Novel | ナノ


▼ 8


 着替えを医者から受け取り、踊り子の衣装から着替え、馬に跨ったイルファーンはどこか弱った様な気配を漂わせていたが、屋敷につく頃にはそんな気配はさっぱりなく、いつも道理の横柄な言葉使いでふてぶてしいアイツに戻っていた。
 良かった、と心のどこかで安心する。コイツの弱っている所など見たくない。
 そう思いながら、その弱っている所を見たいとも思っているのだから自分が分からない。
 弱っているアイツを見て、胸をすかっとでもさせたいのだろうか、俺は。……いや、すかっとするだろうか。
「アサド?大丈夫か、ぼーっとして。傷が痛むか」
「あ?あ、ああ。大丈夫だ」
「そうか、ならば良いが……。そういえば足の方が腫れると言っていたな、部屋に戻ったら冷やした方が良いだろう。今日はもうそのまま――」
 ふいにイルファーンの言葉が止まった。
 どうしたのか、と思って窺えば顔を強張らせ、僅かに青ざめて一点を凝視している。
 目線の先を辿ると、ホールでこいつの父親が怒鳴り散らしていた。手には鞭が握られ、足元には露出の多い服を着た華奢な人間が蹲っている。
 服のいたる所が破れ、覗く肌は血が滲んでいる所もある。既にもう何回か鞭打たれたのだろう。
 ――奴隷の折檻だ。
「……アサド、見つからない様に先に部屋に戻っていろ」
「は?……おい?」
 イルファーンは強張った顔のまま、鞭を片手に憤慨している父親の方へ歩いていく。
 その様子がどこかおかしくて、止めようと伸ばした手は間に合わなかった。
 すたすたと早足でアイツは父親の傍まで近づくと、その手から鞭を取り上げた。怒りで顔を赤く染めている父親は、折檻の邪魔をした相手をギロリと睨み上げる。
「父上、もうお止めになったら如何です」
「邪魔をするなイルファーン!こやつは儂の大事な輸入物の壺を割りおったのだ!」
「父上、これ以上鞭打てば身体に癒えぬ傷がつきます。観賞用奴隷の質をお下げになりたいのですか」
 ぐっと言葉に詰まった父親を冷めた目で見据えると、アイツはしゃがみ込んで折檻を受けていた奴隷の様子を調べ始めた。
 それが気に入らなかったのか、苛々と父親は怒鳴る。
「はっ、イルファーン、その奴隷贔屓な癖を直さんか!儂は恥ずかしくて世間に出す顔も無いわ!!」
「別に私は奴隷贔屓などしていません」
 そう言いながらも、アイツの手は優しく奴隷の身体を調べていく。傍から見れば無表情に見えるが、目を僅かに細めて小声で何やら奴隷に囁いている。
 蹲っていた奴隷は、何度も何度も頭を下げていた。
 それを見て、父親がまたがなり立てるが、イルファーンはどこ吹く風だった。が。
「……チッ、あの様な乳母に、面倒を見せたのが大きな間違いだったのだろうな!」
 そう吐き捨てられた瞬間、紫の瞳が鮮烈に輝く。
 それは今まで見た事も無い、イルファーンの激怒の表情だった。
「お酒を嗜まれるのも構いませんが、酔った勢いでも言って良い事と、悪い事があるのはお分かりでしょう!死した者に侮蔑の言葉を投げつけるのは、如何な物でしょうか!」
 大声では無かったが、語気荒く告げられた言葉に流石の父親も怒りを感じ取ったのか、たじたじとなると意味の分からない言葉を二言三言吐いて、その場から離れて行った。
 その背を睨み付ける様に見送ったアイツは奴隷にまた一言掛けると、その場を立ち去る。

 先に帰れ、と言われたのに、あっけに取られている間に一部始終を見届ける形になってしまった。
 取りあえず戻らなければと後を追おうとした時、使用人達の囁きがコソコソと耳に入って来た。
「乳母って、イルファーン様の幼い頃のお世話をしてた?」
「なぁにアンタ知らないの?ああ、そういえばその頃はまだここで雇われてなかったっけ」
「ちらっと耳にした事はあったけど……、旦那様に殺されたとか何とか」
 思いがけない話の内容に、思わず息を殺して耳を傾ける。
「そうよ、奥様が早くに亡くなられたから乳母を雇ったのだけど……。実はね、その乳母が奴隷の身分を隠してたのよ」
「ええっ、それじゃあ……」
「旦那様が褥に無理矢理呼んで、それで焼き印がばれた……とか。そこらへんは色々話があるけれど、お怒りになった旦那様に、それもイルファーン様の目の前で――首を跳ねられてしまったんですって」
 話し終えた使用人達が立ち去った後も、俺は茫然とその場に立ち尽くしていた。
 ――奴隷の身分を隠していた乳母が、目の前で殺された。
 余りに壮絶な内容に言葉も無くす。
 アイツはそんな事を、一言も言わなかった。その出来事が、奴隷解放を目指す大きな一端を担っているのは明らかだろう。
 ふと、城であの忌々しい男が言っていた一言がよみがえる。
『それにしても奴隷なのに服を着させているのか……。……嫌な思い出もあるだろうに』
 嫌な思い出とはこれの事か。
 奴隷の身分を隠し、焼き印を服で隠した乳母。……そしてその為に殺された。
 ハッと、アイツが俺にやけに休みを進めていた事を思い出す。
(――アイツは、誰かが死ぬのが怖いのか)
 だから俺の怪我を必要以上に気にして、そして命を狙われる危険性が高くなったから、巻き込まない様に自分から離そうとした……?
 どれだけお人好しなんだ、と歯噛みしそうになりながら、胸の内に締め付ける様な痛みが満ちる。
 アイツは、死んだ祖父と乳母の為に、奴隷解放を目指す。
 アイツの眼差しが向けられる今はもう無き存在が、何故か酷く恨めしかった。


 部屋に戻ると、既にイルファーンは室内にいて。
 けれど後から戻った俺を咎める様子が無い……というよりも、そこまで気が回っていない様だった。
 アイツは始終無言で、足湯の時も何も反応は無かった。




 その日からアイツのやる事なす事、全てが気に障る様になった。まるで、最初に出会った時の様に。
 コイツが自分の身を削る様に事に取り組めば取り組む程、心は荒れてささくれ立った。
 ぎりぎりと音を立てて張り詰めていく何かがプツリと切れたのは、アイツが上流階級の屋敷に赴いた日の事だった。
 例の白い礼服を身に纏っている事自体面白くないのに、アイツの隣の醜く太った男の浮かべている下卑た笑みが気に障る。
 会談はちょっとした食べ物を摘みながらの物で、立食をしながら談笑を続けている。
「そういえばイルファーン君は十七になったのだったかな」
「ええ」
 豚みたいな顔付きの男が、好色そうな目をした。
「ほっほ、それくらいの年頃が一番花盛りだろうな。肌艶も良くて羨ましい」
「そうでしょうか。ありがとうございます」
 やんわりと微笑んだイルファーンの腰に男が手を伸ばして、臀部を厭らしく撫でるのを見た途端、目の前が真っ赤になった。
 汚らしい手で触るなと叫びそうになったのを、アイツがその手を軽く叩いた事でどうにか抑える。
「タリーフ殿はいくらでも美しい相手がお傍にいらっしゃるでしょう?」
「いやいや、君も中々に美しい容姿をしていると儂は思っているよ。その瞳など宝石の様だ」
「ふふ、お口が上手い」
 そういえば、とイルファーンが話を逸らした事でその話は有耶無耶になったが、あの厭らしく撫でた手の動きが屋敷に戻るまで脳裏にこびり付いて離れなかった。


「どうして殴らなかった…!」
 屋敷に戻り、部屋に着くなり低く唸る。
 なんの事かは分かっているのか、澄ました顔でアイツは着替え始めた。
「馬鹿を言うな。交渉の場で相手の機嫌を損なう様な事をしてどうする。恥じらいのある乙女じゃあるまいし、触られたぐらいでどうこう言うのもおかしいだろう」
「そういう問題じゃ……!」
「そういう問題だ。ああいう輩は、言うだけ無駄だ」
 その割り切った態度に、今まで腹の奥に溜め込んでいた何かがどろどろと溢れる。
「……じゃあアンタは、交渉が上手く進むなら自分の身体を売っても良いっていうのか」
「それは話が飛躍しすぎている。それなりの立場にいる私を抱こうなどと思う程阿呆ではあるまい。……ただ、そうだな。どうしようも無い状態で、私の身体如きで状況を打開出来るのならば、拒みはしない」
 その言葉を聞いた瞬間、ブツリと何かが切れる音がした。
「アサドどうした。お前最近様子が――……ッ!!」
 イルファーンが怪訝そうな顔でこちらを仰ぎ見るのと同時に、肩に指が食い込む程握り締めて寝台に押し倒した。
 唖然とした表情を、感情で焼けただれそうな頭で見下ろす。
 クーフィーヤを剥ぎ取り、それでアイツの両手を縛った。
「アサ!?……むぐぅっ」
 自分の身に何が起こっているのか理解できていない、といった様子で開いた口を手を押し付けて塞ぐ。
 目を見据えたまま腰に差してあった短剣を抜いた。
 驚いた様にアイツは目を見開いたが、口を塞がれているのでくぐもった声しか出ない。
 目だけで、待てと押し止めようとするのを無視して、腕を振り下ろした。

 鈍い音と共に硬い物が刃の先に沈み込むのが伝わる。もっと深く指すために力を込めた。
「……?」
 腕を振りかざした瞬間ぎゅっと目を瞑ったアイツは、いつまでたっても痛みが来ないのを疑問に思ったのか、恐る恐る目を開ける。
 紫の瞳と視線が絡むと、口の端を微かに持ち上げた。
「殺されると思ったか?」
 振り下ろした剣の切っ先は寝台の頭の部分で、イルファーンの手を縛っている布を貫いて両腕を動かせない様に固定していた。
「アサド……何の真似だ」
「さぁyrン…?でもアンタが『どうしようも無い状態』なら、身体を売るのも仕方ないって言うからな」
「確かにそう言ったが、例えばの話だ。……アサド、何をそんなに怒っている?私の何がお前の気に障――」
「うるせぇよ」
 低く唸ると、白い礼服の前に手を掛けて引き千切った。
 前開きの衣服なため、ぶちぶちと音を立てて簡単に肌が晒される。
「アサド!?」
 驚きの声を上げるイルファーンの首を片手で圧迫すれば、苦しそうな顔をして抵抗が緩んだ。その間に、ズボンも下着もずり下す。
「や、め……っうぐ……っ」
「うるせぇって言ってるだろが!」
 まだ何か言おうとする口に、抜き取ったばかりの下着を突っ込む。奥まで入れると嘔吐いて、くぐもった声だけしか出なくなった。
 両腕を縛られ、口にはさっきまで自分が身に付けていた下着を詰め込まれ、胸を大きく肌蹴ているだけでなく下肢には何も纏っていない。
 裾が長い上着から、ひょろ長い、けれど真っ白な足が突き出しているのは、酷く醜い欲をそそった。
 日光に晒されない所為で更に白い太腿に、指を食い込ませて持ち上げる。露わになった陰部に、イルファーンがまたくぐもった声を上げた。
 元から体毛が薄いのか、髪と同色の陰毛も余り面積を広げてない。恐怖のせいか縮こまっている性器に指を伸ばす。
「!んむう……!」
 乱暴に弄り、扱き立ててやると、柔らかかったそれに芯が入り始めるのが分かった。
 やはりこればかりは、この年頃の男ならば無理は無いかと思いながらも、せせら笑う。
 更に脚を持ち上げ、双丘を割り開く。
 その間の窄まりに指に触れた途端、イルファーンはくぐもった声を更に上げると脚を動かして抵抗し始めた。
 が、性器を握る手に脅しの意味を込めて力を入れると、ギクリと止まる。
 当たり前の事ながら、朝を迎える前の花の蕾さながら硬く閉じたそこは、指一本も入りそうに無い。
 ふと目線を上げた先にあった足湯用の香油の瓶を掴むと、中身を無造作に双丘の間に垂らした。
 性交だけでなく、男同士の行為も経験はあった。
 肉体用奴隷の様な無骨な、または屈強な体つきの男達に、観賞用奴隷の様な美しい奴隷が犯されるのを見て楽しむ金持ちもいるのだ。そう言った相手役として、駆り出された事が何度となくある。

 香油の滑りを借りて指を一本突き立てる。
 ひゅ、と喉を鳴らす音を立てて、イルファーンが腰を浮かせた。
 狭いそこに香油を塗り込める様に指を動かし、二本目も強引に挿れる。
 喉奥でくぐもった声を上げたのが聴こえた気がしたが、頭の中がジンジンと痺れる様な感覚がして、周りの事など見えていなかった。
 十分に解しきれていないそこに、己の性器を何度か扱いて当てる。
 押し当てられたそれが何なのか理解したのか、真っ青な顔で呻きながらイルファーンは首を横に何度も振る。
 パサパサとなる髪を見つめながら、片手で双丘を割り開いて腰を進めた。
「ン゙、ン゙〜〜ッ!!!!」
「……っぐ、きつ……っ」
 捩って逃げようとする腰を、両手で掴んで最後まで押し込む。
 ギチギチに締め付けるそこは狭くて、縁を濡らしているぬるりとした物はもしかしたら血かも知れない。
 目を痛みに零れんばかりに見開き、ひくひくと喉を鳴らしているイルファーンを一瞥すると、その震えている白い喉に齧り付いた。



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