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▼ 17


 ふうっと意識が浮上して目が覚める。
 まだ朝が明けていない、うっすらと明るい部屋の中、寝ぼけた思考で何度か瞬きをして、腕の中にいる存在に気付きふと顔を綻ばせた。
 軽い寝息を立てているその顔は歳相応どころか、幼くすら見えて。それがとてつもなく愛おしくて。

(――昨夜は、ヤバかった)
 白い双丘に赤黒い性器を咥え込んでいたあの様子を思い出して、あれだけ欲を吐き出したというのに、まだ足りないとでも言うかのように奥底に熱が燻る。
 後処理はしたが、その後すぐに寝てしまった為、二人とも裸のままだ。
 白い肌に散らされた鬱血痕が昨日の情事を更に彷彿とさせた。
 男とは思えない程華奢で白い身体は、女のまろみは無くともしなやかで肌は絹の様に手触りが良かった。その肢体が与える快楽に咽び泣きながら善がるのは、とてつもなく刺激的で、男の持つ征服欲を満たされた。けれどそれだけでは無い。
 大事にしたくて、優しくしたくて、甘やかしたくて、愛したくて。
 あんなに甘い唇を、肢体を、快楽を、今まで自分は知らなかった。
 それを少しでも分かち合いたかった。
「……ん、」
 腕の中でもぞりと動いたイルファーンが微かに呻き、そして小さく微笑んで――一粒だけ涙を零した。
 悪夢ならば起こしてやりたかったが、余りにも幸せそうに笑うので、そっとその涙を拭う事しか出来ない。
 頬に手を当てて親指で目尻を撫でると、瞼が揺れ、揺蕩う紫の瞳が現れた。
「……アサド?」
「悪い、起こしたか」
「……いや……」
 まだ目が覚め切っていないのか、再び目を閉じたイルファーンは微笑んで口を開いた。
「お爺様と、ネシャートが、夢に出て来た」
「祖父さんと、乳母か」
「ああ……。ありがとうと、言われた。すまなかったとも、良く、頑張った……と、も……」
 言葉を切らしながらイルファーンは喋った。
 紫の瞳の縁に涙が溜まるが、零れはしなかった。
「ありがとう……アサド、お前のお陰で私は、夢の中でだとしても……彼らに、欲しい言葉を貰えた」
 ありがとう、と再度繰り返すイルファーンを抱き締め、旋毛に唇を落とす。
 もう二度と彼が痛みや悲しみを感じない様に、全てから護ってやりたい。そのためならばなんだって自分は出来る程、彼に心を、全てを奪われていた。
 この気持ちを表す言葉を自分は知らない。愛しているでは足りないのだ。
「イルファーン、俺をずっと傍に置いてくれ。ずっと、俺がお前を護るから」
「……その事なんだが、アサド」
 腕の中で顔を上げたイルファーンの予想のしない言葉に思わず身構える。
 まさか、まだ手放すというのだろうか。いや、昨日確かに傍に置くと……。
 そこまで考えて、はたと置くと明言はされていなかったと全身から血の気が引く想いがした。
「私はこの国から奴隷という身分を完全に無くすつもりだ。それは一人の例外も無くだ。……だからアサド、お前を私の奴隷であり続けさせるわけにはいかない。けど」
 イルファーンは目を細めて笑った。
「奴隷では無くても、私の傍にいてくれないか」

 お前を私に縛る物は何もない、けれど傍にいて欲しい。
 その言葉に喜びで震えながら「勿論だ」とだけ返して、強く、強く抱きしめた。
 全てから彼を護ろう。全てを注いで彼を愛そうと、強く誓いながら。


 暫くした後、イルファーンは離れると小さく咳払いをした。
「あの……それでだな。……さ、昨夜の事は……その……後の方、私は正体を無くしていたし、わ、忘れて、欲しいの、だが……」
「それは無理だな」
「なっ!わ、忘れろ!」
 真っ赤になって睨むイルファーンを喉奥で笑い、それならばとその唇を指で撫でた。
「頼みを聞いてくれたら考えなくもない」
「な、何だ?」
 愛していると、言ってくれ。
 それで良いのならば、と口を開いたイルファーンの口を押え、耳元でもう一つの要求を囁いた。
 目を見開いたイルファーンは考え込む素振りをして、どうしてもか?と聞いてくる。
 そう。どうしても彼の口からその言葉を聞きたかった。
 本来ならば侮蔑以外の何物でも無いと感じるのに、イルファーンからならば何にも勝る褒め言葉であり、聞きたいとすら思った。
 それは彼の痛みの記憶を快楽で塗り替えたように、自身もまた嫌な記憶を塗り替えて欲しいのだろう。
「……仕方ないな」
 苦笑交じりの、でも慈しみに溢れた笑みを零すと、腕の中で伸び上がり耳元でそっと彼は囁いた。

「……愛しているよ、私のラキーク奴隷




 バラカート王朝は三十六代国王により、奴隷制度を廃棄する。
 以降国は栄え、十代後に他国と併合されるまで平和な国であった。
 その土台を築き上げた王の威光を語るには、左手に奴隷の焼き印を刻んだ王の右腕とも呼ぶべき宰相の話が欠かせないのだが、文献によるとその彼の傍にはいつも黒い獅子≪アサド≫の姿があったという。
 それが本当に獅子を指しているのか、それとも人物を指す隠語であるのかは資料が足りない為に未だ分かっていない―――。





- END - 
あとがき
2012.06.20



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