雪隠詰め | ナノ


▼ ニヤ×満


 今日は七月七日。七夕だ。
 ギリア先生にお願いして、切ってきてもらった笹を自分の部屋のベランダにいそいそと置いて飾り付け始める。
 懐かしい思い出に浸れるから、七夕はかなり好きなのだ。
 一人身で俺を育ててくれた母さんは忙しく、中々一緒の時間を取れなかった。
 参観日も余り来れなくて半泣きで「本当は行きたいのよぉお……!」と言っていた母さん。でも、七夕は仕事が終わって遅くなった夜にでも二人っきりで出来る行事で。
 『次こそは参観日行けますように』と真剣な顔をして短冊に書きこんでいた母さんを見て笑った記憶がある。
 そんな事を思い出しながら、切った短冊に願い事を書いていると、ピンポーンと音が鳴ってガチャリとドアが開いた。
「ミツルー? なにしてんだ?」
「あ、二夜。……そうだ、二夜も願い事書く?」
 ぴろぴろと短冊を振って見せると、二夜が首を傾げた。
「願い事?なんで?」
「今日はね俺等の世界、俺のいた国の風習で、星に願いをかける日なんだよ」
 そう言って俺は七夕の物語を話し始めた。
 天帝の娘の織姫と、働き者の夏彦の話。そして彼らの悲しい恋の話。
「で、七月七日だけ天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれて、会うことが出来るんだ。でもねその日に雨が降ると天の川の水かさが増して、織姫は渡ることができずに夏彦も彼女に会うことができないんだよ。だから二人が無事に逢えますようにってお願いするの。んでもって、ついでに俺等の願い事も叶えて貰おうって魂胆」
 そう言ってけらけらと笑ったが、二夜は何故か黙っている。
「俺ちょっとトイレ行って来るね」
 さっき少し水を飲みすぎたかなぁ、と立ち上がると、腕をぐいと引っ張られて俺は二夜の腕の中にいた。そのままぎゅうっと抱き締められる。
「ど、どうかした?」
「ミツルもどこか行くのか?」
 へ? と顔を上げると二夜の目に少し涙が膜をはっていて、おまけに焦りの色が浮かんでいた。
「どういうこと?」
「ミツルが俺達の前にいるのは織姫みたいにほんの少しのことで、元の世界に戻るのか?」
 どうやら、さっきの話を聞いて不安に思ったみたいだ。
「俺は今でも時々不安になる。ミツルがどこかのドアを開けるとそれは向こうの世界に通じていて、もう戻って来ないんじゃないかって」
 またぎゅぅうっと抱き締められる。
 それはまるで幼い子供が母から離れまいとするかのようで。
「……大丈夫だよ。大丈夫。例えそんな事があっても、俺は皆に何も言わずに元の世界に戻ったりしないよ」
 二夜の頭をそっと撫でた。
「それにさ、俺のカササギはあと千年しないと飛んで来ないから」
 まだ不安そうにする二夜に笑ってみせる。
「母さんが教えてくれたんだけど、この日に降る雨は催涙雨とも呼ばれててるんだってさ。織姫と夏彦が流す涙だからなんだって。実は俺さ、その話は好きじゃないんだ。
俺、誰かが悲しむ顔は見たくない。だから、二夜が悲しむ事はしないよ」
 大丈夫、大丈夫と頭を撫で続けた。
「ってか、二夜さんそろそろ離してー。漏れちゃう」
 慌てて離してくれる二夜。俺はまた笑って「すぐに戻るから」とトイレに立った。

 戻ってくると二夜は短冊に何か書いていて、それを後ろからこっそり見てみる。
『カササギ二度と来んな』
 思わず小さく吹き出す。
 多分それは織姫と夏彦も会えた後に思っているだろう。
 もっと良い表現が無いものかと首を捻っている二夜を背中から抱きしめるために、俺は大きく手を広げた。





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