Short Short | ナノ


身代わりの恋


 あの人を見かけたのは、たまたまだった。

 蝶や鳥が飛び交う庭園の東屋で、うたたねをしていたあの人を見つけた。
 いったい誰だろうかと近づき、それが今、城のみならず、国中で話題になっているあの人だと知って、驚き目を丸くする。
 別にここにいる事は何ら不思議ではないが、こんな風に近くでみる事は初めてだったのだ。
 自分達とは違う華奢で小柄な体躯。これで性別は男だというのだから驚きだ。
 そのあどけない表情に惹かれ、小さく寝息をたてる頬にそっと触れ、その柔らかで滑らかな肌に驚いて慌てて手を引っ込めた。
 抱きしめたら、壊れてしまいそうだと思った。

 いつ恋に落ちていたのかと問われると、よく、分からない。でも、あの日から毎日毎日あの人の事を考えて、毎日毎日あの庭に足を向けた。
 いつもとは言わずとも、あの人は良くあの東屋で昼寝をしていて。その寝顔をそっと見守るのが楽しみになっていた。

 ある日、魔がさしたと言うのかもしれない。積もり積もった想いが決壊したのかもしれない。
 寝ているあの人の唇を、そっと啄ばんだ。
 その柔らかさに、甘さに、幸せに、背徳に、芯から体が震えた。
 するとあの人はまるで、物語の中のお姫様のようにキスで目を覚ました。
 ゆっくりと開かれる瞼が寝起きで眠そうに何度か瞬き、こっちを見ると驚いた様に一瞬少し見開いたと思うと、嬉しそうに細められて
「×××」
 違う名前を、呼んだ。

 それに俺は悲しい気持ちを押し殺し、微笑んでみせるしかなかった。
 彼が間違えるのは当たり前だ。その名前の人物と、俺は瓜二つなのだから。
 血が繋がっている訳では無い。そう、俺はその人物の影武者。――この国の王の、影武者。
 そして目の前の彼は、つい三月ばかり前に隣国から迎え入れられた王の、花嫁。

 本来ならば、触れる事だけでなく、出会う事すら無かった恋。
 夢にすらならないはずだったそれに触れてしまったばかりに、こんなに苦しい思いをする事になるなんて思ってもいなかった。









追記


 

[ 戻る ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -