと思わないのだけれど。こんなに一人でいる事に気を掛けてくれる存在なんて、久しくいなかったから純粋に嬉しい。
 もちろんネクロだって、アズだって、ザインさんまで気にしてくれるのだけど、二夜はそれに輪を掛けて気にしてくれる。
「ありがたいねぇ」
「口調がジジイになってんぞ」

「あ、ごめん。そういえばさ」
 一言謝り、唐突に二夜の手を掴むと、自分の頬に押し付ける。
「ミ、ミツルっ!?」
「……んー」
 そのまま大きい掌に何度か擦り付ける。
「これか……? いや若干、もう少し暖かかったか……?」
「何が? 何が!?」
「んー、なんか夢で気持ちい暖かさに触れていた気がしたんだけど、これかなーって」
「え、ええ!? えええ……」
 これじゃなかったら何だったのだろう。かなり落ち着く暖かさだった。包み込まれるような暖かさ……。
「二夜、俺が寝てる間に目を手で覆ったとか、なんか話しかけたりした?」
「えっ、してないけど?」
「そっか……ごめん。変なことして」
「いや俺はむしろうれ……んでもないっ」
「ん?」
「いや、変な薬ってわけじゃないけど、身体が必要としてない薬を飲んだんだから体調には気をつけろよ! じゃあなっ」
 俺が手を離すと二夜はばたばたと部屋を出て行った。いつもなら一緒に寝るのになぁ……。
 二夜の変な行動に少し寂しさを感じる。
 一人で留守番は寂しくないのに、変な所で寂しさを感じてしまう自分がおかしい。
 ずっとしょんぼりしている訳にもいかず、俺は寝る用意をするために寝転んでいたソファから立ち上がった。




 コンコン、とドアがノックされる音で、眠りの淵から浮かび上がる。
(あれ、誰か来た。でももう少し寝ていたい……)
 今日は休日で、授業もない。特別予定もないので、惰眠を貪りたいのだ。
 しかし、ノックの音は、ドンドン、と未だに続いている。
(今何時だ……? 休日に人が来るしては早い気が……)
 ドンドンドンドン……バンッ! ゴンッ! ドンッ! と、どこぞの取り立て屋かと思うほど凄くなったノックの音に、跳び起きる。
「はいはい今行きますよ!」
 いったい誰だ。休日くらいゆっくり寝させろー!
「はい、どちら様っ」
 鼻息荒くドアを開けて、ポカーンと俺は口を開けた。
「起きてんならさっさと開けろ。着替えろ、出かけるぞ」
「は?」
 いや仕方ないじゃんね? 朝っぱらから何、勝手な事をこの人は言っているのか。
「せんせー今日は授業じゃないですよね?」
 開いたドアに寄り掛かるギリア先生を見てほけっと質問をする。
「当り前だ、今日は街に連れてくんだよお前を。分かったらさっさと着替えろ」
「街になにしにいくんですか?」
「買い物」
 確かに今更気付いたのだけど先生はいつものスーツではなく、ラフな格好をしている。
 ……てかデニムに黒のスキッパーシャツって格好良いな、おい!
「あの、未だに状況が呑み込めないんですけど……」
「お前一度も外に出てないだろうが。だから俺が連れて行ってやるつってんだ」
「あ、俺別に今必要な物無いから大丈夫です」
 そう言って訪問販売員を断るかの如くいそいそとドアをを閉めようと思ったが、先生が凭れているから閉めれない。
 いや内開きだから閉めれるっちゃ閉めれるのだけれど、かなりの力がいる。
「あのう、ドア閉めたいなぁ、とか思ってるんですが……」
「何で行かないんだ」
「いや、だから今必要な物ないから……」
「金がないからか?」
 図星を刺され、ぐうの音も出ない。
「当たりだな」
 ぐ……だって仕方ないじゃないか。
 確かに服とか欲しいなーとは少し思ったけど、俺は一文無しでこの世界に来た訳で。そんな俺をエレミヤ先生は金銭の事に関しては今は何も考えなくて良いと言ってくれた。そんな人に「お金ください」なんて言えない。
 必要最低限はある訳だし……。
「ばぁか。ガキが金の事なんか考えるんじゃねぇよ。さっさと着替えろ、出かけるぞ」
「で、でも」
「さっさとしねぇとその格好のまま引きずって行くからな」
「今すぐ着替えます!」
 流石に寝間着姿で外に引きずり出されて恥ずかしさを感じない程、図太くない。
「五分で着替えろ」
「え、それはちょっとムリかなって……」
「着替え終わらなかったら例え下着姿でも連れていく」
「うわぁあん、この非道!!」
 先生なら本当にやりかねない。
 俺は半べそを朝からかきながら、必死で着替えた。

「なんだその格好」
「……おかしいですか」
 眉根を寄せる先生に、むっと俺は返した。
 下はデニム、上は何かプリントされた白地のカットーソーに黒のパーカー……。
 俺、無難だよね? 無難だよね!?
 というか、そんなに組み合わせれる程服持ってないんだよ!
 だって休日は外に出ないし、平日は制服だし、まあ、いいかなって……。
「それ誰から貰った」
「え?」
「貰いもんだろ、その服」
「あ、はい。エレミヤ先せ」
「よし。まず最初に服買いに行くぞ」
 間髪入れずそう言われて、目を瞬かせる。
「え、なんで」
「猫の匂いがする」
「ええ?」
 袖に鼻を押し当てて、すんすんと嗅ぐけれどまったくわからない。
 香るのは柔軟剤の匂いだけだ。それに、貰ってから何回か着て洗ったんだけどなぁ。
「お下がりだろ、それ」
「え? ああそんな事言ってたような……」
 これを手渡しながら「身内の子がもう着なくなった奴なんだけど、まだ着れそうだったし、良かったら使ってね」と笑顔で言っていた先生の顔が脳裏に浮かぶ。
「長年着てた服とかは、匂いが沁み込むんだよ。数回洗っただけじゃ、ちょっとやそっとじゃ落ちねぇ」
「へぇ、俺にはわかんないけどなぁ」
 袖口に鼻を当てて再度嗅ぐ。
「……他の奴の匂いなんざ、纏ってんじゃねぇよ」
「はい?」
「んでもねぇ」
 ついていくのに必死過ぎて、先生が小さい声で言った言葉が聞き取れなかった。
 あ、俺の脚が短いんじゃないからね! 身長を考えると、これくらいのコンパスの差は仕方ないよね!
 あと先生、大股なんだよなぁ。ホント考えて! 先生の一歩で俺の二歩だから! トントン、に対してトントントントンだから!



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