▼ 1000年前
一年ほど前に変な生き物が突然現れた。
黒い毛と、黒い瞳を持ったその生き物はこの世界にいるどんな動物とは違った。
俺達と同じ言葉を話すのに、姿形が全く異なるのだ。
すらりと細い四肢で彼は二足歩行をする。猿みたいに所々毛が生えていないで皮膚が丸出しになっているのに、その皮膚は黒く無く、驚くほど白い。
初めは気味を悪がり誰も近づかなかったが、今では彼の周りは獣で囲まれている。
彼は優しく、知恵も有り、彼の側は居心地が良いからだった。
今日も俺は彼の元へと果物を咥えて尋ねる。
「あはははっ」
高い声が響く。
茂みから出ると彼は小鳥と話して笑っていた。
その笑顔に心奪われながら、自分以外の存在にそれが向けられている事に苛立って俺は威嚇の声を上げた。その声に小鳥が慌てて逃げていく。
「あっ! あーあ……いっちゃった……。ヴェント」
非難を込めた声で、彼が俺の名前を呼ぶ。
「なんであんなことするのさ」
「俺はなにもしてないぞ?」
しらばっくれながら、口に咥えていた果物を彼の側にそっと置いた。
「じゃあすごい威嚇音を出したのはどこのどなたなんだろうね?」
苦笑をしながらその果物を手にとって「ありがとう」と言う彼。
すっと身を屈めた時に首筋から甘い匂いがして、思わず唾を飲み込む。
なんて芳しい匂いなのか。こんな匂いを漂わせる動物を俺は知らない。思わずふらふらと鼻をよせると笑われた。
「俺、そんなに匂うの?」
自分の腕に鼻を寄せて嗅ぐその仕草は、同じ雄だというのに胸が高鳴るほど可愛らしい。
「なあ、俺のこと好きか?」
「ええ何? 急に。好きだよ?」
違う、そうじゃない。俺の好きは――。
「そうじゃなくて……あーうー……やっぱなんでもない」
「? 変なヴェント」
小首を傾げて笑う彼が愛おしくて堪らない。雄なのに。番に求めるには性別も、種族も当てはまらない。
なのに俺は彼を護りたい。
彼を慈しみ、愛し、傍にずっと置いていたい。彼の笑顔をずっと見ていたい。
「……また獲ったら持ってくるな」
「ありがとうヴェント」
ああ、神様お願いします。
彼との間に血が残せないのならば、せめて俺を彼と同じ姿にしてください。
彼と同じ目線で世界が見たい。
彼と同じ耳で音が聞きたい。
彼と同じ姿で、彼の傍にいたい。
その気持ちは日に日に募っていき、満月の夜、それは突然起こった。
朝から何となく体調のおかしかった俺は、一日中他の奴らが来ないような場所で寝ていた。
目が覚めて、四肢を伸ばして違和感に気付く。
(――なんだ?)
自分の身体に目をやって俺は驚いた。
いつもと全く違う肌色の肌。五本の指のつく手足。
驚いて身を起し、四つ足で地面に立とうとして非常に居心地悪くて戸惑う。
もしや……とそろそろと二本脚で立つと、その居心地の悪さは無くなった。
近くの池まで行って身体を映す。そこには紫の髪と銀の目を持つ鋭い顔の『ニンゲン』の男が映っていた。
俺が腕を上げると、その男は俺と同じ動きをする。
渾身の力で自分の頬を殴ってみた。ものすごく痛い。
「ゆ、夢じゃない……!」
彼よりもなんだかがっしりしているが、どうでもいい。同じ『ニンゲン』の姿になれたのだから。
俺は彼の元へ全速力で駆けた。
洞穴で彼は獣たちが用意した毛皮を被って、身を丸めて寝ていた。
おそるおそる近寄って肩を揺らす。
「う……う……ん? んー……」
目を擦りながら彼は身を起こし、寝ぼけ眼で俺を見ると驚愕で目を見開いた。
満月で明るいからその様子がよく見える。
「どっどなた様!?」
眠気の吹き飛んだ顔で彼は俺を見た。
「俺だ、ヴェントだ」
後ずさる彼の腕を掴んで止める。
「ヴェ、ヴェント!? そんな馬鹿な――――」
俺は自分の首から胸の中程まで走る傷を指さした。
これは以前に彼を喰おうとした馬鹿から、彼を護る時についた傷だ。
「これじゃ……証拠にならないか?」
彼はおずおずと指を伸ばしてその傷に触り、「ホントに、ヴェント……?」と唖然としながら呟いた。
「でもなんでこんな……」
「俺がお前の事が好きだからだ」
「へっ?」
これ以上ないってくらい目を丸くして彼は俺を見る。
「好きだ 好きなんだ。好きだからお前と同じ世界が見たいと思った。お前と同じ音が聞きたいと思った。お前と同じ姿で、お前の傍にいたいと思った……ら、こうなった」
それを聞いているうちに、彼の顔はみるみる真っ赤になっていった。
「そっ、そんな事で人間に……!?」
「俺にとってはそんな事じゃねぇんだよ!」
両手で彼の両手を握る。
「好きだ。……血は残せないけど、俺はどうしてもお前が欲しい。……俺の番に、伴侶に、なって欲しい」
「は、はん……」
声無く、ぱくぱくと彼は口を動かすと俯いた。
「……よ、よろしく……お願いします……」
「ほんとか!?」
「や、俺、別に前の姿のまんまでも……好きだったし……?」
小さい声でもごもご言っている彼を俺は思い切り抱きしめた。
「やっった!!」
「……ヴェント、お前今俺が言った事聞いてなかっただろ」
呆れた声でそう呟くと、彼は俺を引き剥がした。
「嬉しいのはわかったから……服を着て。とにかく」
真っ赤になって彼は俺から顔を背けた。目を落として、ああなるほどと頷く。
「なあ」
「何」
「シよう」
「はぁああ!?」
何を!? と叫ぶ彼に真顔で「交尾」と答えると横っ面を叩かれた。
「ばっ、馬鹿! 即物的だなぁ!」
「だって……」
だってもへってもない! と喚く彼を俺は押し倒した。
「ちょっ!」
「だって、俺、ずっと好きだったんだぞ?」
この姿も、明日になったら元に戻ってしまうかもしれない、と思うと気が急いて仕方がないのだ。
「わっ、わかった、わかったから! そんな悲しい顔しない!!」
その言葉に顔を綻ばせて、抱きついた。
「すげぇ綺麗……」
服を全部脱がせた彼はうっすらとした月明かりの中 白く浮かび上がっていて幻想的だった。
「あ、あんまり見るなよ……」
「今の俺と同じ身体って思えない」
ゆっくりと首から指を滑らす。胸の飾りに触ると、ぴくりと身体が動いた。
「コレ、いいのか?」
「んっ、ばっ、そこばっか、するなぁっ」
なんども触ると、真っ赤な顔で怒られた。凄く可愛い。
「すげぇ良い匂い…」
おもむろに顔を彼の脚の間に埋めれば、じたばたと身体が暴れる。
「なにっして!」
「あー……やばい」
目の前には滴を浮かべた彼の性器。そこからいつものと比べ物にならないくらい彼の匂いと、興奮する匂いが立ち昇っている。
「ばか! 見るんじゃ、ひっ、ああ……っ」
彼が怒っている間にソレを口に放って含む。
「んく……」
丹念に舌を這わせて吸えば、押さえ込んでいる体がびくびくと跳ねた。
「やめっ、やっ、ホン、ト、だめぇえっ」
ぶるぶると彼の太腿が震える。
「ふぁふ?」
「喋ンなぁあ、あああっ!!」
高い声を上げて、どぴゅっと彼は精液を吐き出した。
「ん……」
ゴクリと粘つくそれを飲み干す。
ずっとずっと欲しかったそれは俺の欲望を潤す。
「の、飲んだの!?」
「おう」
俺の返事に真っ赤になって顔を覆う彼。
「かわいー……」
雄同士のやり方を俺は詳しくは知らないが、言葉を喋らない動物の中に雄同士で交尾の真似ごとをしているのを見た事はある。
元々から本能にあるのだ。身体が成熟する過程で何かを対象に交尾の練習をするという事は。その本能と、自分の持っている知恵を合わせて考えるしかない。
雌にある器官の代わりになりそうなのは性器の下にある奥の窄まりしかない。そして、その真似ごとの際にはそこに熱を持った性器を擦りつけているのを見た事がある。――なら、ここで……。
まじまじと見つめるが、小さい蕾は余りに硬く閉ざされている。
取りあえずここを柔らかくしようと親指で撫でれば、思った以上に乾いた感触だった。
暫く考えた後、自分の指を咥え唾液で湿らすと、濡らした指を彼の後孔にツプリと一本挿れた。
「……っ」
顔を腕で隠しながら唇を噛んで耐える彼。
「痛い?」
と聞くとぶんぶんと頭を振る。嘘だ 痛いに決まっている。
だってそこは出す所で、受け入れる所じゃない。俺は申し訳なく思いながらも挿れた指を動かした。
「んぁう!?」
指が何かしこりを掠めると、ビクン!と彼の腰が浮いた。
それは明らかに喜悦の声。
「もしかして……」
そのしこりをぐりぐりと押す。
「んあ! あっ、や、なんっ、へんっ!!」
びくりびくりと身体を波打たせる彼。二本に指を増やしても気づかないくらい感じるみたいだ。
俺は彼の性器も扱きながら三本目の指を挿れた。
「あふっ……、もっ、だめ、イっ……ちゃ、う……よぉっ!」
泣きながら、彼がふいに俺の腕を掴んだ。
「やだ……これじゃ。……もう、ちょうだい……?」
涙目でそう言う彼に理性の箍が簡単に弾け飛んだ。
荒々しく口付けると、自分の性器を彼の後孔に宛がうと押し進めた。
「いぁあああ!!」
「……っく……」
熱い。熱くて溶けてしまいそうだ。
ゆっくりと腰を押しつけて、全部挿れる。
「はい……った?」
「ああ 全部」
そういうと嬉しそうな顔をして、俺の首に顔を埋めた。
「嬉しい……好きだよ……ヴェント……っ!?」
ずぐりと自分の物が質量を増したのがわかった。
「俺も……愛してるっ!」
彼の腰を掴んでがむしゃらに獣のように腰を振る。
「ヴェンっ、トぉっ!!」
「――……っ」
俺達は互いの名前を呼び合って精液を撒き散らした。
「あのさ」
「ん?」
俺の腕の中にいる彼に話しかける。
「ニンゲンの姿って、脚は遅くなるし、匂いも微妙に匂いにくなるし、良い事って言ったら細かい作業とか、高いとこの物がとれるとかじゃん?」
「まあ……そうだろうね」
「でもさ」
俺はぎゅっと抱きしめながら笑った。
「こうやって好きな奴を抱き締めれるのって、すげぇいいな」
「……そうだね」
彼の腕が背中に回るのを感じて、俺は至福に目を閉じた。
幸せな空気に包まれる二人が、何千年も後に、人間の世界からまた1人『ニンゲン』がこの世界に来るなんて事は知る由もない。
これはこの世界が変わるきっかけとなった二人の幸せな物語の一ページ。
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