Novel | ナノ


▼ J'ai envie de toi


 ふっ、と眠りが浅くなって目が覚めた。
 目を瞬かせると頭に遅れた身体が徐々に起き始め、寝起き特融の喉が張り付くような乾きを伝えて来る。
 でもきっとこの乾きは寝起きの所為だけではないだろう。

 季節は夏至を迎え、今、森は色とりどりの果物で溢れっている。
 鬱蒼とした樹々が灼熱の太陽を遮って日差しでの暑さは余り無いが、ならば快適なのかと言えばそうでも無く、それらが熱気を閉じ込めてしまい、むわりと蒸せる暑さが体力を削る。
 今日はそんな暑さをオリウルと共に逃れ、森の東にある小さな滝壺に来ていた。
 小さいと言っても水が流れ落ちる音は身体に響き、傍に寄れば飛沫で濡れる。
 しかしそのため、とてもひんやりとした空気が満ちていて、暑さにうだれた身体には心地良い物だった。
 喉の渇きを覚えながら、どうして寝てしまっているのかを、まだ寝ぼけている頭で思い出そうとする。
(――滝に来て、オリウルと一緒に水浴びして……食べながら身体を乾かしたら眠くなって、だから……ああそっか)
 昼寝をする事にしたんだっけ、と数度目を瞬かせて身体を起こそうとした。
 起こそうとして、逞しい腕を枕にし、おまけに腰を抱かれているのに今更気づく。
 半裸で密接しているために、背中からオリウルの鼓動が伝わって来る。
 いくら水気が傍にあって涼しいと言っても寒い程では無いわけで、接している所が少し汗ばむ。しかしそれが不快では無かった。
 結構しっかりと腰に腕を回されているが、外せない程では無い。
 起こさない様にそっと腕を持ち上げて隙間から抜け出すと、まだ眠りの中にいるオリウルを見下ろす。
 顔付きも身体付きも逞しくなったというのに、寝顔だけはまるで子供のようだ。
 穏やかなそれを見つめ、湧き上がる愛情に小さく笑みを浮かべるとその額に唇を落として、傍の滝壺に身体を向けた。




 あるべき物が無いような、そんな寂しさに襲われて眠りから覚める。
 寝起きではっきりとしない目で隣を見れば、案の定腕の中には誰もいなかった。
 一体どこに行ったのかと身体を起こせば、思っていたよりも近くにいて少し驚く。
 滝から落ちた水が流れるそこに身を屈め、水面に直に口を付けていた。
 ああ、喉が渇いていたのかと思いながら後ろにある樹に背中を預ける。

 白い背中、細い腰。
 そこに刻まれた刺青と、散らばる薄茶の髪。
 獣の様に直に口を付けて水を飲む後ろ姿は、野生の動物を思わせるしなやかさがあり美しい。
 それに引かれる様に手を伸ばし、頭を過ぎった記憶に凍り付く。
 ほんの少し動いて手を伸ばせば届く距離いる愛しい人。……なのに触れる事が出来なかった過去。
 何度悲しみに吼えただろう。
 気付いてくれと、俺はここにいると、鼻と鼻が触れる程の近さで訴えてもあの美しい瞳は自分に焦点を結ぶ事は無かった。
 あの悲しみを、あの悔しさを思い出して、またナツラに触れられなくなったらと、伸ばしたこの腕がナツラをすり抜けたらと嫌な想像を勝手にしてしまい、ぞっとする。
 その想像から逃れる様に目の前のしなやかな肢体に両腕を伸ばし、引き寄せて思い切り抱きしめた。
 驚きに身体をビクリと竦ませる愛しい人を、腕の中に閉じ込める。
 もう二度と離したくない。離しはしない。絡め取る様に腕の力を強めればナツラは何かを問いたそうな顔で振り返った。
 しかしその口からは、どうしたの?という言葉は出て来ず、あの緑とも赤とも言えない瞳で見つめてきた後、何かを理解した様な表情で額をくっ付ける。
 ナツラは分かっているんだろう、俺がナツラを再び失うのを恐れている事に。
 まだ濡れているナツラの唇に己の唇を押し当て、誘う様に薄く開いた隙間に舌を挿し込む。
 寝起きで少し乾いている喉を潤そうと、もう水はどこにも無いのに僅かな湿り気を求めて咥内を貪った。
 ナツラの唇はまるで果物の様だ。柔らかい唇を割り開けばナカに瑞々しい果肉がある。
 一番柔らかい舌に軽く歯を立て、自分の咥内に引き込む。
 噛み千切ってしまいたい、そんな暴力的な考えを抱きながらまた唇を重ねた。




 口が離れてもまたすぐに重ねる。
 まるで口から溶け合ってしまいそうな程何度も唇を重ねて、息苦しくなって来たのにまだ重ねようとするオリウルの口に流石に手を当てて止めれば、不服そうな顔をしながら押えた指を一本咥えられ、ガジガジと噛まれる。
 甘噛みよりも少し強いそれに苦笑して、横に転がっていた拳大の果物を代わりに押し当てた。
 それは昼寝の前に食べたやつの残りで、林檎に良く似た歯応えの甘い果物だ。
 代わりの物に怯む事無く、オリウル押し当てた僕の腕ごと掴むと平然とした顔でシャクシャクと音を立てて果物を食べ始めた。
 白い歯が果実を咀嚼して、口と指の距離がどんどん縮まって行く。
 溢れる果汁を音を立てながら啜り、それを飲み下す喉と時折覗く赤い舌が色っぽい。
 そっと顔を近づけて反対側にシャク、と齧り付いた瞬間凄い速さで唇を奪われた。
 間にあった果物は、ぼとりと地面に落ちたのに見向きもせず、甘い味のキスをする。
「オリウルってキス好きだよね」
 漸く満足したのか首筋に、すりすりと顔を埋めるオリウルに笑いながら言えば、
「ああ。好きな相手にする行為なんだろう?とても気持ちが良い」
 と至極当然の様に答えられた。
 その言葉に顔を合わせてくすくすと笑い合うとどちらが押したという事も無く地面の上に転がる。
 こんな風に猫同士が遊ぶようにじゃれ合うのが好きだ。
 軽いキスをしたり、髪の毛を掻き回したり、抱き締めあってごろごろと転がったり。
 そしてそんなじゃれ合いがじゃれ合いじゃ無くなるのも。

 皮切りはオリウルが首筋を舐め始めた事。
 虎である事からか、オリウルは人の姿でも良く舐めてくる。
 肩、鎖骨、首筋、顎。
 ぬるりと舌が這う感覚に熱が灯り始める。オリウルにとって愛情表現でも、それはこちらにとって情欲を擽る物でもある。
 一年以上の時を共にしてきて、それが分かっていない訳でも無いから、きっと純粋な愛情だけでは無いんだろうけど。
 擽ったさに身を捩じって笑い、灰色の瞳を見つめるとそっと身体を下にずらした。




 胸板から腰へ、そしてその下へとナツラの身体が下がって行く。
 しなやかな身体は流れる様な滑らかな動きで股の間まで辿り着くと、長い指で布越しにそこを撫でる。
 未だそんなに反応はしていないそこに愛おしそうに頬擦りするナツラは、目元を色っぽく染めて壮絶な色気を振り撒いていた。
 ナツラは肌を重ね合う際、こんな風にスイッチが入った様に淫らになる。
 初めは以前ナツラがいた村で幼い頃からこういった事を無理強いさせられた事で、性行為を始めると無意識的にそうなってしまっているのではと思っていた。
 しかしナツラはいつも行為が終った後、先刻までの自分の痴態を思い出して恥ずかしさの余り泣き出しそうになりながら、こんな風にするつもりでは無かったと真っ赤になって謝る。
 ナツラの話では、俺相手には気持ちの制御が利かなくて、いつも箍が外れてしまうのだという。
 自分から自分が望む様に自分の好いている相手と肌を重ね合わせる事が出来るというのは、今まで想像した事も無かった。それが出来るという嬉しさに舞い上がってしまって、溢れる愛しい気持ちが手におえないのだと。
 それを赤面しつつ、どもりながらぽつりと零したナツラのあの時の可愛らしさは忘れもしない。
 あれからという物、ナツラのスイッチが入るのが嬉しくて堪らない。
 余程の事で無いと止めようとは思わないし、終った後に我に返って真っ赤になったり真っ青になったりするナツラを見るのも楽しみだ。
 そんな事を考えている内に、蕩けそうな厭らしい顔で頬擦りをしていたそこを布越しに唇で刺激し始はじめる。
 そんな事をするナツラが愛おしくて身を起こして髪を撫でれば、あの綺麗な瞳が嬉しそうに細められた。
 手を滑らせ、顎の下を擽るとどちらが猫か分からない程気持ち良さそうな顔をする。
 淫らで可愛くて細くてしなやかな生き物。
 ごそごそと動き始めたその淫らな生き物は、服をずらして中から性器を取り出すと、嬉しそうな顔をして柔らかそうな唇の奥に導いた。
 まだ芯が通っていない柔らかい性器を、ご馳走か何かの様に美味しそうに食べる可愛い淫獣。
 その巧みな咥淫にあっという間に芯が通り、性器は熱を持ち始めた。
 一度口を離し、育ちきったそれをナツラはうっとりと眺める。
 舌を裏筋に這わせ、先端に滲む透明を唇を付けて啜る。
 与えられる快楽に眉を顰めながら、再び身体を横たえるとナツラに身体を跨いで腰をこちらに向ける様伝えた。
 ナツラは相手を気持ち良くするのには躊躇いが無いのに、自分がされる側になると途端に恥ずかしがる。
 その差にこっちが煽られている事にも気づかず、性器を口に咥えながら、もじ……と恥じらうという何とも矛盾を感じさせるナツラの腰を掴むと、自分の顔の上に持って来た。
 嫌がりはしないが恥ずかしそうに揺らす腰に片腕を巻き付け、下着ごと服を脱がすと秘部を露わにする。
 目の前に晒される朱く色付いた性器に白い双丘。その間にぽってりと慎ましやかに息を潜めている窪みは、ここで水浴びをする際に既に一度身体を重ねた名残で柔らかく朱に染まって潤んでいた。
 目の前の絶景を心行くまで眺めた後、滑らかな双丘に顔を埋めた。
 ちろりと舌先で窪みを擽ると、呼応するようにそこがひくりと収縮する。可愛らしく厭らしい反応に思わずそこにむしゃぶりついた。
 途端にナツラが背を反らせて甘い声を上げる。
 ナツラの感じている声はどんな果実よりも甘く、耳に心地良い。
 もっとそれが聴きたくて、舌を窪みに差し入れる様にしてナカに唾液を送り込んで潤すと、そこに指をゆっくりと差し入れた。
 濡れた柔らかい媚肉が指に纏わりついてきゅうきゅうと締め付けてくる。
 いつもこれに性器を包まれているのかと思うだけで、下半身が甘く痺れ、熱が集まった。
 中指を抜き差ししながら、ポタリと透明な粘液を先端から零すナツラの性器を自分も口に含む。
 ナツラの甘い声が更に大きくなり、肢体もふるふると震え始めた。
 それに気を良くしながらナカに挿れる指の本数をゆっくりと増やす。
 二本目、三本目、と来た時にはナツラから与えられる愛撫は無く、顔をずらして窺ってみれば、集中できないのかイヤイヤと頭を力無く振っているだけだった。
 指を咥えこんでいるそこを人差し指と薬指を横に広げて覗く。と言っても狭い場所なので奥まで見える訳が無いが、朱い媚肉の一部がはっきりと見えた。
 ナカを覗かれるという羞恥にナツラの全身は赤く染まり、泣き声混じりで制止を繰り返す。が、止める訳が無い。
 柔らかい媚肉の中、一部だけ感覚の違う痼った部分。そこはナツラが一番感じる所だ。
 それを人差し指と薬指でやんわりと挟み、中指で揺さぶる様に刺激する。
 途端にナツラが悲鳴の様な嬌声を上げ、腰を戦慄かす。その痙攣を抑え込みながら揺さぶる指の動きを止めずに刺激し続けると、甘く鋭い快楽が走って思わず呻いた。
 顔をその快楽が走った方に向ければ、まるで濁流に飲み込まれまいと杭か何かに縋る様に、自身の猛り切ったそこを掴んで喘ぎ善がっているナツラが目に入る。
 余りの可愛さに追い立てる手にも拍車が掛かり、快楽に震える太腿に歯を立てながら、その痼りを強く揉み込んでいた。

 ナツラは甲高い声を上げると全身を跳ね上げさせ、絶頂に達した。
 その際にぎゅうっと猛りを握り締められて思わず自分も達し、ナツラの顔に白濁を飛ばしてしまう。
 目の前が点滅するような快楽に息を詰めた後、ふとナツラの性器の先からは透明な粘液が滴るだけで精を吐き出してはいない事に気付く。
 まだ銜え込ませたままの指からは媚肉の小刻みな痙攣を伝えて来て、ナツラが中だけでイってしまった事を如実に表していた。
 中だけで達した事でナツラの身体は力が抜けた様で、上半身は崩れ落ち、頬がぺったりとくっ付いているのを下腹部で感じた。
 その可愛らしさに喉奥で笑うと少し萎えている性器を再び銜え込み、舌でぐにぐにと刺激する。
 萎えた性器から白濁が流れ出て来るが、それは射精というには余りに力の無い物で。
 促す様に、または絞り出す様にちゅうちゅうと吸ってやると喘ぐ力も無いのか、あっ、あっ、と小さく声を切らした。
 咥内に広がる青臭い苦みは自分にとってみれば何よりも美味で、感じ入っているような微かな喘ぎと吐息を下腹で感じ、また熱を持って来る自身に苦笑を零した。


 ナツラを自分の物で汚してしまった事もあり、二人でまた水浴びをする。
 言葉を交わさず、滝の水が落ちる音と水の流れる音だけが響く中、寄り添って抱き締めあう熱の幸せはどう表していいのか分からない。

 ナツラが頬を肩に押し付け、睫を震わせ呟いた一言に頬を緩めながら全く同じ言葉を、ナツラに返した。





- 終 - 

2011.12.05
追記





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