Short Short | ナノ


眼中に無い


「じゃあ、僕の事一回で良いから抱いてよ。それでお終いにしてあげる。これ以上付き纏わない」
 やけに可愛らしい顔立ちに似合った、男にしては高めの声でそう彼は言った。
 でもタツキの方が可愛い。タツキの方が声は低いけど、凛としていて耳に心地良い。
「そうじゃなかったら……。そうだなぁ……君のコイビト、たつき……くん、だっけ。彼の事めちゃめちゃにしても良いんだからね」
 突然タツキの事を持ち出され、肩が跳ねた。
「な……んで、タツキの事」
「知ってるよー何でも」
 そう言って唇を歪めて笑う彼はストーカーだ。
 三ヶ月くらい前からずっと付き纏われ、好きだの付き合えだの、朝はアパートにまで迎えに来て、中距離恋愛中の恋人であるタツキよりも恋人の様な行動をして来る。その常軌を脱した行動は『タツキをボロボロにする』という事など彼にとって簡単なのではないかとすら思わせた。
 最愛の恋人が急にこの場に引き出された事に動揺を隠せず、全然取り合っていなかった「彼を抱く」という行為が現実味を帯びて、背中にどっと汗が滲んだ。

 抱ける訳が無い。
 それはタツキに対する裏切り行為で、そもそも好きでも無い相手を。タツキでは無い相手を抱こうとする気が起きない。
 でも抱かなければタツキに何かされるかもしれない。
 真っ青になって黙り込んだ俺を、彼は華奢な体を屈めて、にっこりと笑みを浮かべながら覗き込み
「今すぐじゃ無くていいけど、早く答え出してね。僕、気が長い方じゃないから。僕を抱くか――たつき君をボロボロにされるか」
 うふふ、と場違いな軽やかな笑い声を残して彼はその場からいなくなった。




「……どーしたんだよ」
 その週末、アパートに来たタツキが俺の顔を見た途端、眉を顰めてそう言った。
 そっと頬に伸ばされた外気に冷やされた指先の感触に、張りつめていた物が切れて涙が溢れるのが分かった。


「はぁ。で、ストーカー止める変わりに抱けと」
「うん……」
「あのなぁ……。なんでストーカーされてる時点で俺に言わないわけ?三ヶ月前っつったら前回とか、前々回とか、俺が来てる時には被害に受けてたって事だろ」
「タツキに迷惑かけたくなくて……」
「ばか、結果的にはかける事になってんじゃねーか」
「うう……ごめ……」
「泣くなよ、ばぁか」
 涙を指で拭われ、頭を抱きかかえるようにして撫でられて、またぶわりと涙がこみ上げてくる。思った以上に心が弱っていたみたいだ。
「お前見た目は結構肉食系寄りなのに、中身てんで草食系だよなぁ……っていうか、ヘタレ」
 よしよしと落ち着かせる様に撫でるタツキを、今度は自分の腕の中に閉じ込めてしがみつく様に抱き締めた。
「どっ、どうしよう。俺、タツキが危ない目に合うの嫌だ。でも、タツキ以外抱きたくない……!抱けないよ、そもそも勃つ訳無い……!」
「いや、そんな俺もやわじゃ無いし、最悪警察って手もあるし……って言っても、そうだなぁ……あんまり警察沙汰にはしたくないし、むしろ逆手にとって痛い目見せてやった方が良いか」
 何やら物騒な事を呟いたタツキを小首を傾げて見つめると、タツキはにっこりと不遜な笑みを浮かべた。

「博文、お前そのストーカーの連絡先とか、分かる?」




 にこにこと嬉しそうに浮き足立った様子で扉を開けた存在の足取りは、こちらを認識すると急に遅くなり、浮かべている笑顔は嬉しさによるものでは無く嘲り笑う様なニヒルな物へと変わった。
「あれぇ、彼氏様の登場?」
「まぁね」
 こちらを窺う気配を振りまきながら後ろでおろおろと狼狽える博文と、腕を組んで相手を見据える俺と、笑っているけど目は一切笑っていないコイツ。
 傍から見たら博文が二股掛けていて、その修羅場に見えたりするだろうか。
 正しくは、目の前のコイツが博文のストーカーで、俺を餌に博文に揺さぶりをかけている、という状態なのだけれども。
「まぁ別に良いけど。抱いてくれないならキミの事ぐちゃぐちゃにしてやるのは変わらないし。キミもさぁ、痛い目とか社会的に酷い目みたくなかったら博文クンに頼んでよ、僕を抱いてって」
 うっとりと頬を染めながら博文を見つめるコイツはふふっ、と笑った後くるりとその場で回って見せた。
「でもさ、こんな場所に僕を呼んだって事はそのつもりなのかなぁ?」
 デカいベッド、やけに大きい鏡が張られた壁、ゴムやらなんやらが置かれたテーブル。――そう、ストーカーを呼び出したのは、とあるラブホの一室だ。
「こんなものも用意させるし?」
 バッと広げて突きつけて来たのは、診断書だ。
 性病云々を保持していないか、診断してきてくれと博文に伝えさせたのだ。
 ざっと目を通せば、全部陰性。処女童貞かどうかは知らないが、何も掛かっていないようだ。
「た、タツキ……」
「ん。心配すんなって」
 おろおろと声を掛けて来た博文に腕を伸ばし、頭を撫で、顎の先にキスをして宥めてやる。
「何?見せつけてるつもり?」
 それを見て醜く顔を歪めたストーカーをまじまじと見つめる。
 今は嫉妬で凄い形相だが、華奢で可愛い部類に入りそうだ。ゲイは可愛い系の男では無く、男らしい男が恋愛対象になりやすいという話だが、そもそも博文はゲイでは無かったし、男でそういう対象にするとしたらやっぱり可愛い方がなりやすいだろう。
「うーん……でもやっぱ無理だろうな」
「はぁ?何が?」
 刺々しい声を出したストーカーに、当たり前の事を丁寧に教えてやる。
「別に博文に抱かせても良いけどさ。コイツ、抱けないと思うよ」
「はぁ?あのさぁ、さっきから何を」
「直接的に言えば、お前じゃ博文勃たないよ」

 一拍おいて、ストーカーの顔が怒りで真っ赤に染まった。
「なッ、にを……!!」
「あー、うん。多分ヤッてもらった方が早いからさ。博文、コイツと寝て」
「た、タツキ!?」
 驚きの声を上げた博文を振り返り、両頬を挟んで顔を合わせる。
「なぁに驚いてんの」
「だ、だ、だって……!俺はやだ、俺は、俺はタツキ以外とシたく……!」
「じゃあシなきゃいいだろ」
「へ?」
 半ば涙目で首を振っていた博文がポカンを口を開いた。でも、だってさっき、と呟く可愛い恋人の耳元にそっと言葉を吹き込む。
「……お前、俺以外で勃つの……?」
「!」
「ココ、勃たせなきゃ良いだけだろ?」
 するり、とデニムの中心を撫でながら甘く甘く囁いてやる。
「後でご褒美、あげるから。な?」
 その言葉さえ言ってしまえば、もう博文の頭の中はご褒美しか無くなって。餌を前にした犬の様に何も見えなくなってしまう。
 可愛い、とその唇に軽くキスを落として、ストーカーを振り返る。
「フェラでも何でもやって、こいつを勃たせたらシても良いよ。というか、分かれてやっても良い。

――ただし、勃たなかったら二度とコイツに近づくな」


 三時間やるから、と言えば、何それ余裕?と、ストーカーは嘲るように顔を歪めた。
「余裕っていうか、そんだけ時間あればお前も『時間が足りなかったー』とか言わないだろ」
 当たり前のことを言えば、怒りでか、ストーカーの顔が真っ赤になる。
「じゃあ隣の部屋で待ってるから。何シても良いけど、博文に怪我させるようなことは絶対するな。ゴム……は、つけれないと思うけど、まぁ、変な病気とかもらったら嫌だし、つけろよ」
 じゃあ、と手を振って、始めからとっておいた隣の部屋の鍵を振って、博文とストーカーを二人きりにした。




 壁越しに、金切り声が聴こえてきて、壁に掛けられた時計をちらりと見上げる。
(一時間半ちょっとね…結構頑張ったな)
 部屋に備え付けの不味いドリップコーヒーを置き、隣の部屋に向かう。
 いくら安っぽいと言えど、ラブホな訳だからそれなりに防音をしているだろうに、聞こえるとは、どれだけ大声を出しているのだろうか。
(まぁ、叫びたくもなるか)
 持っていた鍵でドアを開ければ、鳴き声混じりの大声が耳を劈いた。

「なんで!!!なんでだよ!!!どうして……っ、どうして勃たないの!!!なに、インポなの!!??」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、男の股倉に顔を突っ込み、ふにゃりと垂れたちんこをしゃぶっている姿は中々に滑稽だ。
 ローションでてらてらと滑る両手で、必死で揉み、擦り立て、全く力の入らないちんこを咥え、何度も口を窄める。
 それでもぽろりと力無く項垂れるちんこに、とうとうストーカーは頭を掻き毟って叫んだ。
「だから言ったろ」
 声を掛ければ、漸く気づいたのか、血走った目でこちらを睨む。
「……こんなの、ナシだ。博文くんがインポだったなんて……」
「ストーカーなら知ってんだろ、こいつが俺を抱いてるってことぐらい」
「……っ、じゃ、じゃあ薬でも使ってるんだ!そうだ、博文くんとセックスする時、薬を使って無理矢理勃たせて……!そうだ!!可哀想な博文くん、僕が今すぐ……!」
「じゃあ見とけよ」
 え、と零したストーカーに、両手には何も持ってない、ついでに口の中も空っぽだと示してから、じっとこちらを見つめている博文の頬を撫でた。
「タツキ……」
「良く頑張ったな、いいこだ」
 褒めてやれば、博文は嬉しそうにうっとりと目を細め、手に顔を摺り寄せる。
 顔を寄せ、キスをすれば、ぴく、と博文のちんこが反応を見せるのが目の端に見えた。
「ご褒美、あげないとな」
 そう言いながら、片手で脇腹をゆっくりなぞり、もう片手でちんこを弄れば、博文はみるみる内に血管を浮きだたせ、先端を濡らすほど勃起させた。
「タツキ、ご褒美ちょうだい……」
 ご褒美で頭がいっぱいで、最早ストーカーの事など眼中にないのか、唇を啄みながら、強請って来る恋人を宥めつつ、ちらりと横目で見れば、ストーカーは滂沱の涙を零していた。
「ね、タツキ、挿れたい」
「博文」
 足に擦りつけてくる腰をそっと押しやり、名前を呼ぶ。
「穴ならそこにあるから、それ使え」
「え……」
 どちらが零した音か分からなかったが、ストーカーは茫然とこちらを見つめ、博文も驚きで止まっている。
「タツ「博文」
 名前を遮り、瞳を合わせながら頬を撫でる。
「それは何でも無い、ただのオナホだ。だから浮気にも何にもならないし、気にすることは無い」
「オナホ……」
「ゴム、俺が被せてやるから。それ、きっと気持ち良いぞ」
「で、でも、タツキの方が気持ち」
「オナホだから、好き勝手に動いて良いんだぞ?乱暴にして、たっぷり中で出せば良い。ずっとキスしててやるよ。舌も吸ってやる。オカズは俺で良いだろ?……特別に、ストリップショー、してやるよ」
 耳にことさらゆっくり囁き込むと、博文の目から理性が消える。
 ああほら簡単に陥落した。


「ん゙ぐっ!ん゙!ん゙!ゔぅ!!」
 パン!パン!と逞しい腰が、小さい尻に叩きつけられる度に、くぐもった喘ぎ声が上がる。
「あっ、あっ、タツキ!タツキ……ぃ!」
 視線はこちらに縫い止めながら、博文は頬を紅潮させて腰を振る。
 大きな手で鷲掴んでいるのは、両手を縛られ、口をガムテープでふさがれたストーカーの細い腰だ。
 自分の快楽だけを追い、まるで物を扱うかのように乱暴に腰を打ち付け、揺さぶる。
 ストーカーが嫌がり、涙で顔をぐしゃぐしゃにしているのにも気づいていないのだろう。
「気持ちいい?」
「うんっ、うん……っ」
「いいこ」
 そう言って、唾液でべたべたな口に貪る様なキスをする。
 舌を吸ってやれば、感じて呻き、先端を刺激したいのか、ストーカーの尻に腰を押し付けて、ごりごりと奥を抉っている。
 回数を重ね、とろとろになった時にアレをやられると、凄い感じるのだが、どうやらストーカーにはただただ苦しい様で、顔を歪め、くぐもった叫びを零す。可哀想にナニも力無く項垂れたままだ。
 博文とのセックスを思い出し、熱くなった身体から纏っていたシャツを脱いでやれば、博文の息がさらに荒くなった。
 乳首に食い入るような視線を感じる。
「バカ。そんな見るな」
「はっ、タツキ、はっ、はぁ……っ」
 口の端から唾液を零し、博文の陶然とした表情に興奮する。
「ほら、お前がそんな風に見るから……」
 自身の少し張り詰めたズボンの前を撫で示す。
 ゆっくりとチャックを下ろして行けば、堪らないとばかりに博文は吼えた。
「あっ!あ!タツキ、イく!イく!!出していい?ねぇ!出してい?」
「ゔー!!ゔぅー!!!」
 ストーカーはばさばさと首を横に振っている。
 そりゃそうだろう。これはコイツが望んでいたセックスでは無い。
 これは俺と博文とのセックスであって、コイツとのセックスでは無い。ただのオナホだ。
 ゴム越しと言えど中に出され、ただのオナホとして終わられるのはプライド的にも、人間的にも相当な屈辱だろう。

「いいよ」
「ゔ――!!」
 ストーカーの縋るような目線を無視し、博文に許可を出して、ちりちり、と音を立ててチャックを下ろしきる。
 視線を感じるそこを厭らしく撫で回し、ずり下げながら

「たっぷり、イけ」

「あ゙っ、あ゙っ、あ゙ぁ゙あタツキぃ!!」
「んぅゔ――!!!」
 だらだらと唾液を溢れさせ、天を仰ぎ、オナホの中に精子をたっぷりと注ぎ込んで快楽の絶頂を味わう恋人の下で、ストーカーだった男が悲痛な声で絶叫した。




 博文の精液がたっぷり入ったゴムの口を縛りながら、ベッドに横たわる男を一瞥する。
 手首には縛られた後があり、ぐったりとしたそれはまるでレイプ後のようだ。
(いや、レイプみたいなもんか)

「今後一切博文に近づくな」
 一応言い捨てるが、きっとコイツはもう二度と博文に近づかないだろう。
 「狂ってる……」という呟きを聞き流しながら、シャワーが終わったと呼ぶ博文の元へ足を向けた。


 男が股間にむしゃぶりついている時、それを見下ろす博文はぞっとするほど冷たい無表情で、その様子に思わず背筋にぞくぞくと興奮が走った。
 もう博文は俺にしか興奮出来ないのだ。俺にはキスだけでも反応してしまうくせに。そう思うと堪らなかった。
「家に帰ったら、さっきみたいに俺を抱け」
「え?」
 ホテルから帰る道、博文に告げる。
「お前の全部、俺の物だから」
 髪一本。精液一滴すら。それは性技でも。

「乱暴に、しろよ」

 

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