雪隠詰め | ナノ


▼ 通常日?


 朝、涼しい風で目が覚める。
 気付けば俺はベッドの上で、膝には猫の二夜がいた。
(そっか、昨日は俺の部屋に二夜とネクロが来て、喋ったり遊んだりして……で、俺は疲れて寝ちゃって……)
 膝の上の二夜を撫でる。茶色の猫は、もぞ、と動いたが起きる気配はなかった。
 ゆっくりとベッドから降りて、リビングへと向かう。ソファーの上には長い手足がはみ出たネクロが人の姿で寝ていた。
 ネクロも起こさない様にベランダへと出る。ここから見える景色は豪華で綺麗すぎるけれど、ここで感じる風は好きだ。
 この世界に、早くも多少は慣れてきた。見上げれば、俺のいた世界と変わらない色の空を鳥が飛んでいる。鳥が……鳥?
「なにしてるのぉ?ナトリちゃぁん」
 あれ待てよ?と首を傾げていると、ネクロが後ろから抱きしめてきた。
 いい天気だねぇ、と呟くネクロに目を向ければオレンジ色の髪が乱れていて眠そうだ。
「寝れた?」
「んー……ちょいソファーちっさかったから身体痛い」
「ネクロは二夜みたいに元の姿になって寝ないの?」
「まぁ、これは好みだからねぇ。俺は人間の姿で寝るのが好き、ニヤちゃんは猫の姿で寝るのが好きーってだけ」
 すりすりと首筋に顔を擦りつけながらネクロはそう答えると、大きく息を吐いた。
「ナトリちゃんって、いー匂いするよねぇ」
 少し身体が強張る。……まさかバレた?
 別にネクロにばれたからと言って、俺の身に何か危険が及ぶなんてことは無いと思う。
 でも、ネクロに嘘をついていたと思われるのは辛い。もちろんその通りだし、言い訳のしようが無いのだけれど……。
 昨日の部屋に帰ってから三人で過ごした時間はとても楽しかった。
 バイトばかりで忙しくて、希薄だった友人関係しか無かった俺にとってみればそれはとても濃厚な人間関係で。それを失ってしまうのは嫌だと純粋に思う。そもそも……。
(ニンゲンって、こっちの世界ではどんな存在なんだろう……)
 二夜の対応からは、そこまでマイナスなイメージを受けなかったけれど、もし、嫌ったり、気持ち悪い対象と捉える人もいたら――と考えると恐くなる。

 思いに沈んでいる意識を、バードってこんなに良い匂いだったっけぇ……?と呟くネクロの声が引っ張り上げた。
(こっ、これ以上はマズい!本当に人間とバレてしまう……!)
「にっ、二夜起こしてくるね!」
 バレる前に……!と腕から抜け出そうとしたら、がしりと抱き締めなおされた。
「だぁめー良いじゃん。まだ時間あるんだし、ゆっくりしようよぉ」
 そう言われても、とやきもきしながら目線を下げると、自分の足の横にネクロの足があった。……大きい。
 足が大きい人は背が高くなるっていうのは本当なのか、としみじみ思った。ふと見れば、手も自分よりずっと大きくて骨ばっている。
 それを思った瞬間にネクロがすごく大人な男性な気がして、急に恥ずかしくなった。
 顔が赤くなってくるのが分かる。
 なんでそんなことで恥ずかしくなるのか自分でもわからないが、ネクロにばれる前に顔の火照りを冷まそうとした。が、俺の頭の上に顎を乗せてカクカクと揺らしていて、俺の顔なんてろくに見え無い筈なのにネクロが怪訝そうな声をあげる。
「ん?あれ、ナトリちゃん、顔赤いよー?」
 ばーれーたー……。
「んん?どしたのー?」
 ネクロが横から覗きこんで来る。
 いつもなら耐性があるけれど、今はそんな綺麗な顔で近づかないで欲しい……!寝癖さえお洒落に見えるって、いったいどうなんだ……!
「んんー?あ、もしかして、抱きしめられて照れたとかぁ?」
 鋭すぎるわ!
 心の中でつっこみながら、的確に言い当てられたので思わず押し黙ってしまう。
「ビンゴだー。そーかそーか照れたのかぁ」
 ネクロはなんだか嬉しそうに言うと、俺を抱きしめたまま左右にゆらゆらと揺れた。
「うふふ、そっかぁ」
「……うるさい……」
「あっは、照れてるー」
 ううう……と恥ずかしさで呻く。お願いだから腕外してくれよぉ。
「あーあ、耳まで赤くしちゃってー」
 耳をネクロが触る。
 その指先のこそばゆさに首をすくめた。
「カワイイ」
 がぷり。
「ひぇえ!?」
 いきなり耳をネクロに齧られて悲鳴をあげた。八重歯が耳に当たるのが分かる。
「ねねネクロ、何してんの!!」
「んーカワイくて思わずー」
「可愛いと齧るの!?そもそも可愛くないし!?止めなさい!!口から出しなさい、ペッして今すぐ!!」
「あっは、ナトリちゃん耳弱いのー?」
 こっちの必死の制止に耳を貸そうともせずネクロはそう言うと、また噛んだ。歯を軽く立てて何度も噛まれるとぞわぞわする。
「そんっ、なことっ、ない!!」
「嘘つきー」
「こっ、これ以上やると怒るよ……っ!」
 耳に夢中になってるネクロの腕を叩くと、ネクロはしぶしぶと離れた。
「ナトリちゃんのケーチー」
「ケチとか関係ない!」
 そう叫ぶと、俺は腕の中から抜け出し、ダッシュで二夜を起こしに行った。




 起きたらナトリちゃんがベランダに出ていた。
 俺はナトリちゃんの匂いが好きだったりする。だって、なんか落ち着くから。
 それを言ったら面白い程に慌てるから、そのまま抱き締める事にした。そしたら、急に照れるんだもん。
 俺に抱きしめられて照れてるなんて嬉しいなぁと思うと、真っ赤になった耳が目に入った。
 熟れた果物みたいなそれを思わず口に入れると、返ってきたのは予想以上の反応。
 耳弱いんだなー、ま、俺らも弱いけど。
 このまま続けると嫌われちゃうかもしれないから、とりあえず腕を緩めたら、真っ赤なまま脱兎のごとく逃げてっちゃった。
 あーあ、ホントに可愛いんだから。

 ナトリちゃんは何か隠してる。
 匂いもそうだけど、ニヤちゃんだけ『ミツル』とか呼んでるとことか、全体的に。なんかおかしいなぁって。漠然としたそれは、勘の域を出ていない。俺の思い違いかもしれないけれど、でも意外と俺の勘当たるんだよねぇ。
 何か隠してるとしても、ナトリちゃんが言ってくれるのを待とうと思う。きっといつかは言ってくれると思うから。

 ねぇナトリちゃん。俺が人の秘密無理矢理探ろうとしないなんて夏に雪が降る並みに珍しいんだよ。
 だから、俺の事褒めてよ―――。





 真っ赤なまま二夜を起こすと、二人は着替えると言って一度自分の部屋に戻っていった。
 此処には食堂があるらしく、連れて行くから待っててと言われて、俺は制服に着替えてソファーでぶらぶらと足を揺らした。
(そういえば、お金とかどうするんだろ?)
 俺はもちろん今は一文無しだ。出世払いとか……では貸してもらえないか……。
 アルバイトをしないといけないだろうか、と考えていると部屋のベルが鳴ってネクロと二夜が迎えに来てくれた。
 ネクロの寝癖のついていた髪はすっかり綺麗になっていて、今日は前髪を上でピンで止めている。
 ……美形ってのは良いもんだな……。

 食堂は朝だというのに大分混んでいた。いや朝だから込んでいるのか。
「俺何にしようかなー、二夜は何にするー?」
「うー……サンドイッチにするか」
「じゃあ俺、魚食べようかなぁ」
「あ、あのう」
 ぽんぽんと何を食べるか話を進める二人に、おずおずと話しかけた。
「ん?あ、ごめん。ミツルは何食べる?」
「メニュー見るぅ?」
「いや……それ以前に俺、お金が無いんですが……」
 きょとんと二人が俺を見つめてくる。
 ううう……ネクロはともかく、二夜は事情を知っているんだからそんな顔をしないで――!!
「あー……そっかぁ。そうだよねぇ、知らないかなー?」
「ここの学食はお金払わなくて良いんだぞ」
「え」
「んとねータダでは無いんだけど、学費に全部入ってるーって表現が一番良いかなー?」
「学生証明書さえあれば此処では食べれるんだ」
 え、すご!!恐るべしエリート校……。あ、でも給食感覚で考えるとまあ……不思議でも無い……か?
「じゃあ、俺もパンがいいな」
 学費も払って無いんだけどなぁ……という思いがあったけれど、働けるようになったら少しずつ返していくという話を今度エレミヤ先生としようと心に決めた。

 お腹を満たして臨んだ授業は人間の世界とほとんど同じだった。数学とか、国語とか。
 歴史も内容は違えど、他の国の歴史と考えると案外すんなりいける物だった。
 昼食まであっという間に時間が過ぎ、ネクロがトイレから帰ってくるのを二夜と待ってる間、俺は朝に気になっていた事を二夜にきいてみた。
「あのさ、こっちの動物って皆人間になれるの?」
 朝、気持ちよさそうに飛んでいたあの鳥達も人間になれるのだろうか。
 すると二夜は首を横に振った。
「いや。なれない。俺達みたいにニンゲンに化けれるのは、ニンゲンに化けれる親から生まれてきた子だけでさ。動物の姿のままの奴から生まれてくるのはそのまんまだ。この違いは昔、ニンゲンに化けるかどうかを選択したかどうかってのに関わりがあるらしいけど、詳しくはわかってない」
「へぇ……じゃあ、人間に化けれない猫を見ると、どんな感じなの?」
「うーん、それを見ても別に軽蔑する気持ちとかは全然ないけど、完全に別物って感じかな……。言葉も通じないし、匂いも違う」
「へえ……そこまで違いがあるんだ」
 多分、人間が猿を見るような感覚なんじゃないだろうか。昔の祖先で、でも全く別物。
「でも、なんでそんな事聞くんだ?」
「今日の朝、ベランダに出たら鳥が飛んでてさ。あれも人間になれるのかなって思ったから」
「ああそういう事か」
 納得したように二夜が頷くと同時に、ネクロがトイレから戻ってきた。
「おまたせーお腹空いたぁ」
「んじゃ行くか」
「うん」



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