Novel | ナノ


▼ 15


 寝台に横にされた身体から、一枚一枚衣服をアサドの手が剥いでいく。
 あの時とは比べものにならない程、優しく裸にさせられていく事に恥ずかしさを覚えて、下半身にアサドの手が伸びた時に慌てて声を上げた。
「ま、待て。私ばかり裸になるのは……その、恥ずかしい」
「ああ」
 そうだな、と同意したと思うとアサドは何の躊躇いも無く服を脱ぎ捨てた。
 もう少し何か言うかと思っていたのに、当てが外れたばかりでなく目の前に晒された肉体に思わず目を逸らす。
 肉体用奴隷だっただけに、その引き締まった身体は肉体美と言っても過言では無かった。下着にも手を掛けたアサドを、下着は後で良いと焦って止める。
「イルファーン……良いのか、本当に」
「良いと言っている!」
 余りの慌て様にアサドが眉根を寄せて聞いてくるが、恥ずかしさに思わず自棄になって叫びながらアサドの腕を引くと、自分の肌蹴られた胸に押し当てた。
「好きなだけ触れば良い。……同じ男なのは分かっているだろうから、面白味を求めても……っ、」
 最初は突然の行動に驚いて固まっていたアサドだが、すぐに押し当てた手を動かし始めた。
 平たいだけの胸を這う様に動かし、脇腹を通って腰へ。
 手の熱にぞわぞわと肌が粟立ち、体の芯に熱が伝染する。腕に絡まっていた衣服を剥がされると、左手を取られる。
 焼き印を入れられ、今もまだ包帯に巻かれているそこにアサドが口付た。
「……痛かっただろう」
「……そうだな。けれどこれで私も、奴隷である者達が受ける痛みの片鱗を知る事が出来た。彼らの苦しみを、もっと間近に感じる事が出来る様になった」
「……お前はこの痛みを別に知らなくて良かったんだ」
 それはアサド、お前とて同じだろう、という言葉は胸の中で消えた。
 彼が奴隷になったのは彼が悪い訳では無い。誰もが望んだ地位では無い。
 そっと手を離したアサドの手が再び身体を弄り始める。
 腰を上げる様促されて、とうとう何も身に纏わない状態になった。
 一度晒した事があるとは言えど、陰部を見つめられるのは羞恥で死ねるほどで、手から逃れる様に身体を捻り俯せになる。
 そうすると晒した背中に唇が落とされた。
「……これも、痛かっただろう」
「もう大丈夫だ、そんなに痛くは無い」
 鞭打ちの傷は背中全体に広がっており、軽い物で酷い蚯蚓腫れ、重い物は肉が抉れる程の物だった。が、それでも身体の治癒能力というのは凄い物で、医者の治療の良さもあって触ったり擦ったりしなければ痛みは無くなり、今では薄い皮も張っていた。
 傷跡は一生残るだろうが、別に嫁入り前の女子でもあるまいし身体に傷を負おうが問題はあまりなかった。
 そもそも傷跡が残るというのなら、焼き印もそうなのだから。
「お前も打たれた跡があるだろう?そんなに気にするな」
「お前と俺は違う。俺は炎天下の中で働かされて来たから肌が厚いし、筋肉もあるから打たれても大事にならない。けどお前は肌が柔らかい。そんな肌を鞭で打ったら……」
 言葉が途切れたと思うと、滑った感覚が背中を張って身体を跳ねさせた。
「な、な!」
 背中の傷跡を、獣が怪我を癒す様に舐めているアサドに声を上げる。
 が、それには関せず、アサドは一つ一つの傷を丁寧に舐め始めた。
 ねとりとした温かくぬめる物が肌を滑る。気持ち悪いはずの感触は、何故かぞくぞくとした快楽しか伝えて来なかった。
 ふと気を抜けば変な声が口から零れそうなのを堪え、ただ時折小さく身体を跳ねさせていた。俯せになって隠している性器に、段々熱が灯って来るのが分かる。

「っあ!」
 薄く張った皮の横を唇で柔らかく啄まれ、小さな痛みと共に走った快楽に思わず声が洩れた。するとアサドは舐めるのを止め、箇所を変えて次は啄み始める。
 そのままゆっくりと覆い被さられる気配に、身体が強張った。
「……やっぱり、怖いか」
 それにすぐに気付いたアサドが悲しげに眉を寄せる。
 離れようとする身体を腕を掴んで引き留めた。
「違う。お前が怖いんじゃない。その、この体勢はあの時の事を思い出してしまって……。後ろからだと、次に何をされるのか分からないから驚いただけだ」
 鞭打たれる痛みは、いつ襲ってくるか分からない事でさらに心を疲弊させた。あの感覚が身に沁みついてしまっている。
 その言葉を聞いてならば、と身体を仰向けにさせようとするアサドに慌てる。
「ま、待て!その、仰向けは駄目だ」
「?何が駄目なんだ」
「それは、その……」
 既に少し性器が頭を擡げつつあるから、とは口が裂けても言えない。
 赤くなりながら呻いていると、腕を掴まれて引っ張られる。
 ぐい、と押し当てられたのはアサドの脚の間で、手に感じた感触に慌てて腕を振り解こうとした。が、ビクともせずに、ありありと布越しのその熱と質量を知ってしまう。
 他人の性器を見る事など数える程しか無く、勿論触るなんて事は初めてだ。それも完全とは言わずとも熱を持った物なんて、触る事になろうとは考えた事も無かった。
「なっ何を触らせる!」
「同じだから恥ずかしく思う必要は無いだろ」
 ばれていないとは思っていなかったが、真正面から気付いていると告げられるのは顔から火が出る程恥ずかしく、言葉も放てずに俯く。
 もう、頭の処理能力が追い付かない程いっぱいいっぱいだった。
 それでも再度仰向けにさせられそうになるのを首を振って拒めば、睨むような考え込むような素振りをした後、身体を起こさせられ、アサドの組んだ膝の上に乗せられた。
「これなら下を向かなければ見えない」
「そ、うだが……っ」
 これはこれでお前が近い!と言おうとして口を噤んだ。余り文句ばかり言っては呆れられるかもしれない。
 こう密着していると、アサドの褐色の肌と比較されて自分の肌がさらに強調されて白く見えた。珍しいという程希少では無いが、それでもこの国では少数である母譲りの白い肌。
 引け目を抱いた事は無いが、男としてはなよなよしく見られやすいのはいただけない。
 おまけに今は筋骨隆々という程ではなくとも、鍛えられた逞しい身体が傍にあり、思わず比べてしまい、自分でも少し鍛えた方が良いのではないかと思ってしまう。
 男として複雑な心境のまま目線を見下ろすと、アサドが胸に耳をつけたままじっとしていた。
 膝の上に座っている訳では無く、膝立ちになっているので丁度アサドの頭を胸に抱える様な形になっている。心臓の音でも聴いているのか、目を閉じているアサドの旋毛を見た途端、なんだか言いようの無い気持ちになった。
 胸の奥から何かがついて湧き出るような感覚。
 暖かくなるのに同時にとても切なくて、この感情の名前を上手く言い表せない。
 恥ずかしいでも無く、嬉しいでも無く、大事にしたい。――そうか、これが“愛しい”か。
 アサドが愛おしくて堪らないのだと気づくと、今更になってカッと身体が火照る様に熱く感じた。

 触れられている箇所が。密着している肌が熱い。
 触れているだけでじんじんと熱を持ち、そしてその箇所から小さな快楽が滲む。
 密着した肌が恥ずかしい。けれど気持ちが良い。
 今きっと自分はとても変な顔をしているに違いない、と思っていると唐突にアサドが顔を上げた。
「イルファーン、心臓の音が急に……」
 顔を見て紅の目を見開くとアサドは沈黙した。が、次はこっちが目を見開く番だった。
 噛みつく様に唇を奪われ、驚く間もなく熱が隙間から咥内を這う。
「ん、う……、アサ、ふ……んっ」
 濡れた水音を立てながら、何度も角度を変えて唇が交わる。
 息苦しくなると酸素を取り入れる暇を少し与えられて、抗議をする前にまた塞がれた。
 舌を奥で縮めていても探られ、捉えられ、緩く吸い上げられる。
 呼吸を乱す口付けに、腰がずんと重くなるのが分かった。

 漸く気が済んだのか、唇が離れる。
 間に繋がる唾液の細い糸が切れる前に、目尻の涙を唇ですくわれ、初めて自分が息苦しさに涙が滲んていた事に気付いた。
「……何て顔すんだ」
 力の入らなくなった腰を腕で支えながら、目尻や鼻筋にキスを何度も降らしながらアサドが呻く。
 ぐっと更に引き寄せられ、腰がアサドの腹部に密着しそうになるのを力が籠らない腕を突っぱねて拒んだ。
「イルファーン?」
「や、見るな……っ」
 口付けだけで完全に頭を擡げてしまった性器が、鍛え上げられたアサドの割れた腹に触れる。先端に滲んだ液が、アサドの肌についてぬらりと光った。
(恥ずかしい……!)
 背けた顔からは今にも火が出そうで、涙が滲む。
 が、突然それを根本から先端まで指の腹で撫でられて腰が跳ねた。
「や、あっ!?」
「……イルファーン、もしかしてお前、女との経験が無いんじゃ……」
「あっある訳無いだろう!」
 確かにこの国で十七になっても、女性と一度も褥を共にした事が無いのは珍しいかもしれないが、今までそんな事をしようとする暇も、考える暇も無かった。
 手の平に性器を包み込まれ、緩やかに揉み込まれる。
 自慰も余り行っていない身にしてみれば、それは十分すぎる快楽だった。
「さわっ触る、な、!」
「本当に一度もこれを女の膣に入れた事が無いんだな?」
「ちっ!」
 具体的に言われて絶句する。言葉を失ってパクパクと口を開閉するのを見て、アサドは本当に嬉しそうな満足げな笑みを浮かべた。
「なら、ここで得る快楽も俺が教えられるのか」
「え、得る?」
「手で擦り上げたり……とか、後は口で、とかな」
「くっ!?」
 口とはその口の事だろうか。他の口を知らないのだが、いやでもまさか。
 狼狽すると、ニヤリといやらしい笑みを浮かべてアサドが己の唇を舌で舐めあげた。
 その覗いた舌の濡れた色に目が釘付けになっていると、顔が近づき、耳元で囁いた。
「口でしゃぶってやるよ。全部、舐めて、吸って、飲んでやる」
 ひゅ、と息を呑む。さっき翻弄されたその口で性器を?
 あの時の熱やぬめりや動きを思い出し、それを自分の性器でされたらと考えただけで頭がくらくらする。
 違う、何を考えて、と理性を取り戻そうとすると、耳朶を音を立てて舐め上げられた。
「んぁっあぁあ!!」
「今、想像しただろ。動いた」
 でも、今日はまずこっちな。と後ろに回された手が尻の間を滑り、奥まった場所を指で撫でられる。
「痛くしない。だから……良いか」
 先程の意地の悪い言い方とは打って変わって懇願するような言い方に、飴と鞭の使い方の上手い奴だと、息を切らしながら小さく頷いた。


 あの時の様に香油で指を濡らし、あらぬ所に擦り付ける。
 あの日と違うのは、一挙一動にアサドが気を遣い、優しく大切に扱われているという事だ。
「あ……う、」
 最初はずっと表面を撫でてばかりだった指が、指先だけ軽く出し入れされ、気が付けば1本根本まで挿れられていた。
 何度も香油を足された事と、本当にゆっくりと慣らされた事で痛みは無いが異物感が酷い。
 膝立ちだったそれは力を無くし、行為を行いやすいからという理由でもアサドの腿を跨ぐような形で膝の上に座り込んでいた。
 出し入れされると異物感が更に大きい。今でも大分きついというのに、もっと広げなければ到底アサドの物は受け入れられない。
「……痛いか?」
 気遣う声に首を横に振るが、さっきまで頭を擡げていた性器は力を無くしている事から、快楽を得ていない事は分かってしまっているだろう。
 そもそもここで快楽を得る事は出来るのだろうか。
 男色については後孔を使うという事以外何も知らない。もしかしたら受け入れる側が始終耐える物なのかもしれない。
 少しばかり抽挿に余裕が出て来ると、二本目が縁にあたるのが分かった。
 意識してなるべく力を抜いていると、ぐぷりと中に押し入って来る。
「……ッ」
 入口付近がピリッと小さく痛んだが、それ以上の痛みは無い。ただ異物感が更に増して息が浅くなる。
 指を二本しか入れられていないというのに、まるで腹の中に石でも詰め込まれた様な感覚がした。
(この異物感に慣れる事無く腹を蹂躙され――……)
 ふと、あの時の痛みを思い出して身体が強張る。
 汗のせいか分からないが、体温が落ちた気もした。

「イルファーン……」
 アサドが囁くと口付けをして来た。深い物では無く、僅かに唇を動かして軽く食むような軽い口付け。
 その柔らかさに身体の力が抜ける。触れる肌から温もりを得る。
(――大丈夫だ。アサドは私を傷つけないと言った)
 アサドがそう言うのならば信じよう。信じられる。
「ごめんな……」
 心の痛みを滲ませた瞳で見つめて来るアサドの髪を軽く梳いた。項垂れる頭を引き寄せ、額と額を合わせる。
「謝るな」
「……そうだな、すまない」
「ふふ、謝るなと言っているのに」
 鼻先に軽く唇を落として、目を細めた。
「言葉で縛り付けるつもりは無いが、私はお前を信頼している。お前は私に痛みを与えるつもりは無い事は十分分かっている」
「……ああ」
「許すも許さないも、そもそも私の中で謝られる事では無い。だからアサド、気に病むな」
「……ああ」
「……けれどな」
 額を合わせたまま片手を頬に当て、小さく。本当に小声で囁いた。
「……お前から与えられる物ならば痛みでも良いと思っているくらいには、私はお前が好きだから……。安心しろ」



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