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▼ 6


 微睡みから覚め、ねぼけた頭で何度か瞬きをする。ふと何かが自分にしがみついていることに気づき、目線を下に向け、純白の髪の整った顔立ちの幼い少年が腕の中にいるのが目に入って……一気に意識が覚醒した。
「……ッ!!、ッ!?」
 一瞬どうしてそうなっているのか理解出来ず、混乱に声を上げそうになったが、必死に堪える。
 それでも驚きに跳ねた身体に目が覚めてしまったのか、もぞり、と幼子は身じろぎすると、くあ、と犬歯を剥きだすほど大きく欠伸をし、目を擦ってこちらを見上げた。
「ん、――おはよう、ゼノウィズ」
「お、おはよう、ございます」
 暫くぐりぐりと胸板に頭を擦りつけていたイェマは、ふと顔を上げると輝く碧眼を細め、するりと腰に手を回した。
「で、どうだ。身体の調子は?」
 にま、と歪められた唇に、昨日の記憶がドッと戻って来て、赤面したり、血の気が引いたり、と顔色が忙しなく変わるのが自分自身でもわかった。
 拷問じみた快楽にところどころ記憶が飛んでいるが、それでも筆舌にし難い醜態を晒したということだけは分かる。
 言葉を失い、はくはくと口を開閉する。
「漏らすほど感じていたようだったからな」
「もっ!!??」
 漏らすとは何を!?という絶叫をすんでのところで飲みこむ。
 そういえば、なんだか、最後の方に、そんな、いやでもこの歳になって……。と、意識が遠のきそうになるが、どうにか保つ。
「も、もうしわけ……」
「ああ、汚れたものは片づけさせた。気にするな」
「かっ……!?!?」
 片づけさせた・・・、ということは第三者が片づけたという意味なのだろうか。意味なのだろうな。
 ということは、漏らしたのが事実なら、その漏らした証拠を他者に見られたという意味で。
 ……羞恥で死ねるのならば、今がその時だと思うのだが、と内心白目を剥くが、死はやって来ず、震える声で再度謝罪の言葉を口にする。

「だから気にするな。それより、どうだ」
 身体の調子は、と繰り返し問われ、寝たままだが全身に感覚を巡らす。
「……痛みや、おかしいところは特別」
「ないか」
「はい」
 強いて言うなら後孔が若干熱を持っているが、あえて言う必要はないだろう。むしろどちらかというと、寝床で睡眠をとれたのが久しぶりだからか、体調は良いくらいだ。
「ふむ、……流石に丈夫だな。むしろ神気を取り入れたぐらいだから、具合は良いかもしれんな」
 ああ、なるほど、そういう理由で身体が軽いのかと理解をし、神気が何を指すのか十分心当たりがあり、赤面する。
 朱く染まった顔を見て、イェマは呆れたような、面白がるような表情を浮かべた。
「おまえ、随分と初心な反応をするな」
「う、ぶ……というわけでは」
「ふは、真っ赤になって印が浮いて見えるぞ」
 左頬を指でなぞられ、ふと瞬きをすると、何か察したのかイェマがふくり、と笑う。
「気になるか?」
 それが何を指しているのかは聞かずともわかる。
「ええ……まだ見ていないので」
「そういえばそうだったな。ふむ、ちょっとまて」
 そう言って身軽に寝台から降りると、軽い足音を立てて部屋の隅に行く。
 勿論その恰好は全裸のままで、真っ白な肌と小ぶりな尻、そして背中に腹側と似たような碧い刺青が晒される。
 肩甲骨から左右に四本ずつ、翼のように広がる美しい紋様に見惚れていると、探していた物はすぐ見つかったのか、足早に戻ってくる。

「黒曜石の鏡だ。色はわからないが、形はわかるだろう」
 差し出された両手サイズの平たく黒い円は、驚く程滑らかに磨かれ、これだけで相当の価値があるものだと分かる。
 そっと傾けると己の顔が映り、その左頬――鏡では右頬――に、丁度、目の下から口横までイェマの刺青と似た形の紋様が刻まれていた。
 雷が複雑に入り組んだようなそれを指でなぞり、本当に刻まれているのだと実感する。
「これ、は……もしかして、イェマのと同じ、色では」
「そうだな。気に入ったか?」
 揶揄いの意味を込めた問いに、至極真面目に頷く。
「――……ええ。とても」
 美しいそれと同じものを刻まれたのならば、それはとても嬉しい、と微かに笑みを浮かべれば、一瞬驚きの表情をイェマは浮かべ、そして喜悦たっぷりに目を細めると、印が刻まれた左頬に口づけた。
「おまえは、ほんとうにおれを喜ばすのが上手いな。――気分がいい。もう少し寝るから添い寝しろ」
 言葉通り嬉しそうに目を輝かせて、ぐ、と腕を引き、イェマが再度寝床の中に引き込む。
 逆らわず、横になれば、腕の中に身体を捻じ込み、収まりが良い所を暫く探して落ち着いた。
 子供体温なのか、随分と温かい身体はこうしていると神であることを忘れてしまいそうで。鼓動を聴く様に胸板に押し当てられている白く柔らかい髪を、愛しさのあまり思わずそっと指で梳いていた。
 途端にイェマは、がばりと顔を上げ、ぎょっとしたような、驚きに満ちた表情でこちらを見た。
 不敬だったかと慌てて謝罪と共に手を離そうとしたが、イェマの笑い声で止まる。
「いい。ふふ、くくくっ、いいな。おまえは、ほんとうにいい」
 それはあまりに幼く、無邪気で愛らしい笑顔だった。
 もっと撫でろ、と強請られ、おずおずと再度指を動かすと、うっとりと目を細める。
「……撫でられるのは、きもちいいのだな」
 吐息混じりに呟かれた言葉は、今までイェマが誰にも撫でられたことがなく、そして神であるイェマを誰も撫でようとはしなかったのだということを気づかせた。
 それは余りに切ないと、ぐっと胸が絞られる思いがした。
「……眠りにつくまで、こうしていましょうか」
 だから、せめて気に入ったのなら、と提案すれば、小さな頭はこくりと小さく頷いて、甘えるような色をした瞳でこちらを見た。
「ゼノウィズ。――きもちよかったか?」
「……ッ!!」
 唐突に直接的にあの情事について問われ、一気に赤面する。
「おれは、きもちよかった」
 が、余りに甘えた声をするので、ぐっと羞恥を飲み込み、口を開く。
「……とても、気持ちが良かった」
 そうか、とイェマは嬉そうに目を細めて。
「ゼノウィズ――ずっと、そばにいろ」
 そう小声で囁いて、とろりと幸せそうな笑みを浮かべた。




 風の吹く丘で、幼子の姿の神の傍に立つ。
 そこは神と出会ったあの戦禍の跡地を一望出来る場所だった。
 未だ骸が累々と転がるのを見つめながら、神は口を開いた。
「良いか、どんな手を使ってでも生きておれの元に戻って来い。おれの赦しなく、死ぬことは許さない」
「――承知した」
 そこに膝を付け、と神に命じられ、その通りに膝を付く。
 白い手が伸ばされ、前髪を掻き上げられると、額に柔らかい唇が触れる感触がした。
『――汝に、おれの加護と祝福を』
 じわり、と温かいものが額から全身に満ちるのがわかる。
「おまえの駆ける戦場が、いつも晴れ渡るように」
 そう目を細めて、イェマの手が左頬を撫でる。
 その手をとり、左頬を当てながら目を瞑って誓いを立てた。
「死ぬ時は、貴方の傍で。我が神イエセ・イェマ



「そうだゼノウィズ、最後に一つ問おう。――おまえ、死んだらどこに埋めて欲しい」
「貴方が宜しければ――イェマの立つ戦場に」
 仲間が埋まる森ではなく、貴方の庭である戦場に。全てを捨てさり、全てを貴方に捧げよう。

 その答えは、求めていたものだったのか、満足そうな笑みを戦神は浮かべた。
「おまえは、おれのものだ。ゼノウィズ。おれの愛しい戦士ベルラトール




- 終 - 
2016.5.31



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