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▼ 8


 夜の内に行われる煌びやかな舞踏会、というのとは異なり、昼の内に行われるお茶会は、窓ガラスから差し込む光で室内が満ち、どことなく淫靡な空気を含んでいる夜よりも健全でどこか少女めいた喧しさに満ちていた。
 その原因となっているのは、大方客人ゲストとして招かれている男なのだろう。
 カッタウェイ・フロックコートに身を包んだ、すっきりとした立ち姿。一見細身に見えるが、肩幅や腰回りはがっしりとしていて逞しいことが窺えた。黒い髪を後ろに軽く撫でつけている髪型は彼自身に良く似合っている。ストイックな配色なのに、その金茶の瞳は柔らかい光を湛えていて、色は違えども柔和な彼の父親を彷彿とさせた。
 だが、敏腕と言われるだけあって、時折何かを吟味するかのようにすっと鋭くなるのだが、またそれがギャップとなってこのホールにいる淑女達を沸き立たせるのだろう。
 背も高く、美丈夫。それだけでなくあの有名なオルタシア家の嫡男、となれば騒がない方が無理という物。
 窓際のソファに移動し、暫く談笑していた彼の元に、壁際に影のように控えていた青年がスッと近寄る。それを目にした淑女達が更にざわりとさざめいた。
 成人していてあれだけの赤味を保っているのも珍しい程、目にも鮮やかな赤毛。しなやかな四肢に女ならば嫉妬せざるを得ない程の白い肌。そして何よりも目を引くのは若葉のような緑の瞳だった。
 容姿は特筆するほど整っている訳では無い。十人並みより少し良い、と言ったところだが、惹きつけられる何かを青年は持っていた。
 青年が身を屈め、オルタシアに何やら一言二言耳打ちすると、オルタシアはこくりと一つ頷いた。
 身体を起こす青年の頬を、オルタシアの白手袋を嵌めた手がするりと這う。
 その二人の様子は正に一枚の絵になって、思わず周囲が息を呑んで眺めてしまう。
「……すみません、どうやら時間のようで。先に失礼します」
 耳に心地良いオルタシアの声に、魅入られていた者はハッと我に返り、ある者は別れを惜しみ、ある者は次回の約束を取り付けようと近づいた。
 オルタシアはそれをするりと人好きのする笑みで躱し、長い足で玄関へと向かってしまう。それに続く赤毛の青年に、淑女の一人が慌てて近づいた。
 まだ少女といっても過言でない彼女は、社交界に出たばかりなのだろう。細く白い首を傾げ、うら若い心をときめかせた相手の名前を知ろうと一生懸命声を掛けた。
 なにせオルタシアの黒髪の嫡男の話は良く耳にしていたが、赤毛でこんな魅力的な貴族の青年など、聞いた事も無かったのだ。
「あの、失礼ですが貴方のお名前は――?」
「私ですか?」
 驚いたように立ち止まった赤毛の青年に、オルタシアの足も止まる。
「もうしわけございません、お嬢様レディ、私は――……」
「彼は、私の執事バトラーですよ」
 困ったように微笑んだ青年をぐい、と、オルタシアが掴み、肩を引き寄せる。
 にこりと浮かべたオルタシアの笑みはとろけそうな程なのに、少女は何故か背筋が粟立った。
「という訳で失礼します、レディ。……カラエ、行くぞ」
 踵を返す主人に、赤毛の青年は困ったような表情を一つ浮かべた後、そっけない主の代わりのように少女に微笑みながら謝罪の言葉を述べ、主の後を追った。
 その二人並ぶ主従を、ただ茫然と残った人間は見送るしかなかった。




「ジラード様、先ほどのような態度は如何なものかと……」
「そんな物知らない。ああ、やっぱり連れて行くんじゃなかった。」
「きっと社交界デビューしたばかりの淑女レディですよ?トラウマになったらどうするんです」
「見たか?皆カラエに見惚れていた」
「ですがいくらデビューしたばかりと言えど、貴族と間違われるだなんて分不相応ですね。少し服装を見直した方が良いでしょうか」
「もういっそボロ布を纏ったら良いんじゃないか?……ああダメだ、それでもきっとカラエは魅力的だ」
「ちょっと、人の話聞いてます?というか、反省してます?」
 ぺしり、と腰にしがみ付いている主の額を軽く叩く。
「いたい」
「痛くないでしょう。……真面目な話、オルタシアの嫡男の貴方が、ああいった態度をとるのは如何な物かと思いますよ。それの原因が私というのなら、こちらにも考えがありますからね」
「……カラエはますますミセス・レティに似てくる」
「褒め言葉です」
 ふん、と鼻を鳴らせば恨みがましげな目で見られた。
 それに苦笑を一つ零し、昔と変わらずやはり見た目よりもどこか幼い額に唇を寄せる。
「ちゃんと三年でお前の所に帰って来た俺に、どんな不安が?我が主マイ・ロード?」
「……」
「俺に誰かが見惚れただなんてことは有りえない、って言ってもジルは否定するだけだから言わないけど、例え誰かが見惚れようが、求婚して来ようが、引き抜こうとしようが、全部断ってみせる。約束したから。――ずっと、傍に居るから」
「……すまなかった。確かに見っとも無い真似をした。以後気を付ける」
 しゅん、と犬が項垂れるように反省するジルの頭を、撫で回したい衝動を堪える。
 自分の前だけでしか見せないジルの本当の姿が何よりも愛しい。昔以上にジルに向ける愛情は深く、そしてジルに対して甘いところは変わらずで。
「……反省した良い子にはご褒美をあげましょうか」
 そう意味深に笑みを言葉に含めれば、項垂れていたというのにガバリと現金にも顔を上げる主人。
「……いいの?」
 ごくりと喉仏を上下させて、腰に回した手をゆっくり這わせ始めた主の手を掴む。
待てStay
 それだけでぴたりと止まる主は本当に毛並の良い犬のようだ。
「夜になってから。それまでお預け」
「そんな……」
「寝室に向かうから、大人しく待ってろよ?」
 良い子にしていたら、もっとご褒美あげようかな、なんて呟けば躾けられた主は頷くしか無い訳で。
いい子Good Boy
 そう言いながら唇にキスを落とした。




 オルタシア家の黒毛の主人と赤毛の執事。
 この二人は巷でも有名な組み合わせなのだという。
 まるでパズルのピースが嵌るかのように、しっくりくる――相応しい主従なのだと。
 だか時折、執事の尻に主が敷かれている様な場面も見られるらしく、それもまたこの主従同様、有名なのである。




- END - 
あとがき
2014.7.14



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