▼ どなたですか…?
≪追いかけっこ≫が終わった後、すぐにザインさんを探しに駆けて行く。周りの人に、ザインさんは知りませんかと聞くと、保健室に行くところを見たと猫の人が答えるのを聞いて俺は真っ青になる。
(俺の所為で……!)
また滲みそうになる涙をぐっと堪えて、保健室まで走った。
「ザインさん!!」
ガラガラ、スパ―ン!と思い切りドアを開くと、そこには
二人とも目を真ん丸くしてこっちを見ているが、そんな事は気にしない。
「怪我したんですかっ」
走り寄って、頭からつま先まで目を走らせる。パッと見た感じでは血が出てるとかは無いみたいだけど……。でも服の下とかだったら分からない。
「大丈夫だ……少し腕を。……でも、それだけだ。大したことは無い」
顔を曇らせた俺を安心させるように言った言葉につられて腕に目をやると、シップをガーゼで抑えている。
「ごめん、なさい……」
そっとその腕に手を乗せ、悔しさと申し訳なさで歯を食い縛った。
俺の所為で、俺の所為で……っ。
俺がもっとしっかりしていれば、ザインさんは自分の事に徹して逃げる事が出来た。いや、そもそもあの場所に俺がいなければ……。
「謝る事なんて……ない」
後悔の念に襲われていると、ザインさんは微笑みながら怪我をしていない方の手で俺の目の縁をなぞる。
「それより……少し赤い……もしかして、泣いたか……?」
どこか怪我でも、と気にするザインさんに、慌てて頭を振った。
「や、そんなんじゃなくて!」
なんか情けなくなって……と、もごもご答える間、ザインさんの指はずっと目の縁をなぞり続ける。
「あの……ザインさん」
擽ったいです、と伝えようと目を上げると、こっちが恥ずかしくなるような甘い顔で微笑んでいた。
慌ててもう一度顔を伏せる。
ちょっと待って、待って欲しい。今まででも大分甘かったけど、そんなの比較になんないくらい甘いのですが!
前が砂糖水なら、今は蜂蜜……?いや、砂糖そのまま……?
笑顔の糖度で鼻血が出そうだ。
「ザインさん……!」
思いきって顔をあげると「ん?」と微笑まれる。
それを視界に入れるのと同時に、首の骨が擦り切れそうな勢いで下を向いた。
神様、ムリです!!美形の耐性は大分ついたつもりですけど、これはムリです!!
たまらず、べしゃっと両手でザインさんの顔を覆う。
「そっ、そんな顔で見ないでください!俺の血中糖度が上がります!!」
真っ赤になりながら言うと、覆った手の下から喉の奥で笑う声がした。
「あの〜……おじゃましてもいい、かな?」
困ったような声が後ろから聞こえて、首だけで向くと、垂れ耳の優しそうなケイナインの先生が苦笑いをしていた。
「一応、ここ保健室なんでね……?」
いちゃいちゃするのはどこか他の所で……と言うのを俺は跳びあがって訂正する。
「いっ、いちゃいちゃて!そんなんじゃ……!」
あれ?そういう関係じゃないの?と首を傾げる先生に どういう関係ですか!?と心の中で叫ぶ。
慌てる俺の手はザインさんの顔から既に剥がれていて、そんな俺をザインさんは腰をつかんで引き寄せると「ナトリは……俺の縄張りだ」と、先生に笑って伝えた。
え、ザインさんの縄張りって俺なの。初耳だけど。え、それってどういう事?あ、友達を傷つけられると嫌とかそういう意味なのだろうか。
ザインさんに意味を聴こうとしたが、はいはいと溜息をつく先生に、半ば追い出されるように外に出されてしまった。
「無理しないでくださいね!」
最後に大きな声で言うと、俺は気になりながらも自室に戻る事にした。
「君も嘘つきだねー」
溜息をつきながら先生が俺に向き直る。
「腕だけじゃないでしょう」
ほらさっさと見せなさい、と言う先生に右足を差し出す。先生はそれを見た途端、はぁあ、とその脚を見て溜息をついた。
「よくもまぁ……こっちをなんで先に見せないの、君は」
くっきり残った噛み後から流れる血は、テキパキと拭われ、消毒をされる。痛みに少し眉を顰めながらじっとしていた。
「ナトリには……」
「はいはい言いませんとも」
呆れた顔でそう約束してくれた先生に安堵する。服に血が滲まなくて良かった、と思った。
ナトリがこの傷を見たら心を痛ませるだろう。心配も、罪悪も感じさせたくない。
「歩くのも辛いでしょうに」
「……心配させたくない」
「はいはい」
包帯を巻き終わると、帰った帰ったと手を振られ、俺はなるべく脚を引きずらない様に保健室を出た。
……ナトリはもう部屋に着いただろうか。部屋で何をしているのか……責任を感じていたりしなければ良いのだが。
そんな思いを馳せながら。
部屋に戻った俺はバスンと音を立ててソファーに寝っ転がった。
ザインさんに怪我をさせてしまったとか、二夜とネクロに会ってないなとか、情けないなとかいう思いや考えがぐるぐると頭を回る。
「……お風呂入ろ」
よっこらせと身体を起こす。このままだとまた泣いてしまいかねない。
でも風呂の中でもやっぱりぐるぐると考えてしまって、あがっても、さっぱりとした気分にはならなかった。
ぐしゃぐしゃと髪をタオルで拭いていると、突然ドアチャイムが鳴る。
あれ、誰だろう。二夜?それともネクロかな?
「はーい……」
いつもなら嬉しい友人の訪問も、今は余り気分が乗らなくて、重い気分を引きずって俺はドアを開けた。
でもそこにいたのは二夜でもネクロでも、知っている人ですらない。青――というより紺と灰が混じったような、渋みのある色の髪の青年が立っていた。
バタン。
即座にドアを閉める。だって……!だって怖い人だった!
カチューシャのようなもので髪を上げていた彼は、ピンとたった獣の耳にじゃらじゃらとピアスをつけていて、右眉にも銀のピアスが光っていて、釣り上った目は燃え上がるような紅をしていた。
俗に言う……不良……?
混乱している間にもドアを叩かれて、俺はまた恐る恐るドアを開ける。
「あ……あのぅ……部屋、お間違えでは……?」
か細い声でそういう俺を、穴が開くかと思うくらい不良さん(仮)は見つめて来る。
「やっぱりそうだ……」
何がそうなのかさっぱりわからないが、低い声で呟いた後、ぎらっと睨まれて竦み上がる。
そのまま、その場で立ち竦んでいる俺の両手を突然がしりと掴んで、目の前の彼は。
「俺と付き合ってくれ……!!」
と大声で言った。
「…………へ?」
自分でも笑えるほど間抜けな声が出る。付き合うってなんだ。どこかに一緒に付いていくそれとは違う気がするのは気の所為だろうか。気の所為に違いない。
「いつでも傍にいるし、幸せにする!お前が望む事は俺が全部叶えてやる!」
だから付き合ってくれ!!と大声で言った後、熱い眼差しで見つめる不良さん(仮)に俺は言葉もでない。
や、やっぱりそっちのお付き合いなのか、と自分の両手をしっかと握る彼の手にふと目を下ろして、あるものに目を奪われた。
指には銀のごつい指輪が光っている。でもそれではなくて――手首にある紅と透明の珠が交互に光るブレスレットに、俺の目は釘付けになった。
こ、これと似たような物を俺は知っている気がする。
「す、すみませんが……あなたはドチラサマ?」
「俺は
嫌な予感はしていたが、的中して言葉を失う。
……母さん。
初めてされた告白は、初対面なのに部屋に押しかけて来るという熱烈な物で、相手は犬耳と尻尾がついてて、次期王なんて凄い人です。そして何故か自分と同じ男の人でした。
どういう事なのか説明して欲しいよ母さん。特に最後の部分を。
「あの、俺、初対面なんですが……」
どうにか言葉を絞り出す。
そうだ、俺はこの人と初対面なのだ。告白されるとか、どう考えても人違いとしか思えない。
「俺は初対面じゃない」
「え?」
「今日の昼に熊に担がれているお前を見た。一目惚れなんだ。付き合ってくれ」
あ、それは確かに俺だ。じゃなくて、納得している場合ではない!
「あ、あの……俺、男なんですが?」
「ここは男子校だ。そんなことはわかってる」
で、ですよねー!
「それでも好きなんだ。こんな気持ちになったのは初めてだ」
「で、でも、グループが違うというか……」
どうしても受け答えが逃げ腰になってしまう。
「そんなの関係無い。違うグループで付き合っている奴は普通にいる。それに確かに同性同士というのは頻繁にある事では無いが、そこまで珍しくも無い。特にこの学校ではな」
そうなんだ!?ってか、今までスルーしてたけど、こっ、この狗王さん、こっぱずかしい言葉をちょこちょこ平気で口にする……!
その熱烈な愛情表現と真摯な眼差しに、俺はどう答えればいいか分からない。
「で、でもっ俺は……その……男性をそういう風に見たことは……」
「俺達オオカミは元が一夫一妻制だからかなり大切にするぞ?な、大丈夫。安心して妻になってくれ」
何が大丈夫なんですか!?そして俺が妻なんだ!?
いや、この人が妻になるのも考えられないけど!
「好きだ」
その真摯な一言に、思わず息が止まり、目を見開いた。
その言葉に嘘はどこにも見当たらず、本当にこの人は本気で俺のことが好きらしい、と理解した。
衝撃の余り凍り付いたままでいると、アズさんが近づいてきて、ハッと我に得る。そして慌てて腕を突っぱねて必死で止めた。
「わっ、わかりました!!」
「ホントか!?」
ばさり、と音がして、何の音かと見てみると、アズさんの後ろでアズさんの髪の色と同じ色の尾がばさばさと激しく揺れていた。……あ、嬉しいんだ。
その動きに申し訳なく思いながら、それでも伝えなければと口を開く。
「で、でもお付き合いはしません!!」
「え」
瞬間、だらーんと尾が垂れる。ついでに耳も伏せられた。本当に悲しそうだ。……分かりやすい。
「あ、あの、俺は男を好きになった事はないですし、これからもどうかはわかりませんけど……。とにかくどんな相手かわからないのに、お付き合いとかは……出来ません」
だからっ、とその誠意に応えられるように俺も心を込める。
「お友達になってもらえませんか……?」
「友達?」
ぴくりと犬耳が動く。
「それは……友達になって、俺の事が色々わかったら付き合ってくれるということか?」
「や、でも、その……その可能性は限りなく低いかもですけど……」
「ゼロではないんだな!?」
「え、ええまあ、ぜ、ゼロでは……?」
「そうか!!」
またばさばさと尻尾が振られ始める。
う、なんか可愛い……。
そうかそうかと頷くアズさんは、にっかと笑うと大声で「じゃあ、まず名前を教えてくれ!」と言った。
え!?そこから!?
……まあ ひ、一目惚れって言ってたからそれもそうか。。
うわぁ、俺のどこに一目惚れ要因があるんだ。アズさん目が悪いんじゃないのか。
「えっと、名取満といいます」
「ナトリミツルな」
ふんふんと繰り返して嬉しそうに目を細めるアズさん。
「ナトリとミツルどっちが良い?」
「じゃ、じゃあ満で」
「わかった、俺のことはアズで良い。多分俺の方が年下だ」
じゃあ邪魔したな!と犬歯を剥きだして大きく笑うと、素早く俺の頬に唇を落として嬉しそうにアズは去って行った。
「な、なんだったんだ。一体……」
嵐の様にやってきて嵐の様に去って行ったその背中を見つめながら、キスをされた頬を抑えて呆然と呟いた。
12