雪隠詰め | ナノ


▼ ネクロ×満


 ここは自分の縄張り。
 自分がそれなりに強い事は自負していて、大抵の奴は俺がここに居る事を知っている。
 だから誰もここには近づかない。
 それは狩る事に関しては不利かもしれないが、その分誰にも邪魔されずに寛げる。
 木に凭れながらゆったりと目を瞑り、そして眉を顰めて目を開いた。
 ――足音がする。
 居心地のいい空間を踏み荒らされる不快感にむくりと身を起こし、この区域に入ってきた馬鹿を見つけようとそっと足音の方へ足を向ける。
 しかし苛立ちにざわざわと波立つ心はその獲物を見た瞬間に、驚きとそして狩る側の愉悦に変わった。
 あーあ……可哀そうに。
 自分なんかに見つかってしまって。
 何も知らずにここに踏み込んでしまって。
 けれど憐みから逃がしてやる訳などない。
 興奮からべろりと舌で唇を舐めると、獲物に手を掛ける為にそろそろと近づいた。




 なるべく音を立てない様に気を付けながら茂みの中を小走りで抜ける。
 さっきまでいつもの場所にザインさんと一緒にいたのだけれど、複数の足音がこっちに向かって来るのが聴こえると言われ、途中まで一緒に逃げてそれから二手に分かれたのだ。
 ザインさんは一緒にいると言い張っていたが、前みたいに足を引っ張ってあまつさえ怪我までさせたくないと思った俺はどうにか説得した。
 今回追うのは猫と犬。一人で逃げ切れるだろうかと不安になりながらも足を前に進める。
(――それにしても静かだ)
 毎回逃げてる最中思うのだけれど、何でこんなにも静かなんだろう。
 追う追われるのゲームなんだから少しくらい他の人の音が聞こえても良いのに。
 それとも他の皆には聞こえているんだろうか。
 誰がどこにいて、どっちに向かっているというのが手に取る様に―――。
 そう思った瞬間、横の茂みから手が伸びて来て腰を引っ掴むと俺を押し倒した。
「い……っ!」
 森の中特融の柔らかい土の上でも、背中に小枝や小石が当たって痛い。
 でもそれよりも、俺は捕まってしまった事にかなりパニックになってしまっていた。
 驚きで腰が抜けるが、必死にほふく前進で相手の腕から逃げようと試みる。が、ズボンのゴムをがっしり掴まれてしまい、ズボンがずり落ちそうになるのを片手で慌てて抑えた。
「ふふ、何慌ててるのぉ? 俺だよぉ」
「え?」
 くくくっと喉奥で笑われ、その笑い声と喋り方に首だけで振り向くと安堵で力が抜けそうになった。
「ネクロぉ……」
「んふふ、びっくりしたぁ?」
 目を細めてにこにこと笑うネクロ。
 腰を抱きかかえ直すと、胡坐をかいてその上に俺を乗せて抱きつく。
「あー……もうびっくりしたよ、敵かと思っ……」
 いやいや本当に良かった……と思ってはたと気づく。
 あれ? 今回逃げるのは鳥と蛇とその他で、追うのは犬と……猫……。
 恐る恐る目をやれば、俺に抱きついている腕にはあの追う側の目印が……。
「……え……っと、俺、そろそろ行くねー……」
 そろーっとネクロの腕を抜け出そうとするが、思い切り抱きつかれてびくともしない。
 背中に嫌な汗がぶわりと湧いてくるのが分かる。
 な、なんか今回のこの追いかけっこ配点高いとか言ってなかったっけ……? 前回追う側で点が取れなかった分、今回はどうにかして捕まるのは避けたい。
「どうしてぇ? もう少しゆっくりしていっても大丈夫だよぉ。ここあんまり人来ないんだからぁ」
「へ、へぇーそうなんだ……」
 もしかしてネクロ取る気ない?
 そうだよな、敵とコンタクトを取るのはいけないって言っても、ここには誰もいなさそうだし、ネクロなら他の人のやつを取れるだろう。いやもしかしたら既に取っちゃってるのかもしれない。
 わざわざ俺の物を取る必要は無いのではないか。友達を疑ってしまった事に少し罪悪感を抱きながら体の力を抜いた。
 ――その後ろでネクロがにやりと口の端を歪めた事に気づかないで。
「んふ……もしかして俺がナトリちゃんのネックレス取ると思ったぁ……?」
「えっあ、いや……その……ごめん」
「別にいいよぉ。……本当だから」
「え?」
 その言葉の意味を分かる前に、追われる側に渡されたネックレスの銀の鎖に手が掛けられて血の気が引く。
「ね、ネクロ……!?」
「んーどうかしたぁ?」
「ま、待って、待って……! ネクロはまだネックレス取って無いの!?」
「んーん、取ったよぉ。ほら」
 目の前にじゃらりと翳されたネックレスの数は三つ以上あって。
 俺は必死に鎖に指を掛けるネクロの手を抑えながら口を開いた。
「じゃ、じゃあもう良いじゃん……っ」
「でもねぇ、今回のテスト配点高いって先生ぇ言ってたからさぁ……取れるなら取れるだけ取りたいじゃん……?」
「お、お願い、俺前回点取れなかったから今回は逃げ切りたいんだよ……!」
「んー……」
 考えるそぶりをするネクロを必死の形相で仰ぎ見て訴える。
 どうにかして見逃してもらわなければ。
 友達だから、というのはとても嫌な響きを持っているから口にしたくない。
 とにかく普通にお願いして、駄目だったら――逃げれるだろうか。ネクロから。
 すぐさま無理だと答えを出す。だってネクロは強い。俺なんかすぐに捕まってしまうだろう。
 ……つまりここで説得できなければ、俺はアウト。思っていた以上に最悪な状態に今更気づいて真っ青になる。
 そんな俺を見て、にっこりとネクロは笑った。
「そうだねぇ、ナトリちゃんだし見逃してあげても良いよぉ」
「ほ、本と」
「ただしぃ」 
 今から追いかけっこが終わるまで、俺の言う事聞いてねぇ? という言葉に酷く寒気を感じた。




「……お、お願い、止めて、ネクロ……」
「んふ、じゃあこれもらっちゃおうかなぁ」
 嬉しそうな顔で俺のズボンを脱がしていくネクロの手を掴むとネクロは鼻歌でも歌いそうな感じで鎖に手を伸ばす。
 それを見て泣きそうになりながら首を横に振ると、じゃあ大人しくいう事聞いてね? と笑顔を向けられた。
 下着に手を掛けた時に、ふとネクロが止まるとおもむろに自分の上のジャージを脱ぎ始めた。
「背中痛いでしょ? これ敷いておいたらまだましだから、ちょっと背中上げてねぇ」
 赤いタンクトップ一枚になったネクロが、俺の背中の下に自分のジャージを敷いてくれる。
 その優しさと、今行われている行為のギャップに困惑している間に、下着まで取り払われてしまった。
「うわぁああ!?」
「ふふふ、もう少し色気のある反応が良いなぁ」
 絶叫しながら手の平で前を隠しても、その手を頭の上で固定されてしまう。
「んー、あ。これで縛っちゃおう」
 【狩る】側の赤い鉢巻で手首を縛られて、俺は本格的に身の危険を感じた。
「ね、ネクロ。お願いだから。今なら冗談で済むから……な? な? 俺、他の事なら何でもするから……」
「ダァメ。うふ、ナトリちゃんの綺麗なピンクだねぇ……」
 まじまじと下肢を覗きこまれて、慌てて体を捻ってどうにか隠そうと思ったがすぐに足を掴まれ無理矢理開かされる。
 太腿を強く立てられた指に痛みを感じて顔が歪む。
 もうどんなに馬鹿でもこの後何をされるか……いや、何をされるかはわからないけれど、同じグループに括られる事をされるんだろう。
 パニックで真っ白になりかける頭で、ネクロが微笑んだのと足の間に頭を埋めたのを認識した時には温い快楽に背中が反った。
「いぁああ……!!」
 驚愕に目を見開いて慌てて見下ろせば、ネクロが俺の逸物を口に含んでいた。
「な、な、何……うぁあっ!」
 じゅるりと音を立てて吸われて制止の声がまともに発せられない。
 経験が全くない俺にそれは余りに刺激が強すぎて、あっという間にネクロの口の中で育ちきってしまった。
「んふっ、大きくなった……気持ちいでしょ?ナトリちゃん」
 口から出して見せつけるように裏筋を舐めあげるネクロを直視できない。
 ただ今は快感に震えながら耐えていると、人間の舌よりも僅かにざらついた舌が双球を擽った。
「ひぁっ!」
「ん、ここ好きなのぉ? もっとしてあげるねぇ……」
 ちゅるりと吸い込むように咥内に入れられ、舌で舐められる。
「ふふ、こうすると気持ちいの知ってるぅ?」
「んぁああぁ……っ!!」
 がくがくと足が震えるがネクロは止めてくれずに、再びペニスを口に含むと頬肉に擦り付けた。
 そして頬の外側から亀頭を圧迫するように指でこりこりと刺激する。
 許容量をとうの昔に超えた快楽に頭を仰け反らせると、俺はネクロの咥内に白濁を吐きだした。
「ん……っ」
 ちゅっと音を立てて離れた口を押え、ネクロは手の平にどろり……と白濁を吐きだした。
 勿論それは俺が今しがたネクロの口に放ったもので。余りの恥ずかしさに真っ青になりかける俺をさらにネクロが追い打ちをかける。
「いっぱい出たね……本当は飲みたいんだけど、他にローションの代わりになる物がないから仕方ないよねぇ」
 にっこりと笑みを向けられ、長い指を伸ばして白濁を塗り込めようとする場所はもちろんあそこしかなくて。
 それはつまり今からされるという事で。
 俺はとうとう泣き出してしまった
「ふ、えぐっ、ね、ネクロっお願い……っ」
 懇願をしながら結ばれた両手を伸ばす。
「俺、ネクロ達とっ、一緒に進級したい……からっ、でも、嫌だよ……っやだ、お願いっ止めて……ぇ……!!」
 今回逃げ切りたいのは二夜や、ネクロと一緒に進級したいからで。
 そのためには何でもしたいけれど、こんなのは嫌だ。
 どうして止めてくれない。
 こんなに嫌がっているのに。こんな風にされるのは嫌なのに。
 その悲しさと、一緒に進級するには抱かれなきゃいけないこのどっちも取れない状況に涙が止まらない。
 そんな俺を見てネクロの手が止まった。
「そんなに俺にされるのが嫌……?」
「っ、え……?」
 さっき白濁を吐きだした方ではない手できつく抱きしめられる。
 顔の横に埋められたネクロの頭から、ふわりと良い匂いがした。
「何が嫌なの……ねぇ。する事がいやなの? それともここでするのが? 俺とするのが? ……どうしてそんなに俺を拒むの」
「ね、ネクロ」
「なら嫌いってちゃんと言ってよ。思わせぶりな態度しないでよ……」
「ち、違うよ。違う……っ俺、ネクロが嫌いなんかじゃないよ。ただ、こんな風に取引みたいな流れでやっちゃうのが嫌なだけで……」
「じゃあ俺の事好き?」
「それは……」
 うろうろと泳ぎ始めた目をネクロが顔を固定して定める。
「ナトリちゃん……これは流れとかじゃないよ。言ったでしょ? 俺はナトリちゃんが好きって……。ずっと決めてたんだよ。俺が敵で、ナトリちゃんが追われる側の時にナトリちゃんがここに飛び込んでくるような事があったら、その場で俺の物にしちゃおうって……。ナトリちゃんは俺に触れられて嫌? 気持ち悪い?」
「き、気持ち悪くないよ」
「ねぇ、ナトリちゃん、嫌いな相手にこんな風に触られたら普通は気持ち悪いでしょ……?」
「……え……」
 ネクロの言わんとしている事に気づいて、思わずぼんやりとネクロの顔を見た。が、すぐに顔を反らしてしまう。
 そんな俺の頬に手を添えてネクロは目を合わせてきた。
 黄緑に近い緑の瞳は薄く細められていて、なんだか酷く惹きつけられる。
 不意にネクロから漂ってくる甘いような身に絡み付く匂いが強くなった気がした。シャンプーの香りかと思っていたけれど、そうではなさそうだ。
 ネクロの全身からその香りがする気がする。
 まるでその香りに酔ってしまったように、思考がくらくらとした。
「ねぇ……ナトリちゃんは俺の事好きなんじゃないかなぁ……」
「す、き……?」
「そう。だって俺にこんな事されても気持ち悪くないんでしょ? ナトリちゃんが気付いてないだけで、ほら……今だって心臓がどきどきしてない?」
「え……?」
 どきどき? して……る。俺は胸に手を置いて首を僅かに傾げた。
「か、も……」
「ナトリちゃん、俺は大好きだよ。ナトリちゃんが俺を選んでくれたらすごく大切にしてあげる。それに、すっごく気持ち良くさせてあげられるよ……」
「たい、せつに……」
「そう。ねぇナトリちゃん。ナトリちゃんは俺の事が好きでしょう……?」
 綺麗な顔が俺にそう聞いてくる。
 優しく細められた瞳から目が反らせなくて、むしろもっと見ていたくて。
 何よりも甘くて心地の良い香りが脳内を占めていく。
「好き……」
「そう……。良い子だね、ナトリちゃん」
 誘われるように呟いた一言に、花が開くようにネクロが笑みを浮かべる。
 その笑顔がもっと見たくて、ぼんやりと見つめるとにぃっと唇が横に広がった。
「もっと、気持ち良くしてあげるからね……」


「あ、あ、あぅ……」
 ネクロに揺すぶられる度に声が洩れる。
 後孔で繋がったそこは絶え間なく快楽を伝えて来て頭が真っ白になった。
「は、っあ、ナトリちゃん……っ」
 解かれた手にネクロの手が伸ばされ、指と指が絡む。
 手の平から伝わる熱が心地よくてネクロを見上げればキスが雨の様に降ってくる。
「あ、ね、くろ……あぁあぁ……」
「またイく? 良いよイって……。何度でもイかせてあげるっ」
 ネクロの腰の動きが早まり、パンパンと打ち付けられる音が激しくなった。
 口の端から唾液が零れるのを感じながら全身が絶頂に向けて強張る。
「あ、イ、く……あ、あ――……っ」
 何度目か分からない絶頂に目の前が白くなり、足の先がきゅうっと伸びる。
 がくがくと全身を震わせながら腰をネクロに押し付けると、ネクロの呻き声と共に中に熱が広がるのが分かった。
「ネク、ロ……」
 震える手をネクロの頬に伸ばすと、それに気づいたネクロが柔らかく微笑んで手を取り、指に優しく唇を落としてくれる。
 甘い匂いに包まれながら遠くなっていく意識の中、その悲しそうな笑みが最後まで視界から消えなかった。




 腕の中にいるようやく手に入れた存在を見下ろす。
 ひくひくと痙攣しているその体を愛おしく抱きしめて笑みを浮かべる。

 ずっと待っていた。
 彼が此処に来る事は非常に可能性が低かった。
 何故なら彼はこの時間の間大抵あの熊の傍にいるらしいし、逃げる時だってあの熊が一緒なのだろう。
 だから此処に近づくはずがない。
 例えたった一人で逃げていたとしても、この広い校内の中、ここにたどり着く可能性は低いだろう。
 ――そう思っていた。
 それでも彼がここに来たら。
 自分の手の内に飛び込んでくるような事があれば、その時は――無理矢理にでも自分の物にしてしまおうと。

 その為にずっと用意してあった小さな瓶を手の平の上で転がした。
 誘導型の洗脳が出来るとかなんとかという売りだったが、半信半疑で購入した物だ。
(まぁ、姉貴が効能はホントって言ったから信用したけどねぇ)
 これを用意するなら、シートの一つや二つ用意してあげればよかったかと一瞬思ったが、それだと準備が良すぎてナトリちゃんも不審に思ってしまう可能性があったからこれで良かったのだと打ち消す。

(これで、良かった……)
 だって大好きな人を手に入れる事が出来たのだから。これ以上の幸せは無いはずだ。
 でも胸の内は喜びと悲しみでぐちゃぐちゃで。
 相手が向ける愛情は紛い物か本物か、見分ける事が出来なくなってしまうきっかけを自分は作ってしまった。

(でもそれも覚悟の上だよぉ)
 他の誰かの物になるくらいならば。
 自分以外の誰かをその目に映すくらいならば、こうしてしまった方が良いに決まっている。
「大切にするからねぇ……?」

 何か抜け落ちてしまった笑顔は、ただただ嬉しそうだった。






− _ −
11


[ 戻る ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -