Novel | ナノ


▼ 6


 置き去りにされた花輪を茫然と眺めて、とぼとぼと村に帰る。
 キーオンを怒らせてしまった。……もう、会ってくれないかもしれない。
 そう思うと涙が出そうになって、自分がどれだけあの少年に依存しているのかに気付く。
 白い髪と釣り目で強気そうな薄い灰色の瞳は、オリウルを彷彿とさせる。
 いや、オリウルが人間だったならこんな風なんじゃないかとさえ思った事もあった程だ。
 オリウルと過ごしたあの時を温かく切ない気持ちで思い出させ、そして塗り替えていく様な楽しく穏やかな日々をキーオンと過ごした。
 ……そんな温もりを再び失うなんて事、考えたくない。
 村の外れの自分の小屋に入ると、木桶に井戸水を注ぎ、そこに花輪を浮かべた。こうすると長持ちすると言っていたのは誰だったっけ。
 村の女の子達が話しているのを、何となく耳にした様な気がする。自分を見た瞬間にそれはヒソヒソとした話し方へと変わるのだが。
「キーオン……」
 心が折れそうなとき、呟いてきたのはオリウルの名前だった。
 それが今ではキーオンの名前に変わってきている。薄情な奴だなと思った瞬間、戸が物凄い音で開かれた。
「おい、ナツラ。今夜も邪魔するぜ」
 暗い小屋の中に男が五人入って来る。
 どれも見知った顔だが、後ろ手に固く締められた戸に恐怖心が煽られた。
「ご、五人も……?」
 恐る恐る口を開く。いつもは一人ずつか、多くても三人だ。それもここ最近は、いっぺんに相手をする事は余り無くなっていたはずなのに。
「ああ?テメェが昼間どこにいんのか知んねぇけど、村にいないからだろ」
 もう一人の男が言った一言に固まる。つまりこれは昼間抱かれなかった分だという事なのか。真っ青になりかけるが、男達の手で寝台に押し付けられて慌てて口を開いた。
「ま、待って!待って、準備だけさせて……っ」
「あ?どうせ大丈夫だろ、抱かれ慣れてお前のアソコもうケツの穴じゃねぇもんなぁ!」
 傷つく一言に体を強張らせている隙に下着とズボンを脱ぎ去られ、高々と腰を上げさせられる。
「あ、あ、待って、本当に……っ」
「うるせぇなぁ、そんなに言うなら濡らしてやるよ」
 吐き捨てる音と共にべちょりと後孔が濡れる感覚がした。
 おそらく唾でも吐きかけられたのだろう。
「おら、さっさと搾り取りやがれ」
 後孔の感覚に集中していたら、髪を鷲掴みにされると口の中に生臭い塊を突っ込まれた。
 その勢いに嘔吐きそうになるが、その喉の収縮が気に入ったのか更に奥に突っ込んでくる。
「はいはい、お手てがあるんだからそれで頑張りましょうねー」
 その声と共に両手に熱い肉棒を握らされた。
 頭が追い付いていかなくて、いつもの様に対応が出来ない。息苦しさに生理的な涙が瞳に薄く膜を張って、滲む視界の中、
「あ、何だこれ」
 桶に張られた水に浮かぶ花輪を誰かが見つけた声が耳に入ってきた。
「ナツラ、お前こんなの作って遊んでたのか。良いご身分だなぁ」
 嘲る様な笑みを浮かべて指で摘み上げたそれを見、思わず口から肉棒を吐き出す。
「ゴホッ、それに、触るなっ」
「あ?何言ってんだ呪われ子で俺らの性奴の癖して」
 花輪がバシリと床に叩きつけられ、おまけとばかりにぐりぐりと足で踏まれた。
 花が散り、茎は折れ、みるまに花輪は無残な姿に変り果てる。
「はっ、お前にはこれがお似合いだよ」
 その汚れた花輪を頭の上に乗せられながら言われた一言にキーオンのあの言葉が重なった。
(――ナツラの方がきれいだから、似合う)
 違う、僕に似合うのはこの汚れた花輪だ。
(――俺に教えればいいだろ……っ知らないって言うなら、全部……!)
 言える訳が無いじゃないか。こんな風に白濁に濡れて、こんな風に――。
「いぁ゙あ゙あぁああっ!」
 後孔にずぐっと押し込められた熱に背を反らして喘ぐ。
 曝け出された胸の突起に、他の熱が押し当てられる感覚がした。
「はは、慣らしてねぇのに唾だけで切れなかったぜ」
「当たり前だろ、何年抱かれ続けてると思ってんだコイツ」
「あーあ、涎零して悦さそうな顔して」
 硬い寝台に敷かれた薄い布に、皺を寄せながら体を戦慄かせる。
 無理矢理押し開かれた後孔は微かな引き攣れる様な痛みと、銜え込まされた快楽を伝えて来た。
(――こんな風に抱かれて、心は嫌でも、体が喜ぶなんてキーオンに言えるわけない)
 ずっと抱き続けられた体はこの行為に慣れ、いつしか快楽しか分からなくなった。
 後孔に押し込まれるともう何も考えられなくなる。
(――ば、かに……なっちゃう、ぅ)
 挿れられただけで頭の中は真っ白になり、もっともっとと体は喜ぶ。
 抜き差しをされれば後孔のひくつきを自分の意思で止める事は出来ず、気付けば腰を自ら動かして嬌声を上げているのだ。
「あ、あぅ、あぁ……ん、あっあっひぁあっ!」
 自分の声をどこか客観的に聞きながら、顔に青臭い粘液を吐きかけられ、心の痛む快楽に静かに落ちていった。




 目が覚めると男達はおらず、ただその跡が色濃く残る部屋の匂いと体にこびり付く乾いた精液の感覚に顔を歪める。
 晩の事は後になればなるほど覚えておらず、そう言えば後孔に二本いっぺんに挿れられた後、気を失ったのだと思い出した。
 ぐしゃぐしゃになったシーツと同じくらい乱れた狭い部屋を首だけで見回し、立ち上がろうとすれば、ごぷっ、と嫌な音を立てて中に残っていた白濁が腿を伝っていく。
 まだ日が昇り切っていないのを確認すると、布を体に巻きつけ小屋の外に出、すぐそばの備え付けの囲いの中に入った。
 そこには自分専用の井戸があり、大婆様が直々に清めを施してくれたという。
 押さえつけられた事で痛む腕で水を組み上げ、冷たいそれで体を洗った。
 後孔の中も指を入れて掻き出し、清め終わると小屋に戻って片づけを始める。
 いつもと同じ惰性で行う生活。
 寝台のすぐ脇に汚れ、萎れ果てた花輪が目に入り、ようやく涙が頬を伝った。
「ふ、ぇうっ、ひっぐ……キーオン……」
 情けない。二十を過ぎた大人が自分よりずっと年下の子供の名前を呼んで泣いているのだから。
 もう会ってくれないだろうか。
 ……むしろ会わない方が良いのかもしれない。こんなに汚れた自分にあの子は不釣り合いだ。でも、ふらつく足はいつもの場所へ向かってしまう。
 彼は旅の途中の様だ。いつかきっといなくなってしまうだろう。
 それまで……どうかそれまで、と言い訳をしながら、彼が本当にいなくなってしまう日が来たらどうしようと底の見えない穴を覗き込むような不安が体を包む。
 そんな不安を振り切る様に足を速めた。

 森に行くとそこには、
「キーオン……」
「!ナツラ……!!」
 名前を思わず呟くと、白い髪の頭がばっと跳ね上がり、膝を抱え込む様に座っていたキーオンがこちらに転がる様に駆けて来た。
「もう、もう来てくれないかと……っ」
 胸に顔を埋めてキーオンがくぐもった声を上げる。
 あの話していた病気の所為なのか、人ではありえない速さで昨日よりも背が高くなり、少し大人びた顔付きになっていた。
 もう十三、四歳にはなっているだろうか。それでもやはりまだ子供だ。
 背中に回された腕は微かに震えていて、上げさせた顔は安堵の色を表しながらも酷く憔悴しきって見えた。
「キーオン、もしかして寝てない……?」
「……寝れなかったんだ。ナツラともう会えなくなるんじゃないかと思うだけで、胸が苦しくて堪らなかった……」
 キーオンが口にする言葉は村の誰も口にしてくれない言葉で、それは甘い菓子の様に心を虜にする。
 それが逃れがたい真綿の鎖となって、自分をキーオンに縛り付けていくのだ。
「ごめん。昨日は本当に言いすぎた。俺が悪かった……だから、許してくれないか」
「キーオン……」
「俺、ナツラに会えなくなるのだけは嫌なんだ。お願いだ、もうここに来ないなんて言わないでくれ」
「キーオン、僕そんな事言わないよ」
 膝をついて、大人びた言葉使いの子供と同じ目線にする。
 目の下に薄らとあるのは隈だろうか。こんなに自分と会えない事を心配してくれたなんて……と思いながらそれを指でそっと撫でた。
「キーオン、覚えておいて。僕はキーオンが大切で、この場所でキーオンと過ごす時間が何よりも好きなんだよ。キーオンが嫌いになったり、ここに来たくないなんて思った事は無いし、これからもきっと無いよ」
 いつか来れ無くなっても、いつかキーオンがこの場所を離れる事になっても。と心の中で付け足し、笑みを向けるとキーオンの顔が安堵に緩む。
「……じゃあ、明日も来るか……?」
「もちろん」
「そう、か……」
 ほっと息を吐いたキーオンを座らせると、自分の膝に頭を乗せるよう促した。
「今日はここで昼寝しよう?キーオンも眠いでしょ?」
「……ん……」
 いつもなら嫌がりそうなのに、今日は大人しく従う姿に余程寝れなかったのかと考えを巡らす。膝の上にある頭を撫でるとキーオンが口を開いた。
「……今までも、そうだったか……?」
「ん?」
「……この場所に来るのが嫌だったことはないか?」
 その言い方はまるで自分とオリウルとの事を知っているような口ぶりで、思わず撫でる手が止まる。
「いや、その……ナツラはここの周りのことを良く知ってるから、来たことが何度もあるのかと」
「ああ」
 撫でる手を再開させながらそれもそうかと頷いた。
 だってこの場所は自分の大切な場所だから。何度もここで――。
「キーオンは、オリウル・タルグ・ヴィヌアって知ってるかな」
「っ、しら、ない」
 何故こんな事をキーオンに話そうと思ったのか分からない。
 昨日の事で心が弱っていたのか、何となくだったのか、思い出をなぞる様に遠くを眺める。
「じゃあ森の中で白い虎を見た事はある?」
「あ、あるかもしれない」
「そう……それがね、オリウル・タルグ・ヴィヌア。僕の村ではそう呼んでるんだ。彼は長く生きていて、人の言葉が喋れて――僕の友達だった」
 とつとつと物語を聞かせる様に彼との思い出を話した。
 彼とここで出会った事、毎日の様にここで会った事、過ごした時間が楽しかった事。
「でもね、僕がその時間を終わりにしたんだ」
「な、ぜ」
「……大人になっちゃったからかな」
「ちがっ!」
 大声を上げかけたキーオンはすぐに口を噤むと、膝に強く頭を押し付けた。
「っ大人になったって、会えるじゃないか。喋れなくなるだけなんだろ……っ」
「うん、でもね、僕は……見えなくなっちゃったんだ。オリウルが」
「……どうして、」
 キーオンの問いかけに沈黙で返す。
「村で、なにか……あった、のか?」
「っ、ん……ううん、僕がね、……僕が悪いんだ」
「謝るなっ!」
 キーオンが頭を上げてこちらを睨みながら叫んだ後、はっと自分の口を自分の手で塞ぐ。
 びっくりして見つめると、目を泳がせ、恐る恐る手を下ろした。
「……ごめん。ただ、ナツラにそんな顔をして欲しくないんだ……」
「……ありがとう。キーオンは優しいね」
 何故か不貞腐れたような顔をして、キーオンは頭を膝に戻す。
(――優しい子だ)
 柔らかい髪に手を置くと、キーオンがぽつりと呟くのが耳に入る。
「その……オリウルって虎と一緒にいる時、楽しかったか?」
「……うん、楽しかったよ。僕の中で一番大切な時間。来たくないなんて、思った事なかったよ」
 そうか、と一言囁いてキーオンの瞳が閉じられた。
 僕には理由の分からない涙が彼の眦から溢れ、髪と同色の長い睫を濡らしてこめかみを伝っていった。




「ナツラ、今日は連れて行きたい場所があるんだ」
 先日の出来事の挽回も込めて、ナツラをある場所へ連れて行く。
 ……というか、あれからナツラはどこか儚いような、崩れそうな笑みを浮かべるようになっていて、それが酷く不安だった。
 前の様な笑顔を見たくて、考えた結果がこれなのだ。
 ちょっとだけで良いから喜んでくれないだろうかと思いながらナツラの手を取った。
 先導する為に握った手は少しだけ自分より大きくて、早くこの手より大きくなりたいともどかしい思いが心を占める。
「キーオン、どこに行くの?」
「もう少しだ」
 藪を掻き分け、小さな洞窟を目指す。
 暗く湿り、独特の匂いのするそこは所々に光る苔が生えていてどうにか足元を見れるような状態だった。自分は道が分かっているから不安ではないが、ナツラは心配なのだろう。握る手に力が籠っている。
「この道、ちょっとずつ下っていってる?」
「ああ」
 地下に潜る様に少しずつ下に向いている道に、ナツラが不安そうな声を上げた。
 大丈夫だと言い聞かせるように握る手に力を込め返す。それも奥に進むにつれて薄れていった。
「奥から、光が洩れてる?」
 不思議そうに呟いたナツラは次の瞬間、目の前に開けた光景に瞠目した。驚きに息を呑む音が聞こえる。
「ここだ」
 地下にあるとは思えない程の光。
 地面や壁から突き出た水晶が自ら青白く柔らかい光を放ち、辺りを照らす。六角の形だけではなく、まるで板の様に平な物や、滑らかな丸みを帯びた形もある。
 水晶が砕けて出来た白く細かい砂に、底がくっきりと見える程澄んだ真っ青な地底湖がどこまでも広がっていた。
 ――あの日、ナツラを連れてきたかった場所。
 漸く約束を果たせたと小さく息を吐き、後ろを振り返る。
「ナツラ、綺麗だろ――」
 唖然とした表情を浮かべるナツラ。
 不思議な色彩の瞳が水晶の光によって色を変え、その光景の方が何倍も綺麗だと思って口から言葉が消えてしまう。
「すごい、こんな……凄く綺麗だ」
 ナツラの感嘆の声に、食い入るようにナツラに見入っていた状態からはっと覚めた。
「だ、だろ?じゃあ、ほら」
 しどろもどろになりながら着ていた服を脱ぎ始める。
 ばさりばさりと上の服を脱ぎ捨て、ズボンに手をかけた。不思議そうに見ているナツラに何をしているのかと問う。
「水浴び、しないのか?」



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