Novel | ナノ


▼ 9


 静かな空間に水滴が水面を叩く澄んだ音が響く。
 俺はあれからナツラを背負い、あの水浴びをした洞窟に行った。
 まだ自分より大きなナツラを背負うだけでも少し大変なのに、嫌がるナツラを運ぶのは結構骨の折れる仕事だった。
 そこで全部衣服を脱がせ、水で体を洗う様に進める。
 目を離した隙に逃げようとするナツラをじっと監視するように眺め続けて水浴びは行われた。水から上がったナツラに腰布で体を拭かせ、ズボンだけ渡す。あの男の精液が飛んだ上着は洗うまで……いや洗っても着させたくない。
 着終わったナツラの腕を引いて抱きしめる。ナツラは心ここに非ずな状態で、俺はそのしっとりと濡れた髪に唇をつけて目を閉じた。
(――もうこのまま一生こうしていられれば良い……)
 そう思っていた思考をナツラの静かな声が覚ます。
「――十二歳の夜だった。大婆様に呼ばれて、呪われ子の仕事だって、僕は村の男に代わる代わる抱かれたんだ。縛られて、揺さぶられて、精液を掛けられて、中にも出されて……痛くて、怖くて、悲しくて、悔しくて……でもね、段々気持ち良くなってきちゃった」
 ふへへっと場違いな軽く薄い笑いがナツラの口から零れた。
「それから毎晩抱かれたよ。穢れを受け入れる器だからって。何人もいっぺんに相手した事もあったし、ああ、オシッコを掛けられた事もあったっけ……口で奉仕して、出されたのを飲んだりもしたよ。でね、毎回嫌だって言いながら僕はイっちゃうんだよ」
「止めろ……」
 ぎゅっとナツラは己の体を抱き締めながら、壊れた笑みを張り付けて喋る。
「凄い気持ち良いんだよ。もう、どっかいっちゃうくらい。泣いてるのに、叫んでるのに、嫌だって言ったって、イくんだよ、僕。最後には自分で腰振って、くださいってお願いするんだ。早く終わらせたいからとかじゃないんだ、気持ち良いから。自分の為にお願いするんだよ、ココをぐちゃぐちゃにして、精液たっぷりくださいって」
「ナツラ……っ」
 汚いでしょ。とナツラは嗤った。
 嗤いながら自分の体に爪を立てた。
「ナツラ、止めろ……」
「汚いんだ、汚い……汚いんだよぅ……っ」
 口を歪めて涙が頬をぼろぼろと伝う。
「どうして……!!僕が何をしたの、目の色が違うだけなのに、僕は村に災厄なんて持って来ないのに!何でこんな事するの、何で……っ!嫌だって言ったのに、何で、何で……。何で僕の体はイっちゃうの……?」
「ナツラ!」
「ねぇ、キーオン……僕から離れて……キーオンまで汚しちゃう……」
 その言葉を否定する様にナツラを抱き締める腕を強くした。
「ナツラ、違う。汚れているのはお前じゃない。お前を呪われ子として見る奴が汚いんだ。お前は全然汚くない……!」
「ううん……違う。だってね……僕、キーオンに抱かれたいって思ってるんだよ?」
「……え」
 自棄になっているのか、ナツラの目は虚ろで薄ら笑いを浮かべ、全く視線が合わない。
「気持ち悪いでしょ、もうお願いだから僕に近づかないで。もうあの場所には行かない。キーオンには会わないから……っ!?」
 その言葉に急かされる様に無言でその場に押し倒すと、ナツラの目が見開かれた。
 その後、くしゃりと笑みを混じらせながら悲しげに顔を歪ませる。
「良いよ……殴っても。キーオンにはその権利があるよ」
 全てを受け入れる様に目を瞑ったナツラはまるで全て俺に捧げられている様で、ぞわりと全身が熱くなった。
 震える心を抑え、そっと顔を近づけると頬をべろり、と舐めあげる。
 途端にばっとナツラの目が開き、驚きに染まった。
「ナツラ……なら、俺も汚い」
 何をされたのか分からず目を白黒させるナツラに囁く。首を撫で、その手を頬まで上げて更に撫でる。
「俺は、ナツラを思って、夜な夜な白濁を吐き出していた。さっきの男を見て、何よりも腹が立ったのはナツラに触れていたからだ。……俺も抱いた事の無いナツラを……あんなに乱暴に……」
「え……え……?」
「なぁ、俺も汚いか?ナツラに触れて、肌を重ね、繋がりたいと思うのは汚いか?俺の物にしてしまいたいと願うのは浅ましいだろうか」
「キーオン、待って……待って」
「俺も汚いなら、ナツラと同じ汚れに塗れるなら……それなら、いやむしろそれが良い」
「き、汚くないよ!キーオンは汚くない!」
 肩に浮き出ている骨に唇を寄せようとしたら、ナツラは必死になってそう口にした。
「そうか?」
「う、うん……」
 こくこくと上下に首を振って必死に肯定するナツラに笑みが小さく零れた。
「ならナツラも汚くないな」
「え!?」
 驚きの声を上げた後、ナツラは慌てて自分の上着の留め具を指で一つ一つ外していく俺の手を掴んで止めさせる。
「ち、違うよ、僕はだって、ただ抱かれたいから……誰でも良いんだよ、きっと……キーオンには抱かれた事が無いから、体が欲しがってるだけなんだよ……!」
「ナツラ、この石を縫い付けてくれた時、何を考えてくれた?」
 ナツラの叫びを無視して、解いたばかりの腰布を目の前にぶらさげた。
 縫い止めてある小さな青みを帯びた石に「……あ」とナツラの声が洩れる。
「これを願ってくれたナツラの気持ちは汚れてなんていないだろう?」
「……い、石の意味、知ってたの……」
「なぁ、ナツラ。俺の知ってるナツラは優しい。優しくて、綺麗な心を持っている人間だ。身体が欲す?俺もナツラが欲しい。ナツラだけが欲しい……ナツラはどうだ?」
「ぼ、僕は……」
「ナツラ、俺に触られてもあの男と同じか?心は嫌がっているか?」
「う、ふぇっ、……うあぁううぅううっ」
 ひぐひぐと嗚咽を上げてナツラは泣き始めた。
 それをあやす様に頬を撫でながらじっと見つめる。
「嫌じゃないよ……!好き、好きなんだ、キーオンが好き……っ。でも、僕はそんな権利無い。僕、僕……っ色んな人に抱かれちゃった、こんな身体キーオンにあげられない……っ」
「俺はそんなの気にしない。……これからずっと、俺だけに捧げてくれるならばそれで良い」
「そんな……っでも、でも……」
「ナツラ、俺が良いと言っているのに何の問題がある?」
 綺麗な瞳を覗き込むと、ナツラは顔を歪めた。
「なぁナツラ……森に来い。一緒に暮らそう。村を捨て、俺と共に生きろ」
「……え……」
 “ナツラにはナツラの人間としての人生を奪っていいのか”という事など、この話を聞いてから悩みにもなっていない。
 ナツラを虐げていた人間、それに目を瞑っていた人間、どちらにもナツラをくれてやるつもりは毛頭なかった。
「一緒に……森で?」
「ああ」
「で、でも……」
「今後の事は気にするな。そんな村、捨ててしまえ」
 おろおろとナツラの目が彷徨う。
 とんでも無い事を言っているのは分かっている。今まで人の暮らしがある中で生きて来て、それを捨てろというのは大きな決断だろう。
 でもそれを強要してでも、ナツラをあの村に居させる事を望まず、そして傍にいて欲しかった。
「……キーオン、キーオンは自分の村に戻らないの?」
「ん?……そうだな」
 ナツラの頬を両手で挟んで笑みを浮かべてみせる。
「その時は一緒についてくればいい。片時も俺はナツラと離れたくない。……なぁ、ナツラ、一緒に来い」
 その言葉に黙った後、小さく、でも確かにナツラは縦に首を振った。

 暫くの沈黙の後、ナツラの背を擦りながら口を開く。
「まずはここに留まって、ナツラに力が付くのを待とう。森の奥に行くのはそれからだ」
「え?僕は元気だよ?」
「そうか?以前ここに歩いて来るだけであれだけ息を切らしていたじゃないか。目指す場所は遠い道のりだからな。力を蓄えとかないとナツラの身が持たない。……焦らなくても大丈夫だ。時間はたっぷりあるだろう?」
 頬を撫でてそっと諭す。
 ナツラは毎晩毎晩誰かに抱かれていたのだ。それも相手を思いやらない乱暴な扱いで。
 体力はある意味ついているかもしれないが、眠りは浅く短い物だっただろう。
 それに慣れてしまっている体をゆっくりと休ませ、美味い物を食べさせれば確実に今よりもずっと健康になるはずだ。
「うん……そうだね」
 こくりと素直に頷いたナツラに笑みを返す。といっても、ナツラに森の奥まで歩かせるつもりは無かった。
 今よりもずっと良い健康状態にするのも確かにそうだが、この場所で時間をかけてゆっくりナツラの傷を癒していくつもりだ。
 自分は汚れていないと、そう少しでもナツラが思えるようになったら……本当の姿を見せようと思っている。
 そう思えるようになったらナツラはきっと俺が見えるはずだ。後は、背に乗せてすぐさま森の奥まで連れて行こう。

「なら、美味しい物を取って来ないとな」
 近くの折れて倒れている水晶の上にナツラを運ぶ。自分で歩けるよと腕をすり抜けようとするナツラを、何でもしてやりたいんだと言って黙らせた。
 折れた事で光は薄まり、放つ熱も低くなったが、その分透明度が高くなった水晶は平たく、それなりの大きさがあって二、三人が横になるには十分の広さがある。
「疲れただろう、少し寝て待ってろ」
 さっきの行為を案じているのだと遠回しに伝えれば、ナツラの顔が歪んだ。
「そんな顔をしないでくれ……離れられなくなる」
「……なら離れないでって言ったらダメ……?」
「ちょっと食べられる物を取って来るだけだ」
 わかった、と小さく頷いて目を閉じて横になるナツラ。
 そんなナツラを見つめて暫し躊躇うと、その横に一緒に寝転がった。
「え?」
「まぁ……腹が空いたらでも良いだろう」
 身を寄せるとナツラの顔が輝く。嬉しそうに頬を緩めながら抱きついてきた。
「ごめんね、大人なのにこんなにみっともなくて」
「気にするな」
 俺は見た目がまだナツラより年下なだけだ、と心の中で付け足す。
 目線を同じにするとナツラの足の先までまだ後少し足らないが、それもいつまでか。
「キーオンって年下な感じしないから……」
「そうか」
「本当はいくつなの?」
「……秘密だ」
 悪戯っぽく笑って言えばナツラも笑ってくれた。
「寒くないか?丁度良いと言っても上を着てないだろう」
「水晶がちょっと暖かいし、大丈夫。……それに、キーオンが近くに居るから」
 ふっと恥ずかしそうに細められた目は優しく、それに引き寄せられるようにナツラの上に覆いかぶさった。
 ナツラは抵抗せずに俺を見つめる。そこに拒絶の色は無く、そっと手の平で頬を撫でた。
 長い後ろ髪が広がり、水晶に照らされる肌が美しい。
「……綺麗だ……」
「そんな事無いよ」
「まるで祭壇に置かれた生贄みたいだな」
 平な腹を撫で、そこに爪を立て、引き裂き、水晶を血で染めるナツラを思い浮かべて思わず身震いする。
 それはとても美しい光景だろう。
「キーオンへの生贄なら……別に良いよ」
「ナツラが俺の生贄……それは嬉しいな」
 くつくつと喉の奥で笑うと、上着を脱ぐとナツラと肌を重ねた。
 上半身は互いを隔てる物は何一つ無く、心地よい体温に目を閉じる。人間の毛の無い皮膚に始め違和感を抱いていたが、なるほど、相手の熱をより深く知るにはこちらの方が良いと思った。
「……夢、見てるのかな……」
 ぽつりとナツラが呟く。
 顔を見てみれば熱に浮かれたような潤んだ瞳がこちらを見つめている。そっと手が伸ばされ、左胸に置かれた。
「キーオンにこんな風に触れてるなんて」
「……夢かもな。だが、覚めない夢だ」
 もっとナツラに触れて欲しくて置かれた手に己の手を重ねる。鼓動がナツラの手を通して分かった。
「一生覚めない。ナツラが望むだけ俺に触れれば良い……その分、俺にもナツラを触らせてくれ」
 首筋に舌を這わせ、肩の先に唇で触れる。ナツラの匂いを堪能しながら目を細めた。
「ナツラ、噛んでも良いか?」
「え?う、うん」
 少し驚きを乗せた声が了解を示すと、首筋に歯を立てる。
 歯型が残るぐらいの強さで、でも傷つける意思を持たずに。
 くっきりと歯の形に残った朱い印を見て満足げな吐息を吐きながら、鎖骨、肩にも噛みついた。
 くっと顎に力を込める度にナツラの身体は少しビクつく。



/


[ 戻る ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -