雪隠詰め | ナノ


▼ 攻めs×満 A


「夏だ!」
「海だ!」
「……海水浴だ……?」
「ええ、ナトリちゃんノリ悪い〜」
「いやいや、この後に続く言葉って以外と思い付かないよ……じゃなくて何故に海……」
 水着に着替えて今更な事を呟いた。
「夏には恒例の海でしょー!」
 母さん。俺は今男子校の行事で海水浴に来ています。……正直むさくるしいです。

 むさくるしくとも来てしまった物は仕方がない、楽しまなければ損だ。
 そう思いきった俺はエレミヤ先生から貰った、学校長特製の日焼け止めを肌に塗り込んだ。なんでも烏の匂いがするようにしてくれているらしい。
 ……本当に何から何までありがたい。
 あ、海パンは流石にお下がりじゃなくて新しいのだから!
 膝丈の黒に赤の線が入ってるシンプルなやつ。それに白のパーカーを羽織っている。
 良く海派と山派に分かれるけど、実は俺川派なんだよね……。
 泳ぐの好きなんだけど、海って……ほら、熱いじゃんか地面が。
 熱くて、おまけに指の間に入ってくる浜辺はかなり大変……いや、軟弱とか言わないで! 本当に大変なんだって! それに砂浜だから足も埋まるし……っ。
 もう地獄だよね、あれ。右足がつくのと同時に左足上げてっ! って進まないと足の裏が焼けただれそうになる。
 ビーサンで海の中に入ればいいじゃんって言われるけど、そうすると海に入った後邪魔になるんだよなー。
 点々と設置してあるパラソルの下で、日光を燦々と跳ね返す白い砂を若干恨めしく見つめた。

「ナトリちゃ〜ん! 可愛いねぇ、水着ぃ」
 うきうきとネクロが誉めてくれる。
「そう? 普通の海パンなんだけど…」
「そんな事ないよぉ。ホント可愛い〜……ああ、脱がしたい……」
「え?」
「なんでもないよぉ」
 ぼそりと何か呟いたけど、聞こえなかったから聞き返したら笑顔でかわされた。
「あんまり楽しくなさそうだねぇ? 海キライ〜?」
 覗き込んで聞いてくれる。いや、違うんだよ。泳ぎたいけど、そこまでの道のりが……。
「いや……」
「ミツル〜〜!!」
「げふっ」
 後ろから大声で誰かが飛びついて来て、俺を押し倒した。
「ああああ、マジ可愛い! やばいやばい! 写真撮りたい! むしろ動画で!」
 ばさばさという音と共に絶叫と青い髪が飛びこむ。
「アズ……」
「なぁにしてんのこの駄犬が。その水着脱がして粗末なの晒させてやろうか」
「なにが粗末だ!」
「やぁい短小早漏〜!!」
「あ゛あ゛!? どこがだゴルァ!! 今からでも見せてやろうか!!」
「や、やめてクダサイ」
 俺は額を押さえてふらりと後ずさった。
 男子同士の喧嘩でかなりの破壊力を持った罵声にくらくらする。駄目だって、喧嘩でそういう繊細なモノに触れちゃ。
 ……別に俺がそうだとかじゃないよ。た、確かにでかくは無いけど普通サイズだよ。そうだよそうだってば!
 後ずさった俺を誰かが支えてくれる。
「あ。ありがとうござい、ます……?」
 俺は苦笑いを浮かべながら振り向いて言葉を失う。
「……あ、どうも。ザインさん」
「大丈夫か……?」
「ええ、はい……」
 既に一泳ぎしてきたのか、髪から水を滴らせたザインさんがそこに立っていた。
 やばいぞ、ザインさん。海が似合いすぎる。そして無駄なまでの色気。垂れ流しにも程がある。
「色気って底をつかないんですかね……」
「……? さあ……?」
 少し遠い目をして俺は呟いた。

「ナットリちゃん! 俺と遊ぼうよ〜!」
「ばっか、俺とだろうが!」
「え、うん……」
 また苦笑いを浮かべる。
「……あれ、そういや二夜は……?」
 良く見ると二夜だけじゃなくて男子の半分くらい、指定されたこのビーチに無い気がする。おかげで最初のようなむさ苦しさも半分減少だ。
「あーあれじゃないか。少し離れてる他の一般のビーチに行ってるんじゃないか?」
「そーそー、巨乳のビキニお姉さんナンパしてくるって行っちゃったー」
「ビキニお姉さんですと!?」
 思わず食い付く。
 いや、俺も健全な男子高校生だからね! いくらナンパは無理だろうと綺麗なお姉さんのビキニ姿は是非拝みたい!
 巨乳じゃなくて良い、俺は美乳派だから!
 デカけりゃ良いってもんじゃないんだよ! デカくたって押し付けられて圧死しそうになるだけだから!
 俺の理想はBとCの間!! 若干B寄り!
「俺もそっち行――」
「何言ってんの?」
 『そっちに行きたい』と言おうとしたら、ネクロが言葉を遮って笑みを浮かべた。
「ナトリちゃんが行くような場所じゃないよぉ? 楽しくないからぁ」
「駄目だ!! 絶対!! 雌にその可愛い水着姿を見せるのか!? あ゛あ゛!?」
 顔は笑っているのに目は笑っていないネクロと、語尾が不良さんになってるアズに俺はひっと息を呑んだ。
 こ、怖い、怖い怖い!
「……ナトリ、水着姿の女性が……見たいのか?」
「え、あ……はい。俺も男ですし……」
 ザインさんに真顔でそう聞かれて俺はおずおずと頷いた。てか止めて! 真顔で『水着姿の女性』とか言わないで!
 なんだかそんなものを見たいって言ってる俺って変態さん! みたいな空気がするじゃん!
 お、おおかしくないよね!?
「……ナトリも……巨乳が好きなのか……?」
「い、いえ、俺は美乳派です……ご、ごめんなさい」
 まだ真顔のままのザインさんに思わず謝ってしまった。
 もう、や、止めて……俺が悪かったよ……っ。
「止めとけ」
「……へ?」
「さっき、見に行ったら……美乳は、いなかった」
「いない!?」
 諭すようにザインさんにそう言われて驚く。
 美乳がいないってどういう事!? え、何その必死な顔! そんなに酷かったのか!?
「……全員、垂れてた」
「全員!?」
 想定外すぎる答えに愕然とする。
 い、いや、いくらなんでも全員は流石に無い……で、でもザインさんが言ってると妙に説得力あるっていうか……。
「そ、そうなんですか……」
「だから……ここに居た方が、良い」
 そう言いながらふっと甘く笑われて、何だか納得して俺は頷いてしまった。
「じゃあ、泳ごぉ?」
 にっこりと今度は心から笑みを浮かべたネクロに手を引かれて、俺はパラソルの下から――。
「待った!」
 ぐっと手を掴み直して叫ぶ。
「ちょっと待ってパーカー脱ぐから」
 このままじゃ泳げないと自分のパーカーのチャックに手を掛ける。
 ジジ……ッと音を立てて下にさげて、中程まできたとこでふと周りの静けさに気付いた。いや、ビーチ特有の騒がしさは健在なのだけれど、どうも静かというか……。
 ん? と首を傾げ、顔を上げて俺は顔を引き攣らせて後ずさった。
 三人とも食い入るように見ている。
「な、何? 何も隠してないけど……」
「え? ああ……うん……」
「やっばぁ……一番エロいのってチラリズムだって聞いた事あったけどマジだねぇ……」
「……」
 その目線になんだか怖い物を感じながらもチャックを下ろしきり、脱いでパラソルの下に置いた時、ごくり……と音がした気がした。
「……?」
 空耳かと振り返るとアズの喉が上下している。
「喉渇いた?アズ」
「……渇いたっつーか、……確かに渇いてるけどどっちかっつーと飢えてるっつーか……」
「腹減ったの?」
「ご、ごめん。そんな純粋な目で俺を見ないでくれ……っ」
「へ?」
 アズは顔を覆うとその場にしゃがみ込んだ。
 尻尾が股の間に挟まれて、耳もぺしゃりと垂れている。……何故に反省ポーズ?
「まあまあ、こんな駄犬放っておいてさぁ、泳ご泳ご」
 そう言ったネクロにまた腕を掴まれてとこんどこそパラソルの下から――。
「ま、待った!」
 ぐっと足を踏ん張って影と日光の当たっているぎりぎりラインで止まる。
 ま、まだ心の準備というか、行くぞ! って気持ちになってないというか……てか、なんでネクロ平然と立ってられるの!
「うう〜ん? どうしたのぉ? あ、やっぱり泳ぐの嫌い〜?」
「じゃなくて、あの熱い砂の上を歩くのに少し勇気がいると言うか」
 何が? と首を傾げるネクロを見て、もしかして肉珠があるから平然としていれるんじゃないかと少し憎くなった。
 ……でも試しに足の裏を見せてもらったら俺のと何も変わらなかった。何故だ。
 よっしグダグダ悩んでても仕方がない。ダッシュだ、ダッシュ と『よーいドン』の格好をとる。
「よーい……」
「そうだねぇ……あ、良い事思い付いた」
「ど、ぅえぇえええ!?」
 腰をがっと誰かに掴まれて「よーいしょっと」と持ち上げられた。
 いや確かに前屈み気味になってたけど、そんな簡単に持ち上げられると男としてのプライドという物が――って、何で担いでんの!?
「ね、ネクロ!?」
「熱いのヤなんでしょ〜俺が運んであげるねぇ」
「あ、や、そういう訳ではない……って言ったらウソになるけど、流石にそこまでしてくれなくても……!」
「ええ〜? じゃあ下ろすねぇ?」
「うわわっ! ちょっと今手離したら俺落ちる!」
 下ろしてして欲しいけど、落して欲しい訳じゃない。
 慌てて声を上げるとくすくすと笑われた。
「じゃあ掴まっててねぇ」
「え……はい」
 それはつまり、担がれるか落されるかの二択しかないと言う事なのだろうか。
 それなら……担いで貰おう。うん。俺楽だし。
 ゆさゆさと運ばれていたと思ったら、ひょいっと誰かに抱きかかえられた。
「ふえ?」
 さっきよりも楽な体勢……というかこれはお姫様抱っこだ。驚いて目を上げる。
「……ザインさん?」
「こっちの方が……楽だろう?」
 さっすが紳士の権化。だけど最近気付いたんだよね、俺。
 ザインさんの紳士が発動すると、完全に俺乙女ポジションになるっていう事に。
 もうありがたいとか以前に恥ずかしい。ただ単に恥ずかしい。
 そしてその恥ずかしさも「うぉおおおむっちゃ恥ずかしい!」じゃなくて、これまた「きゃー!」って感じの乙女みたいな恥ずかしさだから俺もうどうしようもない!
「あ、あのう……その優しさは嬉しいんですけど、すっごい恥ずかし……」
「大丈夫だ、誰も、見てない……」
「なぁに勝手に抱っこしてんのぉクマさん。流石にそれは相手がブリューインでも俺喧嘩売るよぉ?」
「ええ……あの、俺自分で歩きますから……下ろして」
「……あんな運び方、ナトリが苦しいだけだ」
「ああ? じゃあ俺がそうやって運ぶから返せって」
「下ろし」
「……俺の方が体格が良い」
「ごちゃごちゃぬかさず返せ」
「おろ」
「俺が運ぶ……」
 俺の下ろしてコールは完全に無視され、だんだんネクロの口調が荒くなっているのにザインさんは飄々と前に進む。
「なぁにしてんだテメェ等ぁああ!!!」
 反省タイムが終わったのかアズの叫び声が響いた。
「ちっ……!」
 舌打ちと共に、がっとネクロの手がなんだかさっさと決着をつける様に俺の腰に掛って俺を引っ張った。
「うわぁ!?」
 ずるりと落ちかけた俺は、思わずザインさんの逞しい腕にしがみ付く。
 体勢が不安定になった俺の身体に引きずられるのと引っ張る勢いで、ネクロの手は俺の腰を滑り、その勢いで手に引っ掛かった物を引き摺り下ろした。
「あ」
「……あ」
 ずるん。
 と効果音がしそうなほど綺麗に引き摺り下ろされたのは――俺の海パン。

「ああぁあああ!?」
 俺の絶叫がビーチに響き渡った。
 走って来るアズが居るであろう視界の端で赤い飛沫が見えたのは気の所為だと思いたい。




 その日は泳ぐ気分になれず、ネクロの謝罪を聞きながら二夜が買ってきてくれたかき氷をパラソルの下でぶすくれて食べていた。

 母さん。海に楽しい思い出とトラウマが出来ました。





− _ −
8


[ 戻る ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -