Novel | ナノ


▼ 8


(……またやってしまった)
 後悔で重くなる足を引きずって、いつもの場所へ向かう。
 キーオンをまともに見れないのに、キーオンに会いたい。こんな汚い僕が会って良い存在じゃない。でも、オリウルみたいに失うのはもう嫌だ。
 だから村での自分をひた隠す。汚い僕がバレないように。
 こんな僕を知ったら絶対キーオンは離れていってしまうから。……なのに、最近はキーオンに会っていると、汚い僕が顔を見せる。
 キーオンが柔らかく目を細めると、段々成長していく腕で抱きしめてくれると、胸が酷く高鳴り、顔が熱くなる。
 そして、浅ましい身体は直に触れてくれないだろうかという下劣な願いを抱いた。
(――ああもう、考えるのは止めよう)
 そう振り切る様に足を速める。早くキーオンに会いたい。そう思ったら、背中から声が掛かった。
「ああ?ナツラじゃねぇか」
 粗野な声に驚き後ろを向けば、常連の一人が驚いたような顔をした後、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてこちらを見ている。
 何故こんな所に、と冷や汗が背中に浮かんだ。
 こちらの方向には村の人間は余り来ない筈だ。そもそも狩りに行く森はここでは無く南の方の森だし、使用している湖に用事があるなら道が離れた所に別にある。
 自分が使っている道は、とうの昔に使われずに草が生い茂っているというのに。
「びっくりしたか?村の水路を調べてたら使われてない道を見つけたからよ、辿ってみればお前がいたって訳だ」
「……そう、ですか」
「いつもここで隠れてたのか?ああ?」
「違っ!」
 カッと大声を上げそうになって、慌てて口を噤む。
 キーオンが近くに居たら、こちらに来てしまうかもしれない。
 この場を見られてしまっては、自分が何をしているのかバレる恐れが十分にある。
「まぁ、どうでも良いけどよ。何だし一発ヤっておくか」
「……え?」
 今、なんて言った?
 真っ青になっていくこっちを横目に、男は勝手に話を進めていく。
「人もこねぇし、良いんじゃねぇの。村の女にはバレないだろ。俺、前からヤってみたかったんだよ、青姦。……おい、ナツラ脱げ」
「ま、ま、待って、待って、無理。僕今は無理、本当に」
「は?呪われ子の仕事だろ、何言ってんだよ」
「わ、分かった。分かったから、ここじゃなくて、村でしよう?ここは嫌だ。ダメ、いやだ……」
 ぎっと睨まれて、下手に抗うよりも妥協案を出すことにするが、男は意見を変えない。
「何だお前、ここでヤると何か問題あるのかよ」
「な、ないよ……!無いけど……っ」
 キーオンの事は黙っていたいし、ここでの事を話したくない。でも、ここで抱かれるとキーオンにバレる可能性が大きすぎる。
 おろおろとするしかない僕を、男は苛立ったように引き、押し倒すと無理矢理ズボンを引き下げた。




 近くの川で身を清め、紺の衣服に腕を通す。
 罪悪感に塗れたあの夜から毎夜毎夜あの行為に没頭し、ナツラと顔を合わせる前に体を洗わないと気まずくて仕方なくなってしまった。
 止めなければと思うのだが、どうも止めれない。
 ナツラの名前を切ない想いで何度も呼びながらあの白濁を吐き出す瞬間の恍惚が、後でどれだけ後悔すると分かっていても手を出してしまう。
 がりがりと頭を掻きながら人間の姿で歩いていると、食事中の育て親を見つける。
「行ってくる」
『ん?ああ、お前かい。まだ通っているんだねぇ』
「当たり前だろう」
 ふんっとふんぞり返ると、育て親は食べていた実を頭にわざと落として来た。悪態を吐きながら頭を掃う俺を見て、目を細める。
『あんたまた成長したね』
「ん?ああ、そうだな。もう十五、十六くらいか」
 最近ナツラの鼻くらいに背が届いた。手はとうの昔にナツラより大きくなっている。
 寝て目が覚める度に体中の骨がみしみしと軋んで伸びている気がするから、きっとナツラを追い抜くのは遠い未来ではないだろう。
『それに服をもらったのかい。いつもと毛色が違うが、似合っているよ』
 ナツラにもらった服を褒められて得意げになった。
「だろう。ナツラが俺の為に作ったんだ」
『ああ……あの村は自分の物は自分で作るからね。そうだ、どこかに石が縫いつけてないかい?』
「石?」
 見下ろして探してみる。そうすると腰布の脇部分に小さな石を見つける。
「ああ、あったぞ。青っぽい小さい石が」
『……愛されてるねぇ』
 それを聞いた途端に、育て親はやれやれと息を吐くのが耳に入った。
「何故だ?」
『あの村には風習でお守りとして石を衣服に縫い込むっていうのがあってね。色によって意味があるんだよ』
「意味?」
『ああ。白は子供が元気でいますように、とか。緑は狩りとか危ない仕事の時に怪我をしませんように、とか……赤は病気が治りますようにだったかね』
「ふぅん、面白いな。じゃあ青は何だ?」
『青はね――』

 育て親の口にした言葉が頭の中で何度も廻る。
 あの場所へ駆けながら胸がいっぱいで、心がナツラの名を何度も叫んだ。
『……青はね、“愛しい人を守ってくれますように”だよ』
(――ナツラ……!)
 お前はこれをどんな気持ちでここに縫い付けてくれたのだろう。それを思うだけで狂おしい想いが溢れてくる。
 こんなに急いて、ナツラに会って、何を伝えたいのか、何をしたいのか分からないが、ただただ心が叫ぶままナツラの元に駆けた。


 いつもの場所に行っても、ナツラはいなかった。
 まだ来ていないのかと切れる息を整える為にその場で座り込む。
(ナツラ……)
 何百回も、何千回も口にしたって飽きる事の無い名前。むしろ口にすればするほど愛おしさがこんなにも込み上げてくる。
 これが恋なのだろうか。恋をして、俺はナツラとどうなりたいんだろうか。
(――俺は……ただ、ナツラの傍にいたいだけだ。ナツラの傍にいて、ナツラの笑顔を見て……)
 恋の意味は知らなかったが、動物で恋の季節といえば繁殖期を指す事くらいは分かっている。
 なら俺はナツラを番いにしたいとでも思っているのだろうか。
 子を産むわけでもないのに?同じ雄なのに?
 頭の中に“不毛”の二文字が思い浮かぶ。何故ならそれは何も生み出さない関係だ。
『子孫を残す、生きる事だけを目指す、という視点を持つのは考えない獣の思考だよ。お前は心を持った獣の思考をお持ち』
 ふと、育ての親に出会ったばかりに言われた言葉を思い出した。
 ……そうだな。不毛という言葉で片付いてしまう想いではない。何も生み出さなくても、ナツラの傍に居たいと思う事は止められないのだから。

「一緒に、森で暮らしたい……」
 ぽつりと呟いた一言が自分が一番望んでいる事だと気づく。
 森で暮らし、片時も離れず傍に居たい。ナツラの為ならばもう虎の姿に戻らなくても良いと思えた。
 ……しかし、それを伝えたらナツラはどう思うだろう。
 彼は普通の人間だ。このまま年を取り、もしかしたら人間の番いを見つけ、一緒になり、子を産み……。
 それ取り上げる権利なんて俺に無い。
 そもそも自分は、いったいどれだけ生きられるのだろう。
 育て親は既に何年生きたか忘れてしまったらしいが、普通ならば二、三十年ほどで死ぬ定めを、あれは何十倍も長く生きている。
 虎の寿命はせいぜい十五年ちょっとだ。それを自分はとうに過ぎ、そしてまだ先は見えない。
 人の寿命は長い。それより長く生きられるか、それともそれに及ばないかはわからないが、長く生きられるのならば……。
「ナツラの一族を見守るのも……良いかもな」
 彼が残した血を見届け、見守り、彼が生きている間はずっと友であり続ける。
 それもまた一興と思いながらも、こんなに胸が痛むのは何故だろう。
 ……いくら彼の面影を色濃く残した子にあったとて、それはナツラでは無い。
 彼が誰かと一緒になって幸せになって欲しいのに、想像上のその相手に狂わんばかりの嫉妬を覚える。
「……いつからこんなに人間臭い思考になったんだ……」
 がしがしと髪に指を立て、ふと髪を掻くなんて事今までしなかったのにと気づいた時。
「……っぁん……っ」
 ピクリと頭を動かして声のした方に傾ける。
 今の声はナツラの声に聞こえたが……聞き間違えにだとしても、人間である事は間違い無いだろう。
 この近くにナツラ以外の人間が来た事はほぼ無い。
 一体何をしに来たのかと、音を立てない様にじりじりと音のした方へ向かった。


(――……この茂みの向こうか?)
 あれから声は聞こえないが、確かにこの向こうに気配がする。
(それになんだ?この音……)
 さっきから頬を張るような音と、湿った地面を踏むような音が微かに耳に入って来ていた。
 狩りをする時の如く、身を潜めて茂みからそっと覗いて――その向こうの光景にただ目を見開いた。
「……っ、っ、っ、……!」
 ズボンと下着を脱いで、腰を高々と上げたナツラ。
 必死に唇を噛んで声を殺しているナツラの上に人間の男が覆いかぶさって、腰を振りたくっている。
 腰がナツラに叩きつけられる度にさっきからする頬を張る音と、水音が鳴っていた。
(ど、ういう……こと、だ?)
 かくかくと滑稽なまでに腰を振っている男と、その下で組み敷かれているナツラの行為に似た物を森で見た事がある。
 繁殖期になると、雄と雌がする生殖行為。いや、似ているではなくそのものだ。
 しかし水浴びした時身体を見たから、ナツラは男だとはっきり分かっている。
 ならばこれはどういう事だ。雄の順位を示す行為に似たものもあるが、それなのか。いや、でも男の性器ははっきりとナツラの中に挿れられている。そもそも人間はその様な行為で順位を示す動物ではないのではなかったのか。
 混乱してその場で固まり、動けなくなっていた俺をナツラの泣き顔が殴る様に覚ました。

 ナツラが、泣いている。

 それだけで、目の前の男を食い殺したい衝動に駆られる。
 身体が元の獣に戻りかけるのを必死で抑え、男を殴る為に藪から飛び出す足に力をいれた。
が、
「何声抑えてんだ、ナツラ」
「……ぅ、……っ、っ!」
「気持ち良いんだろ?あ?ここからなら村に聞こえねぇよ、出せ、ほら」
 男の無骨な指がナツラの口を割り、指し込まれる。
 その指をとろりとナツラの唾液が伝っていくのを見て、背筋から全身にぞわっと何か言いようのない衝動が走った。
 男がナツラの伸ばした後ろ髪を指に絡ませて引っ張ると、首を反らせながらナツラは痛そうに呻く。
 それを見て殺意が湧くのに、ナツラの名を呼ぶ毎に今すぐにでも引き剥がしたい衝動にかられるのに、その反らされた喉仏の浮き出る白い首に……ナツラに、足に入った力はそのままに、食い入るように見てしまった。
「おら、言えよ。気持ち良いって。言って媚びろ、呪われ子が!仕事もろくに出来ねぇのかよ!」
「ぁう、止め……言うから、大きな声らさないれ……ぇっ」
 口に指がある所為で舌が回っていないナツラの声に腰が重くなる。
 嘘だろ、止めろ。見るな、止めろ……!
 馴染みのその疼きに愕然としながら、ナツラを見るのが止められない。
 男に抱かれているナツラを見て、男に殺意を湧かせながら、俺はナツラに――。
「あぅう……凄く、きもちぃれす……っ」
「で?」
 無情にも言い放って男が腰を打ち付けると、背を撓らせて涙が散る。
 その無情な言葉に、ナツラは震える手で自分の尻肉を掴み、横に引っ張ると、
「もっと、シれくらさい……っもっと、ココ、ぐちゃぐちゃに……っ」
 と涙で濡れた瞳でそう、言ったのを聞いた瞬間、
「――っ!」
 耐えられずに俺はその場から飛び出し、男を殴りつけた。
「あ゛ぁああああぁあ……っ!!」
 吼えながら男の顔を、何度も何度も拳を顔面に叩きつける。行為に夢中になっていた男は隙を突かれ、あっさりと押し倒された。
 心を占めるのは気が狂いそうな嫉妬だ。
 ナツラに触った、ナツラを抱いていた、ナツラを喘がせていた……!――俺のナツラに……!!
 男に抱いたのは殺意だ。それはナツラを泣かせていたから、というのは言い訳に過ぎない。
 あのナツラを見て、俺は欲情したんだ。
 何故、抱いているのが俺じゃない、何故触れているのが俺じゃない……!
 そう思ってしまった事が絶えれなかった。自分への憎しみも込めて男が動かなくなるまで殴り終えると、振り返って真っ青になった。
 表情の抜け落ちたナツラが、茫然とこちらを見ている。
 服の前を握っている手は震えていて、必死に肌を隠そうとしているが、ズボンが無い状態では限界があった。
 所々あの男の汚らしい白濁が飛んでいるナツラに近づこうとしたら、ナツラはどこか歪な笑みを浮かべた。
「見ちゃ、った……ね」
「ナツラ……」
「ごめんね……こんな……ごめんね……」
「ナツラ、謝るな!」
「来ないで!!」
 駆け寄って抱き締めようとしたら、怯えた顔で絶叫される。
「来ないで、僕汚いから、汚れちゃうから来ないで……!!」
「っ!」
「触っちゃ、駄目っ!!ぁあああぁ……っ」
 腰が立たず、動けない分声で拒絶しようとするのを無視して抱き締めるとナツラは呻いた。
「駄目、お願い離れて、触らないで、汚いから……っ」
「もう無駄だ」
 ぎゅっと腕の力を強めると、泣き声が耳の横でし始める。
 それを聞きながらただずっと抱きしめる事しか出来なかった。



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