雪隠詰め | ナノ


▼ 告白


 もう絞り出す涙が無くなるほど泣いて、ずずーっと鼻を啜る。
「その……恥ずかしいところを。ごめんなさい、ありがとうございました」
 恥ずかしくて照れて笑いながら離れると、ラージュさんに、ほう……と珍しい物をみるような目をされて、伸ばした指で泣き腫らした瞼をなぞられた。
「お主中々に」
「あああー!!良かったぁ!!」
「ごぶっ!?」
 ラージュさんが何かを言い終わる前に、俺の首に物凄い勢いで何かがぶつかって来た。
 ぶつかって来た何かは、そのまま怒涛の勢いで喋り始める。
「良かった、良かった、良かったー!!ごめんね、恐かったよね!?ごめんね、ありがとう!!ごめんね、大丈夫!?」
 『ごめんね』を合間合間に入れながらぎゅーっと抱きしめてくるのは、あの兎の子だった。
「う、うん 大丈」
「あああ目が真っ赤!?泣いたの!?そうだよね!!恐かったよねー!?」
 ごべんねぇ……!と次は兎の子はべろべろと泣き始める。叫んだり、泣いたり忙しい。思わず笑ってしまった。
「あ、良かった、笑った!」
「イロン、少しは人の話しを聞きなさい」
 泣きながらも、ほっとした顔をする兎の子の後ろから、呆れたような声が聞こえて引き剥がされる。
「相手が困っているでしょう。すみません、大丈夫でしたか?それと、私からも心からお礼をいいます。本当にありがとう……。君が見つけてくれなかったらと思うと、ぞっとします」
 兎の子の後ろには、黒髪のさらさらした長髪を高い所で一つに括った長身の知的美人が立っていた。
 一房だけ前髪が赤い。その赤い房が見えなくなるくらいまで、彼は深々と頭を下げる。
「ホント、助けてくれてありがとう…!僕はヘアのイロン で、こっちはバードのユグノ」
 ぴょんぴょんと跳ねている灰色の頭をぺこりと下げて、兎の子――イロンは話しながら自分を指さして、黒髪知的美人さんを指さした。
「俺は名取っていいます」
「おお、ユグノ」
「王もご無事で――って、またニンゲンの姿で翼を出したんですか!?これで駄目にしたシャツは何枚目です!?ちょっとそこにお座りなさい!!」
 ラージュさんの声を聞いて、安堵したような表情で振り返ったユグノさんは、ラージュさんの様子を認識した瞬間、金色に近い茶色の目をくわっと開いて、びしっと地面を指す。
 途端にラージュさんはたじたじと後ずさった。
「ま、待て、これには理由がな?」
「どうせまた考える前に動いたんでしょう!だから貴方はいつまでたっても進級が出来ないんです!もういくつになったんですか!?そろそろ大人と王としての自覚を――!」
 と、親のように起こっているユグノさんの前で正座をして、大きな身体を縮こまらせながら項垂れるラージュさん。
 いや……しかしだのう……、と言い訳をしようと口を開くが、その度にまた叱られている。
「あーユグノってば、八つ当たりして」
 苦笑しながら暖かい目でユグノさんを見つめるイロン。
「八つ当たり?」
 何に関してだろうか。
「うん そう。僕が半裸でユグノに助けを呼びに行った時、凄い形相になってね。このままじゃ僕を襲った人達、皆病院送りになりかねないって思ったら、ラージュさんが自分が行くって言ってくれたんだ。本当は自分が行ってぼこぼこにしたかったんだろうけど、王の命令だったから。……でもさ、こんな事思ったら不謹慎かもしんないけど、愛されてるなーって凄く感じて、今とても嬉しかったり」
 そう言って、最後に頬を緩めるイロン。
「……ん?」
 そんなイロンを見ていて、さっきラージュさんが言っていた言葉を思い出す。
『お主が助けてやった兎はの、儂の友人の想い人でなぁ……』

「ユグノさんって、ラージュさんの友達?」
「うん。幼馴染なんだって」
「……もしかして、ユグノさんってイロンと」
「うん。ユグノは僕の彼氏」
 イロンはあっけらかんと肯定すると、格好良いでしょう?と自慢げに笑って頬を染めた。
「違うグループとか、同じ性別とか、全然関係ないんだ。僕は凄くユグノが好きだから」
 灰色の耳を風に靡かせ、同じ灰色の目を幸せそうに細めてそう言った後、おかしいかなー?と恥ずかしそうに俺の方を見るイロンは本当に可愛いくて。
「そんなことないよ」
 そう言うに十分なほど満ち足りた表情をしていた。
 その表情を見ながら、ふと、アズもこんな気持ちで俺を思ってくれたのだろうか、と考えていた。
 グループが違っても好きだと思ったから、性別が同じでも好きだと思ったから――告白してくれたのだろうか。
 それは……たとえ……人間であっても、だろうか。
「イロン」
「ん?」
「なんかありがとう」
「え、なにが!?僕の方がありがとうだよ!?この恩は一生かかっても返すからね!!もしも、あの人達にあのまま……って考えるだけで死にたくなるよ……。ただでさえ、ユグノは発情期でいらいらしてるのに」
「え?鳥は発情期は薄いんじゃないの?」
「ん?……あ、そうか。ナトリは成体になってから好きな人出来た事ないんだね?鳥は発情期は通常はほとんど何も変わらないんだけど、“対象”が出来ると――物凄いんだよ」
 身を持って知ってます……と言いながらイロンは目を遠くした。
「そ、そうなんだ…?」
「うん……ナトリも頑張ってね……。あの状態は、本人もかなりキツイみたいだから……」
 ごめん、俺は人間だからその心配はないかな……と俺は、内心でイロンに手を合わせた。


 イロンに進められて、俺は教室に戻らず、直接自分の部屋に戻った。
「恐かったでしょ? 担任の先生には僕が言っておくよ」と微笑むイロンに、イロンの方が恐かったんじゃないのかと思ったのだが、顔に出てらしい。
「僕も恐かったけど、ユグノが側にいるからもう大丈夫」
 そう言って向日葵のような明るい笑顔を向けられた。

 部屋に一人になると、まずシャワーを浴びた。
 シャワーを浴びながら目を強く瞑る。そして身体を思い切り擦る。全ての匂いを落とすように。
 身体を拭いて、俺は洗ったばかりの服を着た。最後にちらりとテーブルの上に置いてある黒い羽根を見る。
 そしてそれを持たずに俺は部屋のドアを開けた。




 身体が燃えるように熱いのに震える。今までに何度も味わった感覚だ。
 でもいつもと違うのはそれを治める存在が居ない事だ。

 いったいどれだけ耐えればいいのか。布団を巻きつけるようにして身体を丸める。
「ミツル……」
 何百回と口にした愛おしい人の名前。
 瞼を閉じれば闇のように黒い髪、同じ色の瞳。それとは対照的な白い肌の彼が浮かぶ。
 いつもだったら手軽な雌に声をかけて熱を治める。そうしないのは、そんな事をしたくないと思えるほど好きな存在が出来たからだ。
 彼の声が、匂いが、笑顔が、言葉が、傍にいる時の安心感が、何もかもが好きだ。一目惚れから始まったこの恋は、止まる事を知らず大きくなっていく。
「あ……ぁあ」
 肌が泡立つ。あの笑顔を守りたいと、自分に向けていて欲しいと思うのに。
 頭の奥の奥で狼の、獣の本能が喰い散らかしたいと。ずたずたに引き裂き、咀嚼をし、呑みこんでしまいたいと叫ぶ。
「ミツル……ミツル……」
 譫言のように繰り返しながら、身体を自分の腕で縛りつけるように抱きしめる。そうでもしないと今にもドアを蹴破って走り出しそうだ。
「……え……?」
 ひくり、と耳を動かす。鋭くなりすぎた嗅覚が、微かに香りを捉えた。
「う……嘘だろ」
 愛おしい人の気配が、匂いが近づいて来ている気がする。
「だ……ダメだ、ダメだ、ダメだ……!!」
 がくがくと震える身体を必死で抑える。
「頼む……来るな!!」
 俺の口から悲痛な声が漏れた。




 目の前のドアを見つめる。それはアズの部屋のドアだ。
 以前、アズがいつでも訪ねて良いと教えてくれた。その直後に何をするつもりだとネクロに後頭部に回し蹴りをいれられていたのだが。
 一つ深呼吸をして、手を伸ばしてノックをした。
「アズ、いる?」
 音がしない。
「俺、満、なんだけど」
 微かに、小さく息を呑む音が聞こえた気がした。耳をドアにくっつける。
「アズ?」
「か……えれ」
 消えそうなほど小さな、でも確かにアズの声が聞こえた。
「辛い……んだよ、ね?ごめん。でもどうしても聞いて欲しくて。開けなくて良いから聞いてて」
 ドアにそっと手の平を押しあてて口を開く。
「俺の事、好き……って言ってくれたよね……。俺とグループが違っても、同じ性別でも……それは変わらないって。その、まだアズが俺のこと、好きだと思ってくれてるなら、俺、真剣に考えてみるよ」
 がちゃりと何かが外される音がした。
 ドアがほんの少し動くけれど、中が見えるほどではない。
 その隙間の向こうに言葉を紡ぐ。真摯な気持ちで、少しでもアズの気持ちに応えられるように。
「いや、今まで真剣じゃなかった、っていうつもりでないんだけど……。もっと向き合ってみるよ。それで……その事に関して、俺、アズに言ってない事があるんだ。俺、言わないといけない。好きって言ってくれた人を、騙し続ける訳にはいかないから。……俺、本当はカラスじゃない。バードじゃないんだ……。――人間、なんだ」




 ドアがノックされる。
「アズ、いる?」
 聞き間違えるはずがない高めの声が鼓膜を揺らす。途端に頭の中が甘く痺れていくのがわかった。
 呼吸が更に荒くなる。ドアの向こうにいる存在に喰いつきたいと、獣が唸る。
「か……えれ」
 情けないほど弱弱しい声が口から出る。
 早く、早く、早く、早く。俺の手の届かない所に。このドアを蹴破る前に、逃げてくれ。
 壊したくない。
 壊したい。
 相反する気持ちが心の中で鬩ぎ合う。
「俺、真剣に考えてみるよ」
(……え、今、なんて?)
 いけないと理性が叫ぶのを無視してドアににじり寄る。
 ミツルの匂いに、声に、そこにいるという事に、聞こえた言葉に俺の鼓動は煩く鳴る。
 うっすらと開いた隙間から、気配を更に強く感じて口の中に唾液が沸くのを感じた。
「俺、アズに言ってない事があるんだ」
 言って、ないこと。
 熱に浮かされる頭で、必死に言葉を呑み込もうと意識を傾けた。
「……俺、本当はカラスじゃない。バードじゃないんだ……。――人間、なんだ」
 息が止まりそうになった。
 ミツル……が、なんだって……?
 震える手で、鍵が外されているドアをゆっくりと開けた。



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