雪隠詰め | ナノ


▼ 2


 【逃げる】側には何の変哲もない銀色の板がついたネックレスを渡された。
 【狩る】側は身体のどこかに、赤い鉢巻を巻いてるという話だ。 
 ルールとしては、【狩る】側が、【逃げる】側のネックレスを奪う。【逃げる】側はネックレスを奪われたらアウト。【狩る】側はネックレスを制限時間内に奪えなかったらアウト。とても単純なルールだ。
 逃げるため、狩るためなら何をしてもOKのようだ。ニンゲン化しなくても良いため、さっきも足元を「じゃましてごめんよっと」と言ってこげ茶の中型犬が通って行った。
 人の姿のままでも良いらしいから、安心だけど……全速力の動物に敵う気がしない。
 それとなんでも≪追いかけっこ≫中に、敵側とコンタクトをとるのはいけないそうだ。監督の先生に見つかり次第、アウトにされる。
 つまり友情そっちのけで≪追いかけっこ≫をしろってことらしい。
 また、全て野外で行うため、時間内に校舎に入ることも禁じられている。
「じゃあ、今から十分後に【狩る】側が放たれるからねー。はい、始めー!!」
 そんなの危機感の全く無い、のほほんとした掛け声と同時に、俺達【逃げる】側は一散した。




「ここらへんでいいかなぁ……」
 独り言を呟きながら、辺りを見渡す。
 広い学校の敷地内 どこにいるのか分からないけれど、隠れられそうな垣根の多い綺麗な庭の一つに俺はいた。
 少し前に【狩る】側が放たれたことを告げる鐘は鳴っていた。
 これから夕食の時間まで、逃げ回らなければならない。
「というより、何故に俺しかいない……?」
 結構歩き回っているつもりなのだが、不思議なことに誰にも遭遇しないし、行けども行けども、色んな場所があるのだ。この学園の広さを改めて思い知らされる。
「……どっかに隠れた方がいいのかな」
 寂しいと独り言が多くなってしまうのはご愛敬だ。だって、ここまで静かだと不安になってくる。
 そう思った瞬間俺は襟首を誰かに掴まれ、垣根の陰に引きずり込まれた。
「な――……!?むぐ……っ」
 大きな掌で叫び声を上げそうになった口を塞がれる。頭の中をアウトという言葉がぐるぐる回った。
 まさかこんなに早いとは……さすがは人間。さっぱり駄目だね……。
「静かにしてろ。バカ」
 耳元でぼそぼそと聞きなれた低い声がする。
(この声は――ギリア先生?)
 驚きで目を見開くと、鬱陶しそうな顔をして顎をしゃくる。その先に目を向けると、赤い布を腕に巻いた三、四人の猫耳の生徒がいた。
(うそぉ、全然気付かなかった……)
「声を出すなよ……呼吸もあんまりするな」
 ぼそりと呟くと先生はちらりと目を伏せ、手に持っていた小瓶の蓋を開けた。
 息を潜めた俺達の耳に、あの猫さん達の声が入ってくる。
「なあ、ここら辺にいるか?」
「わっかんねー。だって色んな匂いするんだもんよーここー」
「俺……色々匂い過ぎて、なんか気持ち悪い……」
「俺も……もう他ンとこ行こうぜー?」
 暫くして彼らが居なくなると、はぁああっと耳元で先生が大きく溜息をついた。頭を抱えて呻いてさえいる。
「ったく、学校長から目ぇつけとけって言われて来てみたらすぐこれかよ」
「ご、ごめんなさい」
 誤りながら先生の手もとの瓶を見る。
 俺には何の匂いもしなかったし、中には何も入ってないように見えるのだけれど効果は絶大だった。
「これ、何ですか?」
 先生はちらっと俺の目を見た後、また頭を押さえる。
「知らん。学校長から危なさそうだったら使えって言われて渡されたやつだ。あぁああくっせー。マジでくせぇ。頭痛がする」
 唸りながら項垂れた先生は、俺の首元に顔を埋めてきた。既視感三度目だ。
「何かすみません……ありがとうございました」
「礼を言うなら、口直しさせろ」
 そういうと俺の首に鼻をこすりつけてくる。
 ……匂い直しということだろうか……?
 すーはー、すーはーと息をするのが聞こえる。
(――これはちょっと……)
 先生は体つきが良くて背が高いので、俺は今、完全に包み込まれている形になっている。これは俺が小さいとかそういうのでは無いと思う。決して。
 おまけにギリア先生は美形というわけではないが、鋭く男前な面立ちをしていて……。
 そんな状態で、そんな顔が首筋に埋まって息をしているというのは……結構、その。
(――は、恥ずかしいかも)
 だんだん顔が赤くなっていくのを感じていると、「あー……全然足りねぇ」と耳元で囁かれた瞬間に、べろぉっと首を舐められた。
 こっちは既視感二度目です。
「ひっ!いっ!」
 分かっている。蛇は舌で匂いを感じるんだ。分かっているとも。でも――これはなんの羞恥プレイだ!?
 べろべろと首筋を舐め続けられる。
 先生――サーペントの人は皆そうなのかも知れないけれど、舌が途中で二又に分かれている。
 それが……よけいに、こう……変な感じがする。
「ちょ……も、ひぁっ!?」
 耳も舐められて叫ぶ。
「あ、あのっ、もっ……」
「あー……?あー……まあいいか」
 ようやく先生の顔が離れると同時に、首を押えてずざざっと後ずさった。
 それを先生は横目で見て少し眉を寄せたが、すぐに普通の表情に戻る。
「教員は監督だからな。お前にずっと付きっ切りにいるわけにもいかねぇし、他の教師に見つかったらアウトもんだ。だから……」
 あっちに行け。先生は右手に広がるちょっとした森みたいなのを指さした。
「あれも学校の敷地内だからよ。あの中にちっせぇ池みたいなのがあるから、そこの近くにいろ。あそこはこの時間帯は風通しがよくねぇから匂いも外に出にくいし、見つかりにくい。余り知られてないと思うから利用者もいねぇだろう」
 瓶はもう使っちまったから、今度新しいの貰っといてやるよ。と言う先生に、俺は全力で頭を下げて全力で走ってこの場を去った。




 向こうから【狩る】側の猫の匂いが近づいて来ているというのに、ニンゲンのガキは気付く素振りも見せなかった。
 仕方なく首根っこを引っ掴んで、風下の垣根の中に引きずり込む。
 見た目の小ささ同様、軽いそのガキは難なく引きずり込まれて、俺の腕の中に収まった。
 俺を下から見上げて、目ん玉落ちるんじゃねぇかって見開いて驚いたそのガキを、ほんの一瞬でも、少しでも、可愛いとか思った俺は目が腐り掛けてるのかもしれない。
 本当どこが可愛いってんだ。女ならまだしも、男で美人でもないガキだ。
 まぁどんなに魅力的で無いガキでも、学校長命令は守らないといけない。
 だからこの場を凌ぐためにエレミヤの馬鹿、じゃねぇや、学校長からもらった瓶を使ったのだが……何使ってあるんだ。あの瓶。
 驚く程の効き目があった。……もちろん俺にも。
 いくら匂いに関しては他の奴らよりうといサーペントでも間近では、頭に響くほどだった。

 申し訳なさそうにしているガキに、ふと鼻筋を擦り付けてしまったのは何故だろうか。
 別に匂い直しなんてタバコを吸えば良い話だ。
 それをあえてせず、目の前のニンゲンのガキの匂いを求めた。
 匂えば匂うほど不思議な感じだ。香水みたいな匂いじゃ無く、芳しいという物でもない。けれど、心が落ち着く。
 思わず首筋に舌を這わすと、ガキの身体が震えた。舌を這わすたびに震えるその身体に、何か言いようのない衝動を抱いて、気付けば夢中になっていた。
 満足して開放してやると、ものすごい勢いで後ずさっていた。
 その勢いに少し傷ついたなんて言えるわけがない。

 隠れる場所を指示したら全力で走って行った。その背中を見送りながらタバコを取り出し、口に咥える寸前で止めた。
 まだ残っているこの匂いをまだ残しておきたいとか思った俺を、誰か殴って正気にして欲しい。
 タバコの吸い過ぎだろうか。
 力む指にタバコが折れ、舌打ちを零した。




 俺は走った。走った。
 心の中でギリア先生に猛烈に謝りながら。
(――先生、ごめんなさい……)

 池に着く前に見つかってしまいました……。

「おい!周り込め!」
「逃がすんじゃねぇぞ!!」
「狩ってやらぁああ!!」
 何も悪い事してないのにこんなに言われると、何か悪い事したみたいな気持ちになってくる。
 警察を見た瞬間、自分の過去をものすごい勢いで振り返る感じとちょっと似ている。
 ってか、コワイよ!特に一番最後の人!我失っちゃってる感じが、すごいするんだけど……!
 俺を追ってくるのは三人のサーペントさん達。
 耳、尻尾が無いから、きっとそうだと思う。
 ニンゲンの姿のまま追いかけてくるのは、たぶん人の姿の方が速いからなんだろう。
 でも、普通の人間より格段に速い。俺は命を削る勢いで走っているのに着々と幅は狭まっている。
 でもまあ、猫じゃなくて良かった……!だって、猫だったら四本脚だもんね。絶対逃げられない!なんて現実逃避するほど、俺は切羽詰まっていた。

 ふと鼻を水気を含んだ匂いがくすぐる。池が近いみたいだ。助かった!と思うと同時に、あれ?と首を傾げる。
 池に着いたらどうにか助かると思っていた。
 でもそれは誰にも見つからずに到着して、じっとしていればの話で……既に見つかってしまった今、池に着いても何も変わらないんじゃないか?
 ……し、しまったぁああ!!
 心の中で絶叫するが、今更どうしようも無い。とにかく池まで全力で逃げようと心に決めた瞬間、池が目に飛び込んできた。
 いや正しくは池と、座っている人影が。
 ――利用者いますけど!?
 先生!!とギリア先生を心の中で責めるがどうしようもない。
 【狩る】側か……!?と構えると、こちらの気配に気づいたのか、ゆっくりとその人が振り返る。
 その人の首には銀の板がぶらさがっていて、【逃げる】側かと安堵して肩の力を抜くが、追われていることを思い出して慌てる。
 足音はそこまで来ているし、このままではこの人も巻き込んでしまう。
 この人に逃げるように言って、俺も違うところに行かなくては――……。




「おい、どこ行った!?」
「ここら辺にはいるだろーさ」
「ん?あいつは?」
 蛇の一人が池の側に座る男の背を指さす。
「ばっか、あれには近づくなよ。ただでさえ自分の縄張りに入られるとピリピリするんだから。あいつらはケイナイン達じゃねぇと敵わねーよ」
「俺らが狩るにしてももっと人数がいるぜ」
「割に合わねぇ獲物だからほっとけ」
 彼らは男がいる為あまり近寄ることも出来ず、一応軽く探したがすぐにその場を去って行った。
 もし彼らがもう少し男に近づいていたら不自然に前が膨らんだジャージと、その下から出る足に気付いていた筈だろう。
「……もう、いいぞ」
 男がぼそりと呟くと、不自然に膨らんだジャージのファスナーがひとりでにジジーッと下がり、ひょこんと頭が出た。



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