雪隠詰め | ナノ


▼ 2


「それよかナトリ」
「はい?」
「お前一晩でえらい有名になったな」
 一瞬なんのことかわからなかったが、ああ、と頷く。
「だって仕方無いじゃないですか。あの場に俺なんかがいたら『なんでお前も?』ってなるでしょう?」
「……ん? いやお前が有名になってんのってあの喧嘩の原因だからなんだけどな?」
「……ん?」
 言っている意味が解らず、首を傾げた。
 喧嘩の原因だから? というか――。
「……そういやあの喧嘩のきっかけってなんだったっけ?」
「おい」
「や、ちょっと待ってください、俺わかってるんで。整理がついてないだけです」
 呆れたような表情を浮かべる先生を制し、眉間に皺を寄せる。
 アズが吼えて……いやいやそれより前。ネクロが殴ったらネックレスくれるって言って、でも俺殴れないからって断って……ネクロがじゃあって言って……あ、そうか。
「ネクロにキスされて、それにアズが怒って、でも俺別にキスとか普通だからアズにもキスして、それで一件落着って感じです」
「いやいやいや落着してねぇよ、それ」
「へ? どこがですか?」
 きょとん、と先生を見れば、大きな溜息を返される。
「狗王も可哀想に……」
 そう苦々しく、嘲笑を交えて独りごちた後、まぁ、可哀想なのは俺も同じかもしれねぇけどな、とぼそぼそと呟いた先生についていけず、目を見開く。
「えっ?」
「なんでネクロがキスしたんだ? そしてそれになんで狗王が怒ったんだ」
 国語の問いのようだ。
 ううん、と唸りながら口を開く。
「えーっと、ネクロは……面倒くさいんで端折って、アズは……俺が好きだから?」
「……さらっと凄い事言ったな。狗王が自分のことを好きだなんて」
「……そうですよねぇ……」
 確かに凄い傲慢な台詞だ。
「で?」
「で?」
 そこから何を聞かれているかわからず、言葉を繰り返す。
「で、お前は狗王が好きなのか」
「たっ単刀直入ですねっ」
「どうなんだ」
「……それが悩んでるんです」
 眉を寄せて、唇を噛む。
「先生、ついでだし相談乗ってくださいよ」
「ついでとはなんだついでとは」
 そう言いながら先生は真面目な目で俺を見て、次の言葉を無言で促す。
 なんだかその言葉を待っていた様にみえる程だ。
「俺、人生最大のモテ期っぽいんですよ」
 先生は無言のままだ。
 掌の小瓶に目を向けながら喋る。
「でも俺は男だし、相手も男だし、おまけに俺なんかじゃなくてもいいと思うくらい格好良いんですよ、見た目も、中身も。でもそこに友情以上の何かを感じるかって聞かれると困るんです。断る事で友情がどうにかなっちゃうそんな奴じゃない、それくらい凄い良い奴で、だからこそ俺はその気持ちにどうにか応えたい……って思うんですけど、こればっかりは……」
「無理に応えなくて良いだろ」
「そう、ですかね……」
「ナトリ」
「はい」
 顔を上げると両頬をがしりと挟まれた。
「おう……っ!?」
「いいか、そういうのは同情とかで答えを出すな。そっちの方が相手に失礼だ。お前が好きだと心から思えたら応えてやればいい。いいな? 同性とかは関係ねぇ。性別の壁が無理だと思うんだったらそれをきちんと伝えてやれ」
「……はい」
「ん、よし」
 がしがしと頭を撫でられながらちょっとびっくりしていた。
 まさかこんなまともな答えが返ってくるとは思わなかった。
「先生」
「あん?」
「ありがとうございます」
 へらっと笑いながら礼を言ったら物勢いで顔を背けられた。一瞬首の心配をしてしまうほどに。
 え、俺瓶開けちゃった? と、手元に目を落としたら蓋はしっかり締まっていた。
「先生?」
「んでもねぇ……」
「そうですか?でもホント、ありがとうございます。しっかり考えます。まあ、性別がどうのこうのってのはあんまり気にしてないんで、あとは俺の気持ちをはっきりさせる……」
「え?」
「はい?」
「……お前男でもいいのか」
「……いや、俺はどっちかって言われればもちろん女の人の方が好きだけど……別に同性に気持ちを伝えてもらうのって嫌じゃないです、よ? 全然。好意を向けられるのは嬉しいし……。そこに気持ちがあるなら……男同士でもいいんじゃないかな……とは」
 イロンのあの嬉しそうな顔を思い浮かべると、彼らが幸せならばそれで良いと思う。
「それが自分自身ならどうかって言われると、もう少し考えなきゃいけないですけど……」
「……ふうん」
 先生は目を細めて考える素振りを見せた。
「……それよかお前、腹は」
「あ」
 会話に気がそれていた所為か、痛くなくなっていた。
「あ、大丈夫みたいです。じゃあ俺授業に戻る――」
「良い、授業も後ちょっとで終わるんだし、薬飲んで軽く寝ろ。二限から出れば良いだろ」
 そう言ながら先生は保健室に設置してある棚を漁った。……良いのだろうか、勝手に触ってしまって。
「先生、どれがどういう薬だか分かってます……?」
「馬鹿にすんな、俺は此処の常連だ」
 振り向いた先生の手にある瓶の中に入っている錠剤を見て、顔を引き攣らせる。
 だって薬と言うより、毒と言った方が良いくらいな鮮やかな青……。
「青……青っておかしいと思いません?」
「ンな事言うな。腹痛ならこれ飲んでおけ、一発だ」
 掌に三錠乗せられるけど、口に入れるのは躊躇われる。
「うう……」
「大丈夫だ、俺も飲んだ事あっから。ものっそい苦いだけだ」
「飲む覚悟を決めたのにその覚悟を砕かないでくれませんか!?」
「水ここに置いといてやるから」
 それでもまだ躊躇していると溜息を吐いて、鼻を摘まれた。
 もちろん口で息をしなければいけないわけで……。
 開いた口に錠剤を挟んだ指が潜り込んできた。強烈な味に涙が浮かぶ。
「んんんー!!」
「ほれ、水」
 渡された水をごくごくと音を鳴らして飲む。
「苦ぇだろ?」
「に、苦いっていうよりも、こう……色々不味い味がまざった味……っ」
 くっくっと笑う先生にそう伝えると、先生の顔が真顔になった。
「え?」
 その表情の変わり様に疑問の声を上げると同時に後頭部に手が回され、思いきり引き寄せられて唇が重なった。
 唇の間から何か暖かい物が入ってくる。
 それはぬるぬると濡れていて、上顎を荒々しく撫ぜた。
 舌を挟まれて。ようやくこれが二又に裂けた先生の舌だと分かった。
(え、じゃあこれディープキス……っ!?)
 普通のキスなら耐性はあっても流石にこれは初めてだ。
「せ、んせっ、ん……ふ……っ」
 舌は何かを探すかの様に縦横無尽に咥内を侵す。
(わ、わかれてるから、変……っ)
 まるで細い舌を二本入れられているみたいだ。
 音を立てて出て行った舌から繋がる銀糸に目を奪われる。
「……すまん」
「ええ……?」
 激しすぎるキスにぼうっとしていた俺に、先生が苦々しげな顔で謝ってきた。
「薬間違えた」
「え!?」
 どの薬と!? と思った俺の意識を、暴力的な程の眠気が奪っていった。




 突然昏々と眠りについてしまったナトリを見つめて声をかける。
「デューイ、居るんだろそこに」
「あ、分かってました?」
 がらがらと扉が開く。そこから顔を覗かせたのはさっきの教師だ。
「だって僕の職場ここですし、ちょっと気になって」
「それより、この薬大丈夫なやつだろうな」
「えーどうだったかなー……?」
「デューイ!!」
 声を荒げれば、どうどう、と宥められる。
「何焦ってんですか、貴方らしくない。てか保健室に危ない薬なんて置く訳ないでしょうが。AVの見過ぎですよ? 仮にも置いてある時は担当教師がそういうアブノーマルな嗜好な持ち主だったらです。僕はノーマルですからね、先生と違って。大量投与しなければ害はありません。ちなみにそれは即効性の睡・眠・剤」
 適量は三錠ですし、大丈夫 と言いながらデューイはニヤニヤと笑った。
「てゆーかー、何ですか何ですか、その子が意中の子ですか? 下半身に脳みそあるんじゃないかって思うくらい欲に忠実な先生がキスですませるなんて! それも腹痛用の薬じゃないの飲ませたかもしれないから確かめるという、何だか正当な理由で! 相手が寝ちゃったの良い事に、今からズコバコ犯すだろうから僕もう少ししないと入れないかな〜って思ってたのに!」
「手前……言葉を選ぶという事を覚えろ、んでもって寝てる生徒犯すほど俺は教師として堕ちてねぇ」
「うそだー」
「本当だっ!」
「もう外で笑いそうになってましたもん、先生が恋愛についてあんなまともな事いうなんてっ。脳みそ元の位置に戻ったんですか?」
 あまりの言われようにもう言葉も出ない。
 なんで自分の周りにはこうも毒舌というか、口が悪い奴が多いのだろうか。
「で? 大切なんでしょう?」
「……生徒だからな」
「ふっふっふ〜それだけじゃない癖にぃ」
「……お前なんかしつこい」
「だって楽しいですもん!」
 その言葉通り、奴の後ろでばさばさと揺れている尾に溜息が出た。




 白、白、白。同じ色に統一されると、本当に上下が分からない物なんだと感心する。
 果てがどこまでか分からなくて、見極めようとすると酔いそうになって止めた。
 ここはどこだろうと首を傾げると、後ろに誰かが立った気配がした。が、後ろを振り返る前に視界を塞がれる。
 でもおかしい。
 塞がれた。確かに塞がれたのに視界はまったく暗くならず、真っ白のままだった。
 試しに目を閉じてみた。面白い事に目を閉じても真っ白だ。
『すまないね』
 優しい声が耳を擽る。
『時期が巡ってきたんだ。問わなければならない。確かめなければならない』
 厳かな言葉なのに、それは呟きのようにも聞こえる。
『だからもう少し、目を閉じていておくれ――……』
 それは陽だまりのように優しい気持ちになれる暖かいもので。
 俺はそれをずっと感じていたくて、暖かさに頬を擦り付けた。






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