Novel | ナノ


▼ 4


 泣きながら、ごめんなさい……と消え入りそうな声で呟いた丸本を宥めながら、どうするべきかと考える。
 多分、丸本の身体は今、どうしようも出来ない熱が燻っていてとても辛いのだろう。それを吐き出せば良いのだろうが……。
 ちらりと丸本を横目で窺う。机の脚に背中を凭れさせて、くたりとしている状態で、とても自分では処理が出来なさそうだ。
(――じゃあ)
 考えた案に、思わず唾を飲み込む。
 違う。これは決して邪な想いからじゃない。丸本が辛そうだから。丸本を助ける為に。色々な言い訳が零コンマの速さで頭を過ぎり、満たしていく。
 熱に浮かされた病人の様にふらふらと丸本に近づくと、後ろに回り抱き締めた。
「せ、んぱ……?」
「ごめん、後で殴っても、良いから」
 そう呟いた声は震えていなかっただろうか。
 緊張と欲を孕んで震える指先で、彼のズボンのチャックを下す。
 開いた間から指先を指し込み、下着の布を押し分けその中の熱に触れた。
「ッ!?」
 触れられた事で我に返ったのか、丸本が腕の中でもがき始めるが、薬の影響かその力は本当に弱い。
 ぎゅっと腕の力を強め、それを抑え込むと手早くチャックの隙間から熱を取り出した。
 薄暗い部屋の中で、丸本の熱がふるりと震えるのが見えた。
「や、やだっ」
「丸本、落ち着いて。抜くだけだから……」
 まだ少し幼い影が随分残っている好きな人の性器に動悸が激しくなる。
 これが、丸本の……。
 男のペニスなんて見たって何も面白くない筈なのに、どうしてこうも煽られるのか。
 ごくりと唾を飲み込んで、そうっと優しく手で包みこんだ。
 ペニスに手の平が触れた瞬間、一際大きく心臓が脈打った。
 しっとりと微かに湿っていて、熱い。
 完勃ちとまではいかなくても、薬の所為でかなり芯が通っていた。
 ゆるゆると数回扱いてやれば、身体が欲していた刺激を素直に受け止めて直ぐに硬くなる。
「やぁ……っせ、ぱ……っや、ヤダ、汚いから……っんぁ!」
「大丈夫、全然汚くない」
 丸本の耳朶に唇を触れさせ、扱く手を早めた。
 震える声で繰り返し訴える「嫌だ」という言葉は、俺に触れられるのが嫌なのでは無く、汚いから触らないでという意味なのだろうか。それならば――この行為に、行為をしている俺に嫌悪は無い?
 もがき疲れたのか、嫌、嫌、と囁いているものの、身体は力無くこちらに委ねられていて、頭も肩に凭れかけている。
 瞼もぐったりと閉じられていて、そこから染み出す様に流れる涙を片方の手で拭ってやった。
 泣きすぎたのか腫れぼったい瞼が可哀そうで、そっと手で覆う。
 見る力も無いだろうが一応。余り見ない方が羞恥も少なくて良いかもしれない。
 そう思いながら柔らかい髪に唇を寄せ、性器に再び目を向けた。
 その時に自分が無意識に舌なめずりをしているのにも気づかずに。

 丸本のペニスは完全に勃っても、亀頭の張り出した部分に皮が少しだけ被っている。
 殆ど仮性包茎と同じだろうが、剥けきっていないのも確か。その敏感であろう部分に指をずらし、くにゅくにゅと皮の上から弄る。
 癒着している感覚は無いから痛みも無いだろうが、繊細な所だ。
 びくりと腕の中の身体が竦むのを優しく抱きしめる事で宥め、痛くない様に皮をゆっくり下にずらした。
 カリが出て来た所で、そうっとその充血した真っ赤な部分を指で撫でる。
「ひぁあ!!!」
 それだけで高い嬌声を上げ、先端から滲み出る先走りの量が増えた。
 ぷくりと表面張力ぎりぎりまで膨れ、そして溢れだす。
 それを指先で拭うと、竿に塗りたくって更に扱いた。
 にちゅにちゅと粘着質な音に合わせて丸本の身体は跳ね、息が上がる。いや、息が上がっているのは腕の中の身体だけでは無かった。

 腹や腰が引き攣れたり、強張ったりするその様子に。
 拒絶をしながらも、快楽に端が蕩けている嬌声に。
 腕の中の体温と重みに。
 鼻孔から流れ込んで来る彼の匂いと、立ち上る精臭に。

 全てに煽られ、興奮した犬の様に荒くなる息を整える事が出来ない。
 鼻先を柔らかい髪に埋めながら胸一杯に息を吸い、まるで自分のモノを扱くかの様に一心不乱に手の中の性器を扱く。
 実際、手を動かせば動かす程丸本は乱れ、その乱れ具合に精神的な快楽を得ていた。
 このままだと襲いかねないと(いやもう十分既に襲っている様な物だが)思い、早くイかせる為に敏感な鈴口を少し強めに扱く。
「――ッ!!!」
 途端に、声にならない叫びと共に、ガクガクと腰を戦慄かせて丸本は達した。
 びゅっびゅるっびゅっと断続的に尿道の中を精液が駆け抜けていくのが、性器を握っている手から伝わって来る。
 パタ、パタタ、と白濁が床を叩き、指にもとろりと絡み付く。
 その熱に胸を滾らせながらも、最後の一滴を指先で拭った。

 無言の中、陶然と指に絡み付く液体を眺める。
 指を擦りあわして離せば、にちゅ……と微かな音を立てて、太い糸が間に掛かる。それを何も考えずに口元まで運んで――……。

「せんぱい……」
 静寂を破られ、びくりと身を竦めた。
 今、自分がしようとしていた事に愕然とし、そしてそれを丸本に気取られていないかと慌てる。
「ごめんなさ……こんな、僕……」
「き、にするな。薬の所為だから。それよりも少しは楽になったか?」
 こくりと素直に縦に振られる様子からは、どうやら気付かれなかったようだ。
 ほっと溜息を吐きながら、汚れていない方の手で、汗を掻いた額に掛かっている前髪を掻き上げてやる。
「俺こそごめんな……忘れて良いから」
 俺は絶対に忘れないが。と胸の中で付け足す。
 忘れられる訳が無かった。熱も匂いも何もかも。
 けだるげに目を伏せている様子が色香を醸し出していて、ゴクリと喉が鳴る。
 その睫がふるりと揺れるとまだぼうっとしている瞳が現れ、こちらを見つめた。
「本当に……すみません、あの、鞄の中に、タオルがあるので……それで、その……手とか、綺麗にしてください……」
「あ、ああ……」
 ついさっきそれを舐め取ろうとしていただけに、気まずくて思わず目を逸らす。
 自分の鞄の中に手の拭える物があったかどうかが定かでないので、ここは素直に彼の言葉に甘える。
 本当ならば拭った物を持って帰りたい……など思っている自分の余りの変態さに、ひきそうになった。

 丸本のと思わしき鞄に近寄ると、片手でチャックを開ける。
 直ぐにタオルは見つかり、それを取り出した時、一緒に何か出してしまったようだ。
 カサリと音を立てて落ちてしまったそれを身を屈めて拾い上げ――思わずじっと見つめた。
 素朴だが丁寧に包装された包み。
 一瞬後ろにある箱の山から落ちた物と間違えたかと思ったが、他に落ちている物は無いし、落ちた時の音と言いこれは確かに彼の鞄から落ちた物だ。
(――丸本が、貰った物……?)
 ざわりと背筋が粟立つ。
 人の好意に触れる事が多い所為か、こういったプレゼントの類に込められた気持ちが、どういう物かというのは一目見れば大抵分かる。バレンタインなんて物は、特に。
 自分が貰ったようなチョコの様にきらきらとした華やかさは無いが、丁寧に包まれたそれ。
 手作りであろうそれは、明らかに義理という言葉で片付けるには、相手に対する密やかな想いが端々から溢れていた。
(――これを丸本に渡しちゃいけない。)
 直観的にそう思った。
 いや既に渡されているが、この様子だとまだ開けていない様だ。
 包装でさえこんなに気持ちが溢れているのに、中身に触れてしまったら。
 きっとこれを作った子は丸本とお似合いの子だ。
 素朴で、でも相手を凄く想っていて。
 そんな子に彼の心が揺らがない訳が無い。いや、手渡しをしていたらもう既に揺らいでいるのか。
(――絶対に、渡すものか。)
 丸本はきっと付き合った女の子を大切にするだろう。
 そんな彼を、俺は見たくない。見ていて平静を保てる訳が無い。
 そんな可能性は、潰してしまわねば。

 差出人を特定出来る物が無いかと包みを裏返すと、小さなカードが挟まっていた。
 やけに冷静な頭でそれを取り外す。
 差出人が分かれば後は落としてしまえば良い。彼には絶対に近づかせない。
 開いたカードを見て、目を見開く。

『すきです』

 そこにはそれだけが書いてあった。
 差出人の名前が書いていなかった事に愕然とした訳では無い。その文字が、丸本の物だったことに愕然としていた。
 どういう事なのか一瞬頭の中が真っ白になる。
 自分の目を疑うが、文字の癖が。少し右肩上がりで、でも丁寧で、いつも書類に書かれている丸本の文字と全く同じ。
(――これは丸本が貰った物では無くて、丸本が作った物?)

 ……誰に?
 一気に表情が冷たい物になるのが分かった。
 自分の名前も書いてない、一言だけのカード。女の子に手渡すにしては可愛らしい包装。机の中等に黙って紛れ込ませれば、男はきっと女子から貰ったと思い込むだろう。
 ぎり……とその包みを握り締め、表情の消え去った顔で振り返った。




 達した後の気怠さだけでは無い身体の重さに、瞬きをするのすら億劫だ。
 でも、あの身体の芯から炙られる様な、もどかしい熱は殆ど無い。
 燻っていないといえば嘘になるが、目を逸らせる事は可能な程度だった。
(――先輩に見られるなんて……。)
 そう、それよりも重大なのはバレンタインのお菓子を八つ当たりで貪ったのを一番知られたくない人に知られてしまったばかりか、その人の手でイってしまった事だ。
 この身体の熱がチョコに含まれていた成分の所為だと先輩から聞いた時は、すぐさま自業自得だと思った。
 そんな権利など無いのに、人の想いを無碍にした罰だと。
 それなのに先輩は宥め、優しく抱きしめてくれて。あまつさえ動けない自分に変わってその熱の処理をしてくれた。男の性器なんて、気持ち悪くて触りたくないだろうに。
 羞恥と、信じられない思いと、快楽とで一杯一杯になって、その中で確かに喜びを感じていた。
 好きな人に抱きしめられているだけでも胸が張り裂けそうになるのに、それ以上の事をしてもらえるなんて。
 さっきまで与えられていた快楽に夢心地で浸っていると、先輩に名前を呼ばれた。
 そのやけに冷たい響きに顔を上げ――……そして凍りついた。
「丸本、これ、誰にあげるつもりだったんだ?」
「……ぁ……」
 先輩の手の中にあるのは、昨日作ったバレンタインのお菓子。
 見つかってしまったと、頭の中で何度も繰り返す。
 けれど、名前は書いていなかったはず、そう思って口を開く。が、
「男だろ」
「……え」
 確かに男だけど、何故分かるのだろう、というよりも、その口ぶりだとまるで他の男子生徒に渡すみたいで――……じゃあ先輩宛てという事までは分かっていないだろう、でも男って、なんてぐるぐる考えていたら、返事をするのが遅くなってしまう。
 その沈黙をどう取ったのか、先輩が舌打ちをした。
 先輩が舌打ちをする、というだけでも驚く事なのに、その表情が今まで見た事も無い程怒りを湛えた怖い物で、思わず息を呑んで身を竦ませる。
「誰に渡すつもりだったんだ」
「そ、れは……」
 先輩は何を怒っているんだろう。僕は何をしてしまったんだろう。
 もう色々とやらかしてしまっている気はするが、ついさっきまではこちらを気遣ってくれるいつも通りの優しい先輩だった。
 原因は、先輩の手の中にある、バレンタインのお菓子。

 ――男宛て、だから。
 男が男に恋愛感情を抱いている事に、嫌悪しているからではないだろうか。
 当たり前だ。それは万人に受け入れられるのは難しい。むしろ先輩みたいな反応をする人が普通……なのかもしれない。
 違うんです、女の子にあげるつもりで……――なんて今更嘘を吐いても、さっきの沈黙がそれは同性宛ての物だと言っている様な物だった。
 もう、逃げ場が無い。
「丸本」
「ひ……っ」
「誰に、あげるつもりだった」
 見た事の無い先輩の様子に、小さく悲鳴が漏れ、自然に身体が縮まるが、頭をゆっくり横に振った。
 同性同士の恋愛感情に嫌悪を持っている相手に、貴方が好きですなんて言ったって更に嫌われるだけだ。
 もうこれ以上嫌われたくない。
 でも他の誰かを適当に挙げるなんて事も出来ず、ただ口を閉ざすしかなかった。
 途端にバシリと包みを床に叩きつけられて、更に身体が竦む。ぐしゃりと潰れた包装に、薄らと涙が浮かんだ。
 つかつかと先輩が歩み寄ると、顎を強く掴まれた。
 殴られる、とぎゅっと目を瞑ると咥内に何かを押し込まれる。
(――え?)
 とろりと舌の上で蕩けていく物は、どうやらチョコの様で。
 どこと無くコーヒーの様な苦味を感じるそれに首を傾げ――先輩の手の中のそのチョコの包み紙を見て、目を見開いた。
 それはさっき先輩に「食べたのか?」と聞かれた時に見せられた金色の包みで。
 口の中の物が何かに気付いてm慌てて吐き出そうとした……のに。
「んぅ!?」
 先輩にキスをされて、出来なかった。
 それどころか舌が唇を割って入って来て、咥内を掻き回されて――……ゴクリと、僕は口の中の物を飲み込んでしまっていた。
 茫然と先輩を見上げると、先輩は親指で唇を拭いながら
「男が好きなら、別に俺でも良いだろ」
 と唇の端を歪めて笑った。



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