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いやよいやよも好きのうち


「止めろよ、べたべたすんなし!」

 それが俺の口癖だった。
 だって男同士って恥ずかしいじゃんか。それも俺が、だ、抱かれる方とか。ただでさえ結構小柄って事気にしてるのに。かっこ悪い。
 だから本当は好きなんだけど、突っぱねた。
 格好良いと思ってるし、ぎゅっと抱きしめられるのも好きだし、キスだって、せ、セックスだって、でも恥ずかしいから。ただそれだけで素直な態度が取れなかった。

 それが、まさかこんなことになるなんて。
 涙目で震えながら、目の前の光景から目を離せなかった。




 なんだか触らなくなってきたな、と思ったのは十日ほど前。
 いっつも事あるごとに抱き締めたり、手をつないで来たりしたのに、なんだか最近触られていない。抱き締められたらノラ猫の様に胸の中で暴れて、手を繋がれてはぶつぶつ文句を言っていたのが悪いのだろうか。……悪いんだろうな。
 本当は触って欲しいのに、なんて今更言えるわけも無く、自分より大きな手を物欲しげにちらちら見る事しか出来なかった。

 なんだかキスされていないかも、と思ったのは四日前。
 背が高くて、イケメンで、立ち振る舞いはちょっとだけ俺様で。なんで俺なんかと思う程モテるアイツは、機会があればいつもキスをしてきた。こんなにキスする文化は日本には無いとキスされる度に怒っていたのが悪いのだろうか。……悪いんだよ、な。
 本当はキスされるの凄く好きなのに、なんて言えたら苦労はせず、自分の唇を触ってはあの感触を思い出していた。

 あれ、前にセックスしたのはいつだっけ。と思ったのは今日。
 身体がムズムズして、モヤモヤして、アイツの広い背中を見た瞬間、抱いてほしいと思って、はたと以前肌を重ねたのはいつだったかと思って、そして漸く異常事態に気が付いた。

 アイツが、こんなに触れて来ないなんて。
 アイツが、こんなにキスをしてこないなんて。
 アイツが、こんなにセックスを迫ってこないなんて。
 どこか俺様な態度で、見た目だけど、性格はそんなことなくて、いつも優しくて、甘やかしてくれるアイツが、こんなにも、こんなにも。

 もしかして呆れられたんじゃ、と茫然として。
 もしかして飽きられたんじゃ、と血の気が引いて。
 もしかして捨てられるんじゃ、と震えて来た。
 そうだ。こんなに可愛くない、それも男の恋人なんて、きっと呆れて飽きられ捨てられる。頭の中に“浮気”、“別れ話”、“自然消滅”という単語が浮いては消えた。




 その日の放課後、人気のない音楽準備室に呼び出され、そして用意してあった椅子に座らされたかと思うと。

 アイツはベルトのバックルを外し、ペニスを取り出して自慰を始めた。

「ふぇっ!?えっ!?」
 何故か取り出す前からもう熱り立っていたそれを、目の前でガシガシと慰めた恋人に、絶対に別れ話だと後悔していた俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
 でも当の本人は至極真面目で、精悍な面立ちを少し歪めて俺の座っている椅子の背もたれを掴んだ。
「ごめ……お前が、触られんのあんまり好きじゃない、って分かってるから、距離おいてたんだけど……。家で、一人でイッても……もう満足できなくて。っは、……触らないから、ちょっとだけ、傍に……いて、くれ、ッア」
 やっぱ、本物がいると違う、なんて呟いて、アイツは息を詰めながら苦しそうに目を閉じて自慰に没頭し始めた。
 身を屈めて、首筋辺りに顔を埋めているのに、触れないと言った通りに肌は全然触れて来ない。揺れる身体に髪も揺れて、時折パサパサと頬に髪が触れるだけだ。
 小さく呻いて、息を詰めるアイツの声。
 にちにちと扱き立てられる粘着音。
 覆いかぶさってくるような身体から立ち上る熱。
 微かに匂う、厭らしい匂い。
 ぶわりと全身が興奮に粟立ち、カッと顔が熱くなったかと思うと涙が目の縁にたまった。

(ばか!ばか!なんでなんでなんで!)
 なんで触ってくれない。なんで、いつもみたいに文句言ってもべたべたして、抱き締めて、キスして、半ば強引でも良いから押し倒して、抱いてくれればいいのに!
 こんなお預けみたいなこと、ひどい。ずるい!
 その切っ掛けを作ったのは他ならぬ自分だということは、嫌でもわかっている。
 自業自得というやつだ。俺が素直にならないから、触れられたくないと思われてしまって、こんなことになっているのだ。
 この状況を打開するには、素直になるしかない。この状況を打開できるのは、自分だけしかいない。
 俺にお預けをしているのは俺自身なのだ。
 ――でも、そんなすぐに素直になれたらやっぱり苦労しない訳で。
 むしろ今まで頑なな態度を取っていた分、猶更素直になりにくい。
 でもそんな葛藤を繰り広げている間にも恋人はどんどん高みに自身を追い上げて行って、それにつられてこっちも切なさが増していく。

「ごめ、気持ち悪いよな、ごめん……でも、本当に我慢できなくて。本当に……触らないから、許して……天都あまと
「ひ、ぅ」
 名前を呼ばれて下半身の切なさが更に増す。
 我慢なんてしなくていいから!ずるい、俺にも触って。気持ち良くして。
 没頭しているからか、股を抑えながらもぞもぞしている俺に気づかない恋人に八つ当たりじみた苛立ちを抱く。
「……ッ、あ、イ……ッ」
「!」
 イッてしまう。
 そう思うともういてもたってもいられなくて。
 思わず手を伸ばして、アイツの熱いモノを握りこんでいた。
「っ!?はっ、あ……!」
 アイツが驚いた表情を浮かべたのは一瞬で、奥歯を噛みしめて吐精する。
 ぴちゃ、と顔に何かが掛かるのを、どこか他人事のように感じていた。

「な!?ごめん!飛ばないように、するつもりで……っ」
 床に置いていたスポーツバッグからタオルを取り出し、慌てて顔を拭かれる。
 掛かった精液を拭かれてしまった、と思うと同時に何故か涙がぶわりと溢れた。
 顔射されて泣いたと勘違いしたのか、アイツが平謝りし始める。
「ごめん、本当ごめん」
「……か」
「え?」
「ばか!ばか!樋本ひもとのばかぁあ……!」
 わぁあん!と大声で泣けば、アイツはおろおろとタオルを揺らした。
「ごめん……」
「ばか!ちがうじゃんか!俺が握ったから、タイミングずれて、で、でちゃっただけで!樋本悪くないじゃんか!謝る必要ないじゃんか!」
「……え」
「こ、恋人なんだから触ればいいだろ!目の前でお……オナニーなんか、しなくたって……っほ、ほんとは、触って良いのに。触ってほしいのに、キスだって、抱き締めるのだって、せ、セックスだって、していいのに!ばか!ばか!」
 ポカン、と俺を見ていたアイツの顔がみるみる内に真っ赤になっていく。
「……ま、マジ?」
「まじだよ!」
 ばかぁ!と喚けば、ガタン!と椅子ごと抱きかかえるようにして抱き締められた。
「ごめ……天都、触られるの嫌いなのかと思って。……もしかしたら嫌々付き合ってくれてるのかも、と思うと怖くなって、でも別れたくなくて。でも、我慢できなくて。……ごめん、気が付かなくて」
「だからお前が謝ることじゃないだろ!」
 わぁん!と泣けば、またごめん、と謝られた。
 本当この恋人は俺を甘やかしすぎる。

「じゃあ、触っても?」
「……触ってるじゃん」
 口を尖らせて、目を反らす。ああ、こういう態度がいけないというのに。
 でもアイツはくすっと小さく笑って。
「抱き締めても?」
「……さっき言ったし」
「キスも、良い?」
「……べ、べつに」
 良いし。と口にするよりも先に、ちゅむ、と軽くキスをされた。
「……触っても?」
 さっきと同じ言葉だけれど、それが何を意味しているのか分からない訳じゃない。
 真っ赤になりながら、小さくアイツを睨んで。でも小さくコクリと頷いた。




「あー天都可愛い。まじで可愛い」
「……可愛いって言うなし」
 床に座るアイツの腕の中に納まりながら、ぶつぶつと文句を言う。
「そっかぁ天都ツンデレだったんだなぁ……」
「違うし!」
「そっかそっか」
 デレデレと顔を緩ませるアイツが気に入らなくて、腕を抓るが一蹴された。
「じゃあ天都の文句は嬉しいの裏返しってことか」
「!違う!」
 そんなんじゃない!と食って掛かろうとしたが、キスで封じられる。
 キスだけで怒りが収まってしまうとこが、自分でもちょっと情けない。


「やっぱ天都可愛い」
「可愛くない!」

 

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