Novel | ナノ


▼ 7


 ――なんて、何故誘ってしまったんだろう。
 俺は水晶に隠れる様に冷たい水に浸りながら、ちらちらとナツラを見ては困惑していた。
 最初はナツラは酷く渋っていたが、この為に理由は伝えなかったが体を拭く布を持ってくる様に言っておいたし、濡れるのを拒む理由もない。
 ここの水はとても澄んでいて、冷たく心地良い。水浴びをすればすっきりして前の様な笑顔が見れるかもしれない、という思いから何度も頼み込むと仕方なしに服を脱ぎ始めたのだが……。
 するりと衣服の下から出てきたナツラの肢体に目を奪われる。
 細い腰や、無駄な筋肉の無い腕。少し恥ずかしそうに後ろを向いて下を脱ぐと、引き締まった双丘が晒された。
 それよりも目が行くのは白い肌に彫られた紺の入れ墨だ。村の人間がしているのは知っていたが、ナツラもしているとは。
 肩から肘に掛けてと、背中の中程から腰の少し下までに不思議な文様が描き込まれている。
 それは腰のラインを強調しているようにも見えて、思わず人知れず唾を飲み下した。
 人の体など美しいと思った事は無いのに、初めて美しいと感じる。
 水浴びするなら言ってくれれば、それ用の布を持って来れたのに、と言いながら前を手で隠していたが、指の下から薄らと下生えが見えて思わず思い切り顔を反らしてしまった。

 それから胸の動悸が止まらない。
 長い髪が邪魔なのかいつもは軽く結っているだけの髪型を緩く編み、前に垂らしている。
 水をすくっては体にかけているナツラは、まるでこの湖から生まれたかのようだ。肌が濡らす水滴で艶めかしさを増し、伝っていく所を細部まで見届けてしまう。
(なんだ、一体、どうしたら……!)
 顔に血が上り、水を通して時折見えるナツラの陰部に下腹が時折重くなった。
 今まで体験した事の無い身体を持て余し、こそこそと湖から上がろうとして、ぎょっと目を見張る。
 普通は力無く下を向いている陰部が何故か自力で立ち上がり、おまけに形も変わっていた。
(な、これは……!?)
 もしかして人間になる際にまた何か失敗した結果なのだろうか。
 手で押さえようにも元には戻らず、このままでは服を身につけるのも困難だ。
(ど、どうすれば……っ)
 ナツラにばれては不審に思われてしまう。これ以上人間として怪しまれては、嘘を吐き通せないと慌てていると、
「この水晶、触ると温かいんだね。あれ、キーオン?」
 ナツラがこちらを向き、首を傾げながら近づいて来た。
 慌てて片手で制す。
「なっ、ナツラ、こっちに来るなっ」
「え、何で」
「そ、その……割れた水晶があるから危ないから!」
「それならキーオンが危ないよ、こっちにおいで。欠片が無い所をここから見て教えるから……」
「お、俺は良い!!」
「良くはないでしょ……」
 心配そうに一歩一歩近づいて来たナツラは、とうとう、ぎゅっと陰部を抑えている俺に気付いた。
 途端に心配の色が濃くなる。
「どうしたの、キーオン、痛いの?」
「ちが、」
「あ、まさか破片で切ったとかじゃないよね!?ちょっと見せて!」
 さっと青ざめたナツラは俺の手を掴むと、抗う間も無くそこから手をずらしてしまった。
 押さえつけていた物が無くなった事で、弾みをつけて飛び出したそれにナツラがびっくりしたように目を見開く。見られてしまったと思った瞬間、ナツラの顔が真っ赤に染まった。
「え……あ、う、その……ご、ごめん、ね……?」
 もごもごと謝るナツラは目を泳がせ、掴んでいた手を離す。その態度に、これは人間としておかしくない状態なのかと気づいた。
 み、見慣れてるはずなんだけどな……とか聞こえてきたが、意味が分からずナツラを仰ぎ見る。
「えっと、だ、大丈夫。冷たくてもそうなっちゃう事はあるし、洗ってるとそうなりやすかったりするよね……!ほ、放っておけばもとに戻るけど、もしその、処理をしたいなら僕あっちに行ってるから気にしないで……」
 早口で赤面しながら捲し立てるナツラは、どうやら酷く恥ずかしがっているようで、こちらもそれにつられてなにやら恥ずかしくなってきた。
「……いや、放っておく」
「あ、うん……分かった」
 放っておけば治ると聞いて、その処理とやらの仕方も分からないから放っておく事にする。
 暫く無言で水浴びをした後、水から上がり、ナツラが持って来た布で代わる代わる体を拭いた。拭き終わる頃には立ち上がっていたそこも、いつもと変わらない形に戻り、良かったと内心安堵しながら服を手に取る。
「あ、キーオン、それもう小さいでしょ」
「ん?」
 振り返るとナツラが新しい衣服を差し出してくれていた。いつもと色の違うそれはナツラの匂いはせず、染料の匂いしかしない。
「こっそりね、作ってみたんだ。……似合うかと思って」
 今までは白地に紺の模様が染め抜きされていたのだが、それが反転された色彩になっている。
 紺地に白の模様が抜かれた布地のズボンに大きめの上着。腰に巻く布には、小さな青味がかった石が縫いこまれている。
「ナツラが……。凄いな、ありがとう」
「ここの村は服は自分で作らないといけないから。慣れてるだけだよ」
 苦笑した後に促されるままズボンに足を通し、上着に腕を通した。さらりとした布の感覚が肌に心地よく、笑みが零れる。
「キーオン、大きくなったもんね」
「ああ。もう十四、五くらいか」
 まだこの身体は成長するだろう。いつかナツラよりも大きくなったその日には……その日には。
「ねぇ、キーオン。このまま大きくなっちゃったら、キーオンはどうなっちゃうの?」
「ああ……その、それだが、最近近くで良い薬になる葉を見つけたから、多分緩やかに成長は止まる」
「そうなんだ!」
「……ああ」
「そう、それなら良かった……」
 ほっと息を吐くナツラが、何を心配してくれたかなんて一目瞭然だ。
 歳を取り、老い、そして死んでいく事を心配してくれている。……それはつまり、俺が傍からいなくなってしまう事が嫌だという事で良いのだろうか。
 いや、ナツラは優しい。ただ身近な命が絶えて行くのが悲しいだけかもしれない。
「……じゃあそろそろお別れ、なのかな?」
「別れ?」
「薬を探していたんでしょ?それが見つかったなら、元の村に戻るんじゃ――」
 目を伏せたナツラは寂しそうに笑みを浮かべていて、思わずふらふらと近寄るとその頬に手を添えた。
「ナツラは、いやか?」
「え?」
「俺が傍からいなくなるのが、嫌か……?寂しいか?」
 ナツラの瞳が湖面の様にゆらゆらと揺蕩う。
「さび、し……いよ。でも、キーオンにはキーオンの生活が――」
 言葉半ばで思い切りナツラを抱きしめた。といっても、ナツラの鎖骨辺りまでしか届かない為に抱きつくような形になってしまう。
(――ナツラ。お前が望むなら、いつまでも俺は傍にいる)
 心の中でそっと呟くと、ナツラを見上げて破顔した。
「ナツラ」
「な、何?」
「もっと大きくなるから。そうしたら……ナツラを抱きしめて良いか?」
「もうしてるよ?」
「抱きつくんじゃなくて、抱きしめるんだ。良いか?」
「……良い、よ」
 それは言葉しない、『抱きしめれる様になるまで傍にいる』という約束。
 約束にするとナツラは後悔してしまうだろう。自分が“キーオン”という存在を縛り付けてしまったと。
 だから口にはしない。二人だけの、暗黙の約束。
 勿論、この約束が守れたらまた新しい約束を取り付けるつもりだが。
「そろそろ帰ろう、ナツラ」
 そう言ってそっと手を取ると、ナツラは泣きそうな顔をして笑った。




 おかしい。
「……っはぁ……っ」
 住処の一つとしている洞の中で、人間の姿で呻く。
 あの日、ナツラと水浴びをしに行った日から体がおかしいのだ。
「……何故だ」
 ズボンの前を押し上げる熱が苦しくて、紐を緩めるが熱は収まってくれない。息を吐けばそこにも熱が籠り、下腹の重さはずくずくと疼く様にもどかしさと切なさを伝えてくる。
 人間の姿のまま寝て朝起きたり、ナツラを思い出しているといつもこうなってしまうのだ。
(これの用途を考えると……発情期か?いや人間には無いと聞いたし、まずナツラには何の異変も無かった)
 自分には虎の姿をしていると言えど、発情期そのものが無く、そもそも雌の虎に出会っても何も感じない。
 育て親は性欲自体薄いのだと言っていたが、これはもしかして性欲という物なのだろうか。
(なら俺は……ナツラに欲情しているのか?)
 いや、おかしいだろう。自分は雄で、そしてナツラも人間の男だ。欲情する訳が無い。
 ……なのに、あのナツラの腕を、腰を、胸を、肌を思い出すだけで、あの日の様に熱が立ち上がる。
 すっとした首、固い骨にきめ細かい肌が張られた肩、肩甲骨はナツラが腕を動かす度に場所を少し変えた。
 滑らかな背中は腰に行くにつれ括れ、あの刺青がそれを強調する。
(まるで、虎の縞のようだと……)
 いつの間にかあの日の濡れた肌をなぞる様に思い出していて、想像の中のナツラがこちらを振り返る。
 きゅっと引き締まった臀部が隠れる代わりに、腹筋が薄らとついた腹部と、その下の水の所為で揺らめいて見える――。
「……く……っ」
 下腹の重みが増し、痛みさえ覚える程の熱に我に返る。
(な、何を、変態にも程があるだろう……!!)
 自分を口汚く罵りながら、さらにきつくなった前を仕方なしにズボンを下し取り出すことで楽にしようとした。
 下着の中に手を突っ込み、熱に触れた瞬間。
「っぁ!?」
 想像以上の快感が走って思わず大きな声が出てしまった。
(――な、んだ!?)
 慌てて取り出すと、あの時以上に立ち上がり、大きさも形も変わっている。
 ドクドクと脈打っているそれから全身に広がる甘い快楽に、震える指が熱に絡む。
 頭の中がこの事だけに染め上げられて、指が本能に従う様にそろそろと熱を擦り始めた。
「……っは、ぁ、う……う……っ」
 手が上下する度に腰が戦慄き、口端から唾液が零れる。
 僅かに残った理性が止めろと叫んでいるのに手が止まらない。いつの間にか手に擦り付けるように腰も動かしていた。
「は、はっ、ナツ……ラ……っ」
 何故かナツラの名前を口走り、四つん這いになって更に擦り上げる。
 寝床に敷いてある葉に、ぽた、と何か良く分からない透明な液体が垂れるのが分かった。
 身体を支える手が震え、腰の動きも、手の動きも止まる事を知らず、ただ徐々に高まる快楽の高みを目指す。
 身体を支配する快楽に朦朧とする頭の中を占めるのはやはりナツラで、ナツラの笑顔と優しいあの声で呼ぶ自分の名前を思い出した瞬間。
「あ……ぐぅっ!!」
 目の前が弾け飛ぶように明るくなったかと思うと、熱の先端から何かを吐き出していた。
 ぱたたっと音を鳴らして葉を叩くそれを、荒い息の中で聞きながら目を閉じる。
 初めて味わう甘すぎて疲れる快感と、そして深い罪悪感。
(――今のは……)
 地面に吐き出されたそれは白く濁っていて、今まで匂った事の無い匂いを放っている。それをぼうっとした目で見つめると、目をゆっくりと閉じた。
 今しがた自分が行った事が多分生殖にかかわる事で、そして多分自分はナツラにそういう想いを抱いてしまっているのは分かった。が、色々と分からない事が多すぎる。
 しかし今はどうしても考えられなくて、のろのろとズボンを元の場所まで上げると、疲れ果てて眠りへと落ちて行った。




 ……おかしい。
 背中に圧し掛かられ、腰を痛いくらいに掴まれながら揺さぶられて、そして今日も嬌声を上げる。
 それはいつもと変わらない日常。
 なのに、いつもと違うのは、頭の中で自分を犯しているのは息の荒げるこの村の狩人の一人なんかではなく、あのキーオンだった。
「あっ、やっ、止め、ああぁああ……っ」
 あの水浴びでキーオンの裸体を、そして生理現象で勃ってしまっていたまだ幼くもそれなりの大きさのある逸物を見てから、自分を抱く男にキーオンを重ねてしまう。
 初めてそれをやってしまった日、キーオンの顔をまともに見れなかった。
 もう口に出来ない程後悔し、一体どれだけ自分は汚いのかと思った後、キーオンを汚してしまった事を心でとにかく謝った。
 それなのに、この悪い癖は一向に治ってくれそうな気配が無い。
 背中を這う手が、腰を掴む手が、キーオンの物だったら……と思った瞬間、頭の中でキーオンが話しかけてくる。

『……気持ち良いか?どこが一番イイ?』
『ああ、こんなにヒクついて……厭らしいな』
『腰が自分から動いてるぞ?』
『……ナツラ』

「あぁああぅ……っ」
 甘く、そして色っぽく変換された声は、村の男に言われる様な卑猥な内容で弄ってくる。
 それなのに、キーオンが口にすると思うだけでどうしてこんなに感じてしまうのだろう。
「はっ、今日はえらい感じてるな?ナツラ」
「あ、あ、あ、止めて……ぇ……っ」
 首を振って嫌がるが、後孔はひくひくと嬉しそうに男の肉棒を締め付ける。
 狩りで鍛え上げられた男の腰の一突きはまるで突き殺すかの様な勢いで、逃げようとすると腰を掴んで引き戻され、更に深く突かれるのだ。
(――ああ、そんなに強く突いたら感じすぎて死んでしまう……!)
「『でも、これが良いんだろ?』」
「ひっ、あぁああ、いやだぁああぁあ……!!」
 男の声とキーオンの声が重なって、その途端後悔に塗れながら絶頂の嵐に放り込まれた。



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