Pet Shop | ナノ


▼ 2


「――ぶッ」
「どうしたの?」
「い、いや、人間の深月と出会った時を思い出してさ」
 深月を抱き締めて癒されながら、出会った切っ掛けを思い出して思わず吹き出してしまった。くっくっと抑えきれない笑いを零しながら深月の髪を撫でる。
 『僕が深月なんだけど』と、言われた時の自分は相当マヌケな顔をしていたに違いない。
 そんな訳無いだろ、冗談に付き合ってる暇は無い、と一蹴したものの、心のどこかでああそうかと理解している自分もいて。
 コイツが本当にナマケモノの深月なのだと理解するのには暫く掛かった。そして今の関係になるのには、更に時間が掛かった。


柚希ゆずき、好きなんだ』
 一体あの老人に何と説明すればいいのやら、という不安は残しつつも、俺の下の名前を教えて、この部屋で同居人として暮らす様になって、暫く経った時だった。
 頬を赤らめ、けれど真摯な眼差しで深月が俺に告げたのは。
『あの屋敷で、柚希を見た時からずっと……一目惚れだった』
 傍にいて、柚希の事を知って更に好きになったのだと、だから、恋人にして欲しいと、そう一生懸命伝えきた深月の気持ちを俺はバッサリと切り捨てた。
 男同士で気持ち悪いとか、そんな風に考えられないとか、そういった気持からでは無く、ただ単純に酷く怖かったのだ。
 自分が、深月に惹かれている事に気付いていたから。

 元から俺はストレスとか疲れとか溜めこみやすい性格で、何かに掛けてカリカリと怒る事があった。それが八つ当たりだって事が分かっているから更に自己嫌悪が上乗せされて、弱火みたいな怒りが自分を責めて、それがまたストレスになって……と、悪循環に嵌ってしまう。
 けれど深月の傍にいると、それがとても癒されるのだ。
 深月の持っている空気が疲れている心を癒してくれる。穏やかな気持ちでいられる。

 惹かれて、いた。
 それは同性という事すら飛び越えてしまいそうで、俺は怖くなった。
 深月に告白されて現実味を帯びたそれに俺は半ばパニックを起こして、深月に酷い事を言ったのだ。
『ただ一番近くにいるから、勘違いしただけだろ。女より男が好きっていうなら、一度外で他の男抱いてくれば?きっと、勘違いだったって分かるよ』

 今でも酷い事を言ったと後悔している。
 深月がそんな奴じゃないと言うのは、誰よりも分かっていたのに。
 その日、深月は出かけたまま帰って来なかった。
 日が沈む頃にはどんなに遅くても家にいた深月が帰って来ない事に狼狽えて、もう帰って来なかったらと真っ青になって、どうして素直になれなかったんだろうと泣いて反省した。
 時計の針が十二時を回る頃、部屋の呼び鈴が鳴らされて、慌ててドアを開けると、そこには深月を半ば背負った形の青年が立っていた。
 綺麗で、どこか華奢なイメージを受ける青年は、俺を見るなり整った眉を吊り上げた。
『アンタがユズキ?』
『えっあ、はい……』
『あのさ、何があったか知らないし、首を突っ込みたくないんだけど!だけど、こちとら誘いに乗ったから事に及ぼうとしたのに、違う人の名前連呼して泣かれるのたまったもんじゃないから!まるで強姦しようとしてるみたいで、気分悪かったし!喧嘩なら外に持ち出さないでくんない!?』
 アンタこれどうにかしてよ!と深月を押し付けると、青年は肩を怒らせて帰って行ってしまった。
 深月はというと、ボロボロと泣きながらしゃくり上げて俺の名前を何度も呟いて。
『柚希が……っ他の、男……っ抱いてみたら、分かるって……っ』
 でもダメだった、全然ダメだったと繰り返す深月を、俺は何度も何度も謝りながら抱きしめた。

 その夜、俺達は互いが互いを思い合う、身体の端から蕩けてしまいそうな甘い夜を過ごし、そして次の日の朝、まるで見計らったかの様にあの老人から電話が掛かって来たのだ。
『やあ高瀬君、どうかな深月は。元気だろうか』
「……はい」
 老人の声を聴きながら、この人は全て分かっていたのでは無いだろうかと漠然と思った。
 深月が人間の姿になれる事も、俺に一目惚れをした事も、俺が深月を好きになる事も。
 そして今俺の頭に浮かんでいる言葉も、今から俺が言おうとしている事も分かっているのではないだろうか、とも思った。
「あの、」
『なんだい?』
「あの、最後に言いましたよね。離し難くなったら、ずっと置いて良いって。あの……深月を、俺に譲ってくれませんか」
『……』
「凄く図々しい事を言っているのは分かっています。でも、俺はもう深月がいないとダメなんです。だから、深月を俺に譲ってくれませんか?お金でどうにかなる問題だとは思いませんけど、いくらでもお支払いします!お願いします……っ」
『……君は深月を大事に――幸せにしてくれるかい?』
「大事にします……!泣かせてしまったけど、もう絶対泣かせたりしません……!」
『ふふ、そうかそうか。深月も君といたら幸せだろう。お金はいらないよ。深月を幸せにしてあげてくれればそれで、それじゃあ』
 お幸せに。そう言って電話は切れた。
 切れた途端、ふわりと後ろから抱きしめられて、「あの人?」と深月が囁いた。
 それに頷くと、「ずっと僕、ここに居て良いの?」と吐息で聞かれ、俺はそれに口づけで応えたのだ。




「柚希?」
 名前を呼ばれてハッと我に返る。
 抱き締めていた腕は緩んでいて、その中で深月がこちらを見つめていた。
 深月とこうしていると、本当に幸せな気分になる。
 出会いはまるで夢の様で、そして深月がこうして傍にいるのは正しく奇跡で。
 時々口喧嘩もするし、素直になれなくて強情張る事もあるけれど、やっぱり俺は深月が好きなんだ。
 そう思っていると、深月の顔が近くなって唇に柔らかい物が触れた。深くはならずにそっと離れたそれに小さく笑う。
「何でキス?」
「だって柚希がキスして欲しそうだったから」
 微笑みながら告げられた言葉に、くすくすと笑いながら深月の頭を引き寄せる。
「ならもっとしろよ」

 柔らかい唇の啄み合の軽いキスから、ちろりと相手の唇へ舌を這わせて深いキスへと変わる。
 それでも貪る様な荒々しい物では無く、舌同士を擦り合わせたり、互いの咥内をゆっくりなぞる様な長いキス。
 くちゅ、と音を立てて唇が離れる頃には、既にとろとろになっているのが分かった。
 そのまま、ちゅ、ちゅ、と顎や首筋に何度も唇を落としながら、深月の手がシャツの裾から中に入る。
 指先だけで下腹、臍と順番に上がって行って、胸に辿り着くと手の平全体で触られて堪らず深い息が口から零れた。首筋で遊んでいた唇が徐々に上がって、唇と再び重なる。
 啄む軽いキスをしながら、緩やかに身体を弄り始めた深月の手にうっとりと感じ入っていた。
 弄るといっても、荒々しい物でも酷く厭らしい物でも無い。
 まるで癒すために撫でる様に、けれど快楽を伴う触り方。
 触れている所からじんわりと暖かさと、胸が苦しくなる様な快楽が広がる。

「……ふ、あ」
 深月の手から伝わる温もりが身体を満たして、呼吸がそれに押し出される様に洩れる。
 深月のセックスはゆっくりだ。荒々しく扱われた事は記憶に無い程。
 いや、深月は生活でもゆっくりだ。そのせいで日常に支障をきたした事は一度も無いが、彼が走ったり急いだりしているのを見た事も一度も無い。
 それは決して焦らしているという訳では無く、慈しみ、愛してもらっているのがひしひしと伝わる様なセックス。
 ゆっくりと、相手を包み込んでいく。激しくされないのに快楽に溺れる。
 じっくりと弱火で煮込まれる様な愛撫の果ての絶頂は、初めて体験した時には訳が分からない程感じた。
 まるで蜂蜜を飲まされる様な濃厚な甘さ。こういうのをスローセックスと言うのだろうか、と頭の隅で思った。
 もう自分は深月じゃないとイけない身体になっていると思う。

 鼻先が触れ合う近さのまま、深月が俺の中心をズボン越しに撫で上げる。
 腰を浮かせてその手の平に擦り付けて無言の催促をすると、深月が吐息で笑った。
 ゆっくりとチャックが下ろされ、既に少し芯の入ったそれの先端を長い指がかりかりと引っ掻く。
「あ……っはぁ……っ」
「きもちいい?」
 口を手の甲で抑えながら、こくこくと頷く。
 ジワリと先走りが、その部分だけ下着の色を濃く変える。それを愛おしそうな物を見るかの様に微笑んで見つめて、深月は先端部分に下着越しにキスをした。
 腰骨を撫でながら下着を脱がされ、もうしとどに先端を濡らしているそれを躊躇いも無く深月は口に含んだ。
「あ、あぁ……!」
「ん……ふ、ちゅ、」
 熱い粘膜に包まれる気持ち良さに、喉を反らして喘ぐ。下生えを指でゆるくかき混ぜる指の動きにさえ感じてしまう。
 角度を変えてゆっくり上下する頭を見て、まるでキスしているみたいだと馬鹿みたいな事を思った。
 一端中心から口を離し、自分の指を含んで唾液で濡らすと、後孔に宛がわれる。
 最初は縁をなぞっていただけのそれが、ぬくりとナカに入って来て息を詰めた。
 奥まで入れずに中程まで入れると深月はまた中心を口に含んで、ゆっくりと内壁を探り始める。
 もう俺の身体の事を俺以上に知り尽くしている深月が、ナカで一番感じる所を探り当てるのはとても簡単な事で、そっとそのしこりを撫でられて腰がぞわぞわと震えた。

「ふ、あ……、あ、あ、ああ……」
 気持ち悦い。
 腰から下が蕩けてしまいそうだ。いや、腰から走る快楽で、きっと脳みそも溶けてしまってる。溶けてしまったら深月に飲み干して欲しい、と思った。
傘の部分を舌で舐められ、先端の小さな穴も愛撫される。
後ろに収められた指は本数を増やし、ゆるく抽挿をされている。
ゆっくりとだけれど確実に高みへと追いやられる。


「あ、あ…っ、も…出、る…んっ」


深月の髪に指を絡めてそう言ったけれど、口が離れる気配は無い。
口に出してしまう、という焦りと、出したい、という欲求がせめぎ合う。
しかしそれも、深月がくんっとしこりを押した瞬間に砕け散った。


「あ、ッあぁ!!」


深月の頭を抱える様にして、絶頂に喘ぐ。
荒い息を吐いていると、深月の喉が上下した。
暫くして中央から離した口には全く精液が残っておらず、飲んでしまった事を知って罪悪感とそれを上回る嬉しさに身体を震わせた。
指はまだ体内に残っていて、解すために抜き差しされている。

臍周りにキスをして、脚の間にあった頭が上がってくる。
ポスン、と背中を曲げたまま胸に預けて来た頭が愛しくて、自分より上背のある背中を抱き締めた。


「もう、挿れていいよ」

「…あともう少し」

「挿れて、深月」


囁いて強請ると、深月は顔を赤く染めた。
前を寛げる音がしたと思うと、ピタリと熱が当てられる。


「…いいの?やっぱりもう少し解した方が、柚希の身体の負担にならないと…」

「挿れて…?」


再度強請ると、深月はぐっと黙った。
熱に浮かされて少し潤んでいる目で見つめて来て、腰がゆっくりと沈み込んだ。


「あ…っああぁ…っ」

「ぁ、ふ…ぁあ…っ」


熱がナカを押し開く感覚と、少しだけピリッと走る痛みに眉を寄せるが、それよりずっと満たされる幸福感に酔う。
根元まで入ったのか俺が落ち着くまで待っていた深月は、ゆるゆると腰を使い始めた。
叩き付けたり、突き上げたりという激しい動きでは無くて、打ち寄せる波の様な穏やかな動き。
それでも物凄く感じてしまう。
むしろゆっくりだからこそ、深月の些細な動きとか、体温とか、熱とか、息や匂いが全部伝わって頭に刻み込まれる。


「んっ…んっ、ぁ…あっ…ッ、ン…」

「柚希…ゆず、ゆず…」


何度も名前を呼ばれ、何度もキスをされる。
瞼に、目尻に、額に、頬に、鼻先に、唇に。
片手が伸ばされて、指を絡め合って握った。


「ずっと、愛してる…柚希」

「―――ッ、ッ!」


黒い瞳が優しく細められたのと同時に、俺はまるでその愛情に押し出される様に声も無く二度目の精を吐き出していた。



「はっ、はぁ…は、ふ…」


二度目の射精に息を切らす。
こめかみに唇を寄せられる感覚がして、吐息混じりの囁きが耳に吹き込まれた。


「…大丈夫?」

「ああ、いいよ、動いて」


いつも深月は俺がイくまでイこうとしない。
俺に愛情を注いで、溢れるのを待つかのように自分の快楽を耐える。
再びゆるゆるとした抽挿が始まり、深月は切なそうに眉を眉間に寄せた。

最初はイくのを我慢している深月に納得出来ずに、何度か口論にまでなった事があるが、今ではこれはこれで良いと思っている。
挿れられているから相変わらず気持ちは良いが、先に射精したから余裕がこちらにはある。
快楽を得て余裕の無くなっている深月を見るのが俺は好きだった。


「んっ、は…っ!」


深月が苦しげに喘いだのを聞いて、そろそろ限界なのを知る。
この後深月は俺の中から性器を引き抜いて、自分で扱いて射精する。
いつもの流れを頭に描いていると、深月の腰が俺の中から出るために浮いた――のを、脚で絡めて固定した。


「えっ!?あう、ぐ…っ」


予想外の俺の行動に目を見開いた深月は、すぐに眉をハの字にして切なそうに呻いた。


「ゆ、柚希、離して…っ出ちゃ…っ」

「出せよ」

「だ、ダメだよ、お腹こわすでしょ?あ、あっ」


中出しされると大抵腹を下してしまう俺を心配して深月はナカで出そうとしない。
そんな深月を責め立てる様に意識して後孔を絞ってやる。


「やめ、そんなにっあぁっ」

「今日は中に出されたい気分なの。…出せよ」

「ひ、ぁ、あ、だ、めだって…ば、ゆず、ゆず…っ」

「強情っぱり。ホラホラ」


腰を押し付けて振った。諸刃の剣だけれど、自分の快楽は押し殺す。


「うぁ、ァああッ、あ、あ゙!!!」


喉を反らして、目を見開きながら深月は吼えた。
一瞬硬直した後にがくがくと腰を痙攣させて、俺の中を白く染める。
中に出したくない、と言っていたくせに出しながら腰を自分から思い切り押し付けていたのは、動物の本能の名残なのだろうか。
奥に、自分の遺伝子を刻み付ける本能。


「う、出し、ちゃっ…た…」


ひぐ、と喉を鳴らして深月は俯いた。
出した事の罪悪感からか、快楽の余韻からか薄らと涙目になっている。
俺を抱いているくせに、まるで犯された様な様だ。
イく時の顔が凄くエロかったなぁ…なんて、ちょっとクセになりそうだ。
凄いいっぱい出たな、とわざと言ってやると顔を真っ赤に染めた。


「は、早く掻きださないと…」

「んー…でも、もうちょっとだけこうしてたい」


不安定なソファーの上で、深月の頭を抱き寄せた。

あの日、不思議な館で出会った深月。
あれから館があったと思われる場所に行こうとしても、どうも違った風景で、俺はあの老人に再度合う事は無かった。
彼はあの日どういうつもりで俺に深月を預けたのだろうか。
ペットとして?それとも…一生のパートナーになると思って?
そういえばペットを人生の伴侶として扱うコンパニオンアニマルというのも増えていると聞く。
そこまで考えて、小さく苦笑を零して頭を振った。
どうでも良いじゃないか。俺の傍には深月がいて、深月の傍には俺がいて。多分一生離す事は出来ない。


「どうしたの?」


俺の様子に顔を上げた深月の唇にキスをした。


「愛してるよ、深月」


ゆっくりと、愛しあっていこう。






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