Novel | ナノ


▼ 9


 後はもう、焼け爛れる思考に突き動かされて、獣の様に目の前の白い身体を犯しただけ。
 腰を叩き付け、太腿や腰に指を食い込ませ、服から覗く肌に噛みついた。
 抽挿される度に呻いていたイルファーンも、最後の方はなされるがままだった。律動する度に揺れる身体は、まるで人形の様に意思が無く、茶色の髪が瞳を隠して表情がうかがえない。
 喉奥でぐる、と獣の様に呻いて、一番奥に吐精した。
 どろりとした醜い欲を白い肢体に注ぎこんで、汚して。
 それでもまだ汚し足りないとでも言う様に、腰を何度も押し付けて、ようやく体を離した。
 だらりと力無く投げ出された脚と、その間を汚す体液にだんだん頭が冷めて来る。

「……おい。……おい、イルファーン」
 動かない身体に脈が段々と早くなってくる。
 自分がしでかした事の重大さに、血の気が引いてゆく。
 頭に上っていた血が下りて冷静になってくると、惨状が分かり始めた。
 引き裂かれた服から覗く白い肌のいたる所に噛み痕がついていて、縛られた腕は擦れたのか赤くなっている。
 イルファーンの名前を呼ぶ声が震えた。
 起きてくれ、頼む。起きて俺を怒鳴ってくれ。そうしたら俺は……俺は、まだお前の傍にいられる。
 俺はコイツにした事は、コイツの信頼を全て裏切る行為だった。
 コイツは、イルファーンは俺に全て預けてくれていた。命すらも。
 なのに俺は嫉妬で……そうだ、あれはただの嫉妬だ。
 俺は奴隷で、コイツに触れたくても触れられないのに、あんな醜い男に触られて。
 醜い?俺とどう違うんだ。俺はコイツを犯したのに。
 震える手で目を隠す前髪を掻き上げてやると、イルファーンはぐったりとした様子で目を閉じていた。
 口に詰められていた物は自力で吐き出したのか、代わりに唇を噛み締めていた様で下唇が破れて血が出ていた。
 それをそっと指でなぞる。
 詰めていた布に水分を吸い取られたのか唇も、指を差し込むと咥内も乾いていた。
 手首を縛っていた布も解き、剣も抜く。朱く擦れた手首は痛々しく、短剣がずしりと重く感じた。
 こいつの命を絶つ為に渡されたこれで、一度目は守り、二度目は傷つけた。
 思わず失笑を零す。
 気高くて高潔なコイツは、とても眩しくて。その眩しさが憎かった。憎くて、酷く恋焦がれていたんだ。
 俺は汚いのに、コイツは綺麗で。他の金持ちみたいに穢ければ良かったのに。
 傍にいたらますます自分の汚れが目について。でも、コイツに触れてみたくて。触れようと伸ばした手の汚さに、また憎しみを抱いて。
 眩しい光に、少しでも俺を見て欲しくて。
 こいつを見る度、言葉を聞く度に胸の内で起こっていた感情の渦はこれだったのか。
「イルファーン……」
 漸く自分の気持ちに気付いた。
 けれど、取り返しのつかない事をしてしまった。
 憎んで、焦がれて、欲して――裏切って。
 赦しを請うように撫でた瞼は、俺を責め立てる眼差しも赦す眼差しも見せずに、閉じられたままだった。


 使用人にばれないように、足湯をするからと言って身体を拭く布とお湯を用意してもらう。
 硬く絞った布で、気を失っているイルファーンの身体を清めた。
 あちらこちらにまるで本当に獣に襲われたのかと思うくらい噛み痕があって、酷い物では血が滲んでいる物もあった。
 一番心が痛んだのは、吐き出した白濁を後孔から掻き出す時だ。
 白濁には朱が混じっていて、掻き出す為にそっと入れた指からは乱暴に扱った内壁が熱を伝えて来た。
 身体を清め終わった後、新しい服を着させて整えた寝台に寝かせる。
 目が覚めた時、俺は一体どんな顔をして、コイツを見れば良いのだろうか。
 冷たく見下した目で見られるのか……それとも問答無用で殺されるかもしれない。
 それも仕方が無いだろうと、今はまだ眠りについているイルファーンを見つめる。眠っていると、あの張り詰めた弓の様な空気は無く、幾分か幼い顔つきになるのだと知る。
 歳相応のそれにまた胸が痛み、俺は寝台の横からずっと動けなかった。




 瞼を光が擽って、眩しさに呻く。
 呻いて、自分が座りながら寝てしまっていた事に気付いた。
 がばりと寝台の上を確認すると、そこにはくしゃりと歪んだシーツしか無く慌てる。が、顔を上げると、視線の先にはイルファーンがこちらに背を向けて身支度をしていた。
 いつも通り、何も変わらない背中。
「イ、ル……ファーン……」
 名前を呼んだ声は情けない程小さく、掠れていた。
 衿を正したイルファーンがこちらを振り返る。あの時の様に、冷たくまるで本当に紫水晶で出来ているかの様な……感情の、読み取れない鋭い瞳。
 責めてもいない。怒ってもいない。ただ、俺を見ている。
「起きたか。ずっとそこで寝ていたのか。眠りが浅かった様だな、顔色が悪い」
 それではいつもと同じなのかというと、違う。
傍にいる様になって、微かだけれどこいつの考えている事や、その瞳から感情が読み取れる様になった。
 それが今は、読み取れない。
 イルファーンの心が離れている。心が――閉じている。
「疲れているのならば今日はついて来なくても良いぞ、休む事も必要だ」
「何で……!」
 振り絞らんばかりに叫んだ。
 閉じてしまった扉に縋りついて、抉じ開けようと叫ぶ。
「何で俺を責めない!責めて、怒れよ!俺は、俺は……っ!!」
 頼む、怒ってくれ。責めて、詰ってくれ。
 心を閉ざすくらいなら、俺から離れるくらいなら、憎んで、恨んでくれ。
「俺はお前を……!」
「何も怒る事など無い」
「……え」
 はっきりとそうイルファーンは言い切った。
 茫然と見つめる俺を、紫の瞳は見返す。
「私が怒り、責める事は無い。話はそれだけか?時間が余り無いから行くが」

 その言葉に、その場で膝から崩れ落ちそうになった。
 違う、違うんだ。頼む、待ってくれ。俺を、俺から。
「俺も、行く」
「……無理をするな。それにそんな状態のお前を会談に連れて行くのは、憚られる」
「嫌だ」
「アサド」
「俺を連れて行け……!」
 今コイツに置いて行かれたら、もう二度と追いつく事は出来ない様な気がして、必死の想いで繰り返した。
 情けなくても良い、惨めでも無様でも良い。
 俺はコイツの傍にいたかった。

 普段通り誰かに会って話したり、図面を見て色々と頷き合っているイルファーンの後ろで、俺は後悔で押し潰されそうになりながら控えていた。
 いつもの様に声は掛けてくれるが、完全に一線を引かれてしまっているのが分かる。
 それに、何でもない様にふるまっているが、イルファーンの体調が思わしくないのはふとした仕草で出ていた。
 あまり椅子に座ろうとしなかったり、動きもどこか腰を庇っている。当たり前だ。あんな乱暴に扱ったのだから痛みもあるだろう。
 ふいに、前を歩いていたイルファーンの身体が揺らいで傾きかけたのを、色を失って抱き止めた。
「イルファーン……!」
「……っ、すまない、大丈夫だ」
「大丈夫なわけ……っ」
「大丈夫だ、アサド」
 言い含める様に言ったイルファーンの言葉に思わずカッとなって肩を掴むと、イルファーンの身体が強張るのが分かった。
 その反応にハッとなって手を離す。
「……私の心配はいらない。気にするな」
 そう言い去ったアイツの横顔は、冷たく少し青ざめていた。





 それからという物、俺はイルファーンに避け続けられた。
 ――いや、避けているというのは違うか。
 言葉も交わす。名前も呼ばれる。けれど、心がそこに無い。足湯をされている時など、前の様に寛いでいない所か触れる度に強張っているほどだ。
 ――怯えている。
 怯えた目で見つめたりも、発言や態度に一々ビクついたりもしていない。けれど、ふとした拍子に身体が強張っている。
 多分身体が反射的に警戒してしまうのだろう。それが、あの時にどれだけの苦痛を味あわせてしまったのかを如実に表していた。
 その事が酷く辛くて、どんなに謝っても許される事ではなくて。そして許しを請う事すら許されていなくて。
 足湯の度に、目の前で水滴を滴らせる白い足を懺悔する想いで丁寧に扱った。

 ある朝、目が覚めるとイルファーンがいなかった。
 最近、イルファーンだけで出かける事が多くなった気がする。
 声も掛けずに早朝に出かけていく。
 それは連れて行きたくないという事なのかと、主のいない寝台を見つめて拳を握った。
 大抵は昼になる前に帰ってきて、そしてまた出かける。その時には連れて行ってくれるのだが、日が真上に上ってもイルファーンは帰って来る気配がなかった。
 もしかしてもう俺を共に連れて行く気が無くなったのではないかと、自業自得ではあるが悲しみと後悔で部屋の中をうろうろとしていると、扉が叩かれて僅かに開いた。
「アサド殿」
 開いた隙間から使用人の一人がそっと覗いて小声で呼ぶ。
 使用人と私事で話した事は今まで無く、怪訝そうな顔で見れば男はまた小声で話した
「大きな声では言えません、どうか」
 不審な気持ちで、腰の短剣にそっと手を掛けながら近づく。
 ふと、男の顔をどこかで見た事があるような気がした。記憶を漁り、例の酒場で見た事のある顔だと気づく。
「どうした」
「仲間の一人が、これを街の路地で見つけたそうです」
 そっと差し出された手には、金の指輪の台座と、砕けた青金石。
「イルファーン様の物と酷似しております。もしやイルファーン様の身に何か起きたのでは……。アサド殿、イルファーン様が今どちらにいるかご存知でしょうか」
 その声がどこか遠くで響くのを、暗くなる視界の中で聞いていた。




 ポツ、ポツと頬を打つ水滴に意識が浮上してくる。
 瞼を何度か瞬かせて意識を覚醒させ、自分が地面に転がされている事を知った。
(手は……縛られているか)
 後頭部に感じる痛みの他に、頭の奥が重く痺れている。何か薬を使われたのかもしれない。
 何度か腕を動かして抜け出せないか試みるが、硬く縛られていて抜け出す所か動かす事も困難だ。
(このままだと血が止まってしまう)
 うっ血したまま放置されると、その先が腐り落ちてしまう。指は動かせるので、握ったり開いたりして血を巡らせた。
 自分を攫い、ここに閉じ込めたのは反奴隷解放派、もしくは反サクル殿下派の者だろう。
 こちらも大詰めに掛かっている今、向こうは何としてでも阻止し、サクル殿下に近しい人間の口から反逆を企てている事を直に言わせたいに違いない。
 それを言い、証拠品を抑えればこちらは終わりだ。
(用心していたつもりだったが……ぬかった)
 最後の最後に気を抜いていた自分に歯噛みをする。
 計画に主要な人物を敵の目から誤魔化すために、計画に関係の無い場所や店に、明らかに怪しい態度で朝方出かける事をここ数日続けていた。
 傍にいつも連れているアサドすら連れていない事も功を奏したようで、余程重要な密談なのだろうと思わせた様だ。
 隠れ蓑にした店には申し訳ないが、時折王宮兵が抜き打ちで検査に来たという話を耳にした。
 何度もハズレの札を引く事に、業を煮やした敵がこう出る事は予想がついたはずなのに。
 足がつかない様にと、計画に関係の無い用心棒を日替わりで雇っていたのが災いとなった。
 雇った用心棒が敵の手先の者だった様で、人気のない道に差し掛かった瞬間、後頭部に激しい衝撃を受けた。
 思わず遠くなった意識の中、口に布を詰められて傍に控えさせてあったのか、馬に乱暴に乗せられた所まで覚えているのだが、その後自分がどこをどう通ってここに至ったのかが分からない。
 なのでこの薄暗く湿った嫌な空気の漂うこの部屋が誰の物で、どこに位置しているのか見当もつかなかった。
(指輪の感触が無い……奪われたのかも知れないが、運良く攫われる最中に落ちていたら)
 いや、誰か仲間の者が気付いてくれる可能性はとても低い。
 他力本願で希望を持つよりも、ここから出る術を探らなくては。
(アサド……)
 アサドを連れていればこうはならなかったのかもしれない、と思う反面、連れていたら前回の様な怪我では済まなかったかもしれないのだから、これで良かったのだと心の中で言い聞かせる。
 そもそもあの・・日からアサドを前にすると身体が反射的に強張る様になってしまった――……。
 想いを馳せていると、ギィイ、と金属が軋む音と共に風が動くのが分かった。



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