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▼ 葬送と追憶
 ※注意
 死ネタです。
 作品のキャラクターがどのように死を迎えるのかという内容です。





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 風のように駆ける。
状況に対する焦りと、自分の迂闊さへの苛立ちと、そしてアイツのことを理解しようとしない群衆への憎しみに、腹の奥が焦げ付きそうだった。
 どうしてわからない、と胸の内で叫ぶ。
 アイツは人のために、身を粉にしてきたというのに。
 どうしてアイツがこんな目に合わなければならない!
 燃え盛る炎に空気が薄くなり、肌が炙られる。しかし臆することなく、駆け、部屋の扉を蹴破った。
「イルファーン!!」
 部屋の中央で佇んでいる姿に、叫ぶ。
 その声に、男は振り返ると、現状にそぐわない微笑を目に浮かべた。
「なにをしている! 逃げるぞ!」
「無駄だ」
 白い肌の腕を引こうとしたが、静かに男はそう言った。
「屋敷に放たれた火はもう大分回っているだろう。無事に屋敷から出られたとしても、周囲を囲まれている」
「だからって……!」
「アサド、いいのだ」
 朗らかに、男は。まだ、若い男は言った。
「いつかこうなると思っていた。私は、間違ったことをしたとは思っていない。けれど、反感を、恨みを買い過ぎた」
 寂しそうに、けれどすがすがしくも見える笑みだった。
「それに、私に出来ることはもう終わっている。新しい国の仕組みは、私一人が死んだとて、もう揺るがない」
 この身を恨みの炎で焼き尽くして、清算するのだと男は言っているのだ。
 アサドは怒りで震え、その肩を鷲掴んで吼えた。
「まだお前は生きるんだ! 俺はお前を守ると誓った!」
 お前を認めない奴等に、殺させてなるものか! と絶叫するが、その腕にそっと手を添えて、男は笑った。
「お前が認めてくれた。それだけで、私は十分だ」
「――な」
「アサド。これが最善なのだ」
 その瞳は真っすぐで。死の縁にあっても光を失っていなかった。
「私の死は、陛下の地位を揺るがすのではなく盤石のものにする。あの方は、必ずやってくれる」
 それに、と男は幼い笑みを浮かべて「少し、疲れた」と言った。
 男の言葉に、アサドは全てを悟った。彼が己に終止符を打とうと思うほど、若くしてこの国の宰相という地位に立ったことは、精神を削り、心を疲弊させたのだと。
 守ると誓ったというのに、少しも守れていなかった。そのことに絶望し、彼をそこまで追いつめた全てを憎んだ。
「違う。アサド、違う。お前がいたから、私はここまでやってこれた。本当だ。お前が私を、守ってくれたから私はここにいる」
 だから、と男は続けた。
「私と死んでくれ、アサド」
「……は。はは、はははっ」
 余りの言いように、思わず笑いが零れる。
「それにお前、一人遺したら復讐に走るだろう? だから、ダメだ。一緒に来い」
「そうだな。ああ、確かにそうだ」
 笑いながら、その身体を抱きしめる。
 炎から守るように。全てから遠ざけるように。
 男は胸の中で安堵したように息を吐き、アサドの背に腕を回し、抱き着いた。
「アサド」
「なんだ」
「……お前がいて、本当によかった」
 背に回っていた手が伸び、両頬を捉える。
 そのまま、唇が一瞬重なり、紫水晶ハジャル・アズラクの瞳が柔らかく細められた。
「生まれ変わっても、お前に再び会いたい」


 燃え盛り、全てを焼き尽くした炎は、暫くして消えた。
 紫水晶も、柘榴石も、全てを呑み込み灰と帰して。






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