Short Short | ナノ


Scape-goat


 魔族が侵略を始めた事で火蓋を切って落とされた長きに渡る戦争は、彼らの敗北宣言によって幕を閉じた。
 それは余りにも長い年月の間に、人間達がじわじわと彼らの魔力を削る様努力した結果であり、今では彼らはほんの一握りのモノを除けばただの無力な異形のモノだった。

 そんな魔族の王家の血筋のモノが、この城にやって来た。
 『それ』は、魔族の中で力を持つ一握りのモノの内の一人だが、その力というのは破滅の方向では無く、創生の力だという。
 戦で疲弊した国を潤す為――という名目上迎えられたそれは、誰の目から見ても人質でしかなかった。

 異形のモノは、話に聴いていたようなおぞましい姿でもなければ、見上げる程大きい訳でも無かった。
 頭に角を掲げ、獣の耳を持ち、二足歩行の足の先に蹄があり、楕円形の瞳孔が水平にあるという事を除いては、彼は人と同じように見えた。
 彼は敵意と憎悪の眼差しの中、歓迎されなくとも何も言わなかった。
 魔族といえど王家の血筋だというのに、人の目の無い所ではまるで使用人にもしないような仕打ちをされても黙っていた。
 当て付けの様に晩餐に羊の肉をふんだんに使った料理を出されても、困った様に一つ微笑んだだけで。王家の前で残す事は許されないため、彼は丁寧にナイフとフォークを使ってすべてを平らげた。
 その晩餐の後、彼は使用人用のトイレの片隅で、真っ青な顔ですべてを吐き戻していた。
 口元を押される震える細い指を、吐いた物が汚していた。

 彼と口を聞いた事は無い。声を掛けたくとも、ただの庭番である自分が話しかけれる訳が無いからだ。
 けれどある日、彼が自分の手入れしている庭に来た。
 ぼんやりと花を見つめる彼に、その花を手折ってあげると彼は驚いたように目を見開いた後、嬉しそうに笑ってそれを食べた。

「僕は草食なんだ」
 彼は小さく呟いた。
「この国の人は毎日肉を食べるんだね」
 その横顔は城に来た時に比べてずっと痩せていた。

 それから彼は毎日庭に来た。
 その彼に僕は毎日育てた花を食べさせてあげた。
 彼は美味しいと笑ってくれた。

 ある時、彼にどうして耐えているのかと聞いた事がある。
 逃げ出す事は無理でも、抗う事は出来るのではないかと。
 彼は消えそうな微笑を浮かべて、自分に出来る贖罪はこれしかないから、と言った。

 彼はその小さな身体で、この国の民の怨みを背負っていた。
 彼はその小さな身体で、この国の民に謝り続けていた。

 彼は生贄だった。
 そして僕は、その生贄を愛してしまった。

 

[ 戻る ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -