雪隠詰め | ナノ


▼ ラージュ×満


 身近にあるものを手に取り静かに破壊していく。
 布は引き裂かれ、形ある物は歪み、脆い物は粉々になる。
 枕も裂かれ中の羽根が散っている。
 まるで己の羽根のようだ。
 この部屋の鍵はユグノに渡してある。
 内からは開けられない小部屋だから己の意思では外に出れない。出られなくした。自ら。

 身を焼くようなこの凶暴な衝動はなんだ。
 こんなものを自分は体験した事はない。発情期は淡白な方だと思っていた。思っていたのに……。
 思い焦がれるような相手がいなかったというのもある。
 しかし今の自分には何よりも大切な存在が出来た。
 髄を炎で炙られるような性欲を全て破壊に変換して耐える。
 可愛らしい思い人を脳裏に思い浮かべながら手に握りしめていた物体をへし折った。
 身体に流れる猛禽の血が目を細める。
 本能に刻まれている、滑空し、己よりもか弱い、小さいものの首をへし折るあの感覚と重なる。
「欲しいのう……」
 猛禽が泣く、鳴く。
 餌を喰い、自分の身の内に納めてしまいたいと。
「いかん、アレはか弱い、大切なモノじゃ」
 物の様に壊してしまったらダメだと自分に言い聞かせる。
 しかし欲しい。
「欲しゅうてたまらん……!」
 ラージュはそう絞り出すように呻くと頭を抱えた。




 重い瞼をゆっくりと数度瞬かせる。
 意識がはっきりするのと同時に喉がからからに乾いている事に気付いた。
 余りに凶暴な欲に疲れ果て寝ていたようだ。
 手を持ち上げようとしたら翼の形をしていた。
 視界が白いのは自分のワイシャツにでも埋もれているからなのだろう。

 人の姿を保てない程憔悴したのかと溜息をつく。あれだけ暴れただからだろうか、今は少し落ち着いている。
 けれども直ぐに人の姿に戻らないと。
 この姿は楽なのだが本能が強く表に現れすぎる。
 人の姿でも気が狂いそうだったのに、それよりも強い欲など本当に狂ってしまう。
 だるい身体を起こそうとして自分がワイシャツに埋もれたまま誰かに抱きしめられている事にようやく気付く。
 シャツが自分の匂いだからはっきりと分からないが、誰かすぐに分かった。
 内心酷く動揺するが、冷静な声をだそうと努める。
「……帰れ」
「嫌です」
 即座に拒否の答えが返って来た。
「何故お主が此処におる。ユグノはどうした」
「鍵、盗んできました」
「な……!? 何と馬鹿な事を……!」
 ざわざわと羽根が逆立つ。
 猛禽の鳴き声を理性で必死に無視する。
「ナトリ……後生じゃ。帰っておくれ、儂はほら、大丈夫じゃから」
「この部屋の何処が大丈夫なんですか」
(しまった、片付けておけば良かった)
 あの状態で片付けなど出来た気がしないが、そう後悔する。
 しかしそんな後悔も後の祭りだ。ナトリは既に一線を片足踏み越えてしまっている。
「ラージュさん」
「……」
「俺という存在が有りながら何を我慢する必要があるんですか」
「……」
「こういう行為だって初めてじゃないじゃないですか」
「……お主はバードの発情相手がどれだけ大変か知らん。儂は……嫌じゃ。激情のままお主を抱き、お主を壊してしまうのは……。我に返った時にお主の傷ついた姿を見るのは……っ!!」
「ラージュさん」
 ばさりと自分とナトリを隔てていたシャツが取り払われてしまった。
「俺が知らないなら教えてください。俺は傷つかないから大丈夫です……だから――壊してください」

 その言葉が己の理性を砕いた。

 人の姿に戻って、荒々しくナトリを抱き上げると側のベットに押し倒す。
 喋るのも億劫で無言のまま唇を奪い、服を破きながら脱がせると慣らすのもそこそこに己の滾る欲望をナトリの後孔に押し込めた。
 あまりの心地良さに吐声が口から洩れる。
「ああ……ナトリ、ナトリ……」
 我武者羅に腰を打ち付け、自分の快楽だけを求める。
 何度か欲望を吐き出したおかげで少し余裕を取り戻し、ようやくナトリの状態が脳に届いた。
 途端にざっと血の気が引く。
 眦を伝う涙、悲鳴が漏れない様に噛み締めたのか少し切れた唇、後孔が裂けたのか精液と混じり薄いピンクとなって繋がったそこから零れていた。
 もちろんこんな状況でナトリが快楽を得られる訳もなく、ナトリの雄は一度も精を吐き出す事もないまま萎えている。
 息が詰まるようなショックを受けた。
 自分は何をした? 一番愛おしい者を強姦まがいに犯し、傷つけて……。
 それなのに自分の中の猛禽は再び目の前の餌を求めて鳴き始めた。
「あ……あ……っ」
 乱れた白い髪を掻き毟って泣いた。
 指の爪が頬を掠めて傷をつけたが、それでも掻き毟るのを止めない。
「ナトリ、ナトリ、離れておくれ、儂から離れ……っ」

 怖い。

 これ以上ナトリを傷つけてしまうのが。
 そしてそのことでナトリが自分から離れて行ってしまうのが。
「ラージュさん……」
 伸ばされたナトリの腕に怯える。
「俺がお願いしたんです……。何を気に病む必要があるんですか」
 そっと頭を撫でられてまた涙が零れた。
「言ったでしょ?俺は貴方の恋人なんですよ?」
「しかし、しかし……っだからと言って傷つけて良いという話はない……っ!」
「それは……俺が傷つけられたなんて思わなければ傷つけたとは――」
「違うっ!!」
 目の前の小さな愛おしい人の頭を掻き抱く。
「愛してる、愛しておる……っ」
 ぼろぼろと涙が零れる。
 泣きながら急に告白をし始めた自分をナトリは驚いたように見た後、顔を赤らめた。
「あ、はい……あ、ありがとうございます」
「だから大切にしたいのに……っ」
 なのに身体が言う事を聞かない。
 我を忘れてしまう。こんな自分は嫌だ。嫌だ。
「俺も好きです。大好きです」
 ぎゅっと抱きしめ返しながらナトリが囁いた。
「ラージュさん、これだけは忘れないでください。どんなにラージュさんが俺を傷つけたとしても俺はラージュさんが好きです。ラージュさんが俺を拒否しない限り側にいます……ずっと」
 ずっと、という言葉に自分の中の猛禽が静かになった。
 ずっと、側にいてくれるのか。もう無理矢理自分の物にしなくても絶対に、居なくならないのか。
「あ……そう、か……」
 呆けた様に呟いた。
 こんなに簡単だったのか、この衝動を消すのは。
 ただ、この言葉を聞けばこんなにも己の中の猛禽はあっさりと黙ってくれたのか。
「ナトリ……」
「はい」
「……ありがとう」
「はい」
 そっとナトリは微笑んだ。
 その柔らかい笑顔に下肢がずくりと重くなった。猛禽は黙ったが、欲はまだ収まっていないようだ。
 まだ中に挿れたままなので、もちろんナトリにもそれが伝わってしまう。
 顔を若干引き攣らせてナトリが身体を離して顔を合わせる。
「……あ、あの……何か今、大きくなった気が……」
「……すまん」
 もう一度抱かせてくれんか? という言葉にナトリは耳まで真っ赤になった。
「だ……だってあんなに……」
「次はお主も心地良くするよう努めるから……の?」
 そう言って腰を揺らすとナトリは甘い声を洩らした。
 さっきは早急に事を運んでしまったから苦痛しか与えなかったが、何度となく身体を重ねている身。
 何処が心地良く、何処で感じるかは把握しているつもりだ。
「のう……?」
「……う、あ……ず、ずるい……っ」
 にっこりと笑ってナトリを窺えば真っ赤になったまま睨まれた。
 これは了承を得たととっていいだろう。が、ナトリの口から了承の言葉を聞きたくてわざとゆっくりと腰を回す。
「う……ああっ」
「儂はこの気持ちのままお主を抱きたい……ナトリは嫌か?」
「……いやじゃ……んっ」
「なら良いか?」
 どうやらこっちの意図に気付いたようだ。潤んだ目で再び睨まれた。
「うう……分かってる癖に……っ」
「ナトリの口から聞きたい」
「……嫌じゃないです……き、気持ち良くしてくださ……い」
「承知した」
 自分でも嫌みなほど大きく微笑むとまた睨まれた。
 でもそんな顔が好きなのだ。


「あ、あっ、ふぁ……ああっ!」
「ん……」
 首筋に顔を埋めて、抱きしめながら後ろから腰を打ちつける。
 自分が吐き出したモノでぐちゃぐちゃという水音がした。
「すまんの……切れてしまった……今は痛くないかの……?」
 指の腹で接合部をゆるゆる撫でる。その刺激にさえナトリは身を震わせた。
 縁の一部が切れてしまっているようだ。
 中が怪我した訳ではなさそうで少しほっとしたが、ナトリを傷つけた事には変わりない。
 今は快楽で痛みを感じなくても、後で痛むだろう。薬を塗ってやらねば……。
「あ……あ、うぁあ……いた、くない……あうんっ!」
「ん……そうか、良かった……」
 既に三度吐き出しているせいか、自分の絶頂は未だ遠い様だ。
 快楽で少し虚ろになったナトリの目を見て、自然と笑みが浮かぶ。やはり相手と快楽を共有する方が身も心も満たされる。
「愛しておる……」
 穿ちながら囁く度にナトリがこくこくと首を振った。
「お、あっ、ああっ、おれ……んっ、ん、も……!」
 必死に“俺も”と伝えようとする姿に愛おしさが募る。
「あ、ああ、あ……おれ、もっ、ダメっ……イ……っイ、クっん!」
 がくがくと身体を震わせ達しようとするナトリに悪戯心が芽生えた。
 耳に唇をつけ、囁く。
「もう達くのかの……? 儂と一緒には達ってくれぬのかのう?」
 我ながら意地悪な質問だ。
 こちらは既に数回達しているのに対して、ナトリはまだ一度も達してないのだ。
 でもこう言うとナトリは泣きそうな顔をする。その顔が酷くそそられるのだから仕方ない。
(嗜虐的な事を好むのは猛禽の所為のみではなく、儂の性かもしれぬのう……)
 今更ながら己の性癖に気付いて苦笑した。その苦笑を自分に向けられたものと勘違いしたのか、満は涙をぼろぼろ零して頭を振った。
「ふぇ、や、だ……やだ、ぁ……っ」
 ぱさぱさと黒髪を揺らして嫌だ嫌だと繰り返す。
 流石にちょっと可愛そうになる……そう仕向けたのは他ならぬ自分なのだが。
「すまぬ、少し意地悪――」
「ら……じゅさ、ああっ!い、しょに……イきっ、たい……っ」
「……っ!」
 そう言いながらナトリは自分の雄の根元をきゅっと握った。
 辛そうな呻き声がナトリの口から洩れる。
 どうやら達きたいのを我慢させられるのが嫌なのではなく、自分と達けないのが嫌だというらしい。
 愛しい人の余りに可愛いおねだりと痴態にぐんっと己の絶頂が近くなった。
「……はっ、そうか……なら、ちと我慢できるか……?」
 荒く息を吐きながらそう聞くが、ナトリの頭はぶんぶんと横に振られた。
 確かにナトリの雄は根元を押さえられてはいるが、だらだらと透明な先走りを零している。
 その姿に嗜虐心を更に煽られて、衝動的にすでにばさばさになっている髪を辛うじて纏めている髪紐を荒々しく解き、ナトリの雄の根元をきつめに縛った。
「ああっ!? な、にするのっ」
「ん、もう少しじゃから……儂と一緒が良いんじゃろ……?」
 精液を堰き止められる痛みに暴れるナトリの頭を撫で、口付ける。
「ん、む……っ、ん、ん……」
 咥内をあやす様に舌で探り、いつもよりかは短く、軽い口付けを終えるのと同時に腰を大きく打ちつけた。
「あうっ!!」
 ナトリの背中が撓る。
 そのままテンポよく打ちつけ、その速度を上げてゆく。
「ふっ、あっ、あ、あ、ああ!」
「イイ子じゃ……」
 自分の限界を感じ、思いきり奥まで穿つのと同時にナトリに深く口付けし、縛っていた紐を解いた。
「んう――!!!」
「ん……くっ……!」
 欲を勢いよく吐き出すナトリの中にどくどくと己の白濁を注ぐ。
 堰きとめられていた為に長々と吐精する快感は凄まじい物だったらしく、自分の腕の中でびくびくと痙攣すると、ナトリはくたりと気を失ってしまった。

「好きじゃ……ずっと側にいておくれ……」
 その顔と言わず色々な所に唇を落しながら呟くと、心地良い疲れに自分も目を閉じた。




「のうナトリ、こちらに来んか……ナトリ」
「嫌ですっ」
 朝目が覚めると、自分が寝ているのと逆側のベッドの端にシーツで身を包んだナトリが不貞寝をしていた。
 近づこうとしたら「来ないでくださいっ」と怒られてしまった。
「信じられない、まさか……まさか……縛るなんてっ」
 シーツの塊がふるふると震えている。
 相当怒っているかもしれない。
「しかしお主が一緒にイきたい……」
「明らか楽しんでたくせにっ」
「……否定はできんが……」
 じっとその塊を見ていたが、今下手に怒らせたら昨日の今日で本当に愛想を尽かされるかもしれないと思い、静かに背を向けた。
 心も体も寒い……が、自業自得かと反省していたら暖かい腕が背中から回された。
「ナト」
「後ろ向かないでください」
 ぎゅっと抱きしめられる。
「別にラージュさんの事が嫌いになったとかじゃなくて、ただ……その……恥ずかしくて……」
「恥ずかしい?」
「だって最後の方なんか、き……気持ち良くて、俺が俺じゃない、みたいで……」
 そっと目だけで後ろを窺うとナトリの真っ赤な耳が視界の端に見えた。
 前に回された腕をそろそろと擦る。たったこれだけで寒さはどこかに行ってしまった。
 自分がどれだけナトリに依存しているかに、ほとほと呆れて笑みが零れた。
「儂は愛らしゅうて好きじゃがなぁ……」
「俺は嫌ですっ」
 もったいない……と小さく呟き、ぐるっと身体を反転させて腕の中にナトリを閉じ込めた。
「ちょ、向かないでって……!」
「ナトリは儂の側にいてくれるんじゃよな?」
「……」
「な?」
「……はい」
「儂はナトリが居らんかったらてんで駄目じゃ」
「……」
「これからもずっと側に居っておくれ」
「……はい」
 何かプロポーズみたいですねと小さく呟いたナトリに、そうじゃと答えると更に顔を赤くされた。




 愛おしい愛おしいこの存在を自分は手放す事は出来ない。
 彼の事を心から信じている。
 その彼が「ずっと側にいる」と言うのだから、本当に側にいてくれるのだろう。
 心に潜む猛禽と共に満足げに目を細めると、ナトリの額に口付けを落した。

 ――ほんに側に居っておくれな、儂の思い人よ。





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