雪隠詰め | ナノ


▼ 攻めs×満
「ナトリちゃーん、ナっトリちゃ〜ん! 出ておいでぇ。ほらほら、そんなとこにいないでさぁ」
「……ナトリ……」
「ほれ出ておいでナトリ」
「……もう……ほっといて……」
「何言ってんだ おら、出て来いチビ」
「もうチビでもミニでも小でもなんでも言ってください……俺はここに骨を埋めます」
「あらー……ナトリ君が身長の事言っても出てこないって……。でもねナトリ君。そこで餓死なりなんなりしたら旅館の人が困っちゃうよー」
「がっこーちょー何リアルな事言ってんの」
 俺は自分の膝を抱えて暗闇の中でえぐえぐと泣いた。
 さっきの痴態を思い出すだけで恥ずか死ねそうだ、ってか死ねる。

 数時間前――。




「おいでませ露天風呂付りょかーん!……あら、なんかノリ悪いね君たち」
「だって明らかにメンバーがカオスですよ……」
 俺は若干虚ろな目で後ろを振り向いた。
 俺を抱きしめようと手を伸ばすアズ。そんなアズの襟首を掴んで引き止めるザインさん。「その手離してクマさん駄犬蹴り殺す」と恐ろしい顔で言うネクロ。あれ俺下着持ってきたっけ? と鞄を漁る二夜に、無いなら儂のを貸してやろうか? と言うラージュさん。そして煙草に火をつけるギリア先生。

「どうしたらこうなるんでしょう……?」
「どうしたらって、最初はこの学校に生徒として在籍してる王サマ達と学校長の交流として計画してたんだけどね、アズ君がナトリ君がいないと嫌とか言うから……そしたらネクロ君がアズ君とナトリ君一緒に出来ないとか言ってついて来たでしょ? 王サマでも何でもないネクロ君が行くのに同室のニヤ君が行かないっていうのは可哀そう、というのは建て前で、共犯にしちゃえば他の生徒に言えないだろうという考えー」
「さらっと本音言いましたね……」
 ちなみにザインさんは俺が誘った……というかエレミヤ先生にお願いした。
 メンバーを見て騒がしくなりそうだと思って、何かあった時の為にと言ったら案外簡単にOKしてくれたのだ。
 ちらりと後ろを振り返り、その判断は間違いではなかったなと一人頷いた。そんな俺にエレミヤ先生がこそっと小さい声で耳打ちする。
「ちなみに今から入る温泉は、硫黄の匂いでナトリ君の匂いまで分かんないからね。安心して良いよ」
「あ、本当ですか」
 もしかしたら自分だけ別に入らなきゃいけないかなと考えていたから少し嬉しい。
 別にそれはそれで良いのだけれど、やはり一人ぼっちは寂しいものだ。
「あの……ルエトさんは居ませんけど?」
「行きませんって即答されちゃった! 蛇王は……うちの生徒じゃないからねー」
「へえそうなんですか? ……で、ギリア先生は」
「俺は休み使って来た」
 いつの間にか横に立っていたギリア先生が答える。
「露天風呂っつったら美人がいっぱいいんだろ」
「凄い偏見と希望的観測ですね? というか生徒の前で馬鹿な行動はしないでくださいね」
 にこやかに話すエレミヤ先生の目は氷点下並みの冷たさだ。
「今日の俺は先生としているんじゃねぇ一人の男としてここにいる」
「人の車に乗って来といて何言ってんだ。てめえは下半身に脳みそあんのか」
 額に青筋を立てるエレミヤ先生。喋り方がいつものどことなく飄々とした丁寧語でない事にも気づいてないようだ。
 この二人の仲が悪いのは、学校の中でも有名だという事を最近知った。……というかエレミヤ先生が一方的に物凄くギリア先生を嫌っているらしいのだけど。
 そんな二人からじりじりと後ずさりながら、今日は大丈夫だろうかと不安になった。




 部屋に入って驚いた。なんとこの部屋畳だ。おまけに浴衣まである。
 久しぶりに日本の香りを感じてちょっと感激した俺は、すぐさま脱いで着替えようとした。が、周りから物凄い勢いで止められる。
「ままま待て! 俺らが先に着替えて行くから!」
「え、何で?」
「何でも! この場を色んな意味で血に染めたくなかったら後から来て!!」
 二夜とネクロから必死で頼まれて、しぶしぶとネクタイにかけた手を下ろした。
 ようやく皆いなくなると俺は、いそいそと白地に紺で模様の描かれた浴衣に手を通し……ん?
(――……長くない?)
 これでは裾をずるずると引きずってしまう。
(――サイズ間違えたかな?)
 祈る思いで浴衣の首の所を見たが――そこには『小』の文字が。
 カウンターで子供用のを貰いに行こうかと一瞬諦めがよぎったが、そこは男のプライドが許さない。
「……捲るか」
 静かに俺は呟いた。




「あ、ナトリちゃん思ったより遅ぉおおおお!?」
「ん? ってナトリなんじゃその格好は!?」
 風呂場につくと、服を脱いでいたネクロが絶叫した。
 ザインさんが腰にタオルを巻いた格好で目を見開いている。
 ラージュさんは唇を戦慄かせて俺を指さした。
「あー……やっぱり変だった?」
 今、俺は浴衣の裾をどじょうすくいのあの格好を元にして膝上らへんまで捲っている。
 こんな裾で袖はそのまんまってのもおかしいかと思って、袖はたすき掛けをして捲りあげておいた。
 皆の反応に、素直に子供用を貰っておけば良かったかと少し後悔する。
「いやっ変じゃないのじゃがっ……裾は下ろさんかっ?」
「だって裾すっちゃうんですもん……」
 俯くと何故か三人とも鼻を押さえる。
「……後で……合うサイズの物……もらってくる」
 目を上げるとザインさんが目を細めて微笑んでくれた。
 ここで『子供用』と言わない優しさが無性に嬉しい。
「ありがとうございますっ」
 満面の笑みを浮かべてザインさんにお礼を言うと、たすき掛けで使っていた紐を解いて浴衣を脱ぎ始めた。
 ところが腰紐を思ったよりもきつく縛ってしまったようで、中々解けない。
 肩まで浴衣をずり下げて俺は三人に目を向けた。
「他の人は?」
「……もうはいってるよ〜……」
「そっか……あ、あのさ、そんなに見ないでもらっていい……?」
 三人とも異様なくらい食い入るように俺を見ている。……な、何かおかしいのだろうか?
 自分の身体を見降ろしてみる。まだ紐が解けてないから胸が肌蹴ているだけなんだけど……。
 そして三人を見る。既に腰にタオルを巻いているだけだ。
 ……何度か俺の身体、三人の身体を見比べて分かった事。
(――なまっちろい……)
 ザインさんとかなんですかそれ、腹筋凄くないですか。殴ったら俺の拳の方がどうにかなると思う。絶対。
「あの……恥ずかしい、というか情けなくなるんですが……」
 その言葉に三人ともハッと元に戻る。
「す、すまん!! では先に入るぞ!」
 逸早く我に返ったラージュさんが気を利かせて、二人の腕をがっしと掴んで半ば引きずる形で先に行ってくれた。
 何を食べたらあんな身体になれるのだろうか……。羨望の眼差しを向けながらも、俺は浴衣の紐を解くのに専念した。

「さて、入りますか!」
 腰にタオルを巻きつけて意気込んで戸を開けて中に入っる。
 温泉特有の硫黄の匂いが鼻孔を掠めたと思った瞬間。
「どーん」
「うぎゃー!!」
 首にラリアットかまされて、俺は軽く宙をとんでお湯の中に落ちた。
「ごぼっ、あっつっ、え、げほっ、何事!?」
 お湯は熱めだわ、突然だわ、鼻に水が入るわで俺は噎せながら振り返った。
 にこにこと笑って、ガッツポーズをしているのはエレミヤ先生。
「なんでこんなことするんですかっ」
「だって普通にしてたら多分皆妙な空気になると思ってね!」
「ナイスがっこーちょー」
「ありがとうネクロ君!」
 ハイタッチをしあうこの二人はどこか似ていて仲が良さそうだ。溜息をついて俺は濡れた前髪をかきあげた。
「おいナトリ」
 ぐっと腕を引かれる。
 引いたのはギリア先生だ。
「はい」
「飲め」
「はい?」
 差し出されたのはお猪口みたいな形の杯。
 目を横にずらすとそこにはお盆の上に徳利みたいな形の入れ物……。お猪口と徳利とはどことなく形が違うのだけれど、中身は容易に想像がつく。
「……お酒?」
「おう、飲め」
「でも俺、未成年……」
「あ?」
「二十歳前なのに飲めませんよ」
「……ああお前の世界ではそうなのか。こっちでは十五歳になったら飲めるぞ」
「え、そうなんですか」
「おう。だから飲め」
 無理矢理手渡される。
 ……まあ郷に入っては郷に従えっていうし……?
 渋々という態を装いながらも、興味が勝った俺は杯に少し口をつけた。
 正月とかで口にしたあの独特の苦みと舌を刺すような味がする。
 味の善し悪しとか強い弱いとかあまり分からないけど、これは強い方ではないだろうかと眉を顰めた。




「あー……あの項たまんねぇ……」
「ここで溺れ死ぬ?この駄犬」
 そんな満をアズとネクロはこっそりとしかし舐めるように眺めていた。
 勿論満は気付いておらず、一人酒の味に眉をしかめている。
「マジ可愛い……ってかうるせぇよお前だってガン見なくせして」
「俺が見てるのは鎖骨ぅ」
「だから良いってもんじゃねぇだろーがアホ猫!」
「これやめんか」
 騒がしさに鳥王が諌めようと立ち上がったが、振り上げたアズの手がネクロに当たり、少し傾いたネクロの身体がラージュを押した。
 そして不意を突かれて完全に倒れたラージュの身体が、満の後頭部にクリーンヒットする。
「ごぶっ」
「がはっ」
 ざばーん! と盛大な音をたててラージュの身体が湯船に沈む。
「ごほっ、〜っ、この悪餓鬼どもが!」
 珍しく怒ったラージュがざばりと頭を出す。
 白い髪はぐっしょり水を含んでいた。
「ナトリ、当たったじゃろう?大丈夫か……ナトリ?」
 結構思い切り当たったというのに、俯いたまま全く微動だにしない満に疑問の声を上げるラージュ。
「……ふふっ」
 その時、小さい笑い声がやけに大きく響いた。



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