Novel | ナノ


▼ 2


「や、ア゙ァアあアああ!!!」
 醜い声が咽喉から迸る。
 顔中を唾液で、涙で、その他諸々の液体でぐちゃぐちゃにして叫ぶ、吼える。
 手の札はとうの昔に効力を失っていた。けれど札を張られていた時となんら変わらず動けはしなかった。
 脳を犯す真っ白い未知の快楽に、抗う術を全て持って行かれた。
「そんにゃに、しめたらっ!!あ゙っも、うごかないれぇえ!!!」
「んっ、あは、すっごい顔」
「あ゙!あ゙!や、もう、だっ、ひぐっ!!」
 身体の上で腰を振っている常葉が笑うと、顔を近づけて頬を舐める。
 その舌の感触でさえ官能に繋がり、ビクリと腰を跳ねさせ、また吼える。
「きもちいい?ねぇホラ、こうやって……ンッ、ぐりぐりって腰……回してあげるっ」
「い゙ぁああぁああ!!アヒッ、ヒッ、ヒィッ!!」
 うねる内壁に性器が揉みしだかれる。そこはとろける程柔らかくて、熱くて、その熱で性器がとろとろと溶けていっている気がする。と、思えばきゅう、と引き絞られ、蕩けかけていた輪郭を取り戻す。
 脳が爆ぜる。腰が蕩ける。
 快楽で壊れてしまう。

「あは、白目剥きかけちゃってるし」
 白目を剥き、ヒクヒクと痙攣を繰りかえすだけになった身体に常葉は嗤うと、後ろ手に手を伸ばし、嚢を掴むとぎゅっと握りしめた。
「ア゙!?、ぎゃぁあアあ゙!!!!」
「まだ寝ちゃダーメ」
 危機を覚える激痛に再度覚醒した丹鼓の頬をするりと撫で、常葉はにこりと笑った。
 それは笑みだけ見れば、まるで慈母の様な優しさにすら見える。が、告げられた言葉は地獄逝きの沙汰よりも惨い物だった。
 それを聞いてぶわりと丹鼓の目から涙が零れ落ちる。
「ひっ、ひっ、も、やめ……、も、出な……っひっ、死、じゃう……っ」
「あーあー泣かないの」
 泣かせているのはそう言っている本人なのだが、どこ吹く風で涙を拭ってやる。
 ちゅ、と腫れた瞼に唇を落としてあやす様に撫でてやると、ぺたりと伏せられていた三角の耳がふるふると震えた。
 泣く状況を作ったのは目の前の相手なのに、優しくされると縋りつきたくなってしまう物で。
 丹鼓は抱き着くと、すんすんと鼻を鳴らした。
「気持ち良く無かった?」
「き、きもち、よかったけど……よすぎて、死んじゃう……っ」
「んふふ、可愛いー」
 確かに気持ちは良かった。
 最初に咥淫をされて、常葉の口の中に大量の精を撒き散らした時には、腰が砕けた。
 ここに今から入るのだと見せつけられた慎ましやかなすぼみに、己の性器が飲み込まれていく様をまざまざと目に焼き付けさせられた。
 包み込まれた肉壁はうねうねと蠢いていて、根本まで挿れられただけで絶叫しながら精を吐いた。
 その後、本能に振り回される様に腰を振り、口の端からだらだらと唾液を零しながら今まで知らなかった快楽の高みに到達した。が、行き過ぎる快楽は苦痛になる。
 突きつけられる快楽は初めての身体には酷すぎる物で、もう何度精を漏らしたか分からない。
 これ以上は本当に死んでしまうと泣きながら訴えた。

 啄むような優しい口付けが顔中に落とされ、許して貰えたのかと安堵に心が緩む。
 危機が去ると、次に心を占めたのは気恥ずかしい愛おしさだった。
 他と肌を重ね、熱を分け合う行為がこんなにも満たされる事だとは知らなかった。
 過ぎる快楽に確かに恐怖はしたが、もう少し緩やかにならば再び味わいたい甘さがあった。それに……――と、こっそりと常葉の顔を窺う。

 まぐわいは神聖な行為で、伴侶となる者としか交わしてはいけないと学んできた。
 それを一方的にとはいえど行ったという事は、少なからず常葉の方には気持ちがあってくれているに違いない。
 そう思うと、目の前の彼が愛おしくて堪らなくなってしまった。
 強引な所はあるが、今の様に優しい一面もある。立ち居振る舞いもどこか品があり、何より雰囲気は色っぽいのに、笑うと少し幼くなり愛らしい。
 丹鼓が無自覚に抱いていた一目惚れに近い程の好感は、常葉の行為によって立派な恋へと変化し、花開いた。
 初めての恋に胸を高鳴らせながら、そろそろと幼い物ではあるが初めて自ら口付けを返す。
 常葉はそれに軽く目を見開き、ふっと細めると。

 ――ずちゅん

「ひィい!?」
「うふ、落ち着いた?じゃあもうちょっと頑張れるよね、まだ満足してないんだ……っ」
「あ!や、うそ、待っれぇえ!」
 ずっと止まっていた腰を先程の様に振り立て始める常葉に、ふいを突かれた丹鼓は防ぐ術も無く喘ぐ。が、常葉の言った通り少しばかり余裕が出て来たのか、先程の様に右も左も分からない程快楽に溺れる事は無い。
 その生まれた余裕のせいで、周囲の状況が頭に入って来てしまった。

 常葉の婀娜っぽい表情。艶やかに濡れた瞳。
 端々が桃色にそまっている真っ白で華奢な身体。
 淫らに上下、前後に動かされる柳腰。
 そしてその双丘に咥え込まれている、パンパンに腫れた赤黒い己の性器。

「――ひんっ……!!」
「っ!あはっ、大きくなったぁ……!」
 漸く機能するようになった視界すら犯される。
 相手に恋をしていると理解してしまった今では、心すら陥落してしまっていた。
 身体が快楽に叫ぶ。
 心が歓喜に捩る。
 うっとりとした表情で常葉が、腰を振りながら丹鼓の九尾の一本に手を伸ばし、先端から根本まで毛を逆撫でる様に撫でた瞬間、丹鼓の全てが弾けた。

「ア゙ッ!?やら、なんか、ク、る、〜〜〜〜ッ!!!!!あ゙っ、あ゙ぁあアああァあ!!!!!」
「んっ、あっ」
 性器が膨れ上がり、すっと根本が冷える様な感覚の後、今までとは違う種類の快楽が丹鼓を襲った。
 精を吐き出すのとは違う勢いのあるそれに白目を剥き、舌を力無く口から零した。
 ブシッ、ブシッ、と何度も何度も噴き出るそれに合わせて腰を跳ねさせる。
「おしっこ、洩らしちゃった?んっ、あ、でもコレ違うかも。アハ、気持ち良すぎて、潮、吹いちゃったんだ?」
「ア゙ッ、ア゙ッ、ガッ」
「んふ、すっごい……ナカで潮吹いちゃいとか。こういう反応新鮮でほんっとう当たり、だよ、ねっ!」
「がぁあァあ゙っ!!!あ゙っ、アヒッ、アヒッ、アヘッ」
 もっと楽しませてね?と妖艶に笑う狸に、九尾は成す術も無く犯され続けた。




「あーすっごい気持ち良かったぁ」
 鼻歌でも歌い出しそうな程、機嫌良く常葉は一人森を行く。
 あれから白目を剥き、だらしない顔で失神した丹鼓を満足するまで堪能し、適当に処理を済ませるとすぐに祠を後にした。
「んふふ、同じのは二度食べない主義だったんだけど、あれならもう一回くらい食べても良いかなぁ」
 そう呟きながら、それは無いかと苦笑を零す。
 いくら人が良いといっても相手は九尾だ。目が覚め、良いように弄ばれたと知れば怒髪天を突く程怒り狂うに違いない。
 もう一度食べるどころか、数年はこの山から離れ身を隠す必要があるだろう。
「でもそれくらいする価値はあったなぁ」
 回想に浸り、うっとりと唇を綻ばせるが、今はそうしている暇も惜しい。
 逃亡の陸路に歩を進めていると、一陣の強風がぶわりと吹き足元の木の葉を巻き上げ視界を奪った。
 ぎゅっと目を瞑った瞬間、誰かに抱きしめられて身体を強張らせる。

 まさか、いやでも回復が早すぎる。
 瞬時に過ぎった思考を否定するが、耳元で囁かれた言葉がそれを無情にも肯定した。
「ああ良かった、探した……常葉殿」
 それは今まさに逃れて来た九尾の物で。
 しかし怒りに満ちた物では無く、喘ぎ過ぎて掠れてはいるが甘い響きを持っている物だった。
「目が覚めたらどこにも居なかったから驚いて……。常葉殿もお疲れでしょう?どこかお急ぎの用事でも?そんなの、私に任せておけばいいのに」
 すり、と首筋に埋める様にした頭が擦り付けられるが、一体どんな言葉を口にすれば良いか分からない。
 一体この九尾はどうしてこんなに甘く囁いているのだろう。
「に、丹鼓、殿……」
「はい何でしょう!常葉殿」
 名を呼べばくるりと身体を反転させられ、満面の笑みの九尾が目に入った。
 目が覚めて傍に自分がいないと気付いて、すぐに追って来たのだろう。
 乱れた服も、髪もそのままで、情事の跡の色気を振り撒いている。
 その色気に状況も忘れてムラッとしかけるが、まず聞かねばならない事がある。
 ――何やら、嫌な……。そう、どこか危うい嫌な感じがするのだ。
「怒って……いないんですか?」
「え?怒るって……。ああ、起きた時にいなかった事ですか?確かに寂しくはありましたけど、怒ってなんかいませんよ」
「いやそうじゃなくて!お……私は、貴方に無理矢理したでしょう?それも同じ男の身でありながら――」
「ふふ、無理に“私”と言わなくても大丈夫ですよ、常葉殿。先程の様な喋り方の方が私は好きですから。それにほら、番となる相手に遠慮は無用でしょう?男だなんて気にしません。子を成す事を重視している訳では無いですから。気持ちさえあれば私はそれで充分なんです。……もしかしてそれを気にして出て行ったのですか?……っ、ああ常葉殿……っ」
 なにやら一人で感極まってぎゅう、と抱きしめられるが常葉はただの快楽主義者なだけで、丹鼓に対しての愛情は持ち合わせていない。
(それより何だ、番って)
 明らかに話しがややこしくなっている事に常葉は青ざめた。
 九尾の伴侶だなんてとんでもない。そんな事になってしまったら今の様に気楽に遊び呆ける事が出来なくなってしまうではないか。
「子については、どうしてもであれば、ほら。常葉殿は女体にでも変化できると言っていたでしょう?それに私の力を加えれば一人くらいなら子は成せますよ。ふふ、きっと可愛い子でしょうね……!」
 だてに九尾では無いですから、と楽しそうに笑う丹鼓と常葉は先程の時とは立場がまるで逆転している様だった。
「に、丹鼓殿」
 とにかくこの腕の中から逃れなければ、と丹鼓の胸に突っぱねた腕を、がしりと掴まれる。
「常葉殿……ずっと、離しません」
 子供のように嬉しそうに笑った九尾の、蕩けそうな程喜悦を湛えた瞳の奥に、危うい何かが揺らめいたのを見た気がして、常葉はとんでも無い物に手を出してしまったと遅い後悔をした。
 そんな後悔は先に立たず、ふわりと九本の尾が二人の姿を周囲から遮ったかと思うと、その場から忽然と二匹は消えた。

 ――その後、森の奥にある鳥居の奥は、何人とも踏み入る事は出来なくなったという。





- 終 - 
あとがき

2012.07.20



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