Novel | ナノ


▼ 3

 漸く聴けた『好き』という言葉に、それこそ魂から震えた。
 引き寄せるようにそっと唇を重ねるが、アキがそれを拒む素振りは無い。
 冷たい台所の床で二人で座り込み、何度も何度も唇を重ねた。
「アキ……アキ、アキ」
 柔らかい髪に指を埋め、ゆっくりとかき回す。指に絡むその感覚に前世の記憶が重なり、カッと体の温度が上がった気がした。
 深くない、啄ばむキスを堪能する様に繰り返していると、胸板をぐっと押される。
 風呂を上がってから腰にタオルを巻いたままの格好だったため、アキの冷たい手の温度に肩が僅かに跳ねた。
 いきなりがっつきすぎただろうかと内心焦って、俯いたままのアキを覗き込もうとすると。
「……そんな格好でここにずっといたら風邪ひく、から……続きは、あっちで、」
 そうボソボソとそう言うアキの耳は真っ赤に染まって、肩は小刻みに震えていた。




 腰が抜けて上手く立てないアキを半ば抱きしめる様にして部屋に向かい、手荒くドアを開けると、部屋の隅に畳んで置いてある布団を、足で蹴って広げた。
 俺の部屋に行こうとしたら、俺はベッドだから嫌だとアキが言ったのだ。
 アキはベッドだと落ち着かないらしく、床布団で寝ている。
 ちなみに今住んでいるマンションは、アキと総十郎が出会ったあのマンションではない。一時的ではなく、今後もアキに面倒を見てもらう事が決まってから少しして引っ越した。
 だから“ここ”でアキは、“俺”に始めて抱かれる。
 足で広げたために少し乱れている布団の上に、アキを押し倒しながら覆い被さる。ベッドでは無いため、布団越しの床の固さにアキが少し呻いた。
「ばか、思い切り倒したら、痛い」
「だから俺の部屋で良かったのに。ベッドだから痛くないよ?」
「……ベッドは、嫌だ」
「何で」
「……音が、するだろ」
 軋む音が、嫌だ、と顔を赤くしながら目を逸らすアキに、腰がずしりと重くなった。
「アキ……!」
「う、ん……っ、はっ」
 堪らず目の前の唇に噛り付き、舌を挿し込む。服の裾から手を突っ込み、慌しく腰を撫でた。
「んっ!ちょ、待てって、あっ、そんな、がっつくな……!」
 べちりと後頭部を叩かれ、渋々と顔を離す。が、息を切らして涙目になっているアキに再び押し倒しそうになった。
 必死でどうにかその衝動を押し殺していると、アキが眉を顰めて訝しげな表情をする。
「ごめん……興奮しちゃって」
「興奮って、そんな……そりゃ久しぶりかもしれないけど」
「初めてだよ」
「え?」
「“俺”は、初めて。……アキを抱いた記憶はあるけど、靄が掛かってぶつ切れだし、感覚っていうよりも幸せとか、嬉しいとか、そんな感情の記憶が強いし。総十郎が生きていた時の記憶なんかもっとあやふやで、誰を抱いたとか覚えてない。……初めて、なんだ」
 おまけに肉体的にも勿論童貞だし、と口ごもりながら告げて顔を上げれば、アキはポカンとした表情で俺を見ていた。
「初、めて?」
「う、うん」
 ぽつりと零したアキは、服を乱れさせたまま体を起こすと、じっと目を見つめて来る。
「他のヤツ抱いたのとか、全然覚えてないんだな?」
「う、うん……」
「じゃあどうやってやるのかも分かってない?」
「それは!い、色々調べたりとかして、ちゃんと!……でも、その、経験は無いから……下手、かも、しれない、……です」
 慌てて、でも頑張るからだの何だのと言っている俺の口をアキが唇で塞いだ。
 アキからのキスは初めてで、目を見開いているうちにすぐに唇が離れる。
「あ、き」
「俺が初めてで良いのか?」
 そうアキは囁いた。唇と唇は、身体を揺らせば着きそうな距離で、呼気が擽る。
「お前、童貞をこんな年上の、それも男にやるわけ。……それでも良いの」
 伏せられている目がゆっくりと開き、瞳を見据える。
「……言っていいってお前が言ったんだからな。これが最後。……これを超えたら俺はもう、お前が俺を置いていくのを許さない」
 それでも良いの、と再度アキは問いかけた。

(――……そんなの。)
 アキの手を握り、触れるだけのキスをもう一度する。
「……俺の初めて、貰ってください。それで、俺の最後の人になって」
 そんなの、愚問だ。




 アキの服を急いて脱がし、目の前に晒された上半身に思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 おぼろげな記憶の中にあったアキの裸を、何度思い返しては自分を慰めたか分からない。それがはっきり目の前で輪郭を成しているのは、まるで夢の様だった。
「……お前、ずるい。そんな体」
 ふと、アキが唐突にそんな事を言うと胸板を触ってきて、思わず息を呑む。
「腹筋も俺よりあるし……太腿とか、何それ」
 ぶつぶつと口を尖らせながら、ぺたぺたと筋肉を確かめるように手が、胸、肩、腹と降りて行き、そして始まりと同じように唐突に止まる。好きな人に触られるなんて理性はぎりぎりで、満足してくれたかとほっと息を吐き顔を見ると、アキは首まで真っ赤にして黙りこくっていた。
「……アキ?」
「お前、それ……」
 うろうろと泳ぐ視線を辿ると、熱り立つ自身のそれが腰に巻いてあるタオルを押し上げているのが目に入った。
 自分の興奮を如実に表しているそこに、思わず自分でも恥ずかしくなって赤面する。が、その恥ずかしさも次の瞬間、どこかに飛んで行った。
「これも、生意気」
 赤面しながらも、からかう様な、責める様な、そんな響きを持った声でそう言ったアキの手が、テントを張っている先端をカリッと一度引っ掻いたのだ。
 その一瞬の快楽に、冗談を装ったアキの瞳に映る欲に、プツンと何かが切れた気がした。
 アキに覆い被さると顎から震える首を辿り、鎖骨まで舌を這わせて歯を立てる。次に目に入った胸の飾りにむしゃぶりつき、舌で捏ね回しながらもう片方を指で弄る。アキが何か言って、何度も止めようとしていたのは分かっていたが、聞こえてはいなかった。
 砂漠を長い事彷徨っていた旅人が、漸く辿りついたオアシスの水を貪る様に、目の前の身体を貪り尽くす事しか頭に無かった。全力疾走した後の犬の様な荒い息が、自分から零れているのが分かる。
 ズボンの金具に手を掛け勢い良く外すと、下着と一緒にずりおろそうとして――手を止めた。
「お、っま、本当にがっつくなってば!」
「アキ」
「なに!?」
「……ローションと、ゴム……ある?」
 おず、と聞いてみると、アキもビシリとその場で固まった。
「あ……る、訳ないじゃん」
 あったらあったでそれなりに複雑だ。俺と一緒に住み始めてからアキは俺が知る限り、一度も恋人を作った事が無い。ゴムもないということは、隠れてそういうこともしていないだろう、ということで。つまり、アキは四年ぶりに肌を重ねることになるんじゃ、と、そこまで考えて、ずくりとまた股間に血液が集まるのが分かった。
 もうダメだ。何を考えても興奮してしまう。

「……え、ど……うする、んだよ。俺、言っとくけどあれから一度も後ろは触ってないからな」
「この部屋に他に潤滑剤代わりになりそうなのって」
「……無い。ハンドクリームとかも無いし。あるとしたら台所に食用油があるけど、それは……」
「じゃあ、俺の部屋から持ってくるしかないか」
「……は?」
 ぽかん、とこっちを見上げたアキの目が眇められた。
「お前持ってるなら最初っからそうすれば良いだろ。というか、何で持ってるの」
「……アキといつかするために?」
 バカ、と言われて頭を叩かれるが、あまり痛くない。
「なら早くとって来いよ」
「……うん」
 そう言いながらアキの首筋に顔を埋めて、ぐりぐりとこすり付ける。
「ばっか、何して」
「だって良い雰囲気だったから、離れたくない」
「バカ」
 何度目か分からない“馬鹿”をもらって唇を尖らせた。
「今取りに行ったら、帰って来た時アキ服来てそうで、やだ」
「やだって、それが無いと出来ないんだから、ほら」
「だから俺の部屋が良いって言ったのに」
 少しぶすくれてそう呟くと、溜息と共に、わしりと頭を撫でられる。
「もうここまで来たら逃げようだなんて思わないって。……言っとくけど俺はあれから四年間後ろは使ってないし、勿論セックスも久しぶりだから。だからあんな風にがっつくな。怖い。……少しは遠慮しろ、バカ」
 最後は照れたように目を逸らしてそう言ったアキに、内心身悶えした。

 けれどこの場でずっとこうしている訳にも行かず、とにかく駆け足で自室にローションとゴムを取りに行く。
 机の引き出しの奥にしまってあったそれを取り出し、パッケージに描かれている文字に再び現実を認識する。片手でそれを鷲掴み、急く気持ちのままアキの部屋に戻って一瞬息を呑んだ。
 俺がいない間に服を脱いでしまおうと思ったのか、ちょうど今下着を足から抜き去った所で。
 何も纏わないその肌に、少し落ち着いていた中心に熱が簡単に集まるのが分かった。薄暗い部屋の中で、ぼんやりと発光でもしているような肌に、光に惹かれる虫のようにふらりと近寄り触れる。
 ビクリと跳ねたアキの肩を宥める様に唇を落とし、身体に腕を回した。
「アキ」
 胸が痛いくらいに鳴る。
 総十郎の記憶は自分自身の記憶だと思えるが、総十郎が自分自身だという意識はあまり無かった。それでも、前世でもアキを好きになり、今世でもアキが好きでこんなにも胸が張り裂けそうで。きっと何度生まれ変わってもアキを好きになるに違いないと感じた。

 布団に腰を下ろし、アキの腕を引く。アキは軽くこっちを睨むと、腰を下ろしたがすぐに布団を被ってしまった。
 怒っている訳では無いようで、一人包まるのでは無く、一緒に一つの布団に包まった格好に小さく笑った。
「何で被っちゃうの」
「お前の目線いやらしいんだよ。見るな」
「だってアキが綺麗だから」
「嫌味か」
「嫌味なんかじゃないよ、本音」
 そう言って腰を掴むと、ぐっと引き寄せる。
 布団の中で巻いていたタオルを抜き去り、性器を直にすり合わせるように腰を引っ付けた。
「……ッ!」
「さっきの続き……しよ?」
 そう耳元で囁くと、アキは潤んだ目で力なく睨んで来た。



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