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砂漠の風


 喉元に突き付けられた冷たい光を放つ細い刀身に、小さく唾を飲み下す。
 柔らかい砂漠の砂といえど、駱駝から落ちた時に打ち付けた背中が痛みを伝えているが、それすらも霞む程、それに意識を奪われていた。

「去れ」
 布越しでくぐもっているというのに、刃の様な冷たい声が目の前の人物から放たれた。
「一度だけ見逃してやる。二度とここに近づくな。去れ」
 フード付きの外衣の下に特徴的な柄を染め抜いた衣を纏い、口元を紅の布で覆っている。
 その恰好が、何を示すかを知らないほど無知では無い。
 砂漠を隔てた土地に国を持つ、人間とは異なる姿をした者達。彼らは人間を酷く嫌っていて、砂漠を挟んだ一番近いジャルナーラという国とですら一切の交易が無い。それどころか近辺の砂漠には人間を近寄らせないための罠やアサシンが放たれているのだという。
 彼はその、暗殺者だ。
 兵のように鎧を高らかに鳴らし、威嚇をしながら追ってくるのではなく、忍び寄り、静かに命を摘んでゆく。
 警告としての兵では無く、気付いた時には終わりを告げる暗殺者を放っている所から、どれだけ彼の国と人間の国の間が冷え切っているか想像は容易い。

 しかし、その暗殺者が何故情けを掛けたのだろうか。
 茫然とフードから除く中性的な顔を見つめた。砂漠の夜の様に冷たい眼差しだが、色合いは温かみのある櫨色。うねる柔らかそうな黒髪は風に微かに揺れている。
 どこな華奢な身体つきだが、刃を突き付ける際の動作には一つも無駄が無かった。
 そしてフードから突き出しているのは、彼が人間では無い証である頭の両脇に生えた巻角。
砂漠の夜に飛ぶ光甲虫が角に止まっているのかと思ったが、よく見ると角の内側からぼんやりと光っていることに気付く。もしかしたら耳の形状も違うのかもしれないが、フード越しにはそこまで確認は出来なかった。
「何故……」
 殺さないのか、という疑問を口にすれば、形の良い眉が苛立たしげに少し眉間に寄せられた。が、それもすぐに元の冷たい無表情に戻る。
「……俺がそんな気分では無い、それだけだ」
 ここから一歩も我等の国に近づくな。近づけば殺す。そう吐き捨てる様に彼は口にすると、その場から音も無く立ち去った。


「……ふ、」
 一人砂漠に取り残され、微かな呼気が唇から零れる。小刻みに肩が揺れるのは、寒さや先ほど経験した恐怖の所為では無い。
「ふ、は、ははっ、あはははは!!!」
 星を撒き散らした紺碧の空を仰いで、高らかに笑う。
「はは、ははは、凄い。何て綺麗なんだ」
 身体の芯を震わせながらの賞賛は星に向けての物では無く、己の命を奪おうとした暗殺者に向けての物だった。
 砂を噛むようだった人生に、鮮やかに色が付いてゆく。
 その色が例え血の色であろうと、色褪せた自分の世界を彩る物には変わりなかった。
「くく、ははっ……。必ず、手に入れる……」
 そう呟きながら、仄暗い光を瞳に灯したジャルナーラの次期王は喉を鳴らした。








追記


 

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