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震える唇


 突然、パッと電気が消えた。すうっと周りが寒くなった気がする。
 それは自分の思い込みの所為なのか、どうなのかは分からない。ただ、俺しかいない筈の部屋に誰かの気配は感じた。
(――また、か)
 椅子に腰かけたまま、ぼんやりとそう思っているうちに背後に気配が移る。すると、顔の横から腕が伸び、俺の目を覆った。
 しなやかで闇で発光するような白い腕と長い指、綺麗に整った爪。右の人差し指の、第一関節辺りにある小さなホクロが色気を出している。
 俺は後ろの存在について、これだけしか知らない。

 するすると衣擦れの音がすると俺の目には目隠しが巻かれ、そして両腕が後ろで縛られた。
 後ろできちんと結べているか、緩くないか、そしてきつすぎてもいないかを確かめているのが分かった。
 そこで大丈夫だと判断をすると、後ろにいた存在は俺の前に周り、膝に跨る。
 腰を浮かせているのか、――それともそもそもその重さが無いのか、膝に人の重みが伝わる事は無い。
 そして目の前の存在は冷えた両手で俺の頬を挟むと、唇を――見えていないので、憶測ではあるが、十中八九そうであろうそれを、重ねてきた。
 ふにゅり、と柔らかく濡れた感覚が唇から伝わる。
 それは震えている両手に反して柔らかく食み、舐め、吸い、啄んでくる。しかし、それが咥内に忍び込んできた事は一度も無い。咥内どころか、目の前の存在はこの執拗でありながら拙いキス以外の事を全くしない。
 抱き締めても来なければ、舌も入れない。身体を繋げようともしてこない。声さえ聴いた事が無い。ただ震える両手を俺の肩に置き、自らの体を支えてキスをしてくるだけ。

 この腕を縛り付けているこれを引き千切り、君を抱き締めたら君はどうする?
 目隠しを剥ぎ取り、君を見つめて愛を囁いたら君はもうここには来てくれなくなるのだろうか。

 なされるがままキスを受け入れ、僅かに唇が離れた時にずっと前から聞いて見たかったことを静かに口にした。
「ねぇ、君は幽霊…?」
 俺が口を開いた事にびくりと身体を揺らした存在は、静かな無言の後、小さなキスを唇に落として来た。
 俺にはそれが肯定なのか、否定なのか分からなかった。









追記


 

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