雪隠詰め | ナノ


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 突然がばっと顔を上げると満は徳利もどきを引っ掴み、直に口をつけた。
「お、おいナトリ!?」
 慌てるギリアを横目にぐびぐびと満の喉が上下する。
「ぶっは」
 全て飲みきり、手の甲で口を拭う満の目は据わっている。
 実はさっきの衝撃で満はお猪口もどきに入っていた酒を飲み干してしまったのだ。
 急激に入った度数の高いアルコールは、温泉で血行が良くなった身体にすぐに回り、酒に慣れていない満の箍を外すには十分すぎた。
「もう一杯」
「や、やめとけ」
「五月蠅い」
 ギリアの制止もなんのその。二本目に手を伸ばして呷ろうとした満の腕を、アズが掴んで止める。
「ミツル、やめと……け」
 「あん?」と振り向いた満を見てアズはごくりと唾を飲み込んだ。
 目は据わっているが潤んでおり、上気した身体、酒で濡れる唇、さっき前髪をかきあげたから軽くオールバックになっている満の姿は悩殺ものだった。
 そんな満に見蕩れていたアズは気付かなかった。
 己に危機が迫っている事に。
「なにさ……んん?」
 完全に酔いきっている満は目の端に映った物をむんずと掴んだ。
「うぎゃう!?」
「んー? ああ尻尾か」
 それはアズの青い尻尾。
 お湯に濡れているその尻尾に満は指を這わせ、弄る。
「びしょびしょじゃん? これどーやって乾かすの? ドライヤー? 自然かんそー?」
 毛に指を絡ませながら、けらけらと楽しそうに笑うその顔はまさに悪魔。
 されてる方はたまらない。
 必死でどうにか指から逃れようと身を捩るが、その度に絶妙な力で握られて身体に力が入らない。
「あ……ぐっ、も、もうやめっ……!」
 これ以上は本当にヤバいと力を振り絞り満を振りほどくと、アズは逃げるために背を向けた。
 彼は忘れていた。
 尻尾は後ろについている事を。
「あ、逃げんなよー」
 がっしとアズの尾を根元から掴む。
 その手は逃げようとするアズの歩みで、自然に根元から先まで滑らせる事になった。
「あぎうっ!?」
 脳天を突き刺すような快感にアズはその場で崩れ落ち――そして、強かに温泉の縁で顎を打ち、意識を飛ばした。
 ぷかりと屍のように浮かんだアズの尻尾をなおも弄るが、僅かな痙攣しか反応がないと分かった満はつまらなさそうに手を離した。
 そして新たに絡むのは誰にするかと見渡す。
 予想外過ぎる満の行動に唖然としていた他のメンバーは己の身の危険を察して、我先に湯船から出ようとした。
 次の餌食になった者はただ少し、ほんの少し他よりも行動が遅いだけだった。
「つーかまーえたっ」
 がしりと肩を掴まれた二夜は、満面の笑みの満にざぁあっと青ざめた。
 湯船の中に引き戻されながら二夜は必死で逃れようと言葉を紡ぐ。
「や、そのミツルさん、俺、そろそろ上せそうなんで出たい……」
「なんだよ、俺の酒が飲めないの?」
 完全にパワハラを行う上司と部下の会話だ。
「や、そうじゃないけど」
「じゃあ飲め」
「み、ミツ」
「そーかそーか、わかった。飲めないのなら飲ますまでっ」
「へ?」
 そう言うと、満は二夜の前でぐいっと酒を呷りぐわしっと両手で二夜の頬を挟むと、酒を含んだまま口付けた。
 二人を除くその他大勢の、二夜の名を呼ぶ絶叫が湯船に響き渡った。
 満は唇でこじ開けるようにして酒を二夜の咥内に流し込む。
 全部流し込んで満が満足げな顔をする頃には、二夜は鼻から血を吹いて気絶していた。
「どどどうするよ!?次の餌食は誰!?」
「ギリア先生!貴方の責任でしょう!?」
「俺は少しだけの予定だった!鳥が倒れてきたからだろうが!」
「儂は不可抗力じゃ!!」
 ぎゃんぎゃんと吼えあっている皆は放っておいて、しばらく考え込んでいたザインは頭に乗せていたタオルを冷水でたっぷり濡らすと。
「あ、ザインさ、んぶっ」
 相手をしてくれるのかと思ってへらへらと笑う満の顔面に、びしょり、と乗せた。
「つめた――!!」
「……酔い、醒めたか……?」
 叫んで顔からタオルを叩き落とす満にザインが小さく微笑みながらきく。
「…………さ、め……ました」
「そうか……」
 どちらかというとタオルの冷たさよりも、ザインの大人な理性ある行動に酔いが醒めたのだが。
 よかった と破顔するするザインを見つめ、自分の痴態を認識した満はみるみる内に赤くなり、浴衣を着るのもそこそこに涙を撒き散らしながら部屋に戻ると、押し入れに閉じこもってしまって冒頭に至る。




「死者二名ねぇ……」
 腰にタオルは巻いてあるものの、未だ裸のアズと二夜を見つめてネクロは呟いた。
「まあやって欲しくなかったと言えば嘘になるっちゃぁなるけどぉ……」
 翻弄されて終わるだけだと思う。
「そういやナトリママさん、酔うとキスするって言ってたっけぇ……」
「とりあえず出ておいで、ナトリ」
「……ナトリ……」
 耳を澄ますと小さく嗚咽が聞こえる。
 強制的に開けようかと試みたが何かつっかえ棒がしてあって開かない。
 ちなみにギリアは部屋の隅っこでエレミヤに物凄く怒られている、というか一方的にぼこられている。
「大丈夫だよぉ、恥ずかしくなんてないってぇ。被害者の二人も天国見れて幸せだろうさ……」
「……ちょっとどけ……」
 呻くような声にネクロが退かされた。
「あ、ニヤちゃん気がついたぁ?」
「う……」
「天国は見えたかの?」
「う、うるさい!」
 少し耳を伏せ、顔を赤らめながら二夜は浴衣に腕を通す。
「ちょっと皆外にでてくんね?」
「え、何するつもりぃ? ニヤちゃんも隅に置けない……」
「別に何もしねーよっ」
 真っ赤になり、八重歯を剥きだして二夜はしっしっと皆を追い出した。

「何するつもりかねぇ……まあヘタレだから襲うなんて事はぜっっったい出来ないだろうけどぉ」
「……可哀そうな事を言うてやるな」
「いやいやほんっとヘタレよぉ」
 アズは未だ意識は戻らないまま、ザインの肩に担がれている。
 十分程経過したその時。
「二夜ぁああぁ!!!」
 すっぱーん!という音が響いた。
「おお?」
 どやどやと皆で覗きこむと二夜に満がしがみついていた。
 その背中をぽんぽんと二夜が叩いている。
 二夜にまたがる格好なので生足がぎりぎりまで見えていて、それに皆一瞬釘付けになったが慌てて目をそらす。
 二夜は気付いてないようだ。……教えてやらない方が良いだろう。失血死をしてしまうかもしれない。
「……お、おお凄いじゃん……何したのぉ?」
「酒でやった俺の失敗談を延々と聞かせた」
「なるほど……」
 満は少し涙が滲んだ目で「俺もう恥ずかしくないかもしれない……」とかなりひどい事を呟いていた。
 二夜によってどうにか押入れから出てきた満はその後、エレミヤに背中を踏まれながら土下座をさせられているギリアに謝られた。
 アズは次の日まで起きなかったが、至極幸せそうな顔をしていた……らしい。

 この日に皆の心に刻まれたのは、満に酒は飲ませてはいけない。自分にも満にもあまりよろしくない結果になると言う事だった。






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