雪隠詰め | ナノ


▼ 追いかけっこ再び


 運が良かったのか、二夜達の言った通り、それ以後、猫王レオパルドさん絡みの事は何もなく、俺達も安心していた所でまた≪追いかけっこ≫の授業の日がやって来た。
「お」
「あ」
「げ」
 三種三様の声をあげる俺たちの目線の先には、組み分けの張り紙。
 そこには【狩る】側に、犬と蛇。【逃げる】側に猫と鳥、そしてその他と書かれていた。
「俺また逃げる側だ」
「今度は一緒だねぇ」
 零した言葉に、ネクロが嬉しそうに笑って抱き着いてくる。
 逃げる方は精神的に怖いけれど、狩るよりかはずっと向いていると思う。
「おいネクロ。一緒に行動はムリだぞ」
「えーなんでさぁ」
 ネクロが俺に抱きついたまま口を尖らせてブーイングする。俺も出来れば一緒の方が安心するかな、なんて思うのだけれど。
「狩る側にケイナインがいる」
「あ、そっかぁ……チッ」
「ね、ネクロ舌打ち……。あのさ、狩る側に犬がいると、一緒にいたら駄目なの?」
「うーん。あいつらは団体行動だから、ホントは俺らも纏まってた方が良いんだけどねぇ」
 顎を掻きながらネクロが目を細める。続けるように二夜が口を開いた。
「団体に対して団体で迎えるってのは、誰か一人の犠牲の上に助かる道を見出すってのが利点で」
「見捨てられない奴がいると駄目なのねぇ。ほら、俺等ナトリちゃん見捨てられないからさぁ」
「だな」
 そう言って二夜とネクロは凄く優しい笑みでこっちを見た。うっわ、恥ずかしい……。
 二人の配慮がとても嬉しくて、そして気恥ずかしかった。俯きながら、もごもごと礼を口にする。
「……ありがとう、ゴザイマス」
「んふ、ナトリちゃんかわいー」
「そういう戦法を取れないまま団体でいると匂いが纏まるからさ。ばらばらの方が良いんだよ」
「ああ、なーるほど」
 わかりました、と頷く。
「んじゃぁ、気をつけてねー?」
「今回は危ないからな」
 そう言った二夜達と分かれて、俺の二回目の≪追いかけっこ≫が始まった。


 スタートと同時に、敵に見つからない為に今回はすぐあの森へと駆け出す。危ないならあの場所でじっとしていよう。
 池に着くと畔にはもうザインさんが座っていた。
「ザインさん!」
 喜んで声を掛けると、驚いたように顔を向ける。
「……ナトリ」
「早いですね。今日も此処にずっといますか?」
 ザインさんの隣に喋りながら腰を下ろした。
 隣に座る俺を見て、ザインさんは有りえない物を見るかのように何度も目を瞬かせている。
 ん?俺、何か変?
「……何で、来たんだ?」
「え。あっと……来ちゃ、駄目でした……?」
 ブリューインの縄張りに対する強いという話を思い出す。
(もしかして、図々しかった?)
「いや、そういう訳じゃなくて……」
 ザインさんは慌てて否定して、目を逸らす。苦虫を噛み潰した様な顔を微かした後、諦めている様な困ったような顔で小さく苦笑した。
「……あいつらに、聞いただろう?」
 俺達の縄張り意識の事、と続けるザインさんに頷く。
「あ、はい」
「っ……恐くないのか。……あいつらの言った事は本当だ。……俺達は、縄張りを侵されると……歯止めが利かなくなる」
 気まずそうに俺をちらりと見て、ザインさんは言った。どうやら自分がそういう性質である事に負い目を持っている様だ。
 そんな事気にしなくて良いのに。
「言ったじゃないですか、助けてくれたから恐くないって。もし俺がザインさんの『縄張り』を踏み入りそうになったら言ってください。反省して、謝って、次から踏まない様に気をつけますから!」
 そう言いながら俺は握り拳を作って見せた。
 そんな事を気にして、ザインさんの友達をやめるなんて嫌だ。
 だって本当に優しい人なんだから。傍にいて、前みたいに楽しい時間を過ごしたいじゃないか。俺が気を付ければ良い事なんだから、頑張れば良い。
「あ、でも出来れば一番初めの時は、手とか出さずに教えていただけると嬉しいです……」
 そんな俺をザインさんは呆気にとられた顔で見ていたが。
「……ありがとう」
 極上の甘い笑顔で微笑んでそう言った。

 ……俺、ザインさんと一緒にいるだけで糖尿病になりそう。




 俺と森の中で出会ったこの小さい生き物は、最初は酷く慌てていた。
 熊の俺と出会ってしまった事に慌てているんだと思ったら、どうやら追われて来たようだ。追われている身なのに、俺の心配なんかするから面白くてつい笑ってしまった。
 小さい生き物は元から好きだ。だから懐で匿ってやろうと思ったんだ。
 だけど流石にニンゲンの姿のままもぐってきたのは驚いた。普通、元の姿に戻ると思うのだが……。
 まぁ元の姿を見られたくないのだろう、と思って流す事にした。

 小さい生き物の名前はナトリといった。
 俺の事を熊だと知っても側にいるといったナトリは、きっと熊の本当の恐ろしさを知らないのだろうな……と検討をつけた。
 元から数の少ないグループだ。名前だけ知っていて性質を知らない者も少なくない。
 だから学校で合った時に、側にいた猫の二人が息を呑んだのが聞こえて、ああこれでもうお終りかと少し悲しくなった。
 しかしこういう扱いは慣れている。そもそも自分達の性質の所為でもあるのだ。仕方が無い。
 でも「さようなら」とは言えず、「また」という言葉を選んでしまったのは僅かに未練があったからだ。

 しかしまさか本当に来るとは。
 熊についても話を聞かなかったのか、と思ったらそうでは無いと言う。
 話を聞いても俺の側にいてくれて、あまつさえ、縄張りを侵しそうになったら教えてくれ、今度から気をつけるから。とさえ言ってくれた。
 ここまでして俺達の側にいようとしてくれる存在を、他グループの者で見た事が無い。
 普通は接触自体を極力避ける筈なのに。

 俺が固執する物、『縄張り』は熊の中では特別珍しくない。
 プライベートな空間――自室などに踏み込まれるのが嫌なだけだったのだが、その瞬間、俺の中でナトリが最も固執する物――『縄張り』になった。

 俺が心の底から微笑んで、そのことを告げようとしたその時――複数の足音が耳に入って来た。




 ザインさんは甘く微笑んで「俺の縄張りは――」と言いかけたと思えば、ピクリと全身を震わせ一瞬にして真顔になった。
 うわ、ザインさんの真顔初めて見た。大人っぽ……じゃなくて!
「どうしたんですか?」
 そう言い終わらない内に、腕を思い切り引っ張られて俺はザインさんの腕の中にいた。
「へ?え?」
 俺を腕の中に囲ったままザインさんは立ち上がり、目を池の入口に向ける。
「――来る」
 ぐっ、と低い声で呟くと、ザインさんの胸板に押しつけられる。
 いったい何が来るのかと思っていると、耳に複数の足音が聞こえてきた。
「お、みーっけ」
「二匹かぁ」
「あれぇ、熊じゃん?」
「ばぁか。だから良いんじゃねーか」
「知ってたか?捕まえにくい奴って、成績あがるらしーぜ?」
「ひゃっは!じゃあ捕まえちゃおーぜ」
「俺、熊は手強いから好きなんだよねー。ほら、ヤった後の満足感?」
「おいおいヤるの意味ちげーだろ」
 ちょちょ、ちょっと待て!いったい何人いるんだ!?今聞こえてきた会話の中で、同じ声が聞こえなかった気が……。
 確認したいけれど、なにせ胸板に押しられているので周りの様子は耳のみで得ている状態だ。
 ちなみにこんな時にもザインさんは紳士で、押しつけられているのに全然息苦しくない。
「相手が相手だ。油断するんじゃねぇぞ――かかれ!」
 やっぱりさっきの会話で聞いていない声がそう言った瞬間。
「すまんナトリ」
「っへ?ぇえええ!?」
 ザインさんの謝罪と共に、俺の身体は宙に浮いた。いや、正しくはザインさんに持ち上げられて、丸太みたいに肩に担がれた。
 そして初めて、俺は周りを見る事が出来た。
(――なにこれ!?)
 周りをうめるのは犬、犬、犬――色は灰、赤、銀、青……と一匹一匹違うけれど、多分同じ種類だと思う。
 それが牙を剥き出して、ザインさんを囲んでいる。
 俺は肩に担がれているから、目線がザインさん目線だ。高い……とこんな状況なのに感動していると、一匹がザインさんに跳びかかって来た。
 それを、ザインさんは長い脚で――蹴り飛ばした。それを皮切りに、一斉に跳びかかってくる。
 それも当てずっぽうにじゃない。ザインさんの死角にいる奴から順に跳びかかる。自分が自分がという攻め方ではなく、グループワークのすごく良い動きだ。
 でもそれを、ザインさんは綺麗に蹴り飛ばしていく。まるで舞ってるのかと思うほどにテンポ良く、軽く。
 気を使ってくれているのか、俺に振動はあんまり伝わらない。どんだけ良い人なんだザインさん……って、その犬ってケイナインだよね?!
 同じ学生なのにそんな風に扱って良いの!?
 はらはらしながら、打開策はないかと首だけでぐるりと見渡すと、出入り口に道が出来てきた。
「ザインさん!」
 俺が叫び指を指すと、一つ頷いてそっちに向けてザインさんは走り出した。




 一目惚れだった。
 俺達が見つけた熊は、腕の中に何かを抱えていた。
 最初は、もう一匹狩れるだけだと思っていた。それが号令と共に熊の肩に担がれ全貌が明らかになる。
「っへ?ぇえええ!?」
 高めの声で驚いたように叫ぶその存在に、俺は一瞬で心奪われた。

 宙を驚いたようにかく細い白い手足。
 揺れる柔らかそうな黒髪。
 驚愕で見開かれた目は漆黒――。

 思わず見惚れる。
 逃げ道を見出したその存在は、熊の名前を呼んで逃げ道を指した。その細い指にさえ目を奪われ、担ぎ上げ、触れ、名前を呼んで貰える熊が憎らしく思えた程だ。
 獲物が逃げたというのに、一瞬俺は呆けていた。
「――い、おい!!何ぼーっとしてんだよ!?」
「あ?ああ、すまん……」
 右腕の様な友になおざりに返事をしながら、俺は心に決めた。あの存在を見つけだして、俺のモノにする事を……!




 ザインさんは速い。人一人を抱えた走りとは思えない。もしかしたらその状態でも、普通に走る俺よりも速いかもしれない。
「ちっ、逃げたぞ!!」
「追え!」
 それでもやっぱり動物の。それも犬の足にはかなわなくて。
 大半がザインさんに蹴り飛ばされて意識を無くしていたが、息を吹き返し次第俺達を追って来ている。
 森はもう出たけれど、後ろにはまだ追手の姿が見えるし、おまけに段々距離が縮まってきている。
「ザっ、ザイっ、ザインさんっ」
 流石に走っていると、振動がもろに来る。口を開くのも一苦労だ。
 それを何と勘違いしたのか、ザインさんは走り続けたまま俺を肩から下ろし、両手で抱えた。
 いわゆるお姫様抱っこというヤツで……。確かにそうしてもらえると、楽になった。ザインさんってば紳士――じゃなくて!
「いや、あの体勢が辛かったんじゃなくって、俺を置いて行ってください!このままじゃ追いつかれますから……!」
 そう言う俺に、そんな状況じゃないだろうに、いつもの甘い笑顔で「大丈夫だ」と微笑みながら言ってくれた。
 けれど、追手は着々と幅を狭めて来ている。

 その時、左手の灌木から黒い影が跳び出して来た。
 一瞬ザインさんの足が鈍る。俺もぎょっとするが、目の前の影も驚いたようにこっちを見た。
 黒く滑らかな大きな身体と、冷たい緑の目を持った三本脚の黒ヒョウがそこには居た。
(――あれ、これもしかして)
 俺が思考を整理するよりも先に、ザインさんが口を開く。
「……猫王レオパルド……」
 やっぱり?
 熊か、と呟く猫王は後ろから聞こえる声に耳をピクリと動かし、舌打ちをする。
 そんな猫王にザインさんは、とんでも無い事を言った。
「ナトリを……連れて行ってくれないか?」
「「は?」」
 思わず俺と猫王のこえがハモる。
 えっ、ちょっと、ザインさん突然なにを言ってらっしゃる!?
「お前の足は速い……ナトリを背負ってもいける」
 何言ってんですか――!?
 もう突っ込む声も出ずに、ぱくぱくと口を開閉してザインさんの顔を見上げた。



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