雪隠詰め | ナノ


▼ お腹を下す


「ぶっは、もう一杯!!」
 昼食時で賑わう食堂に大声が響く。しかし元から賑やかな食堂では、その声はそれほどまで目立たなかった。
 声の主は満。隣にアズは何故か今日は居らず、ネクロと二人っきりだった
「な、ナトリちゃんそこまでにしといた方が……」
「うるさい! まだまだぁ!!」
 おずおずと制止をするネクロ振り切り、満はコップに手を伸ばし、勢いよく煽った。




 ネクロに熱烈な宣戦布告を叩きつけられた次の日、俺は有名人になっていた。
 そりゃそうだろう。
 人が集まっていた場所で猫王元候補と狗王の喧嘩、それを止めたのは鳥王と猫王。そこになんでもない平凡な奴がいたら、なんでお前も? となるのは納得だ。
[本当はその喧嘩の原因と言う事で有名になっていたのだが、満は知る由もない]

 廊下を歩くと、目線が突き刺さって色々と聞こえてくる。
「え、あの子?」
「カラスなんだって」
「へえ……」
「いまいちじゃね?」
 最後の言葉は傷ついたけど別に否定はしないさ……。そこまでは良かった。そこまでは。

「ちっさ……」


 その言葉にぶちん、と堪忍袋の緒が切れた。
 今なんつった? 小さい? 何が? ほお、背が? そうかそうか。
「あー! ムカつく! 皆、小さい小さい言いやがってー!」
 思い出して叫んだ。
「それも吐き捨てる感じで言った! 『小っさ』って……! くっそう、絶対でかくなってやる!」
 ぎりぎりとコップを握り締めて宣言する。
「ネクロ!」
「はいっ」
 ビクリと背筋を伸ばしたネクロをギッと睨んだ。
「俺は大きくなる!!」
「……俺はそのサイズのままでいいなぁ……」
「何だって!?」
「何でもないよっ、ナトリちゃんなら大きくなれるさっ」
 ネクロは鬼気迫る満の表情に顔を引き攣らせながら、もう一杯と叫ぶ満の為にコップに牛乳を注いでくれた。




「うう……俺って馬鹿。ほら皆笑えばいいさ……」
「はははは」
「本当に笑わないでください」
「お前が言ったんだろうが」
 俺に肩を貸しながら、ギリア先生が呆れたように言った。

 朝食時にがばがば飲んだ牛乳の所為で、一限の途中で腹痛に見舞われた。
 後少し我慢すればいい、頑張れ俺……! と自分を励ましていたが、真っ青な顔を見て、ギリア先生の方から声を掛けてくれたのだ。
 でも立ち上がりたくないし、自分でも歩きたくもない。
 そう脂汗を掻きながら思っていると、無言で先生の腕が脇の下に指し込まれて、そのままトイレまで引きずられた。
 用を足して出てくると、先生が腕を組んで待っていて、現在保健室に連行され中というわけだ。
 保健室に入ると、何時ぞやのケイナインの先生がいた。
「あれ、君はあの時の」
 垂れた耳をパタリと動かし、保健室の先生は顔を上げる。
「デューイ。俺の生徒が腹を壊した。ベッド借りるぞ」
「ちょ、ちょっと僕の診察無しで?」
「後、お前出ていけ」
「えええ、ここは僕の職場なんだけど」
「コイツと話す事がある」
「ええー、そういうのは職員室とか指導室とかでいいじゃない……」
「今回だけだ」
「……そう言って君はいったい何人ここで抱いたんだい?」
「……昼飯おごってやるから」
「仕方ないなぁ……」
 溜息混じりでデューイと呼ばれた先生が、鍵をギリア先生に渡す。
「シーツ汚さないでね……っても無理か。じゃあ汚れたら外しといてー」
 慣れたように、ぱたぱたと手を振りながら先生は保健室を出て行った。
「せ、先生」
 会話の余りの内容に言葉が出なかったが、どうにかして喉から声を絞り出す。
「なんだ」
「そのー……非常に聞きにくいんですけど、先生ってそういう事にここ使ってるんですか……?」
「あー……まあ時々な」
 『時々な』って! 女性教師と保健室でうんちゃらかんちゃらて……! AVのタイトルか!
「そ、そうですか……」
 肯定されると、その後何て会話を続ければ良いのか分からなくて困る。
 とりあえず諸々の後を見せられることに慣れている保健室の先生が可哀そうになった。
「発情期になると、抱いてくれって奴がいっぱい来るんだよ」
 ギリア先生が懐から煙草を取り出して、火をつけながら答えた。
 う……先生の性事情なんて知りたくない、と思ったが黙って聞く。
「俺は教師だし、相手は生徒だから他の奴にしろって言うんだけどよ……あんまりしつこいと抱いた方が早えかなと思ってな……」
 抱く事もしばしば……と言った先生におもいきり挙手をして見せた。
「ん?なんだ」
「先生が抱くのは『教師』……?」
「馬鹿違えよ。『生徒』」
「ここは男子校ですが……?」
「んなこたぁ百も承知だ」
「じゃあ抱くのは……」
「男だな」
 ずざざっと後ずさる。
「え……っええっ? えー……え……ええええー!!」
 抱く? 男を? そんな……そんな……。
「む、無理ですよ!」
「無理じゃねぇよ。現に俺は抱いてんだしよ」
「だ、だって、い、い……」
「い?」
「一体、男のどこに……」
 その後の言葉がもごもごと小さくなってしまったのは仕方ないと思ってくれ。
 だって恥ずかしすぎるだろ!? 『一体男の何処にナニを挿れるんだ』なんて真顔で聞けるか! それも先生に!
 赤面してしまった俺を見て何を言いたいのか察したのか、先生は口角を上げた。
「なんだお前知らねぇのか」
「知る訳ないでしょう!」
 くつくつと喉の奥で笑いながら腰に手を回して引き寄せられる。そのまま手を下にずらして尻を掴まれた。
「ぎゃっ! 何処触って……!」
「これの穴を解してナニを挿れんだよ」
「……う、うっそ……」
「ホントだ」
「せ、先生ンな事してんですか、ってか何露骨に言ってんだ!! そして揉むな!」
 やわやわと自分の尻を揉む先生の手の中から逃れると先生を睨んだ。
 そのまま怒鳴り続けようとした俺のお腹がぎゅるぎゅる鳴る。
 お腹の虫の断末魔に聞こえるほどやばい音だった。駆除剤でも撒かれたのかと問いたい。
「ちょ……死ぬ……ベッド……」
 ふらふらとベッドに横になる。
「トイレには行かなくて良いのか」
「……も少ししたら行きます……」
 今は立つのも億劫だ。
 先生はベッドに腰をかけると、何か差し出した。
「何ですか……? これ……」
 何も入ってない小さな瓶。
 どこかで見覚えがあるような……。
「あ」
 最初の追いかけっこで先生が使ったアレか。
「学校長からまた貰った。今開けるなよ、絶対開けるなよ!」
 ちょっと必死な形相な先生に笑える。
 このフレーズは開けなきゃダメみたいな流れに思えるが、今俺にはそんな気力も無いし、そんなほいほい簡単に開けたらこれをくれたエレミヤ先生に迷惑が掛かるだろう。
「そんなにこれ変な匂いですか?」
「色んなグループの匂いが混じってて気持ち悪くなんだよ。それにそれプラス臭い匂いが……例えて言うならゴミ捨て場に置かれた靴下……? いや、牛乳を拭いた雑巾……」
「ストップ。止めてください。聞いてる俺が気持ち悪くなってきます」
 ベッドに横になりながら俺は瓶を眺めた。
 こんなに小さいのに破壊力抜群だなこれ。

 横になっていると大分楽だ。そんな俺を無言で先生は眺めている。
 ……な、なんだこの無言タイム。何か話してくれればいいのに、そんなに見つめられると反応に困る。
「……あ、あの、先生。授業は……」
「自習にしてきた」
「あ、そうですか……で、あの、話はそんだけですか?」
「ああ……いや……」
 ふと先生が金の目を揺らがせた。それにしても綺麗な色だ。
「先生の目綺麗ですよねぇ」
「あ? ああそりゃどうも」
 思わず先生の目に手を伸ばすと先生は一瞬驚いたような表情をしたが、小さく笑ってその手に顔を寄せた。
「好きかこの色」
「好き……っていうか綺麗だと思うんです。こんな色の目の人見たことないし……」
「そうか……お前がそういうならこの色も悪くねぇな」
 そういって目を細める先生にふとあることに気付いた。
「そういえば……蛇王の条件って金の目なんですよね……先生、候補なんですか?」
 それを聞いた先生の顔が目に見えて強張る。
 ……も、もしかして何か不味い事を聞いてしまっただろうか。
「あ、あの……ごめんなさい……」
 慌てて謝って手を離そうとしたら、その手を掴まれた。俺の手を掴んだまま先生は苦笑する。
「謝んな。お前はこの世界の事を良く知らねぇんだから別に謝るこたない」
 それは『良く知らないから、無礼だとしても仕方がない』と言う事なんだろうか。でも、それは……。
「……それは嫌です」
 ぽつりと呟くと、先生は「ん?」と言って次を促した。
「知らないからといってやっちゃいけない事をしてもいい理由にはならないでしょう? 俺がやった事が失礼なことならば教えてください。分かった上でもう一回謝らせて下さい」
 知らないからといって許されたらまた同じ事を繰り返してしまう。
 大切に思っている人だからこそ、嫌な思いを俺の所為でして欲しくない。
 それを聞いてまた先生が苦笑する。
「お前……道理で奴らが気にいる訳か」



 満の手を掴んだまま、口を開く。
「目が王の条件色の奴に『王候補か?』って聞くこたねぇんだよ。当たり前だから。条件色をクリアしただけで大抵の奴は候補になれる。それだけその色はそのグループの中では珍しいからな」
 んでもって、聞かれると怒る奴らが多いんだよ、と表情を別に変えずに口にした。
「ぽっと出の候補者は他の候補者との格の差をみせつけられて、プライドをずたずたにされるなんて経験があったりするし、例年候補者を出す血筋出の候補者の奴らは陰で筆舌しがたい努力や思いをしているからな……。勿論そんな想いをしながら、ぽっと出の奴に次期候補の座を奪われることだってある」
 だから昔の傷を抉られるから嫌がるんだよ。と、そこまで言ってはっとナトリを見る。
 アイツが教えてくれとは言ったが、こんな事を聴いて良い思いをする訳が無い。
 それも相手は人の事を自然に思い遣れるような奴だ。
 案の定、真っ青な顔をしてナトリはこっちを見ていた。
 うかつだったと内心で小さく舌打ちする。
 ぽんぽん何も考えずに喋ってしまった。ナトリがどんな思いをするかも考えずに。
「ご……めんなさい。俺、知らなかったって言っても……考えれば……分かる事、なのに」
「いやいやいや気にするな! 俺はそんな辛い思いしてねぇから昔の傷なんてねぇし、な?」
 慌ててフォローをするがナトリの顔色はまだ青い。
「……んな顔すんじゃねぇよ」
 そんな顔をさせるつもりは微塵も無かった。
 ただ事実を。ああ違う、笑ってくれ、頼むから。
 そんな想いから、思わず俺は誰にも伝えるつもりの無かった事を口にした。
「それに……俺、次期蛇王パイサンだから、な?苦労したのも実った訳だし――」
「ええ!?」
 ばっとナトリが驚愕の表情で俺を見る。
「ぱぱぱぱ蛇王パイサン!?」
「あんまり大きな声で言うなよ。他の誰にも教えてねぇんだから」
「え!?」
「ここ最近決まったんだよ……俺は嫌だったけどな」
 苦笑いをしながら懐から黄金と無色透明な珠が連なる数珠を見せた。
「な? だから気に病むな。別に俺は嫌な思いもなんもしてねぇんだから」
「でも、あの顔は……」
「驚いただけだ。次期王って決まってからそういう質問受けたのは初めてだったからよ。
もうそんな顔すんな、いいな? むしろそんな顔される方が俺は困る」
 わ、わかりましたと顔に手をやって表情を元に戻そうとするナトリを見ながら心の中で微笑んだ。
 蛇王になんてなるつもりはない。この辞令も、今まで例は無いが断る文書を送るつもりだ。
 王なんぞ面倒臭いだけだ。次期候補になった事なんて誇りでもなんでもない。だから誰にも教えるつもりはなかった。
 だが、ナトリの顔が晴れるのならば王と教えてもいいと思った。
 ナトリの性分だ。言うなと言えば誰にもこの事は言わないだろう。
 だからこの後に予定通り次期王の沙汰の取り下げを願って、自分が一度でも次期王になった事を知っている満には「面倒だったから」と言えば良い訳だが、何故だかこのまま王になってしまいたい気持ちがあった。
(――王の座になんか興味も糞もなかったんだけどな……)

 あの噂が本当ならば色々考えねぇとな……。



 _ 
20


[ 戻る ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -