Novel | ナノ


▼ 4

「お前、生意気」
「うん」
「年下のくせに」
「うん」
「童貞のくせに」
「うん」
「ちゃんと覚えてない癖に」
「……うん」
「こんなに……お前の事好きにさせるなんて、生意気だ」
 アキ、そう呼んだ声は、アキの唇に飲み込まれてしまった。
 何度も何度も唇を合わせながら、腰を擦り付ける。
 擦り合わせるだけで満足出来なくなって、手を伸ばしたのは俺の方。勃ちあがったアキの性器を指で触れ、その温度と感触に溜らず吐息が唇から零れた。
 ゆっくりと根本からくびれまで指でなぞり、指を下に向け手の平で覆う。指先にあたる嚢を少し擽った後、ゆっくりと手を上下に動かし始めた。
 その刺激に微かに呼気で喘いでいたアキも、すぐに俺のに手を伸ばし扱き始める。
 一番感じる場所は個人差があれど、男同士どこをどう刺激すれば気持ちいいかというのは分かり切っていて、最初は羞恥でたどたどしかった手もすぐに滑らかに動いて、二人揃って快楽におぼれた。
 布団の中に熱気が籠り、暑くてじっとりと汗を掻く。
「アキ……布団、どけていい?」
「んっ、……ダメ」
「っ、汚れるよ?」
「お前が、あっ、洗濯しろ」
 頑なに拒むアキに、ふと悪戯を思いついて手を止めると、布団の中に潜った。
 布団の中は暗く何も見えないため腹を手でなぞり、下腹、陰毛、と辿りついた後、目当ての物に辿りついて、それを手で支えながらゆっくりと口に含む。

「何……ひっ!」
 布団越しでくぐもり聞こえづらいが、アキが息を呑み小さく悲鳴を上げたのが聞こえた。
手で扱いている時の物なのか既に性器の先端は濡れていて、舌にぬるりとした粘液の感覚が伝わる。
 見えない分、口の中にあるモノの形を感じ取ってしまって興奮した。
 どくどくと脈打つ血管、張りつめている幹、つるりとした亀頭。熱も匂いも、視覚を補うかのように敏感に感じた。
「ばっ、やめ……!ひっ、あぁ……っ」
 布団をばりばりとアキの手が引っ掻いているのが分かる。
 それを無視して、ねっとりと舐め回したり、先端を口に含みながら竿を扱いたりしていると、バサリと布団が取り払われ、身体が外気に晒された。
 性器を口に咥えたまま目線だけでアキを見上げ、目線が交わった瞬間アキは顔を泣きそうにくしゃりと歪ませて。
「――ッ、あ、!」
 ぶるりと腰を震わせながら吐精した。
 苦味のあるそれを咥内で受け止め、性器のひくつきが収まると喉の奥に通す。独特の味のそれは到底美味とはいえる物では無かったが、身体の中に入れたいと思ったから。
 性器から口を離すと、唾液の糸が掛かった。
 もう怒ることにも疲れたのか、くたりと力を抜いているアキの足を持ち上げ、すり……とまだ乾いている後孔を撫でた。
「……いれて、良い?」
 流石にそれにはびくりと身体を跳ねさせ、反応するアキが口を開く前にそう聞く。アキは緊張からか強張った表情で、でも小さく頷いて。
「優しく、しろよ」
 虚勢の様に小さくそう言った。

 丹念に丹念にローションを塗り込め、指にゴムを被せて後孔を解す。
 固く閉じたそこは指一本すら挿れるのに一苦労で。漸く二本目が入った時にはアキは苦しそうで、でも静止の声は上げなかった。
「アキ……痛い?」
 そう聞けば、枕に埋めた頭がふるふると横に振られる。
 けれど肌には汗が浮かんでいるし、浅く何度も息をしているのが分かった。宥めるように背中に唇を這わし、汗で冷えてしまった体を温めるように肌を重ねる。

「もう、」
「ん?」
「もう、挿れて良い」
 近づけた耳元で吐息混じりにそう囁かれ、目を見開く。
「でもアキ」
「良いから」
 顔を上げ、汗を滲ませながら、それでも強気な眼差しがこっちを射抜く。
「今挿れないなら、もう挿れさせないからな。……だから」
 ――挿れて。
 そう擦れた甘美なお誘いに抗える筈も無く、痛かったらすぐに言うと約束させ、性器にゴムを被せる。
 ゴムをする事にアキはどこか不満げだった。
「別にそんなのする必要ないだろ。妊娠するんじゃないんだし」
「ダメだよ、ナカに出して良いモノじゃ無いんだから」
「……前は生だったけど大丈夫だった」
「今は実際に肉体があるんだから。アキに辛い思いして欲しくない」
 そうきっぱり言い切ると、アキは少し赤面した後、小さな声で「やっぱり生意気」と呟いていた。

 一番受け身に楽な体勢という事で、バックからアキの腰を掴む。
「アキ、ちょっと力入れて」
「ん……」
 くっと上向きに差し出され、少しだけ後孔が宛がった先端にくっつく。
 そのまま力を抜けば、力んで押し出された内壁が元に戻るのと同時に中に先端が入った。といっても、ほんの少しだけで指とは違う質量にアキの息が詰まり、身体が強張る。
 勿論ぎちぎちにきついそこは、挿れる側も締め付けられて痛みでじっとりと背中に汗が滲んだ。
「息吸って……出来るだけ力抜いて……」
「んぅ……」
 痛みや苦しさを少しでも緩和させようと、背中に覆い被さりながら震えるアキの太腿を撫で、萎えてしまった性器をゆっくり弄る。
 好きなんだ。痛い思いをさせたい訳じゃない。好きだから、熱を分け合い、快楽を共にしたい。
 そんな想いを込めてそっと首筋に唇を這わせると、甘い吐息がアキの口から零れた。
「それ、気持ち、い」
「これ?」
 啄むように、唇で耳の裏から首を辿って肩まで降りるのを再びする。微かに頷いたアキに嬉しくなって何度も何度もそれを繰り返した。
 それに緊張が和らいできたのか、だんだん強張りの抜けてきた後孔に負担の掛からないようにゆっくりと腰を押し進める。
 始めてどれくらい経ったか分からない頃、腰がペタリとアキの臀部にくっついた。
「全部はいっ、た?」
「……うん。……アキ、俺心臓痛くて、死にそう」
 今頃になってバクバクと音を立てている心臓に気が付く。
 嬉しさと、興奮と。
 きついけれど、アキと繋がっているのだと思うだけで射精してしまいそうになった。
 突然ぐっと腕を引かれ、顔と顔が近くなる。後ろ向きで完全には目線を合わせられないけれど、アキが横目でじろりと睨むのが見えた。
「そんなので死ぬな、ばか。……お前は、俺より若いんだから。俺より長く生きて、俺が死んだ後に死ね。……もう、一人にするな」
 そう言っている間に、じわりとアキの目の縁に涙が溜まっていくのが分かった。
 アキの、一生を掛けての我が儘。それに笑みを零し、そっと涙を指で拭った。

「うん、絶対にもう、一人にしない」
 これは、俺の二度目の約束だ。

 最初は抽挿するのもやっとだったが、ローションを継ぎ足し、アキの性感を刺激していると段々それもスムーズになっていった。
 ぱん、ぱん、と一定のリズムで腰を打つ。
「アキ、痛くない?」
「んっ、う、だい、じょ……アっ!う……」
 体勢的に顔は見れないが、片方の手の指を絡め、何度も確かめるように力を込めた。
「んっ、う……ちょ、っと、まっ……て、」
「うん、どうしたの?」
 初めてアキから制止の声が上がって、ぴたりと腰を止めた。息を整えたアキが、少しだけ首を後ろに捻ってこちらを見る。
「……苦しくても良いから、前からがいい」
 可愛いお願いに思わずイきそうになったが、下腹に力を入れてやり過ごす。
 ああもう、どうしてそんなに可愛いんだ。本当に年上なのかと疑いたくなるほど、アキは可愛い。
 分かったと頷いてアキの身体を反転させると、ゆっくりと腰を再び進める。
 さっきまで挿入っていたから、さっきよりはずっとすぐに挿入った。
 身体を走る快楽に眉を寄せ、目を閉じて耐えているとそっと頬を撫でる感覚がして目を開ける。
「ふふ。……その、余裕の無い顔が、見たかった」
 そういうアキも余裕なんて無さそうだけれど、嬉しそうにはにかむアキに理性が限界を告げた。
 少し乱暴に腰を掴むと、さっきの倍ほどの速さで腰を叩きつける。
「アキっ、う、あ、アキ……ッ!」
「ふ、アッ、あぁっ、ンッ、ンッ、ンッ……あぁ!」
 気持ち良くて、幸せで、それでいっぱいになって頭が弾け飛びそうで。
 後ろだけでは快楽を得られないのか、しきりに腹に性器をこすり付けるように腰を動かしているアキにまたカッと頭が熱くなって。
 甘い喘ぎ声を惜しみなく零す唇に、堪らず噛り付いた。
「あ、き、アキ……アキ、アキ……ぃッ」
 それだけの言葉しか知らないかのようにアキの名前を何度も何度も繰り返していると、両頬を挟まれた。
 それに意識を向けるより先に唇を優しく啄まれ、そして離れ際に。

「ひかる」

 そう、アキが囁いた。
 途端にぶわりと全身が粟立つような感覚がして、びりびりと快感が腰に集まる。
 ちかちかと視界に光が散って、もう、ダメだった。
「あ゙、き……ッ……ぅっ、あ!!」
 腰を戦慄かせ、薄い皮膜に精をぶちまける。
 初めての性行為での射精は、信じられないくらい長く続き、あまりの快楽に息が出来ないほどだった。
 目を白黒させながら口の端から唾液を零し、ただ快楽に翻弄されていると後孔がきゅうぅと引き絞られ、新たな快楽に思わず喉を仰け反らす。
 視界の中でどうにか捉えたのは、アキが興奮した面持ちでこっちを見ながら小さく痙攣をして吐精している姿で。
 そのあまりのいやらしい光景に、俺の思考は完全に白旗を上げた。




 ふと目を開けると、そこは上下も左右も無い真っ暗な場所で。
 自分が立っているのか、浮いているのかも分からない状態だった。
(あれからアキを何度も抱いて……ああ、くたくたになりながら一緒に風呂に入って……それから)
 汚れてしまった布団は、明日自分が洗濯すると約束して、自分のベッドに一緒に入り、交わす言葉は少なくとも身体を寄せ合って満たされた空気を味わった。
 そのまま眠ってしまったのだろうか。これは夢の中なのか。それとも――。

 その時、暗闇の中誰かがいるのに気づき、目を向ける。
 着物を身に着けた二十半ばか三十くらいと思われる精悍な顔つきの男。それが誰なのか聞かずとも直ぐに理解した。
「……アンタが総十郎か」
『……如何にも』
 自分が持っている前世の記憶は全て総十郎の目線で、こんな風に対峙したのは初めてだ。
 認めるのは癪だが、確かに男前だ。
「これは夢……じゃ無いよな」
『その通り、夢ではござらん。あえて言うのならばここはお主の心の中。そして拙者は、そこに宿る取り残された魂の欠片とでも言えば良いのか……』
 ふ、と総十郎はどこか切なそうに笑った。
『秋邦殿は幾つになっても愛いでござろう?』
「……ああ」
 そう言われて、まるで知らないアキを知っているのだぞと言われている様に感じてむっとするかと思ったが、案外そうでも無かった。
 当たり前の事を言われている、それだけ。それを不思議に思うのと同時に、脳裏でパッと何かが閃いた。
 それは酷く視界が開ける様な、真実に気が付くような、そんな感覚。

「総十郎」
『なんでござろうか』
「……ごめん」
 そう言って、手を伸ばし真っ直ぐ見つめた俺に、総十郎は目を見開き、そして破顔した。
 ずっと俺は総十郎の事をライバル視していた。前世の自分、越えられない壁。
 アキは譲らない。アキを護るのは俺だと。
 四年経ってもそれは根強く残っていて、自分の中に“俺”と“総十郎”があるのだと思っていた。
 そう思っていたからあの総十郎は“取り残されてしまっている”のだ。
 けどそれは違うんだ。
 両方とも、“俺”だ。越えるも何も、アイツは、俺だ。
「ごめん……時間が掛かった」
『いや、然程待ってはおりませなんだ』
 そう嘯いて、“俺”は俺の手を握った。
 そこから何か流れ込んでくるのを感じる。
 四年前、半分だった魂が元に戻った時ほどの激流ではないが、開いていた隙間を埋める様な感覚。
 笑っていた“俺”が小さな光る粒子になって俺に入って行き、消えるのと同時に小さく俺も笑っていた。




 ゆっくりと瞼を開くと、すぐそばに秋の寝顔があった。
 頬を撫でると、その感覚に目が覚めたのか瞼が震え微かに開く。
 まだ寝惚けているようなその顔に笑みを向けて、「秋」と囁いた。
 途端に秋の目が見開かれ、がばりと少し身体が起こされる。
「……え、そう、じゅ……ろ?」
「うん」
「ひか、る?」
「うん。そうだよ」
 どちらにも頷き、微笑んでみせる。
「秋、どっちも俺だから」
 どこか泣きそうになっている秋に手を伸ばし、そっと頭を抱き締めた。

 これからも“俺”が秋を愛していく。
 これからも“俺”が秋を護っていく。
 ずっと。
 ずっと。





- 終 - 
あとがき
2012.10.22



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