Novel | ナノ


▼ 12


「ナツラ!!」
 求める人の声に涙と泥に塗れた顔を上げると、手に抱える程持っていた果物をばらばらと落とすキーオンが目に入った。
「貴様ら……!」
「ああ、あれが原因かえ」
 大婆様の言葉に、キーオンを目にした喜びが急速に恐れに変わる。
「あの者を捕えよ」
「止めて!止めてください、違います。あの人が原因で村に帰らなかった訳じゃないです!違う、違うから、関係ないから……!!」
 慌てて大声で止めようとするけど、大婆様はこちらを見ようともしない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、戻ります、戻りますから……っ!!もう逃げたりしません、ちゃんと戻るから捕まえないで……!!」
「可哀そうに、お前のその禍を呼ぶ力に惹かれた悪魔に魅入られていたのだな。――あの者を焼き殺せばお前の目も覚めよう」
 ひっと喉の奥が鳴る。
 何て、今なんて、キーオンを殺すって、ころすっていった。
「嫌だぁあああ!!嫌だ、お願いします、殺さないで……!!ちゃんと戻るから、お願いします、嫌だ!いや、キーオン逃げてっ、お願い逃げてぇええ!!」
 キーオンに躍り掛かる男達。それなのにキーオンは抵抗しなかった。
 あっという間にキーオンは後ろに手を捻られ、首の所で槍が交差する。
「あ、あ、お願いします……お願い、止めてください、それだけは……っ」
「――ナツラ」
 無様に泣いて額を擦り付けて懇願していた僕を、静かで穏やかな声が止めさせる。
 それにつられるように顔を上げれば、縛り上げられているのに、キーオンが優しい目で見ていた。
「……まだ早いかもしれない。でも、信じてくれないか。お前は綺麗だ。――誰よりも。自分が信じられないなら、俺を信じろ。お前は綺麗だ……良いな?」
 力強い眼差しに押されてこくりと小さく頷くと、キーオンは「良い子だ」と目を細め―――。

「その汚れた手でナツラに触るな……!!」

 今まで見た事もない恐ろしい表情で周りと一瞥すると、バキバキと音を立てながら違う物に変化していった。
 爪が見る間に伸び、鉤爪となる。音を立てて歯が伸び、牙となる。
 白い毛が生え、黒の縞が入る。鋭い瞳は更に鋭く瞳孔の形も変わり、しなやかな尾が揺れた。

「え…?」

 時が止まったかと思った。
 気高く、神々しいまでの美しさと猛々しさ。懐かしいその姿は――。
「お、オリウル・タルグ・ヴィヌア……!?」
 白い獣は轟と吼えると、自分に槍を向けていた男達を足で薙ぎ払った。
 捕えよと言われた男が、神聖な白い虎に変わった事に男達はついて行けずに、獣の一撃をまともに喰らう。
 僕の腕を縛り付けていた男も横なぎに飛ばされ、その喉笛に噛みつこうとして牙を剥きだした獣に、腕は縛られたまま慌てて身体で制す。
「駄目、殺しちゃだめ……!!」
 不服そうに唸る獣を必死に宥める。
「お願い、殺して欲しくない。殺して、汚れる必要ないよ……オリウル」
 その言葉に獣の瞳が輝き、喜悦を湛えた。
 ぐるぐると音を鳴らして顔を擦り付けてきたそれは、何度も何度も鼻面を押し付ける。
『ずっと、会いたかった……っ』
「オリウル……!」
 そうだ。彼の声は、キーオンの声はオリウルの声だったんだ。
 何故気付かなかったんだろう。嬉しくて嬉しくて溢れる涙を毛に擦り付けると、小さな笑い声と共に縄を爪で切られた。
『ナツラ、あれが村を治める者か』
 鼻でオリウルが指す先は、茫然と立ち竦んでいる大婆様がいた。
「そ、村長は別にいるけど」
『じゃあ聞き方を変える。あれがナツラを虐げてきた原因か』
 そうだと言えずに押し黙ると、低く低くオリウルが唸る。
『殺してやる……』
「止めて!オリウルが殺すところなんて見たくないよ、そんな必要ないよ」
「オリウル・タルグ・ヴィヌアよ、何故その人間を庇う」
 頭を腕で抱えて止めようとすると、大婆様が掠れた声でオリウルに話しかけてきた。
 不快そうにオリウルが目を細める。
『逆に問う。何故ナツラを虐げる。……まぁまず、俺の声が聴こえるかどうかが問題だが』
「その子は呪われた子だ。見てみよ、その瞳の禍々しい事。神の獣よ、お前も毒されたか」
 何だ、聞こえるのかこの婆は、と吐き捨てる様に呟いたオリウルは威嚇の声を上げた。
 周りの男達は腰を抜かしているか、または逃げたか、気絶しているかで誰も声を上げない。
『瞳の色が違う、それだけだ。それのどこがおかしい』
「言い伝えにより昔からその瞳の子は禍を呼んできたのだ、その子は――」
『五月蠅い、黙れ』
 轟、と再びオリウルは吼えた。
『それ以上ナツラを虐げる言葉を口にするようならばナツラが止めようとも、今すぐにでもその命を終わらせてやろう。言い伝えなぞ俺は知らん。俺はお前達の言い伝えには縛られん。これ以上ナツラに関わるな。俺にもだ。後を追い、再びナツラを奪おうとしたその時には――……その命、無いと思え』
 言い終わったオリウルに、背中に乗る様に促される。
 おずおずと跨ると、オリウルは大婆様を振り返る事も無く地面を蹴り、森の奥へと駆けて行った。

 速く、遠く、何もかもを置き去りにするように。




 長い間駆け、その間ずっとオリウルの毛並を夢見心地で指で弄っていた。
 着いた場所は広い洞窟で、地面には葉が敷き詰められている。
 背中から降りると、肩にオリウルの頭が乗せられた。
『――ずっと、見ていた。あの日、ナツラに俺が見えなくなった日から、ずっと……待っていた』
 静かな声音で綴られる言葉。
 オリウルの声、瞳、匂い、毛並、全てが懐かしくて、愛おしくて言葉が出ない。
 彼はずっと見守ってくれていたんだ。僕が見えなくても、傍に居てくれていたんだ。
「ありがとう……ごめんね……待たせて」
『謝ってくれるな。ナツラは悪くない』
 優しい色の瞳が覗き込む。
『あの日からひと時もナツラの事を忘れた事は無かった。人間の姿で会いに行って、再びその瞳が再び俺を捕えてくれた時――嬉しかった、とても。お前が愛おしくて、ただ愛おしくて堪らない。……俺と、ここで共に住んでくれるか?ナツラ』
 愛おしい、僕の白い虎。答えなんか決まりきっている。
 愛しているのも、傍にいて欲しいのも、キーオンであり、オリウルであるこの獣だけ。人であろうと、なかろうと関係ないほど大切な存在。
「はい……っ」
 そう返事をすると、その口に唇を重ねた。
 嬉しくて頬を伝う涙はそのままに。
 だってきっと僕の白い虎が拭ってくれる。




 その日を堺に、その村に呪われ子の仕来りは無くなった。
 村の実権を握っていた大婆様と呼ばれる者を、信じる者がいなくなったからだ。
 あの日、捕えに行った男達が不信を抱いたのだろう。そしてそれは小さな村をすぐに駆け巡ったという訳だ。

 白い獣とその人間の後の話?
 それはもうこちらが呆れる程仲睦まじく過ごしていたよ。
 熱帯夜とは文字通りあれの事さね。
 ……まぁ、互いを思い、思われるというあの姿は見ていて良かったね。

 え?何でそんな事を知っているかって?

 あんたとは生きている時間が違うのさ――。





- 終 - 
あとがき

2011.06.20



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