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いっぱいいっぱい


「ねぇ」
「は、はいッ」

 あの人の指が唇をなぞる。
 細くて長いそれに身体がぶるぶると震える。
(良いにおい……)
 甘い匂いが首筋からする。綺麗な顔が近くにあって夢見心地で魅了される。
 この人本当に男なのかな、いや男なんだけど!
 女っぽい訳じゃない。首筋のラインだって、体つきだってれっきとした男性だ。でも。

 弧を描くふっくらとした唇。
 長い睫。
 色気を振りまく目元。
 その傍のポツリとある小さな泣き黒子。
 全部が俺を魅了して、ふらふらと近寄れば彼に酔ってしまう。

「俺とシたい?」
 そんな悪魔の花みたいな人が、今は、俺の恋人。
「へっ!?」
「こ、れ。見つけちゃった」
 すっ、と彼がどこからとも無く取り出したそれは、俺が隠してたゲイ物のAVで。
「あっ!えっ!?そ、それ!」
桜太おうたって、ノンケ……だったよね?」
 元は女の子好きなのに、こんなの買っちゃうくらい俺とのセックス気になってた?と全てお見通しかの様に彼は微笑を浮かべる。
「このネコさぁ……俺、時々似てるって言われるんだよね」
 そう、だから買った。
 男同士のセックスなんてやり方分からなくて。調べていたらどことなく彼に雰囲気が似ているこの男優をみつけて。誘惑に負けて、思わず購入してしまったのだ。
「俺に似てるこのネコが喘いでるの見てヌいた?」
 抜いた。彼とは違うけれど、彼だったらと想像して夜な夜な自慰に耽った。
「……ねぇ。こんなニセモノ見るより、ホンモノ……抱きたくない?」
 そう、いやらしく彼が囁いて。
 どこか蔑むような、煽るような目つきで俺を見つめて。
 唇を唾液で塗れた舌がちろりと舐めて。

 限界だった。

「……え?」
 突然目の前でボンッと音がしそうなくらい急激に真っ赤になった俺に、彼は思わずといった体で声を漏らし、目を丸くした。
「ごごごご、ごめ、ごめんなさい……っ」
 顔の熱で自然と涙が目に膜を張る。
「え?シたくないの?」
「ちが、そんな事無いけど、で、でも、その、俺、今のままでも、死んじゃうくらい幸せだから」
 これで、十分です。と消えそうなくらいか細い声で応える。
 そんなビデオを買って、妄想で自慰しておいてなんだけど。貴方と話して、時々手を繋いで、こうやって部屋に招いて。正直それで、本当は俺はもう。
「……ぶっ」
 突然彼は噴出すと、大声で笑い始めた。
「あはっ、あははは、あははははは!!!何それ!あははは!!」
 お腹を抱え、笑い転げていた彼は身を起こすと、俺に手を伸ばして頭を抱きかかえる様にしてわしゃわしゃと撫でた。
「お前は本当に可愛いねぇ」
 そういうとこ、好き。
 そう囁いてくれる彼の笑顔が何よりも大好きで。同じ男とは思えないほど細い腰に腕を回して、抱きしめた。

「そういうところが好きだけど、俺だってセックスしたいから。早めに手、出してね」
「しょ、精進します……」

 

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