雪隠詰め | ナノ


▼ 2


 教室の人数は昨日よりも減っていた。
 いったい何が起きてるのかわからない分、不安になる。二夜の部屋に行こうにも、近寄るなと言ったネクロもいると思うと、足を竦む。
(何であんなことを言われてしまったのだろう)
 何か気にさわるようなことをしてしまったのだろうか、と思いを巡らすが思い当たる節がない。
 見た夢を思い出して、ぶるりと一人身体を震わせた。

 物思いに耽りながら、人けの少ない廊下を歩いていると、どこからか小さな声が聞こえてきた。
「……――だ――け、てっ」
 聞き間違いかと思い、首を傾げながらも、ぐるりと辺りを見回して耳を澄ます。
「――だぁ――」
 いや、やっぱり聞き間違いではないような気がする。
 音を頼りにして歩き始めて暫くして、一つの空き教室の前にたどり着いた。
 声はこの部屋から聞こえるような……。
 耳を澄ますと、やはり数人の声が聞こえた。男子生徒だろう。
「おい、さっさとしろよオレもう我慢の限界」
「俺もー!」
「うっせぇな、じゃあ押さえてろよ。――こいつすげえ暴れるから、ちっせぇくせに脱がしにくい」
「いーじゃんイキがイイってことだろ?」
「ひゃはっ、下品ー!でもオレらの王にバレたらマズくねぇ?」
「大丈夫 大丈夫。今回酷いらしくて部屋から出てこないんだと」
「王なんだから無差別に貪っちまえばいいのによー」
「やだぁああっ!!」
 え、何だ!?特に最後のは!
 余りに悲痛な叫びに、頭が答えに至るよりも先に、体がドアを開けていた。
 そこにいたのは――半裸に剥かれた少年と、それを囲む六、七人のケイナインだった。
 本能的に目の前に広がる光景が、虐めよりももっと陰湿な意味合いを持ったものではないか、ということを感じとって、凍り付く。
「あ?なんだてめぇ」
 ケイナインの一人がそう口を開くのと同時に、「お願い!!助けてっ!!」と半裸の少年が叫んだ。
「うるせーんだよ!」
 声を荒げた一人が拳を振り上げるのを見て、とっさに傍にあった椅子を掴んで投げつける。
「ぐあっ!!」
 もろに当たって呻く仲間へ、他の奴らの注意が向いている間に少年に手を向ける。
「早く!」
 少年は機敏な動きで立ち上がると、俺の手を掴んだ。小柄だと思ったが、どうやら倒れていたのと、囲んでいたケイナインが大きかったからのようだ。目線はほぼ同じくらいなのだと、場違いだが気づいた。
「――ありがと!!」
 少年は、可愛い顔でそう微笑んで走り出す。
 ……ってか速い、速い!俺が引きずられてる!
 でもそうも言っていられない。後ろからケイナイン達の声がするのが聞こえる。きっと追ってきているのだろう。
「うーん、えっと、僕、先に走って行って助けを呼んでくるね!」
「ごっ、ごめん 足遅くてっ」
 息を切らしながら謝ると、少年は「ううん、こっちこそ巻き込んじゃってごめんね。すぐに助けを呼ぶからね!!」と叫んで走っていった。
 ……さっきの比じゃないくらい速い。なにせ彼の頭についていた耳は、長いウサギのものだった。
 あれこそ本当の『脱兎のごとく』だな、なんて思っていたら、背中に怒声が突き刺さる。
「やっばい……!」
 悠長にしている暇はない。全力で俺は走った。
 いくつも階段を上がって、どれだけ廊下を走っても声が追いかけてくる。
 校舎が広いのも相まって、もう自分がどこを走っているのかわからなかい。目の前のドアを開けると、そこは何時ぞやの屋上だった。
「――え?」
 どうしてここに辿り着くんだ、と困惑するが、自分が走ってきた道順など思い返せるはずもない。
「ったく手間かけさせやがって」
 その台詞と、鍵のかかる音がやけに大きく響いた。
「人気の少ない所を選んでここまで追い込むのはちっと疲れたな」
「あっは、今から癒してもらうからいーんじゃね?」
 つまり、ここに誘導されてたということなのか、と愕然とする。
 脳裏にザインさんに襲い掛かっていた時のチームワークが浮かんで、ぞっとする。
(……何で俺をここに誘導した?)
 人がいない所で、何かをするため――。
「俺、さっきの方が好みだったー」
「俺もう何でもいい」
「もう誰も来ねーよ。ゆーっくりいただこうか」
 じりじりと彼らが輪を狭める。
 一人の手が俺の制服の襟にかかった瞬間、四方から手が伸びてきて、あっと言う間に押し倒されたかと思うと、前を肌蹴させられた。
 目の端にシャツのボタンが飛ぶのが見えた。
「いだっ……!って、何して!?」
 押し倒された勢いで後頭部を打ち、軽く涙目になる。睨みつけながらも、じりじりと後ずさった。が、ケイナイン達の様子がおかしいことにはたと気づいた。
 あれほど騒いでいたというのに無言だし、なによりこっちを食い入るように見つめる眼差しが、怖い。
「……なぁコイツ……意外と良くね?」
「はあ!?」
 ポツリと一人が呟いた一言に俺は立場も忘れて思わず声を上げた。
「だよな?肌も白くて雌みてー」
 手が伸ばされて、俺の手首を掴む。思わず、喉から小さな悲鳴が零れた。
「っひ!」
「どこもかしこも細ぇし……お前一体いくつだよ」
「俺はこの匂いがやばい。……すげー興奮する」
  違うケイナインが肌蹴た俺の胸に顔を近づけ、突然べろりと乳首を舐められた。
「ひゃぁ!?」
「あっは!かわいー声!!」
「すげー美味そうな色だしよー。……こりゃ良いもん拾ったな」
 太腿に何か硬いものが押しつけられる。
 こ、これはいったい何だ!?いやいや位置的にも何なのかなんとなく分かるけど、分かりたくない!ってかそもそも何言ってんだこの人達!俺男だよ!
 そう脳内で突っ込む半面、さっきの兎の少年が脳裏に浮かぶ。
 彼に、彼らがなにをしようとしていたのか。そして、多分この人達は彼にしようと思っていたことを、代わりに俺にしようと考えている。
「や、やだ!!」
 無理矢理――犯されるかもしれない、という実感が急に湧いて来て、自然と身体が小刻みに震え始める。
 同性に、彼らに、性的な目で見られているという現状が恐ろしく、気持ち悪かった。
「あーあ、声まで震えちゃって。マジでかわいー」
「さっさとヤろうぜ。限界」
 俺の抵抗など、赤子のようにあしらわれ、大きな手が俺のズボンにかかった、その時。物凄い音を立てて屋上のドアが開いた。

「ここかのう?」
 ドアをどうやら“無理矢理”開けた人物が、こっちに近づいてくる。
 カラン、コロン、と彼が歩を進める度に高い音が響く。
 カラン、という音を最後に、音が止まった。
「アタリのようじゃな」
 押し倒された俺にも、その人物がはっきり見える。真っ白な長髪を無造作に後ろで束ねた、褐色の肌の野性味あふれる容貌の男性がそこに立っていた。
 その男性が現れた途端、ケイナイン達がざわつく。
「な、なんでお前が……!」
 たじたじと後ずさり、尻尾も垂れていて戦意は喪失している様だ。
 再びカラン、コロンと音を響かせながらその人は俺に近づくと「大丈夫かの?」と手を差し伸べてくれた。
 その人の手首に透明と蒼の珠が交互に連なった数珠が光っているのが目に入って、ハッとする。
(この人も、王なのか)
 俺を立ち上がらせる王に、ケイナイン達が我に返り、荒げた声を上げる。
「おい、何勝手に連れてこうとしてんだよ!」
「おや、いかんかの?」
 きょとん、と王は首を傾げる。
「そいつは俺等の獲物だ!」
「お、おい相手は王だぞ?」
「人数では俺等が上だっ」
 誰かがおずおずと窘めたが、数に利があることを誰かが叫ぶと、各々一つ頷き、俺とその人を半円状に取り囲み始めた。
「ふむ……」
 少し困ったような、でも楽しんでいるような顔をしながら王は周囲をぐるりと見渡すと、頷いて俺に上着を脱いで押しつけた。
「持っておれ」
 そう言って肩をぐるりと回した後、その人は俺の腕を掴んで軽い足取りで後ずさる。
「おいおいビビってんじゃねーよ」
「そいつ置いていけば今だったら見逃してやんぜぇ」
 後ずさるのを弱腰ととったのか、ケイナイン達が急に元気になる。とうとう後ろは少し破れたフェンスが口を開いている状態で、もう八方ふさがりだ。
「おいおいどうすんだよ?」
 ケイナイン達がニヤニヤと笑う。
 本当にどうするのかと、下からそっと王の表情を窺う。その目線を受けて、その人はニヤッと笑った。
「まこと、発情した獣ほど面倒臭いものはないのう」
 のう?と意見を求めるように、王は俺に言う。しかしそれを聞いて、ケイナイン達の怒りに火が付いたようだ。口々に怒声を放つ。
「ああ!?んだと!?」
「儂は多勢に無勢の喧嘩は嫌いでないのじゃが」
 今回は止めておく事にしよう。そう言ってその人は俺を胸に引き寄せると、凄みのある笑顔を浮かべて、十五階の屋上から背から“飛び降りた”。
「じゃあの」
「――――っ!!」
 恐怖で声も出ない。十四階……十二階……九階……フロアが次々横を過ぎて、どんどん地面が近づいてくるのが分かる。
(――もう、駄目だ)
 耳元でバサリと音がしたのだけ聞いて、俺の意識は遠のいていった。


「……れ……か、……これ、……これ起きんか、いつまで寝ておる」
「う……んぁ?」
 目を開けると、青い目を面白そうに細める褐色がどアップで入った。
「こ、こは?」
「なーにいっておる。上から飛んだじゃろうに」
 全て思い出し、ひゅっ、と息を呑んだ。慌てて上半身を起こして、怪我をしていないか全身をくまなく調べる。
 けれど、不思議なことにどこかをポッキリやってもいなければ、掠り傷さえない。
 あの高さから落ちたのにどうして、と聞こうとして俺はその人を見て絶句した。
 背中から、黒にとても近い茶色から先端にいくと白という配色の――大きな翼が広がっている。大きな体と容姿で、まるでその姿は天狗だ。
「そ、それ……」
「ん?おお。もう仕舞っても良いかの」
 震える指でその翼を指すと、男性――王は、ばさり、と一つ大きく動かし、鳥が翼をたたむように背中に寄せる。
 するとそれはまるで手品のように、見えなくなった。
「え、え!?あ、あの背中見せてもらって良いですか!?」
「よいぞ?」
 一つ返事で王は頷くと、くるりと後ろを向いた。
 その背中には翼の面影は一つもない。けれど背中から本当に翼が生えたのだと主張するように、無残にもワイシャツの背中はビリビリに破けていて褐色の肌が覗いていた。
「す、すごい」
 思わずその人の肩甲骨に指を走らせる。
「!も、いいかの?」
 一瞬ビクリと身を竦ませて、その人はくるりと前を向く。
「そう言えばまだ名乗ってなかったの。儂は鳥王ファウルラージュ。大丈夫だったかの?我が眷属よ」
 にっかと笑いながら鳥王――ラージュさんは聞いてくれた。
 笑うとまるで太陽のようだ。褐色の肌、白のような銀の髪を無造作に留めていて、留めきれない分が何房か垂れているが、野生じみていてそれが似合っている。
 そして、珠と同じ深い海のような蒼い目。足には紺の鼻緒の下駄をはいている。歩くたびになっていた高い音はこれだったみたいだ。
「俺は名取っていいます。助けてくれて……ありがとうございました」
 さっきの事を思い出し、頭を下げながら思わず体が震えた。
「良い良い、眷属を助けるのは王の役目じゃ。それにお主が助けてやったヘアはの、儂の友人の想い人でなぁ。ほんに感謝しておったし、儂も感謝しておる」
 それよりか、そろそろ肌蹴ている前を閉じたらどうじゃ?と笑いながら指をさすラージュさんの言葉に、真っ赤になって前を握った。
「何で……あの人達はなんでこんな事を」
 握った拳が震える。それは怒りではなく、恐怖からだ。
 あの血走った目が怖かった。後一歩で起こっていたかもしれないことが恐ろしかった。こんなことが、普段から起こり得る場所だとでもいうのだろうか。
 いや、あの学園長がそんなことを認識していながら、放置しているだなんて思えない。……思いたくない。なら、なぜ。
「ん?おお、そうか。まあ儂らはそっちの方の欲は薄いからのお……。お主くらいおぼこだと尚更薄いかのう?」
「えっと……?」
 わけがわからずラージュさんを見上げると、あっけらかんと彼は言った。
「あやつらは発情期じゃ」
「……はい?」
 発情?……発情?
「肉食の獣は発情すると、見境がなくなって貪る事があるからのぉ。この学校は男だけじゃからな。同性でも良いからと無差別になっておる輩が出てくる。お主の周りでも休んでるおる奴らが居らぬかの?自我のある内に自主的に休んでおるんじゃろう。この休みだけは学校側も認めておる。……ど、どうした!?何を泣いておる!?恐かったか?」
「え?」
 俺は泣いてなんか――。言葉に導かれる様に自分の頬を指で触ると、濡れていた。
「あ、あれ?なんで?……あれ?」
 泣くというよりも、ただ水分が出て行くように涙が流れてゆく。
 怖かったと泣いているわけではない。むしろなんか、凄い胸が軽い。……ああ、そうか。俺、今、凄いホッとしてるんだ。
 アズが、二夜が、ザインさんが、ネクロが、俺の事を嫌いになったわけじゃないって分かって。
 襲われた恐怖よりも、その安堵の方がずっと大きかった。
 そのホッとした気持ちのまま、あやすように大きな手で頭を撫でてくれるラージュさんに頭を預ける。
「ごめんなさい、少し、このままで……」
 謝って、心の底から安心して、笑いながら、俺は泣いた。



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